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2005年03月07日
「ボクが取材したスゴイ奴」 - 連載(6)-
吉田豪
大物シリーズ6 蘇る男編の巻
元チェッカーズのマサハルをインタビューした雑誌『BREAK Max』(コアマガジン)で、今度はポール・牧師匠をインタビューした。
ポール師匠は10歳での初体験の話に始まって、自殺未遂の話、セクハラ騒動(00年に、「ヒーリングと称して全裸にされ、身体を触られた」と30代半ばの銀座ホステスに告発された件)の話、離婚の話、さらには野村秋介氏との交流の話まで何でも話してくれたというのに、原稿チェックでの直しは一箇所のみ!
それも、伝説の番組『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』の「人間性クイズ」で上島竜平に“ホモセクハラ騒動”とでも言うべき“どっきり”を仕掛けた際、「あなた、アブノーマルって知ってる? アブなノーマルよ」と言いながら迫った部分を「アブがノーマルなのよ」に直すという、ただの事実確認のみだったのである! しかも「インタビューも原稿も完璧でした!」という絶賛の言葉も頂けたんだから、本当に嬉しい限りだって!
当たり前の話だが、こっちも別に取材相手や事務所を怒らせたいわけじゃなくて、基本的には喜んでいただきたいのである。ただし、それ以上に読者が読んで面白いと思う記事にしたいから、そこが噛み合なくなればマサハルのように「今日はなんでも聞いてください!」と言われたところで、事務所の原稿チェックによって面白い発言が全削除されちゃう、と。
そして先日、ボクはまたもや「今日はなんでも聞いてください!」と言い放つ相手に巡り逢ったのだ!その男とは、ジャパンが付く前のXでベースを弾いていたTAIJIである。
彼にとっての「なんでも」という言葉の重みは、ハッキリ言ってチェッカーズどころの話ではない。世間ではhideの死と「いくら地位や名声やスターの座を得ても空しくて苦しくて、自殺したいほどの絶望感にさいなまれていた」TOSHIがあっちの世界に行ってしまったことぐらいしか知られていないだろうが、彼の著書『伝説のバンド Xの生と死』を読めば、その凄まじさがわかってもらえるはず。
Xが「有線放送大賞で新人賞をもらう前」「器物破損で逮捕され、何日か拘留された」だの、「大阪城ホールでのコンサートの前日、一人で行動していた時にケンカをしてしまい」「窓ガラスをぶち破って」「腕を14針も縫った」のに、「モルヒネを打ちながらステージに立った」だのといったバイオレンス描写(もちろんYOSHIKIやhideの暴走エピソードも含む)も抜群に面白いんだが、重要なのはX脱退後。「直接の原因は『金』なのだと思う。常日頃から『印税は平等に5等分すべきだ』と主張してきた俺の存在がうっとうしくなっていたのかもしれない。ある日、YOSHIKIから『辞めてくれ』とクビを宣告されたのだ」
その後はLOUDNESS加入を経て、D.T.Rという自身のバンドを結成するんだが、「Xを辞めてからというもの、俺の人生は墜ちてゆく一方だった」と本人が語っているように、どんどん大変なことになっていたのである。「D.T.Rとしての契約の最後の1年間を、俺は活動せずに終わってしまった。原因は一言では言えない。プライベートでも仕事でも、あらゆる問題が一気に俺のもとへ押し寄せ、その大波を押し返せずに、飛沫となってすべて俺に降り掛かってしまったのだ。『理想と現実のギャップ』とでも言おうか。予想以上にシビアな現実に直面した俺は身動きできなくなり、そして、すべてを失った。その頃の俺は、自分を見失うほど荒れていた。ついには、最愛の妻からも三行半をつきつけられ、帰る家も失ってしまった」
その結果、ギターとリュックだけを担いで家を飛び出すと、彼は上野公園に辿り着き、蛇口がない水道をペンチでこじ開けて水浴びするホームレスになってしまった、と……。
さらに、「日々、やせ衰え、ボロボロになった」彼は、「17歳で家を出てから、ずっと疎遠になっていた母のもと」へと向かい、「親子の縁を切ってやるから、お金をくれ」と言い放ち、その金で安アパート生活を始めても、過酷な状況からは抜け出せなかったようなのだ。
「俺は毎日、『いつ死ぬか。いつ死のうか』と思いながら暮らしていた。実際に、川へ身を投げたこともある。でも結局、死ねなかった。『死ぬかもしれない』と思った瞬間、俺は必死に泳いでいたのだ」
hideが亡くなり、葬儀に参列するTAIJIの姿がワイドショーで放送されたのは、ちょうどそんなときだったのである……(ボクも仕事で葬儀に行ったけど、ものすごい混雑で将棋倒し寸前になって、死を覚悟した記憶あり)。
「俺はというと、病に侵された体を借り物の喪服で包み、何とか気力だけで参列できる状態だったのだ。しかも、見知らぬ男に角材で殴られていたため、アゴが思うように動かない、前歯が4本もないといった、見るも無惨な姿だった。おそらく『情けない』と思ったのだろう。久しぶりに再会したYOSHIKIは後日、2人で会う約束をし、何も言わずに歯とアゴを治すのに見合う分のお金を出してくれた。大金をポンと出してくれたのだった」
しかも、酒の飲み過ぎで肝臓はボロボロだし、実は心の病にもかかっているしで、彼はすぐさま緊急入院。病院で精神病棟患者をボーカルに据えたバンドを組んだりを経て、「必ずや、俺は生き返ってみせる」と彼が前向きに宣言するところで、この本は終わっていた。
しかし、実際に会った彼はさらに過酷すぎる運命に翻弄されていたというわけなのだ!
新たに“音風”というバンドに加入した彼は去年の6月にバイクの事故を起こして、左足首靭帯を断絶! 「医者の精密検査の結果は奇跡でも起きなければもう両足で歩く事は不可能というもの」であり、「松葉杖と、これからの人生を共にする事を覚悟しなければならない状態」になってしまったのである!
そんな男が口にする「なんでも聞いて下さい」という言葉の重みが、これでわかってもらえただろうか? それでいて、取材に同行したマネージャーが「Xの話が多すぎるので、その後の話をもっと聞いて下さい」と、非常に正しいことを口にしたときも、「いいんだよ。みんなXの話を聞きたいんだし、実際に面白いんだから」と言ってのけるTAIJI、最高!
そして、彼は2歳の時、親がやっていた工場の機械に手を突っ込み、右手中指の第一関節から上を切断したという衝撃の事実を明かし、「そのおかげでタッピング(フレットの部分で弦を叩くように演奏する高度なテクニックのこと)が上手くなった」と笑顔で語った。
これで死を覚悟しても、また音楽活動を再開させたんだから(ようやく立って演奏できるようになった模様)、今回のアクシデントもきっとプラスに転化できるはずなのであった。
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ポール師匠とのダブル指パッチン! ……と言いたいところだけど、よく見るとボクのは指パッチンじゃなくてファック・オフ・サインみたいになっちゃってます。 |
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X時代の未発表曲CDが売りのようで、本文がもっと素晴らしいTAIJIの著書『伝説のバンド Xの生と死』(00年/徳間書店)。 インディーズ時代、ビデオを無料配布したことで有名なXだが、それも「最初の頃、ライブの動員数を増やすために、YOSHIKIがこんなことを言ったことがあった。『次のライブではファンに特典として、冷蔵庫を付けよう』『何で冷蔵庫なんだよ』と俺が言うと、YOSHIKIは『じゃ、電子レンジは?』と切り返してくる。この時は結局、巡り巡ってビデオテープに落ち着いた」という経緯だったとか、衝撃の事実がたっぷりと詰まってます。 |
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10歳のとき自宅で当時34歳の父親が首吊り自殺しているのを目撃したため、YOSHIKI は「34歳で死ぬ」が口癖だったなど、それなりにいいネタも混ざっている事務所無許可の謎本『[X-JAPAN]YOSHIKIとその時代』(01年/鹿砦社)。 著者はアントニオ猪木の暴露本を出したことでも知られる板坂剛で、これがそれなりに売れたからなのか、『プラトニック・セックス』人気に便乗した『飯島愛の真実』(鹿砦社)も同年末にリリースしている。 |
投稿者 davinci_blue : 13:40


