2005年04月06日
「あなたには運を引きよせる力が本当にあると思いますか?」特集番外編
| 編集/岸本亜紀 |
我が家の近くに保育園がある。区役所の派出所の建物の中の1階部分が保育園になっている、都心にありがちなこじんまりした保育園なのだが、沈丁花が咲いたり、木蓮が白い大きな花をつけたりするので、ふだんは何もそこにないかのようにひっそりとしているただの空間も、意外にもたくさんの植木が植えられているのだと気が付く。そして植物は律儀だなぁ、と毎年思う。時に狂い咲きのようなこともあるけれど、季節が巡ればちゃんと花をつけ、太陽の匂いをかいで、気持ちよさそうに風に揺られ、種子を自由に飛ばし、また来年の挨拶の準備をするために散っていく。 |
![]() 今朝、あわただしくばたばたと出かけると、いつもは砂場や大きなおもちゃで遊ぶ、やんややんやと聞こえる子供たちの喚声が聞こえてこない。はて?と庭をみやると、なんと小さい机がベランダ(というのか?軒下の空間)にずらっと並べられ、総勢20人くらいの子供たちが、なにやらうふふと笑いながら、飲み物を飲みながら静かにイスにすわり、お花見をしているではないか!空を見やれば、庭の一部に植えられた桜がちょうど満開で、はらはらと花びらを飛ばし始めている。子供たちは静かにそれをお行儀よく見ている・・・・・。うーむ、かわいい。 私は一瞬で幸福な気持ちになった。それは、飼い猫が陽だまりで安心して寝ている姿に、こちらもほっこりするというのに似ているが、でも実はそれとちょっと違う。人間同士でしか伝えられないような幸福感なのだ。それも、一瞬しか感じられないものなのだ。今月号で、作家の西加奈子さんがインタビューで言っていた。「今日、お母さんの自転車の後ろでグワーン爆睡していて落ちそうな子供、見かけたんですけど、見た瞬間、あ〜なんて幸福なんやろって思って」。まさに、それ。一瞬の幸福なのだ。それは世界が一瞬、微笑みかけるかのような。 |
![]() 幸運、不運というのは、要は自分の解釈次第なんだろうなと本当に思う。考え方ひとつで、自分の表情は明るい顔にもなるし、怖い顔にもなる。口調だって変 わるだろうし、着る服だって、口紅の色だって変わるだろう。暗い人のところには(ある種のマニアは除いて)、人は集まりたがらないだろうし、ほがらかに楽しくしていれば似た人々が集まってくる(でもばかばっかり!みたいなゆるいこともあるので要注意だが)。そしたらチャンスは広がるだろうし、取捨選択の機会が増え、さらなる幸運不運が待ち受けている。 そういったことは、歴代のいろんな偉い人たちが、いろんなアドバイスを本に書いてくれているけれど、自分が何を受け入れ、どんな自分になりたいのかをイメージできればおのずと状況は変わっていくように思う。例えば、仕事を頑張りたいとか、健康でいたいとか、そういうシンプルな目標というか。でも、なかなかそれができないから、本というものがきっかけとしてそこにあるんだろう。子供たちをみて、「幸せだ」と思うか、「うざい」と思うか。それで人格が決定されるわけではないから、本当にその日の気分次第なんだろうけれど、不幸の種を撒き散らすような人でいるよりは、小さな幸福を蒔いていくような人でいたほうが、総じて幸せなのかなと思う今日このごろ。 春だから、少し、ゆる〜くなっているのかな、私。 |

