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<title>4ch 吉田豪</title>
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<summary type="text/plain">「ボクが取材したスゴイ奴」 - 連載（7）- 
吉田豪大物シリーズ7　空手ダコを...</summary>
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<![CDATA[<p><b><font color="red">「ボクが取材したスゴイ奴」 - 連載（7）- </font></b><br />
<br><br>吉田豪<br>大物シリーズ7　空手ダコを持つ男編の巻<br><br>　　ここ１年ぐらいボクはタレント本書評家として『ストリーム』というTBSラジオの番組に生出演し、テレビではまずできない話ばかりしているんだが、最近はその流れでラジオ用のインタビュー仕事もやるようになった。<br>　まずはイエローキャブ分裂騒動の真っ直中に野田社長をインタビューし、若き日に歌舞伎町で暴れ回っていた頃の武勇伝（ジャズ喫茶の店長時代、アイスピック片手に外人兵とバトルしたりとか）と、そしてクリスタル映像の「ナイスですね！」村西とおると組んで水着ビデオを作っていた頃の話を直撃！<br>　すると、野田社長はちょうど喋りにくいことばかり聞かれている時期だったせいかすっかり止まらなくなって、「巨乳の元祖は松坂季実子だよ！」といったコアなAV談議へと発展！<br>　そして今度は、あの杉田かおるの話を聞けることになったわけである。現在、ボクが鋭意製作中のインタビュー集『元アイドル。』（ワニマガジン社より発売予定）に出てもらいたくてオファーを出したところ多忙のためNGが出た直後だったから、これはラッキー！　しかも、このインタビューを単行本に再録するOKも出たんだから、いちいち最高だよ！<br>　しかし、だ。この取材は彼女がTBS内の仕事と仕事の間にちょっと時間が空いたから、新刊『杉田』（小学館）と舞台の告知ができれば、とのことで組まれたものの、『杉田』を読んでみたらえらい強烈な本だったのである！<br>　過去の自伝『すれっからし』（99年／小学館）が、酒と喧嘩と男と借金についてとことん語る素晴らしい本だった以上、もうネタは残ってないだろうから今度は緩いタレント本になると思ってボクは全く期待していなかった。表紙がピンク色で帯に「愛する人に支えられて再生する私」と書いてあるから、どうせ幸せな結婚報告の本に決まっているはず、と。<br>　ところが、『すれっからし』で「私がある宗教団体の広告塔だったこの頃のことは、いつかまた違う形で振り返るときがあると思う」と書かれていた、その部分だけにスポットライトを当てるという、確実に放送対応できない本だったのだ！　リンダも困っちゃうよ！<br>　そのためなのだろう。テレビなどでこの本の宣伝をするときは本の中身に一切触れることなく、巻末にちょっとだけ書かれているマラソン＆結婚話に触れる程度なのが面白かったので、ボクは「この本がいかに危険なのか？」をテーマに取材することにしてみた。<br>　すると衝撃の事実が次々と発覚！　彼女が結婚で騒がれたとき、右往左往するとワイドショーにナメられちゃうのでじっとしてたら、いい気になってワイドショーがガンガンやったり勝手に映像を使ったりしてたんだけど、この『杉田』を出したらピタッと止まって何も扱わなくなった、と。つまり、これは彼女なりのマスコミ対策だったわけである！<br>「テレビには規制も多いので、一番自分を表現できるのは出版なんですよね。自分としてはこの『杉田』を出したいためにバラエティーやってきたみたいなところもあるので。『すれっからし』は６年越しの伏線だったんですよ」<br>　伏線といえば『すれっからし』で「信頼していた人に実印を持ち出されて、よくわからないうちに保証人にされて一夜明けたら１億円の借金をかぶっていた」と書かれていた、その「信頼していた人」というのがまさか父親のことだとは誰も想像できなかったはず。<br>「あれは『スターウォーズ』をイメージしてたんですよ。実はダースベーダーはお父さんだったじゃないですか。そのショックみたいな」<br>　誰も気付かないよ、そんなこと！<br>　そして今度は生島ヒロシ取材が決定したのである。テーマはデビュー当時の失敗談とのことだが、そんなのはどうだっていい。ボクが興味あるの空手家としての生島ヒロシだ！<br>　総合格闘技の元祖と言っていい、顔面打撃も投げも関節技も認める空手流派・大道塾の東孝塾長と高校のクラスメートだったことや、学生運動に挫折したとき空手同好会の先生から「アメリカに行って武道を広めよう」と言われて渡米し、ショー・コスギと共に空手ショーをやっていたことなどで知られる彼氏。<br>　しかし、彼が渡米するきっかけになったのが、表紙だけでも奇跡を感じる松方弘樹の実弟・目黒祐樹の著書『モーレツ野郎ＩＮ　ＡＭＥＲＩＣＡ』（69年／日芸出版）だったという事実は、あまり知られていないことだろう。<br>「留学に関する本も読みあさった。中でも、なぜか俳優の目黒祐樹さんの体験が印象的だった。目黒さんは、確かどこか日本人の少ない町に留学。空手の茶帯を持っていたので、アメリカ人に空手を教えたりして、モテモテになった、という一節にとくに気をひかれた。単純なボクは『オレも空手のキャリアは十分だから、やれるな』とニンマリした」<br>　なお、目黒祐樹はというとミッキー安川の『ふうらい坊留学記』（60年／光文社）に衝撃を受けて渡米。帰国後、ミッキー安川に会ったら、「もう、いい加減な本だぜ。作り話もあるしよ」と言われてしまい、生島ヒロシからは「目黒さんの本を読んでアメリカに行ったんだけど、全然違いましたよ！」とボヤかれてしまったのこと（以上、全て目黒祐樹情報）。<br>　ちょっと話を戻そう。いまネットで「生島ヒロシ」「空手」で検索すると、アメリカ在住の「ブルース・リー、スティーブン・セガール、チャック・ノリス、ショー・コスギ、生島ヒロシも教えた日本人空手家」のインタビューが引っ掛かるはず。そこには「先生は生徒に武道家として、体力的、精神的に強くなるだけではなく、人間として大切なことを道場で教えている」「先生の元にはアクションスターになりたいという若者が全米から集まり、彼らの生活の面倒までみる」などと書かれているんだが、直弟子のはずの生島ヒロシはこの先生について著書でこう書いていたのだ。<br>「ボクにとって大変なのは、ランチタイムになると先生が黙って消えてしまうことだった。（略）そして食事が終わったころに戻ってきてワザとらしく、『メシは食ったか？』だって。モー、いい加減にしてもらいたい。所持金も30ドルしかないのですよ。先生はこれを知っててやるんだからタマラない。また夜は夜で、先生はボクに安物しか食わせてくれない。高いものを注文するとキラリと眼が光る」<br>　空手ショーと空手道場での稽古を請け負ったのにノーギャラで、住むところは道場だし、食事はこの調子。こうして朝がドーナツ、夜はマクドナルドという早すぎた『スーパーサイズ・ミー』状態になり、周りのスタッフには「とにかくビタ一文だしたくない先生だからね。君も大変な人についたもんだ」と他のスタッフに言われていたそうなのである。<br>「日一日とたつにつれ、H先生の行動と、いってることのギャップが大きくなってくるのがわかってきた。先生は金がないビンボーなのかというと、とんでもない。当時36歳、独身。トレーニングジム、サウナ、プール、テニスコート付きの高級マンションに住んでいたくらいだ。それなのに、趣味はなんとお金のアイロンがけ。ヤマト魂の武道家もアメリカに渡ってお金の亡者と化してしまったのかな。清く、正しく、美しく、宝塚とはいわないまでも、最低、いったことは守るフェアプレー精神だけはほしかったですね」<br>　今回のインタビューではそんな話についても聞くつもりだったのに、話はなぜか武勇伝方面へと移行。著書でも「当時のボクは『前蹴りの生島』の異名を持つほどの空手小僧」「ボクの拳には、当時空手ダコがあって、空手を知っている者は、この拳を見て後ずさりするほどだった」などと書かれていたが、とにかくカチンと来たら「果たし合いだ！」と勝負を挑むから、アナウンサーになってからも各地で正義の拳を振るってきたようなのだ。<br>「和田アキ子さんでも矢沢永吉さんでも誰でもそうなんですけど、誰かと合うときにはまず『この人はどれぐらいの強さなんだろう』って判断しようとしちゃうんですよね。動物園に行っても、猛獣を見るとそう考えたりして」<br>　これこそ、まさに『大山カラテ　もし戦わば』（79年／池田書店）！　彼は完全に梶原一騎先生や大山倍達総裁の世界の住人……と思ったら、格闘技＆梶原一騎ファンにはわかってもらえる衝撃の事実が、これまた発覚！<br>「実はボク、アメリカで空手をやってた時代にオリンピック・オーデトリアムでベニー・ユキーデと試合をする話があったんですよね」<br>　なんと、梶原一騎先生の『四角いジャングル』（78年／講談社）でお馴染み、「軍隊で使われている地上最悪の殺人格闘技」こと全米プロ空手の大スター、ベニーとの試合をオファーされていたわけなのである！「間に入った人が断っちゃったって最近聞いたんですけど、できることならやりたかったですよ」と寂しげにつぶやく彼の顔は、ボクが見た限りいまでも格闘家としてのそれであった。できることなら草野仁との試合（もちろん打撃あり。できれば大道塾ルール）が見たい！<br><table><tbody><tr><td align="center"><img alt="yoshida050401.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/yoshida/archives/images/yoshida050401.jpg" width="400" height="300"></td></tr><tr><td><br><b>文庫のみのリリースだったので本屋で発見できなかった人も多いかもしれない、『すれっからし』。</b>　バラエティ番組における杉田かおるのキャラを決定付けた一冊であり、そんな番組のネタ本でもあるんだが、地上波ではとても使えないネタも多いので必読！　ホント最高！</td></tr><tr><td><hr></td></tr><tr><td align="center"><img alt="yoshida050402.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/yoshida/archives/images/yoshida050402.jpg" width="400" height="300"/></td></tr><br />
<tr><td><br><b>『すれっからし』のダークサイドというか、なぜ彼女が『すれっからし』になったのかについて全て暴く、とことん物騒な本『杉田』。</b>　この本の中で批判されている宗教団体所属の女性タレントの著書と本屋で普通に並んで平積みされていたのも奇跡的な光景でした。南無！</td></tr><tr><td><hr></td></tr><tr><td align="center"><img alt="yoshida050406.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/yoshida/archives/images/yoshida050406.jpg" width="225" height="300"/></td></tr><tr><td><br><b>「この本、ボクも持ってないですよ！」（生島ヒロシ）という、伝説の目黒祐樹本。</b>　裏表紙の推薦文は石原裕次郎と三船敏郎！　ボクは２冊持っていましたが、目黒さん本人も一冊しか持ってないと言われたので、著者にダブリを一冊プレゼントしてみました。</td></tr><tr><td><hr></td></tr><tr><td align="center"><img alt="yoshida050403.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/yoshida/archives/images/yoshida050403.jpg" width="225" height="300"/></td></tr><tr><td><br><b>宜保愛子似の風貌からは想像も付かないが、圧倒的な強さを誇ったベニー・ユキーデ。</b>　当時、日本では『週刊少年マガジン』の表紙＆巻頭グラビアに登場したり、レコード『ベニー・ユキーデのテーマ』が発売されたり、『リングの怪鳥ユキーデ』という漫画の主人公になったりするぐらいの人気で、あの橋本真也も ベニーに憧れて試合コスチュームをパンタロンにしたとのこと。ジャッキー・チェンと映画『スパルタンＸ』で闘ったことでも有名である。</td></tr><tr><td><hr></td></tr><tr><td align="center"><img alt="yoshida050405.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/yoshida/archives/images/yoshida050405.jpg" width="400" height="300"/></td></tr><tr><td><br><b>ファイティングポーズは伊達じゃない！</b>　空手黒帯なだけあって笑顔ながらまったく隙のない構えの生島さんと、極真Tシャツ着用（拳のせいでマークが見えないのが残念）ながら格闘技経験がないのがハッキリわかるボク。</td></tr><tr><td><hr></td></tr><tr><td align="center"><img alt="yoshida050404.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/yoshida/archives/images/yoshida050404.jpg" width="400" height="300"></td></tr><tr><td><br><b>ボクの生島ヒロシ本コレクションを何冊か手に持ってのツーショット。</b>　生島さんの空手家時代やアメリカ時代について知りたいなら、『まぜごはんプリーズ。』（85年／アルク）と『後輩への説教』（91年／講談社）がオススメ。なお、生島さんのインタビューは来週月曜日に放送されます！　「平日の昼２時にラジオなんて聞けるわけねえだろ！」という人も、24時間限定でネット配信されてるので問題なし！（<a href="http://www.tbs.co.jp/radio/st/" target="_blank">http://www.tbs.co.jp/radio/st/</a>)</td></tr></tbody></table></p>]]>

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<summary type="text/plain">「ボクが取材したスゴイ奴」 - 連載（6）- 
吉田豪大物シリーズ6　蘇る男編の...</summary>
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<![CDATA[<p><b><font color="red">「ボクが取材したスゴイ奴」 - 連載（6）- </font></b><br />
<br><br>吉田豪<br>大物シリーズ6　蘇る男編の巻<br><br>　元チェッカーズのマサハルをインタビューした雑誌『BREAK Max』（コアマガジン）で、今度はポール・牧師匠をインタビューした。<br>　ポール師匠は10歳での初体験の話に始まって、自殺未遂の話、セクハラ騒動（00年に、「ヒーリングと称して全裸にされ、身体を触られた」と30代半ばの銀座ホステスに告発された件）の話、離婚の話、さらには野村秋介氏との交流の話まで何でも話してくれたというのに、原稿チェックでの直しは一箇所のみ！<br>　それも、伝説の番組『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』の「人間性クイズ」で上島竜平に“ホモセクハラ騒動”とでも言うべき“どっきり”を仕掛けた際、「あなた、アブノーマルって知ってる？　アブなノーマルよ」と言いながら迫った部分を「アブがノーマルなのよ」に直すという、ただの事実確認のみだったのである！　しかも「インタビューも原稿も完璧でした！」という絶賛の言葉も頂けたんだから、本当に嬉しい限りだって！<br>　当たり前の話だが、こっちも別に取材相手や事務所を怒らせたいわけじゃなくて、基本的には喜んでいただきたいのである。ただし、それ以上に読者が読んで面白いと思う記事にしたいから、そこが噛み合なくなればマサハルのように「今日はなんでも聞いてください！」と言われたところで、事務所の原稿チェックによって面白い発言が全削除されちゃう、と。<br>　そして先日、ボクはまたもや「今日はなんでも聞いてください！」と言い放つ相手に巡り逢ったのだ！その男とは、ジャパンが付く前のXでベースを弾いていたTAIJIである。<br>　彼にとっての「なんでも」という言葉の重みは、ハッキリ言ってチェッカーズどころの話ではない。世間ではhideの死と「いくら地位や名声やスターの座を得ても空しくて苦しくて、自殺したいほどの絶望感にさいなまれていた」TOSHIがあっちの世界に行ってしまったことぐらいしか知られていないだろうが、彼の著書『伝説のバンド　Ｘの生と死』を読めば、その凄まじさがわかってもらえるはず。<br>　Xが「有線放送大賞で新人賞をもらう前」「器物破損で逮捕され、何日か拘留された」だの、「大阪城ホールでのコンサートの前日、一人で行動していた時にケンカをしてしまい」「窓ガラスをぶち破って」「腕を14針も縫った」のに、「モルヒネを打ちながらステージに立った」だのといったバイオレンス描写（もちろんYOSHIKIやhideの暴走エピソードも含む）も抜群に面白いんだが、重要なのはX脱退後。「直接の原因は『金』なのだと思う。常日頃から『印税は平等に５等分すべきだ』と主張してきた俺の存在がうっとうしくなっていたのかもしれない。ある日、ＹＯＳＨＩＫＩから『辞めてくれ』とクビを宣告されたのだ」<br>　その後はLOUDNESS加入を経て、D.T.Rという自身のバンドを結成するんだが、「Xを辞めてからというもの、俺の人生は墜ちてゆく一方だった」と本人が語っているように、どんどん大変なことになっていたのである。「D.T.Rとしての契約の最後の１年間を、俺は活動せずに終わってしまった。原因は一言では言えない。プライベートでも仕事でも、あらゆる問題が一気に俺のもとへ押し寄せ、その大波を押し返せずに、飛沫となってすべて俺に降り掛かってしまったのだ。『理想と現実のギャップ』とでも言おうか。予想以上にシビアな現実に直面した俺は身動きできなくなり、そして、すべてを失った。その頃の俺は、自分を見失うほど荒れていた。ついには、最愛の妻からも三行半をつきつけられ、帰る家も失ってしまった」<br>　その結果、ギターとリュックだけを担いで家を飛び出すと、彼は上野公園に辿り着き、蛇口がない水道をペンチでこじ開けて水浴びするホームレスになってしまった、と……。<br>　さらに、「日々、やせ衰え、ボロボロになった」彼は、「17歳で家を出てから、ずっと疎遠になっていた母のもと」へと向かい、「親子の縁を切ってやるから、お金をくれ」と言い放ち、その金で安アパート生活を始めても、過酷な状況からは抜け出せなかったようなのだ。<br>「俺は毎日、『いつ死ぬか。いつ死のうか』と思いながら暮らしていた。実際に、川へ身を投げたこともある。でも結局、死ねなかった。『死ぬかもしれない』と思った瞬間、俺は必死に泳いでいたのだ」<br>　hideが亡くなり、葬儀に参列するTAIJIの姿がワイドショーで放送されたのは、ちょうどそんなときだったのである……（ボクも仕事で葬儀に行ったけど、ものすごい混雑で将棋倒し寸前になって、死を覚悟した記憶あり）。<br>「俺はというと、病に侵された体を借り物の喪服で包み、何とか気力だけで参列できる状態だったのだ。しかも、見知らぬ男に角材で殴られていたため、アゴが思うように動かない、前歯が４本もないといった、見るも無惨な姿だった。おそらく『情けない』と思ったのだろう。久しぶりに再会したＹＯＳＨＩＫＩは後日、２人で会う約束をし、何も言わずに歯とアゴを治すのに見合う分のお金を出してくれた。大金をポンと出してくれたのだった」<br>　しかも、酒の飲み過ぎで肝臓はボロボロだし、実は心の病にもかかっているしで、彼はすぐさま緊急入院。病院で精神病棟患者をボーカルに据えたバンドを組んだりを経て、「必ずや、俺は生き返ってみせる」と彼が前向きに宣言するところで、この本は終わっていた。<br>　しかし、実際に会った彼はさらに過酷すぎる運命に翻弄されていたというわけなのだ！<br>　新たに“音風”というバンドに加入した彼は去年の6月にバイクの事故を起こして、左足首靭帯を断絶！　「医者の精密検査の結果は奇跡でも起きなければもう両足で歩く事は不可能というもの」であり、「松葉杖と、これからの人生を共にする事を覚悟しなければならない状態」になってしまったのである！<br>　そんな男が口にする「なんでも聞いて下さい」という言葉の重みが、これでわかってもらえただろうか？　それでいて、取材に同行したマネージャーが「Xの話が多すぎるので、その後の話をもっと聞いて下さい」と、非常に正しいことを口にしたときも、「いいんだよ。みんなXの話を聞きたいんだし、実際に面白いんだから」と言ってのけるTAIJI、最高！<br>　そして、彼は２歳の時、親がやっていた工場の機械に手を突っ込み、右手中指の第一関節から上を切断したという衝撃の事実を明かし、「そのおかげでタッピング（フレットの部分で弦を叩くように演奏する高度なテクニックのこと）が上手くなった」と笑顔で語った。<br>　これで死を覚悟しても、また音楽活動を再開させたんだから（ようやく立って演奏できるようになった模様）、今回のアクシデントもきっとプラスに転化できるはずなのであった。<br><table><tbody><tr><td align="center"><img alt="yoshida2005030501.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/yoshida/archives/images/yoshida2005030501.jpg" width="400" height="300"/></td></tr><tr><td><br><b>ポール師匠とのダブル指パッチン！</b>　……と言いたいところだけど、よく見るとボクのは指パッチンじゃなくてファック・オフ・サインみたいになっちゃってます。</td></tr><tr><td><hr></td></tr><tr><td align="center"><img alt="yoshida2005030503.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/yoshida/archives/images/yoshida2005030503.jpg" width="225" height="300" /></td><br />
</tr><br />
<tr><br />
<td><br><b>X時代の未発表曲CDが売りのようで、本文がもっと素晴らしいTAIJIの著書『伝説のバンド　Xの生と死』（00年／徳間書店）。</b>　インディーズ時代、ビデオを無料配布したことで有名なXだが、それも「最初の頃、ライブの動員数を増やすために、YOSHIKIがこんなことを言ったことがあった。『次のライブではファンに特典として、冷蔵庫を付けよう』『何で冷蔵庫なんだよ』と俺が言うと、YOSHIKIは『じゃ、電子レンジは？』と切り返してくる。この時は結局、巡り巡ってビデオテープに落ち着いた」という経緯だったとか、衝撃の事実がたっぷりと詰まってます。</td><br />
</tr><br />
<tr><br />
<td><br />
<hr><br />
</td><br />
</tr><br />
<tr><td align="center"><img alt="yoshida2005030502.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/yoshida/archives/images/yoshida2005030502.jpg" width="225" height="300" /></td></tr><tr><td><br><b>10歳のとき自宅で当時34歳の父親が首吊り自殺しているのを目撃したため、YOSHIKI は「34歳で死ぬ」が口癖だったなど、それなりにいいネタも混ざっている事務所無許可の謎本『[X-JAPAN]YOSHIKIとその時代』（01年／鹿砦社）。</b>　著者はアントニオ猪木の暴露本を出したことでも知られる板坂剛で、これがそれなりに売れたからなのか、『プラトニック・セックス』人気に便乗した『飯島愛の真実』（鹿砦社）も同年末にリリースしている。</td></tr></tbody></table><br />
</p>]]>

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<title></title>
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<modified>2005-01-28T09:00:47Z</modified>
<issued>2005-01-28T03:41:09Z</issued>
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<summary type="text/plain">「ボクが取材したスゴイ奴」 - 連載（5）- 

吉田豪
大物シリーズ5　真実を...</summary>
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<![CDATA[<p><b><font color="red">「ボクが取材したスゴイ奴」 - 連載（5）- </font></b></p>

<p>吉田豪<br />
大物シリーズ5　真実を語る男編の巻</p>

<p>　前回、原稿チェックにまつわるギャンブラー・坂上忍の男らしいエピソードを紹介したばかりだというのに、最近もまたもやある人の原稿チェックで酷い目に遭ってしまった。<br />
　いや、しつこいようだけど原稿チェックというシステム自体は非常に重要であり、何年か前まで芸能界やプロレス界に原稿チェックが存在しなかったからといって「昔は良かった」などと主張するつもりは一切ない。結局、現場でどれだけ刺激的なことを言ったとしても、馴れ合いに近い仲間意識があったから勝手に書き手が自粛していただけのことだし。<br />
　よく、こういう仕事をしていると「有名人と仲良くなれてうらやましい」と言われたりもするし、実際にずっと大好きだった有名人と仲良くなるためにこっちの世界に入ってくる人もいるようなんだが、ボクに関していえば実際に取材相手と仲良くなることなんてほとんどない。……というか、意識的に仲良くならないようにしていると言っていいだろう。<br />
　ボクは常に相手のことを徹底調査し、相手のグッズなどを大量に持参して取材することで相手の懐に飛び込むんだが、それは別に仲良くなろうとしているわけではない。「敵ではない」ことをアピールしているだけのことである。だからと言って味方だと思われたら原稿に書けないことが多くなるので、「敵でも味方でもない」ポジションをいかにキープするのか。今度はそれが重要になってくるのだ。<br />
　ある程度の信頼関係を築き上げて物騒な話を切り出せそうな流れを作り、それでいてどんな話でもギリギリまで原稿にする。相手がどれだけ物騒な話をしても「ダハハハハ！」とボクが笑い飛ばすのはそのためであり、こっちがそこで引いたらそれは「載せられないぐらいヤバい話」って認識になるだろうけど、どれだけ物騒な話でもこっちが大笑いしたなら「笑い話」に昇華されるわけなのだから。<br />
　まあ、そんなインタビューの技術論はどうでもいい。問題は、ボクが先日取材した元チェッカーズの鶴久政治氏（以下マサハル）だ。<br />
　このときも、いつものように大量のチェッカーズ関連本を持参して根掘り葉掘り聞いたら「すごいファンだよねえ。ここまで調べられたのは20年間でも初めてだよ！」と大絶賛され、非常に楽しく取材させていただいた。<br />
　もちろん、そこで聞いた話はほとんど原稿にしたんだが、なぜか事務所のチェックを経たら文字数が半分ぐらいに減っていて、なおかつ後半は言ってもいない発言のオンパレードになっていたわけなのだ！　なんだよ、それ！　冒頭の「今日はなんでも聞いてください！」というマサハルの発言も削っていたのは笑えたけど、これはあまりにも酷すぎ！<br />
　思えば過去に同じ事務所の高杢禎彦氏（以下モク）を取材したときも原稿チェックで大幅に発言をカットされてしまったんだが、今回はそれどころじゃない。……というか、モクにしても著書では相当エグいことを書いてるのに、なんでインタビューだと過激な発言を削るんだ？　もしイメージを良くしたいんだったら、本の出版自体を止めるべきだよ！<br />
　マサハルにしても、イベントでは「高杢氏は事務所が同じだから会見で一緒に並んだだけ」「暴露本を書いたのは僕じゃない、僕は確執はないです」「高杢氏の本も読んでない。もし読んだら、一番怒るのは僕かもしれない」などと公言しているのに、なんで当たり障りのないインタビューにしようとするのか？こうした方がイメージアップになると考えているのかもしれないが、それじゃ「つまらない人」だと思われるだけでしかないって！　<br />
　モクに対する批判的な発言を載せたらマズいと判断する気持ちは、わからないでもない。だけど、あれだけ盛り上がった会話を「こういう質問は本人ではないので答えようがありません。ただし、高杢氏にはそういう周りを心配する暖かい気持ちがあるということは僕はわかります」なんて捏造コメントにすり替えてどうする？　どこかに依頼されたわけでもないのに高杢に続いてチェッカーズ時代を振り返る原稿を書き始めたマサハルを「本を出しましょうよ！」と煽り、「やりますか、なんちゃって暴露本！」（マサハル）「タイトルは『チェッカーズ』に続いて、『もっと！　チェッカーズ』とかで（笑）」（筆者）「それいいねえ！」（マサハル）って感じで盛り上がった部分を、「まだそういう風な話はここでは言えません。確実になっていないのですから」の一言で終わらせてどうする？　最悪だよ！<br />
　しかもチェッカーズ解散後、「（クロベエから）連絡が来なくなったのは、（マサハルが紹介した）仕事を辞めて言い出しづらかったってことですかね」というボクの質問に、「いや、電話が止まってたの（笑）」（マサハル）「あ、それだけのことですか（笑）」（筆者）と答える呑気なやり取りを、前後はそのままにして「それは、わかりませんね」に直したりする。このチェック原稿を使わなければ記事は載せさせないと事務所が言ってきたわけである。<br />
   <br />
当然、ボクは「このままじゃ自分の原稿として出すわけにはいかない」と編集サイドに申し出て、とりあえず後半の「覚えてません」といった現場では言ってもいない消極的なフレーズが連発されて盛り下がるブロックを全部カットした上で、「事務所サイドの原稿チェックによって不本意な状態で誌面に出ることになりました。読者の方々にお詫びします」という一文を最後に添えることにした、と。<br />
　そして「原稿チェックの直しだけを事務所に戻して、この詫び文はくれぐれも向こうには見せないで、誌面に掲載するように」と編集者に念を押しておいたら、「すいません！　ついボーッとしてて詫び文も一緒に送っちゃいました！」とのことで、さらに大変なことになっちゃったってわけなのである。結局、詫び文まで原稿チェックされちゃったよ！</p>

<table>
<tbody>
<tr>
<td align="center"><img alt="yoshida0126071.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/yoshida/archives/images/yoshida0126071.jpg" width="400" height="300" />
</td>
</tr>
<tr>
<td><b>チェッカーズ内部の確執が表沙汰になるきっかけとなった高杢氏による“暴露本”</b>（著者曰く、「これはボウロ本じゃない！」とのこと）と、前作以上に破壊力抜群な著書第２弾。とにかく騙されたと思って読んで欲しい一冊である。前作同様、感情移入は一切出来ないとはいえ、これは面白すぎだって！</td>
</tr>
<tr>
<td>
<hr>
</td>
</tr>
<tr>
<td align="center"><img alt="yoshida0126072.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/yoshida/archives/images/yoshida0126072.jpg" width="400" height="300" />
</td>
</tr>
<tr>
<td><b>「MASAHARU TSURUKU 1990 CONCERT TOUR『TIMELY』」のツアーパンフ</b>は、ハードカバーの絵本スタイル。本文イラストを寺田克也が手掛けているから、そっち系のファンも買うべき一冊だ。寺田克也調のマサハルが渋い！</td>
</tr>
<tr>
<td>
<hr>
</td>
</tr>
<tr>
<td align="center"><img alt="yoshida0126069.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/yoshida/archives/images/yoshida0126069.jpg" width="400" height="300" />
</td>
</tr>
<tr>
<td><b>末期チェッカーズの迷走ぶりが伝わる90年のツアーパンフ。</b>完全に写真集でしかない本の作りはいいんだが、この衣装はないよ！　クロベエのチャンピオンベルトも、フミヤ＆タカモクのサングラスも趣味悪いなんてもんじゃないって！</td>
</tr>
</tbody>
</table>
]]>

</content>
</entry>
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<title></title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.mf-davinci.com/yoshida/archives/2004/12/post_4.html" />
<modified>2004-12-17T09:59:46Z</modified>
<issued>2004-12-17T05:37:05Z</issued>
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<summary type="text/plain">「ボクが取材したスゴイ奴」 - 連載（4）- 

吉田豪
大物シリーズ4　正しい...</summary>
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<email>hotter@mediafactory.co.jp</email>
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<![CDATA[<p><b><font color="red">「ボクが取材したスゴイ奴」 - 連載（4）- </font></b></p>

<p>吉田豪<br />
大物シリーズ4　正しい男編の巻</p>

<p>　正しい男とは何か？　ボクは大物と呼ぶに相応しい男たちを何人も取材しているうちに、それがだんだんわかってきた。つまり、インタビューの原稿チェックでつまらない直しを入れない男こそが本物なんじゃないか、と。<br />
　いや、何も「原稿チェックをさせろと言い張るＵインターは横暴だ！」なんて昔の『週刊プロレス』みたいなことを言うつもりは、もちろんない。なぜか原稿チェックをさせないことをアイデンティティにしている音楽雑誌も存在するようだが、自分たちより音楽知識のないライターに取材されることも多いから事実関係の間違いをチェックする必要は絶対にあるし、ボクがインタビューされたときもできればチェックぐらいはさせてほしい。<br />
　しかし、どうせチェックをするなら、原稿が面白くなるような直しを入れるか、もしくはあらかじめ一切直さないか、男ならそのどちらかでありたいとボクは思うのであった。</p>

<center><img alt="0412koku.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/yoshida/archives/images/0412koku.jpg" width="212" height="300" /></center>

<p>　たとえば最近、ボクが出したインタビュー集『人間コク宝』（コアマガジン）を読めばわかるように、そこに登場する男たち（坂上忍、岸部四郎、チャック・ウィルソン、 安倍譲二、カルーセル麻紀、三浦和義、田代まさし、真木蔵人、ジョニー大倉、高嶋政宏、稲川淳二、ジョー山中、山本晋也、梨元勝、ＲＯＬＬＹ、桑名正博、中山一也、内田裕也という18人）は、みんな本物！　別にここまで言わなくてもいいようなことばかり口にしているのに、誰もが一切直しを入れないわけなのだ！<br />
　たとえば、<b>坂上忍</b>である。</p>

<center><img alt="0412ochite.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/yoshida/archives/images/0412ochite.jpg" width="197" height="300" /></center>

<p>　彼が17歳のときに出した『地球に落ちてしまった忍』（84年／小学館）という本を読んだときから、彼には何かあるはずだとボクはずっと思っていた。 このタイトルは映画『ションベン・ライダー』出演時、いまは亡き相米慎二監督に「おまえは宇宙人だ。なにを考えているのかわからない！」と言われたことで、「宇宙人でもいいさ。おとなになるにつれ、いやらしく異常になっていく地球人よりはましかもしれない」と憤慨しながら命名したようなんだが、だからこそ帯には「ハンパな大人は許せない」「ずるいやつ調子のいいやつ大きらい」といった喧嘩腰なフレーズが並んでいたし、タイトル＆裏ジャケではデヴィッド・ボウイ主演の『地球に落ちた男』を完コピ！<br />
　そして「アイドルなんて、坂上流に言えば芸能界の小学生だ！」「芸能人の着てるのをまねしてるやつはうんこだ！」なんて調子でどんな対象にでも無闇に噛み付き続け、最後は「ぼくの反抗期、今だに現在進行形」「10年後、20年後、ぼくが今の心を忘れなかったら、ほめてほしい」と宣言していたわけなのだ。</p>

<center><img alt="0412hitori.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/yoshida/archives/images/0412hitori.jpg" width="203" height="300" /></center>

<p>　それから12年後、彼は『ひとりごと』（96年／文藝書房）という本をひっそりとリリース。なぜか前作の存在も無視して帯に「処女エッセイ集」と明記されているのはどうかと思うが、これがまた「酒、ギャンブル、女、喧嘩。私は決して良い子ではないのです」という帯文通りの物騒な一冊だったのである。　<br />
　たとえば、ある年の大晦日には「家族団らんで年を迎えていた最中の彼女を強引に呼び出し」て、そのまま競艇場へと強制連行！　<br />
「彼女に『あなたには呆れたわ』と、にべもなく言われた。彼女とは、それきりだった。男と女の関係は難しい。男と女の関係は難しい。とにもかくにも面倒臭い。正月早々の競艇ツアーを、何故『粋』と感じられないのか？」　<br />
　そして、年の始めから競艇でボロ負けしたときには「散々な目にあったから、親孝行でもすればツキが戻ってくるのではないか？」と「柄にもないこと」を考えて実家へと向かうんだが、そこで事件が起きてしまうのだ。<br />
　不審に思った母親に「気持ち悪いわね」「借金は駄目よ」と先手を売って言われると、彼は「なんだ、この糞ババァ！」と大激怒！<br />
   <br />
「母が私の頬を平手打ちすれば、私は母の首根っこを掴み放り投げ、負けずに母はタックルしてき、私が頭を押さえつけて放り投げる。こうなったらもうなるようにしかならないのが私と母の喧嘩である。どちらかが疲れない限り終わりのゴングはならない」<br />
  　28歳にして母親とここまで喧嘩する芸能人なんて、坂上忍ぐらいしか存在しないよ！<br />
　さらには「いつも年の瀬になると、１年間一生懸命働いて稼いだお金を、来年の運だめしと言って貯金通帳から全額引き落として使い切ってしまう」「坂上忍、平成７年度も貯蓄額『０』。この男、すべてにおいて反省の色なし！」という男らしい姿勢もアピール開始！</p>

<center><img alt="0412jan.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/yoshida/archives/images/0412jan.jpg" width="198" height="300" /></center>

<p>　これじゃ、よっぽどギャンブル好きな女子じゃないと上手くいかないと思えば、『坂上忍の麻雀塀方勝率八割の極意』（98年／ポケットブック社）にはこう書いてあったのである。<br />
「女が（麻雀を）打つのはどうか。これもハッキリいって、大嫌いである。理由はない。嫌いなのである」<br />
「自慢じゃないが、オレは彼女とのデートをスッポカスことはあっても、麻雀に遅れたことはまずない」<br />
「雀士たるもの、雀士同士の約束が女より優先するのである」<br />
　ところが、この姿勢のまま01年１月にスチュワーデスと電撃結婚！　そんなとき彼に取材することができたので、年の瀬の全額ギャンブル使い切りシステムを結婚しても続けられるのかどうか、せっかくだから聞いてみた。<br />
「続けますね。 止めるのは無理です。 これはもう認めるというか、呆れるというか、仕方がないという感じなんでしょうけど」<br />
　そこまで言い切る彼のギャンブル癖に呆れたせいなのか、03年に離婚が確定。そうなると、インタビューを再録できたとしても、ここは絶対削られるんだろうなあ……と不安になったら、事務所から「一切問題なしです！」との返事が届いたのであった。さすがだ！</p>]]>

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<title></title>
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<modified>2004-11-15T07:44:03Z</modified>
<issued>2004-11-12T05:13:36Z</issued>
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<summary type="text/plain">「ボクが取材したスゴイ奴」 - 連載（3）- 

吉田豪
大物シリーズ　特別編
...</summary>
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<![CDATA[<p><b><font color="red">「ボクが取材したスゴイ奴」 - 連載（3）- </font></b></p>

<p>吉田豪<br />
大物シリーズ　特別編</p>

<p>　今回、新たな大物を紹介するつもりだったんだが、急遽予定変更である。いや、とにかくもう大変なことが起きちゃったんだよ！<br />
　その大変さを皆様にお裾分けするためにさっそくネタばらしをすると、裕也さんを讃える原稿をここにアップしてから数日経った頃、なぜかボクの携帯に裕也さんのマネージャーから突然電話がかかってきたわけなのだ！<br />
　もちろん何が起きたのか事態はまったく飲み込めないから、ボクは一瞬でいろんなことを考えた。まさか、あの裕也さん相手に失礼なことをした憶えもない し、だとしたら……。<br />
　あ、このタイミングだと絶対にＷｅｂダヴィンチの原稿だよ！　どこがマズかったのかはわからないけど、これは絶対にヤバい！<br />
　こうしてわずか１秒足らずで怒鳴られる覚悟を決めたところ、電話口からはこんな意外すぎる言葉が耳に飛び込んできたのである。<br />
   <br />
「先日はどうもありがとうございました。内田があのインタビューを非常に気に入ってまして、私も『いますぐ掲載誌を10冊買って来い！』って言われ ちゃったぐらい喜んでるんですよ。  それで、どうしてもあのインタビュアーに渡したいビデオがあるって内田に言われたので、さっき事務所に送っておきました」<br />
　……あれ？　怒ってるどころか喜んでる？<br />
　そういえば裕也さんの公式ホームページでも、このインタビューを告知してくれた上に掲載誌の『ＢＲＥＡＫ　ＭＡＸ』（コアマガジン）について「※アダルト雑誌ですが、インタビューはたいへんまじめなものです」という注釈が付けられていて笑ったんだが、とにかく真面目に言いたいことが言えたし、その発言がたっぷりと掲載されたしで裕也さんは大いに喜んでくれたようなのだ。やった！<br />
　それで、送ったビデオというのは……？</p>

<p><img alt="200411video01.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/yoshida/archives/images/200411video01.jpg" width="401" height="300" /></p>

<p>「92年にフジテレビの深夜枠で放送された、内田がパリの街を走る番組があるんですけど、『ここ10年ぐらいの作品の中では一番気に入っているから、ぜひ見て欲しい。あれは、ちょうどいまぐらいの季節に放送されたものなので、夜寝る前に見てくれ！』とのことでした」<br />
　なんと、わざわざ見るタイミングまで指定済み！　こうまでされたら喜んで見るに決まっているんだが、その番組だったらボクも運良くリアルタイムで見ていた。92年10月27日、フジテレビＮＯＮＦＩＸで放送された『ＲＵＮ　ＦＯＲ　ＰＡＲＩＳ』は、スーツ＆サングラス姿の裕也さんが世界の名曲をＢＧＭにパリの街を50分間ひたすら無言で走り続けるのを８ミリビデオで追い掛けるという、いまの地上波では考えられないような番組だった。<br />
　おそらく、ニューヨークのハドソン川で裕也さんがスーツ姿のまま泳ぐＰＡＲＣＯのＣＭ（85年）からの流れで作られたのだろう。<br />
　とにかく、この番組の裕也さんは矢沢永吉のドキュメント映画『ＲＵＮ＆ＲＵＮ』（80年）以上に走りまくっているし、言うなれば『ＲＵＮ　ＹＵＹＡ　ＲＵＮ』！　そんなところも我が道を行く裕也さんらしいと思ったら、ＢＧＭでシド・ヴィシャス版の『マイ・ウェイ』が流れたりもするから完璧すぎだよ！</p>

<p><img alt="200411video02.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/yoshida/archives/images/200411video02.jpg" width="400" height="300" /></p>

<p>　なお、これはオールフランスロケだった映画『エロティックな関係』（92年10月17日公開）に裕也さんが出演した際、その合間にちょこちょこ撮影しておいたものを映画の公開に合わせて放送したんじゃないかと思われるんだが、この映画の裏話がまた素晴らしかった。<br />
　当時、『ビートたけしのオールナイトニッポン』のリスナーだった掟ポルシェによると、この映画で裕也さんと共演したたけしは当時こんなことを証言していたそうなのである。<br />
   <br />
「ロケハンでパリに行ったんだけど、裕也さんはフランスに着いてから毎日ワインをカパカパ飲んでて、全然ロケハンしないうちに予算のほとんどを使い切っちゃったんだよ。それで、俺が到着してから残り２日ぐらいでロケハンすることになったら、裕也さんが『たけちゃん、俺の映画にピッタリ来る最高にいいロケーションみつけたよ！』と言い出して、それで連れて行かれたのが凱旋門！　思わずズッコケてると『ここだけじゃねぇんだ、たけちゃん！　もっとスゲェ、ビンビン来る場所があるんだよ！　そこにも行こうぜ！』と言われて連れて行かれたのがエッフェル塔！　やっぱり裕也さんはスゲェよなあ！」<br />
　そう。『ＲＵＮ　ＦＯＲ　ＰＡＲＩＳ』でパリの名所を裕也さんが駆け抜けていたのは、きっと我々にスクリーでは伝わらないパリのヤバい風景を見せたかったからであり、今回ビデオを送っていただいたのも、きっとそういうことなんじゃないかと思うのであった。</p>

<p><img alt="200411video03.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/yoshida/archives/images/200411video03.jpg" width="400" height="300" /></p>

<p><br />
なお、この連載で紹介した内田裕也＆中山一也の最強タッグを筆頭に、真木蔵人、田代まさし、高嶋政宏、安部譲二、三浦和義、カルーセル麻紀、チャック・ウィルソン、坂上忍、ジョニー大倉、稲川淳二、ジョー山中、山本晋也、梨元勝、桑名正博、ローリーといった大物たちの１万字インタビューを収録した単行本<b>『人間コク宝』が、コアマガジンから 12月2日に発売決定！</b>　同日、池袋ジュンク堂でイベントもやるので、よろしくどうぞ。<br />
<a href="http://www.junkudo.co.jp/newevent/evtalk.html"target=_blank">http://www.junkudo.co.jp/newevent/evtalk.html</a></p>]]>

</content>
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<title></title>
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<modified>2004-10-07T12:05:54Z</modified>
<issued>2004-10-07T15:00:00Z</issued>
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<created>2004-10-07T15:00:00Z</created>
<summary type="text/plain">「ボクが取材したスゴイ奴」 - 連載（2）- 

吉田豪
大物シリーズ2　本物の...</summary>
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<name>davinci_red</name>

<email>akiki@mediafactory.co.jp</email>
</author>

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://blog.mf-davinci.com/yoshida/">
<![CDATA[<p><b><font color="red">「ボクが取材したスゴイ奴」 - 連載（2）- </font></b></p>

<p>吉田豪<br />
大物シリーズ2　本物の大物の巻</p>

<p>　橋田ファミリーに巨泉ファミリーと芸能界には様々なファミリーが存在するが、なかでも最強なのはもちろん裕也ファミリーである。<br />
　その物騒さは、83年に「なぜ外人ロック歌手ばかり呼ぶのだ！」という抗議のため刃渡り18センチ文化包丁片手にウドー音楽事務所へと乗り込み、自ら１１０番通報した伝説の事件からも容易に想像でると思うが、裕也さんの武勇伝はそんなものだけではない。<br />
　西城秀樹を売り出した上条英男氏（北公次の暴露本に便乗して、90年にデータハウスからリリースした『くたばれ芸能界』と『芸能界の嘘』で有名）によると、彼がタイガースの森本太郎＆岸部修三（一徳）＆加橋かつみと徹夜で麻雀していたとき、「最高にヒガミっぽい男」だという「ユーヤがね、どっから聞きつけてきたんだかは知らないけど、『オレをないがしろにするな！』ってんで、上半身裸で、クサリのチェーンを手にまいて、土足で入り込んできた」こともあったらしいのだ！<br />
　さすがは裕也さん。新婚当時、樹木希林から、あの伝説の殺人鬼チャールズ・マンソン呼ばわりされていたのは伊達じゃないよ！<br />
 「マンソンって人は、みてるだけで面白おかしな人なのよ。あドアがちょっとひっかかって閉まらないといっては“なんでドアまで、さからうんだ。女房がおれにタテつくからか”なんて、大声で怒鳴ってる」（樹木希林・談）<br />
　さて、そんな裕也さんをどうにか取材したいと考えたボクは、まず『ＢＲＥＡＫ　ＭＡＸ』（コアマガジン）という雑誌でマンソン・ファミリー、もとい裕也ファミリー制覇を目指して力也〜ジョー山中〜桑名正博（敬称略）と芋ヅル式に取材を続けた。その結果、ようやく裕也さん取材へと辿り着いたのである！<br />
　かつて大物インタビュー集『男気万字固め』（01年／エンターブレイン）のボーナストラックというか、ムツゴロウさんのインタビューが諸事情で収録できなくなった（ネットで検索したら掲載誌をそのままスキャンしたものが読めるはず）巨大なマイナスを埋めるべく裕也さんにオファーしたものの、取材直前になって高熱が下がらなくて取材を断念した過去もあるので、今度こそリベンジしてやる！<br />
　そう覚悟して裕也さん取材に挑んだわけだが、やっぱり緊張感は尋常じゃなかった。<br />
下手に踏み込むと「……その話はいいだろ！」と注意されるし、子供の頃から順番に話を聞くと「……昔の話をあんまり追っても意味が無いから、いまの話を聞いてくれ！」と容赦なく駄目出し。そんな状態から話が上手く転がせたのは、裕也さんの名著『俺はロッキンローラー』（76年／講談社）のおかげだった。<br />
　裕也さんは、「僕は金にうといね。だからしょっちゅう電気が止まったりするんだよ」「メシ食ってると東京ガスがたまったガス代集金に来る。これはロックンロールだよ」というライフスタイルゆえ、過去の著書や資料を倉庫に保管しておいたもののお金を払わなかったせいで全部破棄されてしまったとのこと。<br />
　だからこそ、自分も持っていない本を見てすっかりゴキゲンになったというわけなのだ。<br />
　こうして、最初こそ「酒を飲んだらおかしくなっちゃうから」とシラフで話していた裕也さんは、「お前らも飲むか？」と言いながらワインを次々と注文。光栄だとはいえ、「飲んでて小便しようと思って便所に行ったら、便所に網を張った５ミリぐらいのガラスがあった。そのガラスがオレを見て笑ったような気がした」だけでガラスを殴り12針縫った伝説を思うと、これはとんでもない緊張感だよ！<br />
　その結果、インタビューは３時間を突破！<br />
　後半は著書に書かれた「善　善と悪は、いつも裏表である」「悪　悪といえば阿久悠」「罪　罪は俺自身」「罰　罰はドストエフスキー」などの「内田裕也の金言名句集」を裕也さん自ら読み上げ、「俺、いいこと言ってるなあ！」と振り返ってばかりいたとはいえ、喜んでいただけたようで何よりなのであった。<br />
　なお、スーツでキメた裕也さんが屋外なのに裸足でポーズを取っているのが謎だらけだと何人かに質問されたんだが、ボクが見た限りでは座ったポーズで写真を撮る際、ふと見た自分の靴下に気合いが感じられないと感じた裕也さんが「さっきまで話の流れだと、靴下はない方がいいな！」とアドリブを利かせて裸足になったんじゃないかと思うのである。<br />
<img alt="acb.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/yoshida/archives/images/acb.jpg" width="412" height="750" /><br />
<b>「俺の昔のことを書きたいんだったら、『新宿ACB』(03年／講談社）って本を読んで<br />
くれ！　あれに詳しく書いてあるから」（内田裕也・談）ということで、その本に掲<br />
載されている若き日の裕也さんがこれ。</b></p>

<p><img alt="flower.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/yoshida/archives/images/flower.jpg" width="349" height="500" /><br />
<b>「見てくれよ、この写真！　いま見ても、そこらの外タレになんか全然負けてないだ<br />
ろ？」と裕也さんが言うのも納得できる、ジョー山中率いるフラワー・トラベリン・<br />
バンドとの一枚。</b></p>

<p><img alt="pajama.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/yoshida/archives/images/pajama.jpg" width="302" height="472" /><br />
<b>当時はステージだろうとハワイの国際映画祭だろうと、常にこのギンガムチェックの<br />
パジャマ姿だったという裕也さん。さすがにハワイではLSDをやってると思われたそ<br />
うだが、いまでは「ちょっとヤバそうな、ぶっ飛んだ顔してるよ（笑）。やっぱり、<br />
おかしかったんだろうな……」と冷静にコメントしてました。</b></p>

<p><img alt="sign2.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/yoshida/archives/images/sign2.jpg" width="394" height="300" /><br />
<b>取材後にいただいたサインがこれ。なお、プレゼント用の色紙にサインするときは<br />
「ROCK'N ROLL」と書こうとして「やべえ、間違えた！」と言われてました。</b><br />
</p>]]>

</content>
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<title></title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.mf-davinci.com/yoshida/archives/2004/09/post.html" />
<modified>2004-09-20T16:59:48Z</modified>
<issued>2004-09-02T16:51:24Z</issued>
<id>tag:blog.mf-davinci.com,2004:/yoshida//12.17</id>
<created>2004-09-02T16:51:24Z</created>
<summary type="text/plain">「ボクが取材したスゴイ奴」 - 連載（1）- 

吉田豪
大物シリーズ１　将来の...</summary>
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<name>davinci</name>


</author>

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://blog.mf-davinci.com/yoshida/">
<![CDATA[<p><b><font color="red">「ボクが取材したスゴイ奴」 - 連載（1）- </font></b></p>

<p>吉田豪<br />
大物シリーズ１　将来の大物の巻</p>

<p>　ボクが大槻ケンヂさんに会うと、必ずといっていいほどこんなことを言われるものだ。<br />
「俺は『豪ちゃんの文体に影響を受けた』って公言してるのに、豪ちゃんはなんで俺のことを原稿に書いてくれないのよ！　豪ちゃんの好きな男気溢れる昭和の芸能人やロッカーみたいに、女の子とヤッた話もマジックマッシュルームでラリった話も、ポルシェに乗ってるいることだってネタにしてるのにさあ……」<br />
　確かに、大槻さんがいまとなっては日本でも数少ないセックス＆ドラッグ＆ロックンロールな活動を続けているミュージシャンなのは、紛れもない事実。しかし、ボクも含めた文科系の人間がどれでも無理をしたところで、本物には到底勝てるわけがないのである。<br />
　本物とは、つまり昔から「俺は大物なんだ。明日の大物なんだ。とにかく大物なんだ」と何度も言い続けた結果、三池崇史監督の『ＩＺＯ』で20年ぶりに主役を張るまでになった中山一也みたいな男のことだ。</p>

<center><font size="2">三池崇史監督作品『IZO』<br>
<img alt="izo03.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/yoshida/archives/images/izo03.jpg" width="300" height="200" /><br>
現在、渋谷シアター・イメージフォーラムにてロードショー<br>
<a href="http://www.izo-movie.com/">http://www.izo-movie.com/</a></font></center>

<p>　北野武や松方弘樹、桃井かおりに緒方拳といった大物ばかりが出演する中で、なぜ誰よりも無名な彼が主役に選ばれたのか？　それは、彼が20年前に主演するはずだった映画を降板させられるなり監督でもあった大物芥川賞作家をナイフで刺し、復帰後は倉本聰の自宅で割腹自殺を図り、さらには「俺が報われないのは日本の映画界が悪い！」とばかりに築地の松竹に車で突っ込んだ過去を持つ、正真正銘の本物だからなのである。<br />
　作中で２００人以上殺しまくる怨念と狂気に満ちた“人斬り以蔵”役を素で演じられるのは、彼ぐらいしか存在しないことだろう。なにしろ、以蔵役にも「金正日を殺してやる！」って思いを込めて演じてたっていうぐらいだし。<br />
　そんな本物の男を先日、遂にボクは取材することになったわけである！<br />
　下手したら刺される！　……というぐらいの緊張感に包まれながら恐る恐るボクが名刺を出すと、いきなり彼は鋭い眼光でこちらを睨み付けながらこう切り出した。「吉田氏には、ずっと会いたかったんだよ！」<br />
<img alt="syuyaku.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/yoshida/archives/images/syuyaku.jpg" width="150" height="239" / align="right">　……えっ!?　もしかして、彼の著書『刺されたいのか、主役はこの俺だ！』（84年／長岡書店）をある媒体でボクが書評したのを読んで、怒ってるとか!?　ヤバい、ボクも刺される！<br />
「いや、去年の２月ぐらいに仕事がなくて落ち込んで、また世間を賑わして塀の中に行こうと思うぐらいテンパッてたとき、吉田氏の書評で励まされたんですよ！　あのときはちょうどハンミちゃん一家の日本領事亡命事件にブチ切れて、中国大使館に乗り込むつもりだったから。その感謝の気持ちを伝えたくて、俺は吉田さんの自宅と思われる電話番号を入手して１００回ぐらい電話してるんだけどさ」<br />
　そう熱く語りながら彼が差し出した携帯には、「よしだごう」という名前と、見たこともない電話番号が登録されていたのである……。<br />
「今日の出会いは、梶原一騎さんと大山倍達さんの出会いに等しいんじゃないかな。自分のことを世間に伝えてくれる人にようやく会えたっていうね。だから俺は、これから死ぬまで吉田氏と長い付き合いを……嫌でしょうけど」<br />
　当然ボクは「刺されなければ大丈夫です！」と答えたので、これから面白いことになりそうなのであった。やっぱり本物は凄いわ！</p>

<center><img alt="sign.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/yoshida/archives/images/sign.jpg" width="250" height="209" /><br>
<font size="2">なお、彼はいままでサインをしたこともなければ、この本を持ってすらいないので、これが日本で唯一のサイン本なのだそうです。</font></center>]]>

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