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<title>4ch 水道橋博士</title>
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<modified>2005-04-22T09:13:24Z</modified>
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<title></title>
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<summary type="text/plain">水道橋博士の「本、邪魔か？」（8）ホリエモン

　我が家の居間に、かのジェームス...</summary>
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<email>skamano@mediafactory.co.jp</email>
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<![CDATA[<p><b><font color="red">水道橋博士の「本、邪魔か？」（8）ホリエモン</font></b></p>

<p>　我が家の居間に、かのジェームス・ブラウンの人形がある。<br />
　ボタンを押すと、けたたましくも、ご機嫌に「I Feel Good」を謳い踊る。<br />
　さて、このJＢ、全米にファンクの帝王として君臨しながらも、その事件続き、波乱万丈の人生は、世に物議をかもし続けてきたお騒がせ氏である。<br />
　実は、この我が家のJBは、あのライブドアの堀江貴文社長からの貰い物なのである。<br />
<br></p>

<p><img alt="hakase050401.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/suidobashi/archives/images/hakase050401.jpg" width="225" height="300" /></p>

<p><br />
　そのJBにも負けない、けたたましい、物議だらけの人生を送る堀江社長――。<br />
　本日（４月１８日）、「ライブドア vs ニッポン放送&フジテレビ」問題に、蹴りをつけ、昨日までの敵が手に手をとる歴史的和解の席へと持ち込んだ。<br />
　しかし、この２ヶ月に渡るバトル、通称、「ホリエモン」どころか、本格的にフジサンケイ・グループの「邪魔モン」と成りながら、最後の最後、土俵際で居残って見せたのである。<br />
　今回は、この問題児と俺との交流を語ろう。</p>

<p>　一昨年、４月３日――。<br />
　俺たちが司会をつとめる、テレビ朝日の深夜番組、社長バラエティー『ド・ナイト』のロケが初対面であった。<br />
　今でこそ、時代の寵児であり、連日、ニュースを騒がす、ホリエモンであるが、当時はまだ知る人ぞ知る存在、２７歳で上場、３０歳の若さで資産６０億円の長者に登りつめたＩＴ業界の若き旗手であった。<br />
　俺が何より関心をもったのは、事前に打ち合わせをした若いスタッフが、「正直言って話を聞いているだけで頭に来ますよ！」と身を震わせ報告し、とにかく、その語り口調が、傲慢不遜、非常に生意気であると言うことだった。<br />
　それを聞き、宮路社長、鈴木その子社長などなど、他人が手を焼くようなキャラの強い社長の扱いは俺たちのお手の物であり、正直、異業種猛獣使いとして、芸人としての腕が鳴った。<br />
　当時、「ライブドア」の社名は『エッジ』、ちなみに最初の社名は、「オン・ザ・エッジ」（崖っぷち）であり、本社の所在地は渋谷であった。<br />
　会社に入って、まず、その上場企業とは思えぬ自由闊達な雰囲気に戸惑った。<br />
　規則を感じさせない、気ままな、いでたちの若者だらけであり、いわゆる「会社言葉」で話さない、その違和感は、かつての「光通信」ほどではないにしろ、こういうのが、当世のＩＴ企業かと思わせた。<br />
　「お待たせしてすいません、堀江は、今、打ち合わせ中なんで申し訳ありません。一度話しだすと長いから……もう、しょうがない奴なんですよオ……」<br />
　と、第一声を発したのは乙部秘書。<br />
　ギャグのつもりなのか、和気藹々を通り越した、島田紳助師匠なら確実にぶっ飛ばされているであろう、その口調にも意表を付かれた。<br />
　（彼女の振る舞いの奔放さは、その後も続き、『ド・ナイト』スタッフの間では、評判になり、当時から俄然、注目されるキャラとして、その後、俺は個人的にも親しくなった。）<br />
<br><br />
<img alt="hakase050402.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/suidobashi/archives/images/hakase050402.jpg" width="300" height="165" />　<br />
<br><br><br />
　さてインタビューでは、ホリエモン、今と変わらぬ大言壮語をかました。<br />
「同年代のライバルは松井秀喜くらいかな、でも年収ならとっくに抜いているし、ヤンキースだって、なんなら買っちゃろうか！と思っている」とか、「矢沢永吉の『成り上がり』が、ロールスロイスで煙草を買いに行くなら、宇宙旅行を事業化して、宇宙船で火星に煙草を買いに行きたい！」などと、とにかく大法螺を吹いていたのである。<br />
　そして、今と変わらぬ、やる気の無さそうなふてぶてしい態度は、最初の印象から、「空白の一日」事件の頃の江川卓を彷彿させ、その後、この本人が、江川事件以上のプロ野球界に大騒動を巻き起こし、さらに、その後は「空白の一日」ならぬ、「時間外取引」で再び喧々諤々の物議をかもすことになるとは、この日、思いも寄らなかった。</p>

<p>　（ちなみに、この日『ド・ナイト』で収録した俺のインタビューが、二〇〇四年の六月三十日、堀江社長が、突如、近鉄バファローズ買収を表明した日の『報道ステーション』で使われた。よほど当時はホリエモンの映像がなかったのであろう。ところが隣で話を聞いているはずの俺の映像は一切出てこない。写りこみをトリミングまでされ、あの日の俺は「黒い霧事件」の池永投手のごとく、理不尽にも全ての活動記録と存在そのものが抹消され、まさに俺にとっての「空白の一日」となってしまっていたのである）<br />
　<br />
　その後、社長の豪邸訪問で、現在の六本木ヒルズ族になる前の自宅、下馬の中古の一軒屋を訪ね、「建物探訪」の渡辺篤史よろしく部屋を物色した。<br />
　内装は悪趣味な成り上がり社長特有のコレクションなどなく、思わず、「金持ちの子供部屋」と例えたほど、先述のJB人形やら、ダイエット用乗馬グッズなど、子供じみた調度品が多かった。<br />
　書斎の本棚には、受験時の参考書やＰＣの技術書と共に、夥しい漫画本が無造作に置かれていた。<br />
　その様は、まるで苦学生、あるいは受験生の部屋にも見えた。<br />
　そこで話をしたことは、よく憶えている。<br />
　武田鉄也＆小山ゆうの『お〜い！竜馬』が全巻並べられていたので、「好きなんですか？」と聞くと、「竜馬こそ、日本のベンチャー企業のさきがけでしょう」と語り、俺が、「うちの事務所の後輩のジョーダンズの三又が、今度、この漫画を舞台化するんですよ、でも資金的に大変なんで、スポンサードしてくれませんか？」と話を振ると、「それをネットで中継出来るようであるならば、それも面白いですね〜。もっと映像ソフトに資本投下したいんですよ」などと前向きな発言をしていたが……。<br />
　まさか、映像ソフトに、これほど大規模な資本投下を考えていようとは、この時も露知らず。</p>

<p>　その後、数々の社長が『ド・ナイト』に登場した。<br />
　馬主王、関口房朗会長など、番組のエースとなる人材も出揃った。<br />
　その一方で、堀江社長&乙部秘書の面白さは、俺は個人的に何度もスタッフに具申し、その起用には強く拘った。<br />
　堀江社長の「ルックスやテンションがテレビ的でない」ことに反対論もあったが、テレビで反感を買うような発言に衒（てら）いがないところ、また、若くして得た巨万の富の輝きを反射するが如く、人を不愉快、不安定にさせる要素は、他の社長にない、光を独特に偏向させるプリズム的要素があった。</p>

<p>　そして、俺の念願叶い、２回目の『ド・ナイト』ロケは、翌年の１月２８日に実現した。<br />
　社長との玉の輿を願う、さとう珠緒のお見合い相手として抜擢したのである。<br />
　丁度、この時期、社名も『ライブドア』と変更し、株式市場で注目を浴びていた。１対１００の株式分割で、１５日連続ストップ高の新記録を樹立し、一時的とは言え、計算上では、なんと資産９４００億円の持ち主となっていたのだ。<br />
　「ミリオンダラーマン」と言う、ギミックを持つアメリカのプロレスラーがいるのだが、それに倣って、俺は「資産一兆円男」と名づけた。<br />
　これは「一兆円」の数字遊びだけでも、楽しめた。<br />
　なぜなら、一兆円とは、三十年間、毎日一億円ずつ遣わないとなくならない、松井秀喜の年俸の１３８８年分、六本木ヒルズの総工費、３個分……などと例えたのだが、実際、いくらでも物件を買い漁れる、ボードゲーム・桃太郎電鉄の社長そのものであったのだ。<br />
　この番組では、毎週、社長に会っていたが、バラエティーの演出的には、社長のキャラをお笑い的に盛り上げるには、会社側、本人的にも、「出来る、出来ない」の線引きが多く、「勘弁してください」と、演出を拒否され、苦戦させられることも多かった。<br />
　しかし、ホリエモンの場合は、その意図を説明すると、全てがノープロブレム、その鷹揚さは、故・宮路社長に近いものがあった。<br />
　しかし、考えてみれば、宮路社長など今まで数々絡んだ名物社長は、所詮は非公開会社の社長である、独断専行、ワンマンも当然なわけだが、今度は公開会社、上場会社の社長である。その発言一言一句が常に、会社債権者、株主の聞き耳に包囲され、商法、証券取引法の監視下に置かれており、おいそれと、ふざけた会話、行いはできないはずなのである。<br />
　それでも、この時の堀江社長は、演出側の意図を汲んで、ほとんど丸投げのまま、最後には、さとう珠緒とベッドインの寸劇までやってみせ、ワルノリと思われることですら平気でこなした。<br />
　この日の振る舞いは、社長など偉い人にありがちな“たかがお笑い”と蔑視した、荒い態度が無いことに感心しつつ、その後、フジサンケイとのバトルの際にも「ホリエモン支配」という現場介入への懸念する声に、俺は「ありえない」との感想を持っていた。<br />
　そして、この日、今後も、堀江社長は、一出演者として「テレビ向き」な社長として「使える」との確信を持った。<br />
　しかし、まさか、堀江社長が、一経営者として、「テレビ局向き」な社長として、「使える」どころか、俺を含めて全タレントが「使われる」可能性まで持つようになるとは……。<br />
　<br />
　その後、ホリエモンのプロ野球新規参入宣言が勃発。<br />
　一躍、時の人となった。</p>

<p>　そして、３度目に会ったのは、去年、１２月２７日――。<br />
　今度は、『儲け方入門』（ＰHＰ研究所）に掲載される対談の収録である。<br />
　この時には、プロ野球の騒動を終え、日本中にその名前が知れ渡り、流行語大賞ノミネート、さらには何故か、ベストジーニスト賞も受賞し、テレビタレントとしても引く手あまたの状況であった。<br />
　1月からは、フジテレビの『平成教育２００５予備校』で俺たちも共演することにもなっていた。<br />
　対談は、和気藹々と進んだ。<br />
　例えば、個人資産で、すでにモンゴルのＧＤＰくらいある話とか、格闘技界への参入の可能性とか、お笑い界に注目しているとか、さらに新番組の企画として、不動産王のドナルド・トランプが司会し、全米中から秀才を集めて、ビジネスを競わせる、『ジ・アプレンティス』の日本版を一緒にやろう！などと盛り上がった。<br />
　そして、この日、球団買収より、もっとビックリするようなことを起こすと予言し、以下のような話があった。<br />
<br><b><font color="blue">「こっちもいろいろ観察しているところもあるんですよ。テレビの現場ってどうなっているんだ、どんなビジネスモデルで成り立っているんだ、この業界はって。そういう具体的なことは、現場の人たちとたくさん会わないことには、わからないじゃないですか。いま僕がやっているのはインターネットが中心ですけど、近い将来地上波にも必ず進出します。そのとき現場のこともわからず、上からガツンと言うだけじゃ、絶対うまくいかないし、適切な施策も打てませんから。そのときのためにテレビのなかに入り込んで、いろいろなことを学んでいるようなものですよ、いまは……」（儲け方入門より）</font></b><br><br />
　そして、この対談の一ヵ月後に、ニッポン放送買収に名乗り出たわけである。<br />
　この騒ぎで、『平成教育２００５予備校』は、既に収録した放送2本分がお蔵入りになった。<br />
　しかし、収録の合間に、「この人は、番組ごと買い取れるんだから、正解なんて答えなくたっていいんだよ！」などと俺は囃し立てていたわけだが……。<br />
　今、考えれば、このギャグも洒落になっていなかった！<br />
　</p>

<p>　さて、そんなホリエモンの本、本人いわく、中谷彰宏のビジネスモデルを参考にしたと言うだけあって、物凄いペースで乱発しているが、ベスト・オブ・ベストのお勧めは、我々との対談が掲載される、『儲け方入門』にしておこう。</p>

<p><img alt="hakase050403.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/suidobashi/archives/images/hakase050403.jpg" width="214" height="300"/></p>

<p><br />
　このなかで、今、一番、ホリエモンにとっての邪魔モノ、孫社長について、触れている。</p>

<table>
<tbody>
<tr>
<td nowrap valign="top"><B><FONT color=blue>博士　　</FONT></B></td>
<td><B><FONT color=blue>そういえば、社長が書いた『プロ野球買います！』の一章に出てきますね。尊敬するソフトバンクの孫正義社長には坂本龍馬のようになってほしいという衝撃の一節が……。</font></b><BR>
</td>
</tr>
<tr>
<td valign="top"><B><FONT color=blue>堀江</font></b></td>
<td><B><FONT color=blue>いや、あれは……違うんだよ。</font></b></td>
</tr>
<tr>
<td valign="top"><B><FONT color=blue>博士</font></b></td>
<td><B><FONT color=blue>「坂本龍馬は明治維新への道筋だけつくって、志半ばで倒れた。孫さんにはあの役目をお願いして、自分はその後の新政府で総理大臣になった伊藤博文になる」って、あれ読んだときは、余計なこと書いてるなって爆笑しましたよ。</font></b><BR>
</td>
</tr>
<tr>
<td valign="top"><B><FONT color=blue>堀江</font></b></td>
<td><B><FONT color=blue>だから、そうじゃないんですよ。僕はあんなこと書いていないのに、あとから出版社が、刺激的になるよう、面白おかしく勝手に手を入れたんです。</font></b><BR>
</td>
</tr>
<tr>
<td valign="top"><B><FONT color=blue>博士</font></b></td>
<td><B><FONT color=blue>そりゃあ、そうでしょうね。孫さんって、堀江さんの地元の先輩ですしね。かねてからリスペクトしてますもんね。でもよく考えたら伊藤博文だって最後はハルピンで暗殺されてるっての！（笑）。</font></b></td>
</tr>
<tr>
<td valign="top"><B><FONT color=blue>玉袋</font></b></td>
<td><B><FONT color=blue>全然、例えとしてもよくないじゃない（笑）</font></b></td>
</tr>
</tbody>
</table>

<p>　この話を俺が切り出した時の、ホリエモンの狼狽ぶりは、今も印象的である。<br />
　よっぽど、孫さんに睨まれるのは嫌だったのだろうし、資産規模を考えても、その後のＳＢＩの『笑うセールスマン』北尾さんの登場は脅威であったことであろう。<br />
　それでも、校正の際も、この箇所を切らないところが、ホリエモンらしさと言うべきか、実にあっけらかんの、ありのままなのである。<br />
　先日「報道ステーション」のインタビューで、古舘さんに、「コンプレックスってないでしょう？」と聞かれて、思わず「脇が臭い」と実に大胆に答えていたが、これはズバリ言って「脇が甘い」の間違いだろう。</p>

<p>　まさに、この原稿を書いている、本日、和解は成立した。</p>

<p>　俺の予言を言えば、今後も、ホリエモンは、今回に懲りることなく、また何かに衒うことなく、大胆に世間の度肝を抜く騒ぎを起こす人であろう。<br />
　俺たちの対談のなかの発言を仔細に読めば、特に「お笑いビジネス」などは、「想定の範囲内」なのだ。</p>

<p>　今後、JBのごとく、ご機嫌に、「I Feel Good」を歌うのか……。<br />
　それとも「I Feel BAD」と転落するのか。<br />
　常人には立てない「崖っぷち」で踊り続けるのであろう。<br />
　この男のファンクな帝王学を行く人生は、まさに見物である。<br />
</p>]]>

</content>
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<title></title>
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<modified>2005-03-17T11:14:35Z</modified>
<issued>2005-03-18T03:58:46Z</issued>
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<created>2005-03-18T03:58:46Z</created>
<summary type="text/plain">水道橋博士の「本、邪魔か？」（7）アル北郷

　誰にとっても日常でやらかす、誤字...</summary>
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<email>skamano@mediafactory.co.jp</email>
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://blog.mf-davinci.com/suidobashi/">
<![CDATA[<p><b><font color="red">水道橋博士の「本、邪魔か？」（7）アル北郷</font></b></p>

<p>　誰にとっても日常でやらかす、誤字、誤読とはバカ話の基本である。<br />
　さて、その集大成とも言える本が、糸井重里監修の新刊『言いまつがい』である。身近に起こった様々な「いい間違い」について、HP「ほぼ日」に投稿される、間抜けな類例を集めた本である。<br />
　日本全国、場所も時間も違う不特定多数の「言い間違い」の集積ぶりは壮観であり、笑いの強度とすればユルいながらも微笑ましいものである。<br />
<br></p>

<p><img alt="hakase2005031801.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/suidobashi/archives/images/hakase2005031801.jpg" width="205" height="300" /></p>

<p><br />
　この手の話なら、誰もが持ちネタがあるだろう。<br />
　俺自身の体験で個人的に記憶に残るのは、たけし軍団の芸人仲間であった、佐竹チョイナチョイナが、居酒屋に入って、メニューの「茄子味噌和え（あえ）」を見て、「茄子味噌かずゆき、下さい」と言ったのはクリーンヒットであった。<br />
　また、有名人では、あの全盛期の吉田栄作が日本の芸能界を離れ海外修行に向かう際に、「俺はアメリカで、もっとジャンボになって帰ってくる！」と言い残したと言う、「ビッグ」と「ジャンボ」をいい間違えた逸話が大好きである。</p>

<p>　しかし、我が家には、たった一人で、日々、イイ当たりの「言いまつがい」をイチローの如くコツコツと飛ばし続ける、ジャンボな「言いまつがい王」がいるのである。<br />
　その人こそ、今回、紹介する、アル北郷なのである。<br />
　あまりに無名すぎるので紹介すれば、たけし軍団の後輩芸人であり、我が家に住み込む居候でもある。<br />
<br><br />
<img alt="hakase2005031802.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/suidobashi/archives/images/hakase2005031802.jpg" width="300" height="233" />　<img alt="hakase2005031803smile.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/suidobashi/archives/images/hakase2005031803smile.jpg" width="175" height="233" /><br />
<br><br><br />
　殿（ビートたけし）命名による芸名の由来は、アル・カポネから来ているのだが、30年代のシカゴに君臨したマフィアの大親分の名前を引くにも関わらず、本人は根っからの子分肌で、たけし軍団に入ってからの芸暦８年を泣かず飛ばずのまま過ごし、現在33歳になっても、「芸人になってから一度も家賃を払ったことがない！」と自慢する無責任極まりないヤドカリ人生を歩む、憎みきれないロクデナシでもある。<br />
　たけし軍団入門直後に俺の部屋に住み込み、その後しばらく離れたが、ここ2年、再び舞い戻り、我が家に居座った。<br />
　しかも、住み込み始めたのは、俺が結婚し、第一子である子供が生まれる直前からである。ある意味、新婚家庭であり、乳児がいる家に平気で上がりこむわけだから、その面の皮の厚さは並ではない。<br />
　古来、人の家にやっかいになるには『居候３杯目にはそっと出し』などと言う川柳があるほど肩身の狭い思いをするものだが、奴の場合、我が家のロフト（屋根裏部屋）の一室を占拠し、起床、帰宅、就寝時間は自由気まま、冬は暖房、夏は冷房を最強目盛りで２４時間付けっぱなし。（しかも窓は開けたまま）冷蔵庫の食品は断わりもなく食べ放題、酒は飲み放題、深夜、家族が寝静まると、居間にある大型プラズマテレビを独占し、５・１チャンネルの大音量で俺のＤＶＤコレクションを見放題という、芸能人２世のドラ息子もビックリのデタラメな生活態度なのである。<br />
　そんな、はた迷惑極まりない彼氏ではあるが、唯一の取り柄は、たけし軍団には珍しく読書家であること。<br />
　仕事絡みで義務的な読書の多い俺にとって、決して仕事や必要に迫られることなく、我が家のソファーに寝そべって文庫を手に取り、「現の世は夢」を決め込み、呆けたまま活字の世界に誘われ別世界を遊覧している様は羨ましくもあり、また、その至福の表情は美しくもある。<br />
　「人生で最も至極な瞬間は、好きな作家の新刊を手にしている時ですねぇ」と言い切るような活字中毒者なのであるから、当然、トリビアの泉沸く、博識、物知りであると思うだろうが、これが……。<br />
　読書で得た知識が実に成らないだけならともかく、コイツの場合、病的なほどの、誤字、誤読、言い間違いの連続で、特に漢字の読めない度合いは、日本に着いたばかりの帰国子女以下、「在日日本人」と言われるほどなのである。<br />
　今回、そのいくつかを、「ボウロ」したい。</p>

<p>　あえて、「バクロ」を「ボウロ」と書いたのは、最近、チェッカーズの高杢禎彦がワイドショーで「暴露本」を「ぼうろぼん」と発言したのを、俺がチェックしていると、<br />
「えぇ、あれってボウロじゃないんですか！？」と自ら暴露してしまった。<br />
　北郷、この時、初めて気がついていたが、これなど、まだ誰にでもありがちな「言いまつがい」の定番である。<br />
　北郷の場合、本読みを自負しているから、本のタイトルに間違いが多い。<br />
　俺が、一番最初に、こいつの誤読ぶりを発見したのは、安部譲二が話題になった時である。<br />
　北郷の口から『ほりのうちの懲りない面々』と発音され、一瞬、川崎のソープ嬢の話かと思ったが、これは「塀の中（へいのなか）の懲りない面々」のことであり、あまりにも有名な作品なので耳を疑った。<br />
　その後も、奴の誤読の懲りない数々ったらない。<br />
　この間は、「博士、桐野夏生の新刊、『ざんにょうき』は読まれましたか？」<br />
と聞かれた。一瞬、なんのことかわからなかったが、これは『残虐記』（ざんぎゃくき）のこと。<br />
　実に幼稚な『放尿記』『その女、淫乱につき』レベルの安物ＡＶタイトル的思考だが、受けを狙っていないだけに性質が悪い。<br />
　おまけに、桐野夏生を、長いこと、「桐野夏至（げし）」だと思い込み、夏生（なつお）と分かっても、ずっと男性だと思っていたぐらいだから、北郷の漢字判読は、岡本夏生（なつき）の年齢以上の出鱈目であり、北郷の思い込みによる「言いまつがい」の残尿ぶりは、まだまだお漏らしするに決まっている。<br />
「残尿」で思い出したが、本のタイトルで言えば、20年以上前のことだが、当時、東大生の友人に「おまえ、本田靖春の新刊の『へ』って読んだか？」と問われたことがある。本田靖春治氏は、先ごろ亡くなられた新聞記者であり、孤高のルポライターであったが、当時、『不当逮捕』が講談社ノンフィクション賞を受賞し、話題にもなっていた頃であった。<br />
「へ？『へ』って、『屁』のこと？」<br />
と俺も真面目に反応したが、後に、これは、『疵（きず）―花形敬とその時代』であることが判明した。<br />
　北郷ならぬ、文京区本郷の東大生ですら、こんな、濃（コク）のある、すかしっ屁を放つのである。<br />
　この話を思い出し、北郷に、本田氏の遺作である『我、拗ね者（すねもの）として生涯を閉ず』のタイトルを読ませたところ、「我、おたずねものとして……」とスクープを追う方ではなく、追われる方になってしまった。<br />
　北郷に話を戻す。<br />
　奴は自分が他の芸人に比べて本読みであることを少しは鼻にかけていて、当然、後輩には先輩風を吹かしているのだ。<br />
　ある日、楽屋で芸人仲間に、「宮部みゆきの『かや』は傑作だから、絶対、読んだほうがいい！」と北郷が偉そうに薦めていたのを見かねて、<br />
「あれは『かしゃ』と読むんだろう」俺がと指摘すると、俄然、得意気に<br />
「あれは『かしゃ』と書いて『かや』って読むんですよ、僕は、あの本大好きで２回読んでるんですよ！」とまでキッパリ言い切った。<br />
　そこまで、言うなら、俺の間違いだろうと、引き下がっていたが、丁度、次の日、中野ブロードウェイの本屋に一緒に行った。<br />
　そこで、平積みの文庫本のコーナーのところで、北郷が、こそこそと新刊本に違う本を重ねて、何か表紙を隠すかのような行動を取るので、不審に思って確かめると……。丁度、「火車」が文庫化されていたのである。<br />
　そして、その文庫のタイトルの「火車」の文字の後に、カッコして（かしゃ）と書かれてあった。<br />
　読み間違いだけならともかく、証拠を隠滅しようとするところが姑息であり、<br />
あたふたと慌て、火の車でその場を取り繕おうとする姿が北郷らしかった。<br />
　その日、この書店の会話だけでも、スマッシュヒットを連発。<br />
手始めに『キネマ旬報』を『キネマしゅんぽう』と読み、なにやら美味しそうな飲茶を連想させてくれると、お次はイエローキャブの佐藤江梨子が書いたタレント本、『気遣い喫茶』を、『きちがい喫茶』と読み、‘気遣い’を微塵も感じさせない誤読の固め打ちを見せた。<br />
　また、ある日のこと――。<br />
映画化された『下妻物語』について北郷が話をしていた時、<br />
「あの原作の獄中（ごくちゅう）ナントカって居ますよね〜」<br />
って言うから、これまた安部譲二の話かと思ったら、作品名を『下妻物語』と言ったので、これは、嶽本野ばらだとわかった。<br />
「あの作家は、抽象的ですよねぇ」と批評家ぶって北郷。<br />
「そうかなぁ？」読んだことがないので曖昧な俺。<br />
「どっか、自分が女性になりきっている部分あるでしょう？　ちゅうしょう的な……」と続ける。<br />
「おまえ、さっきから、『抽象的』って言ってるの、ひょっとして『中性的』ってこと？」<br />
「ええ？？『中性』って『ちゅうせい』って読むんですか？」<br />
　不思議なのは、「中性」って書いて「ちゅうしょう」と読むより「ちゅうせい」って読むほうが、簡単だと思うのだが…。「だいたい読めればいい」という北郷の漢字に対するアバウトなスタンスこそがまさに「抽象的」と言って然るべきだが、「火車」の読み方一つにしても、奴はどこか漢字を素直に読めない回路があるらしい。<br />
　そう言えば、北郷の母親は、「志女子」と書いて、「しめこ」と読む珍名さんであり、今まで離婚４回を繰り返してきた、波乱万丈の女傑なのである。<br />
　その「しめこ」の語感が面白いからか、本人の漫談にも度々、登場する。<br />
　北郷曰く、「子供の頃から母親の珍名でからかわれるし、離婚のたびに苗字が変わるから、俺の心の中で、漢字を正確に読んではいけないって言う潜在的なトラウマがあるんでしょうねぇ」と語るが、それもまた確実に間違った自己分析であろう。<br />
　この北郷、何故か、現在『アサヒパソコン』誌で新作映画評もやっているくらいだから、映画も大好きだが、当然、肝心のタイトルも憶え間違っている。<br />
　ある日、映画史上のベスト１０の話をしていた時のことである。<br />
「オールタイムのアンケートを取ると『てんじょうざいの人々』って必ず上位になりますよねぇ」と誤読界の殿上人である北郷がキッパリと断言。<br />
　これは『天井桟敷の人々』をオールタイムならぬ、オールアバウトに『てんじょうざいの人々』と読んでいたのだ。映画史に燦然と輝く名作を、京都で「おばんざい」を「おぜんざい」と間違えた東京人の如く、またしても威風堂々とやってくれた。<br />
　さらに、『愛しのロクサーヌ』は当然、『あいしのロクサーヌ』と読んだ。<br />
「おまえ、それだけ言い間違ったら、それで失敗したことあるだろう？」<br />
と聞くと、<br />
「そうですねぇ、『失恋』って漢字を、２３歳まで、『しつこい』と読んでましたねぇ。話をしている時に出てくる『しつれん』は『しつれん』なんですけど、それはあくまで、僕の中では、ひらがなで、僕が本を読む時に出てくる活字の『失恋』は『しつこい』とひらがな変換していましたねぇ」と語るのだ。　<br />
　これには、「しつこい」ぐらいに薬に手を出した『失恋レストラン』のシミケンもビックリだろうが、いや、むしろ北郷も、「読めない漢字ぐらい事前に自分で調べてこい！」と秋吉久美子ともども、ショーケンに一喝してもらった方が良さそうだ。<br />
　もちろん、言い間違えるのは、漢字ばかりではない。<br />
「僕って、付き合う女の子に村上龍の『６９』を配るのが、自分の中の決まりだったりするんですけど、これも、ずーっと『シックスティーナイン』ではなく22ぐらいまで『シックスナイン』と読んでましたねぇ、これ作ってないです、マジです」と意味もなく威張る。<br />
「でも決定的な失敗は、25歳の時、彼女とドライブ中に渋滞の情報をみながら『なんだよ、霞ヶ関まで、ずーっと“ていたい”かよ……』って呟いたら、隣に乗ってた6歳下の彼女に『あんた、それもしかして渋滞の事言ってんの……』と言われちゃって、あれは恥ずかしかったなぁ……」<br />
「じゃあ、その彼女とは、『しつこい』したの？」と俺。</p>

<p>　以上、思いつくままに書き連ねても、いやはやどおりで芸人としても「停滞」するはずである。</p>

<p><img alt="hakase2005031804.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/suidobashi/archives/images/hakase2005031804.jpg" width="300" height="225" /></p>

<p><br />
　そんなアル北郷のベスト・オブ・ベストだが、著作もあろうはずもない。<br />
　とりあえず、俺のHPで日記（<a href="http://www.asakusakid.com/al-diary.html" target="_blank">  http://www.asakusakid.com/al-diary.html</a>）を書かせているのだが、その持ち味を生かすため、文章上の誤字を正さず、原文のまま、あえて残すようにしている。<br />
　ぜひ、奴のでたらめな性格とダメ人間の日常を確認してもらいたい。<br />
　なにしろ、我が家のロフト（屋根裏）部屋に居を構える「天井ザイの人々」なのである。<br />
　本人は、日々、気楽な居候ライフを満喫しているのであろうが、俺からすれば、一言――。<br />
「北郷！　おまえ、本と邪魔だ！」<br />
</p>]]>

</content>
</entry>
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<title></title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.mf-davinci.com/suidobashi/archives/2005/02/post_5.html" />
<modified>2005-02-10T12:07:18Z</modified>
<issued>2005-02-11T04:48:42Z</issued>
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<summary type="text/plain">水道橋博士の「本、邪魔か？」（6）宮崎哲弥

「ノゲイラなのか、果たして、ヒョー...</summary>
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<email>skamano@mediafactory.co.jp</email>
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<![CDATA[<p><b><font color="red">水道橋博士の「本、邪魔か？」（6）宮崎哲弥</font></b></p>

<p><b>「ノゲイラなのか、果たして、ヒョードルなのか！」</b><br />
　昨年末の大晦日、６０億分の１、人類最強の男を決める、「PRIDE男祭り」のメインイベントを手に汗握り固唾を飲んで見つめた、ご同輩も多かろう。<br />
　しかし、「最強伝説」は、あらゆるジャンルにも存在し、「誰が一番なのか？」我々の好奇心を刺激する。それは「ＴＶチャンピオン」のバラエティーに富んだテーマを見てもしかり、世界中にあらゆる分野の王者が乱立するギネスブックしかり。<br />
　そして、この『ダ・ビンチ』読者には、いったい、この世で最も本を読んでいる、「本の大食いチャンピオン」について想いを馳せたことはないだろうか？<br />
　「立花隆 vs 鹿島茂」「唐沢俊一vs 北上二郎」「福田和也 vs坪内裕三」「荒俣宏vs呉智英」「松岡正剛vs 安原顕」、はたまた、これが芸能界最強なら、「内藤陳vs児玉清」などなど夢のマッチメークは尽きないのである。<br />
　脆弱なる肉体の観客が、屈強なる筋肉の格闘家に夢を託すがごとく、決して大量の活字の咀嚼に耐えられない我々のような小食読者だからこそ、こういう見果てぬ夢に駆られるはずなのである。<br />
　そんななか、俺が、実際に出会って、目の当たりにした「濫読王」は、評論家の宮崎哲弥氏である。<br />
　現在、俺と宮崎氏とは、前回、岩井志麻子編で紹介した、関西テレビの『２時ワクッ！』レギュラー・コメンテーターとして共演しているのである。<br />
　宮崎哲弥氏と言えば、お茶の間でお馴染みであろう。<br />
　記憶に新しいのは、昨年、あの日本の論客が一同に会する、『朝まで生テレビ』を田原総一郎氏が欠席の際、見事に代役司会をこなし、ポスト総一郎の一番手と目され、さらには、現在、小泉内閣の経済財政諮問会議の一員でもある政府の要人でもあるのだ。<br />
　これだけ列記とした日本を代表する知識人であるにも関わらず、何故に、昼間から大阪の主婦相手のワイドショーのコメンテーターをつとめているのか？　<br />
　また、我々や岩井志麻子らと一緒になってバカ・エロ楽屋話の相手となっているのか？　<br />
　正直言って、場違い極まりないのである。<br><br />
☆<br></p>

<p><img alt="hakase0102.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/suidobashi/archives/images/hakase0102.jpg" width="300" height="226" /></p>

<p>　さて、そんな宮崎哲弥氏を、どうして俺が、「濫読王」と断言出来るのか？<br />
俺と宮崎氏は、番組収録のある木曜日には朝の新幹線から御一緒することも多い。<br />
　傍目にも、常に雑誌と本の束を抱え、席に着くやいなや、のぞみの速度を遥かに越える超高速、読み込み５２倍速のCD&#8722;Rドライブのように活字を追い続けているのだ。<br />
　さて、宮崎氏が「評論の師匠」と公言し、対談本『放談の王道』の共著者でもある、呉智英氏は、かつて著作『読書家の新技術』の中で、「ジャイアント馬場選手は年間二五〇冊から三〇〇冊も読むという。私は、一五〇冊前後である」と記したが、宮崎哲弥氏が現在、連載の仕事上、読破する書物は実に「月間200冊」という！ <br />
　『週刊文春』に連載する、テーマ書評である『宮崎学習帳』のため、週に10冊のノルマで月間40冊、そして、『諸君』に連載する『新書完全読破』では、毎月20日までに出版される各社の新書、（例えば、岩波新書、中公新書、新潮新書、講談社現代新書、講談社ブルーバックス、ＮＨＫ生活新書、ＰHＰ新書などなど）、その全てを漏らさず読破しているのである。こちらが、最低月５0冊平均で、計100冊。しかも、これが、定期的な連載用の基礎的な資料読みなのだから、その他の評論活動のためには、さらに多岐なジャンルの本を読み、加えて自分の趣味のためにも読むから、「月間200冊は最低でも、読んでいるだろう」とのことなのだ。<br />
　この驚くべき数字に加えて、漫画おたくであることから主要な漫画雑誌の連載は少年漫画から青年誌、果ては少女マンガまで抑えており、特にグルメ料理漫画に関しては、自称・日本随一の権威らしい。<br />
　ざっと計算しても、一日、24時間で7冊を読破しているわけだから、これは常軌を逸している。<br />
　特に新書は、ノージャンルを徹底していて、自分に興味が有ろうが無かろうが、毎月、出版されたものは網羅し強制的に全て読破することを課している。<br />
　さすがに、「読んでいて退屈なものもあるでしょう？」と俺が聞くと、「とにかく辛いのは英語以外の語学の教本だね、こっちは元々憶える気がないんだから」とのこと。とは言え、「ラテン語、パーリ語、チベット語は、ちょっと勉強してみたけど長続きしなかったなぁ」と言うのだ。<br />
　笑ったのは、「ガーデニングと陶芸教室の話も興味が無いだけに読みにくい」とのこと、それなら無理に読まなきゃいいだろうに！<br />
　「それだけ本を読んでいて、よく煮詰まりませんね、気分転換とかしないんですか？」と聞くと、「気分転換は、本を音読するんだよ」と事も無げに。<br />
　まさに「本の虫」が声をあげて鳴いているわけだ。<br />
　「これは一種の速読法なのですか？」と聞くと、「いや、俺の場合は濫読の秘訣は、とにかく眠らないことだね。でも、この間は、ダン・ブラウンの『天使と悪魔』を一時間半で読み終えたけどね」とのたまうのだが、もちろん凡人は、それこそが速読だろう！と突っ込むところだ。<br />
　そして、現在、氏は評論家タレントとして、マスコミに引張りダコの人気者でもある。<br />
　火曜日はTBSラジオの『アクセス』、水曜日は、朝日ニュースターで『ニュースの深層」、木曜日は、関西テレビ『２時ワクッ！』、金曜日は、読売テレビ『たかじんのそこまで言って委員会』、などがレギュラー番組の収録であり、ここに月一で、『朝まで生テレビ』、日本テレビ「情報ツー」月2回のセミレギュラーや他の単発テレビの仕事が入ってくるわけである。<br />
　まさに、日本列島を東奔西走、ちなみに執筆誌のトーンは右往左往。<br />
　『諸君』、『わしズム』、『論座』、インタビュー依頼あらば『第三文明』にまで登場する。とにかく右から左まで上がるリングを選ばない。<br />
　タレントニーズは高まる一方で、特に関西では、主婦層相手に抜群の人気を誇り、そのおすぎに似た風貌で、時折、ワルノリするオネェ言葉から新たなカマ風味タレントとしても誤解されつつ人気を博しているわけである。<br />
　もともと『朝まで生テレビ』の若手論客として脚光を浴び、その後、『たけしのＴＶタックル』では、その単身小躯で童顔の風貌から、わが師、ビートたけしより「キャベツ畑人形」と仇名されキャラ立ちし、今のタレント人気に繋がった。<br />
　大方の視聴者にとって、「評論家」なる肩書きの人は、子供の頃から優秀でエリート街道まっしぐらの先入観があるため、その素性については詮索しないものだが、俺は気になるので、過度に詮索、観察する。<br />
　この人の場合、相当、風変わりな人生を送っているようだ。<br />
　俺と共演する番組のなかでも、『登校拒否児童』、『元暴走族』、『セックス中毒』とか、そのスター・ウオーズに出てくる森の住人イオークにも似た、着ぐるみ系の可愛らしいキャラクターとは、あまりにかけ離れている言動も多々あり、先日、開催された番組の新年会の折りに密着し、じっくり取材してみた。<br />
<br><br />
　宮崎哲弥――。昭和37年生まれ、開業医の一人息子として、福岡県久留米市に生まれる。歳も田舎も、あの松田聖子と同じである。<br />
　俺も昭和３７年生まれの同じ歳であるから、話してみると、当然のことながら、自分が育まれた文化的背景には、いくつもの共通点があった。<br />
「今まで、自分より、本を読んでいる人に会ったことあります？」と訊くと、<br />
「う〜ん。福田和也だね。俺もあいつだけには負けるよ」と名前を挙げた。<br />
「結局、あいつは、ドイツ語もフランス語も出来るから、俺は英語だけだから、原書に当たる部分でも負けるね」とのこと。<br />
　いきなり、その理由まで実にハードルの高い話に唸った。日本語以外の本もカウントしているとは思いもよらなかった。<br />
「でも、俺の場合はねぇ、本より漫画の方が断然好きだし、俺が本を読むのは仕事だからでね、仕事がなかったら、本なんて読みたくも無いし、仕事で使うから本は取って置くけど、もともとコレクター癖も無いからね。でも唯一例外が仏教書なの。京都へ行って古本屋で仏教書を探すのが俺の唯一の安らぎだから、仏教書を除いたら、本ははっきり言って邪魔だよ！」と断言したのである。<br />
「登校拒否だったって本当ですか？」と続いての質問。<br />
「小学校4年のときに小児喘息で長期欠席したんだけど、それ以来、学校へ行かなくなったのね。特に中学はほとんど行ってないんだよ。それで義務教育を終えたら工場へ働きに出たんだよ。それはシモンヌ・ヴェイユの『工場日記』に影響されただけなんだけど、家族は当然、猛反対するし、これは俺が狂っていると思って、そういう病院へ入れようとされたりしてね、あの当時だから、戸塚ヨットスクールに入れられんじゃないかって思って心配しましたよ。それで、とにかく高校へ行ってくれって説得されて入ったところが、地元でも有数のワル高校で、とにかく生徒がチンピラや暴走族くらいしかいないんだよね。でも、そこは俺には、すっかり居心地良くて馴染んだんだよ。でも周りを見ていると、仲間は、いろいろ社会的な軋轢の中で、そういう環境に吹きだまってくるわけじゃない、だったら日本のシステムを変えてやろうと思って、そこで東大法学部に入って官僚になろうと思ったわけさ、で、俺はそこから勉強は始めたの。それまで英語だってBE動詞すら知らなかったんだから」<br />
とまるで、竹野内豊主演の『ヤンキー母校へ帰る』のドラマのような実話を語るのだ。<br />
　また、余談ではあるが、面白いと思ったのは、俺が思春期に、五木寛之の『青春の門』の筑豊編でオナニーを覚えたと言う話を振ると、<br />
「俺は、オナニーが出来るようになったのは30歳を過ぎてからなんですよ……」と奇異なる答えを返してきたのだ。さらに、<br />
「俺には能力欠陥があってね、人の顔とかが良く憶えられないの。つまりイメージがないんだよ。なかなか信じてもらえないんだけど、それを自覚出来る証拠があってね、実は30歳くらいまで、俺が見る夢には明瞭な形も色も無かったのね、でも音はあるんだ。会話も音楽もあるけど絵だけないの。だから例えて言えばラジオドラマを聞いているような、あるいは本を読んでいるみたいな形で夢を見てたわけさ、だから、オナニーなんて画像を思い浮かべて、反芻するってことが俺には出来なかったわけなんだよ」<br />
と、にわかには信じがたい話を語った。<br />
　しかし、想像力が膨らむはずの映像の世界が無かったからこそ、フィクションの世界ではなく、徹底的に論理、ロジックの世界へ導かれたのではないか？<br />
とオナニストの俺は、アナリストを分析したのである。<br />
「で、オナニーをしないからセックス中毒だったんですか？」と質問。<br />
「もう、この話は、フランス書院のHPの俺のインタビューを読んでよ！」<br />
と顔を赤らめ照れた。<br />
　帰宅後、件のページを探し、その赤裸々な内容に驚いた。<br />
詳しくは、そちらのページを見てもらいたいが、宮崎哲弥氏はセックス中毒に関しては、<br />
<br><br />
<font color="#003399">　「でもね。30代の前半にすごいのに遭遇したんですよ。それまでとは次元の違うセックスを味わった。とにかく刺激が微細で、多彩なの。いままでのがモノクロームだとすれば、総天然色のような複雑玄妙な愛撫。行きつ戻りつ、快楽を小刻みに振幅させながらゆっくりと登っていく。射精まで六時間以上を費やすことがあるんです。それで疲れきってもまだ欲しくなる。（略）<br />
　セックス観が一変しました。と同時に、こんなこと続けていたらいけないとも心の隅で思い始めた。本当に色呆けになってしまう。性交するたびに無意識の表面に細かな、けれど結構深い傷をつけられているような気がしてきたんです。だけど、しばらくは溺れました。離れがたいんですよ、体が。できないと気が狂いそうになるの（笑）。</font></p>

<p>と、語っている。いやあ、爆笑しました、コレは……。<br />
なんとも、文化人らしからぬ態度と言うか赤裸々で照れがない。<br />
そして、この話ぶりを読んだとき、ある文章を思い出した。<br />
田原総一郎氏が上梓した本、『私たちの愛』の中で書かれた、愛妻、故・節子さんとの情交ぶりである。<br />
その著書から引用すると……</p>

<p><img alt="hakase0202.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/suidobashi/archives/images/hakase0202.jpg" width="204" height="300" /></p>

<p><br><br><br />
<font color="#003399">　「どの小説や映画よりも僕たちのほうがすごい。（略）会うたびに次から次から発見がある。我を失うまでいっても、まだいける、まだ先がある……。（略）こんなことをやっていると彼女は死んじゃうんじゃないか、と怖くさえなった。（略）なぜあれほど燃えられたのか。（略）それまではリアルな世界だったけど、彼女との関係は現実を超えた、いわばフィクションの世界だった。」</font><br><br></p>

<p>どうだろう、なかなか、常人には、ここまでは語れまい！<br />
まさに「朝生」司会者とは、この精力を含めた、朝まで生本番が出来る、エネルギッシュ過剰な知性と痴性の持ち主こそ、相応しいのではないか！</p>

<p>☆☆</p>

<p>　さて、そんな俺が、選ぶ宮崎哲弥本のベスト・オブ・ベストは、最新刊でもある『エイリアンズ』（インフォバーン）としておこう。</p>

<p><img alt="hakase0302.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/suidobashi/archives/images/hakase0302.jpg" width="205" height="300" /></p>

<p><br />
　『М２』を名乗る、宮崎哲弥氏と宮台真司氏とのユニット対談の第3弾ではあるが、ある意味、これぞ評論家最強タッグであると思えるトーク遂行能力である。<br />
　しかし、俺は、密かに、このチームに対抗する『М２』を考えている、<br />
俺の考える、新『М２』とは、百瀬博教氏と宮崎学氏の文字通りの“極道タッグ”である。（これに坪内裕三氏&福田和也氏の「ジ・アウトローズ」を加え、最強タッグリーグ戦も見てみたいものだ）<br />
この極道タッグなら、どう考えても腕っ節なら誰にも負けない。<br />
しかし、論戦、もし闘わば……。<br><br />
☆<br><br />
そう！俺は、どんなジャンルでも、こうして「最強神話」を夢見ているのである。<br />
</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title></title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.mf-davinci.com/suidobashi/archives/2005/01/post_3.html" />
<modified>2005-01-07T03:21:06Z</modified>
<issued>2005-01-06T15:06:28Z</issued>
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<created>2005-01-06T15:06:28Z</created>
<summary type="text/plain">水道橋博士の「本、邪魔か？」（5）岩井志麻子

「毛ジラミを移した男に、ワタクシ...</summary>
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<name>davinci_orange</name>

<email>hotter@mediafactory.co.jp</email>
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<![CDATA[<p><b><font color="red">水道橋博士の「本、邪魔か？」（5）岩井志麻子</font></b></p>

<p>「毛ジラミを移した男に、ワタクシ、尿道炎を移し返されましたわ、ホッホッホホーホー」<br />
と一人で楽しげに笑い飛ばしているのは、作家の岩井志麻子である。<br />
しかし、この台詞、テレビの生放送、しかも、昼2時からの奥様向けワイドショーでカメラを真正面に見据えての発言なのである。</p>

<p> <img alt="0501iwai01.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/suidobashi/archives/images/0501iwai01.jpg" width="300" height="227" /></p>

<p>その隣に俺は座っている。<br />
　もちろん、カメラの向こう側では、スタッフが頭を抱えて、これ以上トークを広げるな、これ以上、「この下ネタ毒素を茶の間へ経口感染を許すな！」というサインのバッテンマークを出している。<br />
　さて、この異様なる状況は、昨年の4月から、俺たちが、関西テレビ、『２時ワクッ！』のレギュラーゲストとして、この異端の女流ホラー作家と共演することになって以来、毎週の如く、続いているのである。<br />
　作家、岩井志摩子、岡山県出身――。<br />
『ぼっけえ、きょうてえ』が、日本ホラー小説大賞、山本周五郎賞を受賞してから、4年、俺と同郷、同年代である、この女流作家は、文学界のみならず、すっかりテレビタレントとしても売れっ子になっているのである。<br />
そのＴＮＴ級の 下ネタ爆弾トークの炸裂振りは、ＴＰОを選ばない。<br />
この生放送の番組のなかでも、共演者、スタッフも鼻白むやら、毛ジラムやらの数々の奇行、失言のオンパレードである。<br />
なにしろ、現在、『新潮４５』誌に、実録小説の「ドスケベ三都物語」を連載中とのこともあって、ベトナムと韓国に愛人が居る生活ぶりを「夜のОＤＡ」と公言し、毎週、現地取材から大阪へ舞い戻る生活ぶりを誇り、アオザイとチョゴリの民族衣装を交互に着込み、スタジオに直入りするばかりか、その愛人を同伴の時も再三なのである。<br />
そして、とんでもないことを言い放つ。今、思い出すだけでも……。<br />
番組キャラクターになっている、ラブラドールの犬をつかまえて、「韓国では、犬は可愛がるものではなく、食べるものです！」、ペット特集では、「私の知り合いは、ヤギをペットではなく、奥さんにしておりました」、寄生虫の話題には、「ワタクシ、下を含めて体のあらゆる粘膜は強く出来ております！」、珍しく静かにしているかと思ったら「口に出来物が出来て、おしゃべりはおろか、おしゃぶりも出来ません」などなど……。<br />
もちろん、昼帯の番組では、考えられない言語感覚である。<br />
東京のテレビ界でもこの“性太后”の下ネタ魔人ぶりは、大いに知られている。<br />
なにしろ、昨年、３月スタートで、中村うさぎ女史と最凶タッグを組んだ、テレビ東京の深夜番組『女神の欲望（リビドー）』は、その明け透けな女性特有の過激エロ話が評判を呼んだ。<br />
なにしろ、ゲストに、あの自民党元幹事長、山崎拓せんせぃの愛人、山田かな子を呼んでスタジオトークを敢行するほどの怖いものしらずぶりである。<br />
しかし、定石であるならば、ゲストが政界の権力者の性奴隷となった境遇を、同じ女性として同情を寄せるところであろうが、この二人、「私たちの立場は、ヤマタク側です。なにしろ、私たちだってお金で若い男を買っている！」と自らの“援交”ぶりを肯定するなど、言いたい放題であった。<br />
その結果、いち早く、ヤマタクの地元、九州地区で放送中止になったと思ったら、わずか３ヶ月後の６月には、急遽、番組が打ち切られた。<br />
考えるに、打ち切りの理由は、テレビ東京の８月の上場に絡んで、社会の公器たるテレビが、あたかも、社会の性器のような状態では公序良俗に反するため、この番組を首切りしたのではないかと、俺が推測したほどである。<br />
つまり企業の株の上場にすら関わる志麻子の下ネタの独壇場ぶりなのである。</p>

<p>そして、志麻子がテレビ界で伝説になっているのは、日本テレビの人気番組『踊る！さんま御殿』で、初めて下ネタを解禁にさせた偉業である。<br />
ゴールデンタイムに放送する番組は、家族揃って視聴するため、下ネタに対する自主規制の放送コードは、他番組に比べて、特に厳しいのである。<br />
しかし、この番組でも、俺たちも競演した時のこと、岩井志麻子、一番好きな男のタイプを聞かれて、「金正日！」と発言し、あのトークの天才、さんま師匠でさえも、即座に「放送できません！」と切り捨てた。<br />
つまり、この女の放送コードは、３８度線を越えている。<br />
しかし、普通なら2度と呼ばれないところだが、その後も何度もゲストに招かれ、いつもの、アジアの民間大使ぶりをさんざん自慢した挙句に、「日本円は強い！」と言った台詞は、ついに、「踊るヒット賞」を受賞したのである。</p>

<p>　彼女の場合、その言動が始末に終えないのは、“言うだけ番長”ではないところだ。<br />
言行一致、性交一致が彼女の凄みを増している。<br />
「あらゆる出版社の担当編集者が、全て食われる！」という、志麻子の破天荒な性癖を俺が最初に知るようになったのは、『噂の真相』誌であったが、その記事の内容も、「担当編集者全員とはやっていません！……女性編集者とは（笑）」と逆切れし、「私は、“逆従軍慰安婦”です」と言い放ち、「韓国、ベトナムにとどまらず、アジアにシマコ帝国を作る」と逆上し、「私は、セックスをしながら原稿を書ける、ハメ書き作家です」と、ハメをハズし、自身の驕慢なコーマン自慢を繰り広げていたのである。<br />
あの『噂の真相』の取材に対してさえ、スキャンダルの全肯定から入る、サービス精神、露悪趣味が、ますます、岩井志麻子の都市伝説に相乗効果を加えたはずだ。<br />
しかも、今までは、作家や有名人の多くは、この『噂の真相』誌のルール無用の書きっ放しぶりに、恐れおののき、無力のままであった。しかし、志麻子の場合は、驚くべき離れ業を決める。<br />
なんと岡留安則編集長を言葉巧みに誘い出し、無理強いしてのキスシーンを、２００４年３月２５日付の東京スポーツの一面に掲載させたのである。</p>

<p><br />
 <img alt="0501iwai02.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/suidobashi/archives/images/0501iwai02.jpg" width="225" height="300" /><br />
「東京スポーツ」２００４年３月２５日号</p>

<p><br />
　メディアのなかでも、あの悪名高き、「噂の真相」に、ここまでの自爆テロを仕掛けた作家もいないだろう。しかも、その媒体が、“日付以外は全て誤報”と言われる札付き新聞である、「東スポ」というところも、“毒をもって毒を制す”と言うべき、体当たりぶりではないか。<br />
こんな風にエピソードを並べれば、ただの色魔の問題児ではあるが、男の守備範囲だけでなく、執筆の活動範囲も、『ａｎａｎ』のラブエッセー「オトコ上手」から、東京スポーツのエロページの「いろ随筆」までと、大きく股を広げ、さまざまな媒体に登場している、なかでも、最も俺を驚かせたのは、『小説ドリッパー』での花村満月氏との対談である。<br />
　ちなみに、説明しておくと、この雑誌は、週刊朝日の別冊、つまり、朝日新聞社刊なのである。<br />
　そこでは、冒頭からさんざん朝日新聞批判を展開し、さらには、二人で性病遍歴自慢など語り合っているのだが、その下ネタの底抜けぶりは、単行本で確認して欲しい。（朝日新聞社刊「猥談」に収録）</p>

<p><img alt="0501iwai04.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/suidobashi/archives/images/0501iwai04.jpg" width="205" height="300" /></p>

<p>　その一方で、先日発売の『ａｎａｎ』では、我々と長く『ＳＲＳ』で共演していた、“俺たちのマドンナ”であり、無垢なるお姫様の長谷川京子と、自著、「自由恋愛」のＷＯＷＯＷドラマ化記念対談などこなしているのだ。<br />
この対談の様子を読みながら、昨年末に、我らが京子ちゃんがマイク・タイソンをインタビューしたとき以上のお姫様の身の危険を感じたものだが、その一方で、岩井志麻子も、よくぞ、ここまで自分が掃き溜めに居ながら、平気で見目麗しき鶴と対談出来るものだと思った。<br />
　<br />
そんな岩井志麻子に、奇人収集家の俺は、興味が尽きない。<br />
つかず離れずで接近しては、さまざまな話を振っては、観察しているわけだが、先日も、楽屋話で、将来の夢を語ったときのこと。<br />
「わたしは、下ネタ流しになりたいんじゃあ」と言い出した。<br />
「下ネタ流し」とは、いかなる職業なのか？<br />
志麻子曰く、「酔っ払いの下品なオヤジが出来上がっているところへ、顔を出し、『下ネタ入りませんか〜　』と飲み屋街を流して廻るんじゃあ」と言うことらしい。<br />
いやはや、下ネタ・ギター侍、残念！ならぬ、ザーメン！と言ったところであろうか。<br />
「じゃあ、もう、本は書かないんですか？」と尋ねた俺に、この作家は、「本なんて、あんな邪魔くさいこと、もうやってられませんよ！」と言い放ったのである。</p>

<p>また、先日、俺の携帯に、よしもとばなな、岩井志麻子と、二人の作家から相継いでメールが入った。一日、しかも時間をおかずして、この日本を代表する女流作家の二本立ての共演は偶然のこととは言え、豪華なことである。<br />
いったい、どんな内容が書かれているのか？<br />
　ばなな女史とは、今までお会いしたことはないのだが、俺の行き着けのカレー屋さんが一緒で、言伝したのが縁で、連絡先を交換し、これが初メールだったが、内容は、お互いの新生児の子育ての話で、実にほのぼのと心温まるものだった。<br />
　一方、岩井志麻子の方はと言えば、「ハルビンの前に、大連とハメてしまいました！」と一行だけ。<br />
　これは、近所の中国マッサージで知り合った、新愛人との成り行きの報告なのである。<br />
この日本を代表する女流作家の二人の、対照的な、ふり幅の大きさに笑いつつも、また、この偶然性に運命的、共時性を感じるのである。</p>

<p><br />
さて、岩井志麻子の小説をほとんど読んでいない俺が、選出するのは、申し訳ないが、岩井志麻子本のベスト・オブ・ベストは、ズバリ『東京のオカヤマ人』である。</p>

<p> <img alt="0501iwai03.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/suidobashi/archives/images/0501iwai03.jpg" width="215" height="300" /></p>

<p>　この連載の恒例になったが、例によって、この文庫版の解説を、この俺が書いているのである。<br />
実は、この本、各章ごとに、岡山弁の題名がつけられ、登場人物は全て岡山弁で語り、しかも人気作家の身辺雑記のエッセーでありながら、最後はホラーとしての体裁を持つという、不思議な“縛り”で書かれているのだ。<br />
一読、文句なく、その語り口の上手さに舌を巻く。“天才”レベルである。<br />
　この本を読めば、担当編集者が、自らの貞操を賭してまでも、原稿を頂きたい理由がわかると言うものだ。<br />
そこで、俺も、その“縛り” を自分に課し、この作家の関わりあった、実話を、ホラーとして、書いてみた。<br />
ぜひ、手に取り、この岩井志麻子の恐ろしさを確認して欲しい。</p>

<p>そして、この原稿を書き終えた今、なんと林真理子女史からメールが入った。<br />
なんと、この文庫のこの解説文への賞賛のお言葉である。<br />
　この集蛾燈のごとき、この引力、さすが岩井志麻子である。<br />
</p>]]>

</content>
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<title></title>
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<modified>2004-11-26T05:04:22Z</modified>
<issued>2004-11-26T06:03:47Z</issued>
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<summary type="text/plain">水道橋博士の「本、邪魔か？」（4）百瀬博教
「そこの本が邪魔なら、どかせて入って...</summary>
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<![CDATA[<p><b><font color="red">水道橋博士の「本、邪魔か？」（4）百瀬博教</font></b><br />
<img alt="hakase041101.jpg.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/suidobashi/archives/images/hakase041101.jpg.jpg" width="200" height="267" / align="right" hspace="10">「そこの本が邪魔なら、どかせて入って来い！」<br />
と野太い怒鳴り声が聞こえると、玄関口から、うず高く積まれた本の山を、まるで「崩し将棋」をするかのように、恐る恐る移動させながら自分の道筋を作り、御大の居座る、奥の院へと辿り付く。<br />
俺がこの部屋に通うようになってから既に１年以上経つ。<br />
本棚からはみ出し、幾重にも積み重ねられた本の地層が各所に出来た、この一室、本来は１００平米を優に超え、４部屋もある広々とした青山の瀟洒なマンションのペントハウスなのだが、現状では各部屋はおろか、廊下、キッチンにまでも平積みの本が堆積、折角の東京タワーを眺望する窓すら、本の小山に潰されたその奇観は、まるで戦前から創業している神田の老舗古本屋の様相を帯びているのである。<br />
　この部屋の主、百瀬博教、６４歳――。<br />
芸能界、格闘界に黒幕として君臨する御大の、その略歴を俺の著書『お笑い男の星座２・私情最強編』から引用すると、</p>

<p><b>百瀬博教氏は、東京柳橋の侠客、百瀬梅太郎親分の次男として出生し、青年時代は相撲取りを志すが挫折、その後、立教大学文学部史学科に通う傍ら、赤坂のナイトクラブ「ニュー・ラテン・クォーター」で用心棒をつとめる。<br />
そして、そこで「生涯の兄貴」と慕う石原裕次郎と出会い私設ボディーガードとなり親交を暖める。仕事柄、命を張った数々の修羅場を体験。<br />
２３歳、用心棒として、自己防衛のため機関銃が必要だと思い立ちクエートへ渡航。拳銃を日本へ持ち帰ることに味をしめる。<br />
そして２８歳の時、拳銃不法所持の容疑で警視庁に出頭、９ヶ月の取調べの後５００万円で保釈となり裁判を待つ身となるが、癌を患った母親の今際に立ち会えまいと収監状を破って逃亡。<br />
逃走中に「小川宏ショー」を見ていて自分が連続射殺事件犯、永山則夫に小型ピストル、ロスコーを渡した１０８号事件の容疑の重要参考人として指名手配される事実を知る。その後、逃亡者として日本を転々。<br />
そして、この連続殺人事件に関与の冤罪は晴れたものの、結局、逃亡先の中野ブロードウエイで多数の警官、刑事に囲まれる大捕物の末、２つの手錠を後ろ手に掛けられる。この護送の車中、その手錠を破り、逃亡を試みるがそのまま赤坂署に車は飛び込み、手錠５つ嵌められて、ようやく逮捕される。<br />
そして拳銃不法所持（しかもその数２５０丁！）の罪状で６年半の獄中生活を送ることとなる。その際、生来の乾分を作り易い体質が警戒されて、４年８ヵ月の独房暮しとなるが、看守から『元旦くらい勉強するのをやめろ』と言われるほど絶え間なく古今東西の書物を読み漁り、日々、大学ノートに文字を刻み、博覧強記の人となり出所。その後は詩人・作家へと転進。<br />
またバブル期には株の天才を発見し、彼に金を預け大儲けし、資産、なんと９６０億円を手に入れ、ＮＹ、パリ、ロンドン、ブタペスト、北京等、世界中を大尽旅行して廻るが、やがてバブルが弾け、一文無しに……。<br />
そして紆余曲折あり、９９年より、ＰＲＩＤＥの世話係、プロデュースを手掛けるようになる……。</b></p>

<p><img alt="hakase041102.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/suidobashi/archives/images/hakase041102.jpg" width="200" height="314" align="right" hspace="10"/></p>

<p>この文章を書いて一年半が経過した今、すでに、このリングサイドの有名人、人呼んで“プライドの怪人”は、ＰＲＩＤＥ会場から姿を消し、アントニオ猪木との盟友タッグも解消し、かつての馬場・猪木のように冷戦時代へと突入にしてしまっているのである。<br />
しかし、この怪人を取材対象として接触した俺は、この波乱万丈な生涯に俄然、興味を覚え、いつしか頻繁に面会し、今も共に時間を過ごすことが多い。<br />
「いつも、二人で何をしているのですか？」と周囲に訝れることも多いが、この面会、毎度毎度、都内の古本屋巡りの後、青山ブックセンターで新刊チェック、六本木のTSUTAYAで新作ＤＶＤチェックをして、スタバでお茶するという、６４歳と４２歳の男二人には、とうてい考えられないような、中学生の放課後的な毎日なのである。<br />
とにかく、この御大の本好き、活字中毒ぶりは、聞きしに勝るものがある。<br />
無論、６年半に及んだ刑務所生活が、まるで若き日の宮本武蔵の幽閉生活のように万巻の書物との耽溺生活を強い、紙背に徹する眼光を育んだわけだ。<br />
にしても、今まで同行して、ただの一回も、お酒を飲むこともなく、ただの一度も、女性が居る店にすら行ったことすらないのである。<br />
その代わり、まず俺の人脈にはありえない、藤原ヒロシ氏、安西水丸氏、鹿島茂氏、見城徹氏、木滑良久氏、花田紀凱氏など、百花繚乱の百瀬系文化人と同席したことは数限りない。<br />
　ちなみに、百瀬氏の蔵書が置かれているのは、この部屋ばかりではない。<br />
同じマンションの中に、地下の倉庫に８室、そして階下にメイドルームと呼ばれるワンルームを２室借りており、そこにも本は溢れかえっている。マンション中に本の縄張（しま）を広げ、その勢力を拡大中なのである。<br />
そして、何かの探し物をする際に、御大がこの無数にある部屋の鍵の束をジャラジャラと云わせながら地下へ降りていき、一畳幅の倉庫を見回る姿は、まるで独房を見回る看守そのものなのだ。俺がその様子をからかうと、<br />
「バカヤロウ！そんなこと言うと秋田の獄を想い出すだろ！ガハハハハ」<br />
と豪快に笑う。</p>

<p><img alt="hakase041103.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/suidobashi/archives/images/hakase041103.jpg" width="200" height="266" /align="right" hspace="10"><br />
そんな百瀬さんを、今年の６月、我が故郷、岡山へと招待した。<br />
旅の目的は、妻、子供を連れた故郷帰りであったが、百瀬さんとは、かねてから、俺が喧伝している日本最大規模の古本屋『万歩書店』への視察にあった。<br />
この書店、最近も『ブルータス』の古本特集でも取り上げられ、今や、好事家には、最もホットなポイントなのである。<br />
実際「古本ハンター」を自称する吉田豪も、わざわざ、このチェーン店を訪れるためだけに岡山へ「出張鑑定」を試み、目当ての稀少なタレント本など、大量仕入れに成功すると、ダンボール数箱に詰め込み、東京へ直送するほどの古本界の大漁場なのである。<br />
　なにしろ、この古本屋の規模がどれほど凄いものか、ネットの文章、岡崎武志「均一小僧の気まぐれ古書店紀行（第38回）」より引用すれば……。<br />
<b><br />
『万歩書店』は、岡山でチェーン店を展開する、郊外型古本屋。経営母体は、古紙回収業。そのため、ブックオフ系の新古本チェーンとは異なり、古いコットウ系の本も多数あるのが特徴。人に説明するのに困るようなスケールなのだが、<br />
　「小学校の体育館があるでしょ。そこにすべて本が詰まっているところを想像してください」とでも言うといいか。これはけっしておおげさではない。とにかく、初めて足を踏み入れたときは、しばらく開いた口がふさがらない。<br />
　しかも、多少の大小はあるが、岡山市周辺に6店舗を持つ。本店（220坪）では、店内の区分地図を渡された。それも4枚。本棚は等間隔に整然と並んでいるのだが、たしかに地図が必要だ。各通路に「東○丁目通り」などと住所表示がある。<br />
　まるで町だ。本好きなら、ここで軽く半日は過ごせる。<br />
　「古本版ディズニーランド」と呼ぶことにしよう。</p>

<p></b><br />
　さて、この日、俺は、県中腹にある岡山空港まで車を走らせ、単身訪れた御大を送迎ゲートへ出迎えた。<br />
　「さっそく観光されますか？」と聞く俺に、御大は言下に「そんなのはいいから、その本屋へ連れて行ってくれョ！」とのこと。<br />
 我々は、その足で、「万歩書店」、岡山本店へ直行した。<br />
　空港から、岡山市街へは、片道３０分の道のりである。<br />
　のどかな吉備高原の山道を下り、市街へと入り、目的地である、街道沿いの薄汚れた廃品置き場や倉庫にも見える万歩書店の入り口を指差すと、「こんなところに、本当にそんなに本があるのかい？」と御大が聞く。</p>

<p>　しかし、とにかく一度、足を踏み入れれば、外観からは、想像出来ないほどの、古本の巨大迷宮が広がるのである。<br />
　我々が、中に入ると、天井まで圧縮陳列された本棚に囲まれた果てしない道が、数えること１４番通りまで続いていた。<br />
<img alt="hakase041104.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/suidobashi/archives/images/hakase041104.jpg" width="200" height="267" align="right" hspace="10"/><br />
　御大は、目を輝かせ、本棚を眺め回し、しばし、本の海を回遊すると、４番通りにある「古新聞、古ポスター・コーナー」に釘付けとなり、しばし、ここに陣を構えた。　<br />
　「こりゃあ、いくらでも発掘できるんじゃないか、ここ掘れ、ワンワンだな」とご満悦。<br />
　しかし、ここで俺が、大きなミスを犯してしまったことに気がついた。<br />
　空港の喫茶店に財布を置き忘れたのだ。今、戻れば空港まで往復１時間はかかるだろう。しかし、はるばる訪れた御大を、この見知らぬ土地に一人きりにするのは失礼極まりないだろう。<br />
　それでも、「ちょっと用事があるので、３０分ほどここで待っていてください！」と、短めに所要時間を告げ、御大を置き去りにした。<br />
　山間のワインデイング・ロードを大急ぎで空港へ引き返す。タイムリミットに向けて猛スピードで運転する様は、まるで、「２４」のジャック・バウアーか、千葉のゴルフ場から都内のスタジオを目指す所ジョージである。<br />
　果たして、空港インフォメーションに財布は届けられていた。<br />
　そして、復路を大急ぎで飛ばし、なんとか１時間弱で、万歩書店に帰還したのだ。<br />
　それでも、約束の３０分は、大きく過ぎているのである。<br />
　この無礼に大叱責も覚悟しつつ、本を掻き分け、４番通りを覗き込むと、御大、別れた場所である、古週刊誌のコーナーの片隅から一歩も動いていなかった。<br />
　動かざること山の如し。この「万歩書店」で、「一歩」も歩まずとは、これいかに。<br />
　そして、御大が蒐集している力道山関係のポスター、裕次郎関係の古週刊誌など、１時間の延長が災禍転福、収穫多数あった模様で、大層、ご機嫌の様子で、「おい、ここは宝の山だな！」と言いながら、満面の笑みを浮かべ、一言。<br />
　「ここなら、また６年半入っていても大丈夫だぜ！」とのたまわれた。<br />
<img alt="hakase041105.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/suidobashi/archives/images/hakase041105.jpg" width="200" height="307"align="right" hspace="10" /></p>

<p>　　そんな百瀬博教本のベスト・オブ・ベストだが、百瀬本は、本人の劇的な実人生が物語へ昇華し、めくるめく美文で綴られた漢（おとこ）の教科書である。<br />
　全ての著書が味わい深いが、入手困難なものも多い。<br />
　しかし、現在は幻冬舎文庫で文庫化が相次いでいる。<br />
　そのなかでも、俺は『プライドの怪人』（幻冬舎文庫）を推薦。<br />
　なにしろ、この文庫本の解説は俺が書いているのである。<br />
　そして、この解説文が、あるきっかけで、石原慎太郎都知事の目に止まり、深夜に、わざわざ賞賛の電話を頂いた、忘れがたい一冊なのである。<br />
　そして、その電話は、俺に新しき物語の始まりを告げたのである。<br />
</p>]]>

</content>
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<title></title>
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<modified>2004-10-22T05:47:05Z</modified>
<issued>2004-10-21T15:00:00Z</issued>
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<summary type="text/plain">水道橋博士の「本、邪魔か？」（3）掟ポルシェ
『文筆業とは、分泌業である』
とは...</summary>
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<![CDATA[<p><b><font color="red">水道橋博士の「本、邪魔か？」（3）掟ポルシェ</font></b><br />
<img alt="okite.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/4ch/archives/images/okite.jpg" width="180" height="180" / align="right">『文筆業とは、分泌業である』<br />
とは、中原昌也でなくとも、エロ本を主戦場とするライターなら一度は書いてしまう、ありがちなフレーズではあるが、チン汁をペンシルに、チン先をペン先に変え、自らの迸るリビドーを、妄想の趣くままに自慰行為のごとく吐き出す様は、あながち間違った例えではないはずだ。<br />
　そして、エロ本ライターとは、自らの、やるせない、モテない、恨み、ツラミを、“棒の哀しみ”に集約させる、短小、包茎の租チンの持ち主であり、その己の貧弱な陰茎に、復讐感情を抱いたルサン‘チン’マン、なのである。<br />
　そういう意味では、“怒れる説教マシーン”掟ポルシェは、今、最も乗っている、エロ本ライター、旬の「分泌家」であると言えよう。<br />
　俺が掟ポルシェと出会ったのは、２０００年１月、一本の電話であった。<br />
　当時の俺のガールフレンドのＭちゃんが、無類のサブカル大好きのフシギちゃんであり、ロマンポルシェも、いち早く贔屓にしていた。その説教バンドという芸風を聞いて、すっかり「お笑い」だと勘違いした俺は、当時、俺たちが主催していた、若手芸人の登竜門的ライブ、「浅草お兄さん会」への出演交渉の電話をかけたのであった。<br />
　しかし正直言って、その行動は、純粋に彼女へのご機嫌取り、実のところ、ロマンポルシェに興味はなかった。<br />
　それから２週間後、Ｍちゃんと、その友人で、パンクバンドをやっている女の子のTちゃんに誘われ、恵比寿のライブハウス「みるく」へと出かけた。<br />
　ライブハウスへ俺が出向くことも珍しいが、時間は、どういうわけか真昼間であり、客層も雑多にバラバラ、おまけにノリも悪かったが、聞いてみると、どうやら渋谷の美容師組合新年会イベントだったのだ。どおりでカリスマ美容師もどきの連中から、パーマ屋のおばちゃん風まで、幅広く年齢層が居るはずである。<br />
そのなかで説教バンド・ロマンポルシェのステージは、しょぼくれた二人組みが登場し、ほとんどロック・バンドの演奏らしきものもなく、ボーカルの掟ポルシェは、白いスーツ姿から、洋服を脱ぎだすと、褌一丁で、整髪業の客の前で怒髪天を衝き、ポルシェの空冷エンジンを空ぶかしするがごとく、「男というものは……」と大声でがなりたてていた。<br />
　その姿は、イニシエの愛国党、赤尾敏先生の、有楽町数寄屋橋のチャンスセンターの宝くじに群がる平和ボケ愚民共に浴びせかけた憂国右翼の街頭演説を彷彿させた。<br />
しかし、ステージを降りると、その高見から睥睨し、人を見下す芸風を豹変させ、俺に丁寧に挨拶する様は、芸人そのものではないか。<br />
　その後、ロマンポルシェは、「第２６回浅草お兄さん会」に出演した。<br />
　普通ならネタ見せなどの手順を踏んで出るところを、予選ラップなし、俺の推薦枠で初出場した彼らは、いかにも場違いであり、楽屋で芸人仲間から浮いていた。バンドとしての知名度があれば、扱いも違うのであろうが、芸人の流儀の挨拶のない彼らは、若手芸人にとっては、「あんた誰？」、本格的に“邪魔”もの扱いだった。<br />
　しかも、お笑いライブの審査を終えて、客席投票で、今を時めく鳥肌実と５位を分け合ったロマンポルシェは喜ぶわけでもなかった。<br />
　その日の打ち上げで、俺も見るに見かねて「君ら新人なんだから、ライブに出たら、もっと他の事務所の芸人に、ちゃんと挨拶しなきゃあダメだよ！」と逆に説教を垂れていると、掟ポルシェは、実に怪訝そうな顔をして、「博士、俺たち、別にこういうところから出て行きたいわけじゃないんですけど……」と、逆に申し訳なさそうに言った。<br />
　聞けば、既に３０歳を過ぎており、若手という歳でもなく、ミュージシャンとしても、既にあの武道館に立っている〜と言うではないか。すっかり売れない芸人だと思っていた俺は、不明を恥じ、同席した仲間に、彼らがイロモノではなく、音曲の人であり、今、最も注目され、引く手あまたのご両人であると説明した。　　　<br />
　が、この日、掟ポルシェは、「じゃあ、俺、今日はビルのガラス拭きのバイトがあるんで、先に帰らせていただきます」と早退したのであった。<br />
　その後も、前述のバンドガールからストリッパーに転身したＴちゃんに呼び出され、目黒川の夜桜見物の花見に集合したこともあった。そのときのメンバーは、俺と掟ポルシェ、コレクターズのオリさんであったが、小雨振る肌寒い天気のなか、しかもお互いよく知らないもの同士が、まるでホームレスのように、路上にゴザを敷いて語り合った。<br />
　当時、発売されていた、「ホットドッグプレス」のグラビアに載っていた、掟ポルシェの部屋の、雄鹿の剥製を飾ったインテリアの悪趣味ぶりを褒めたら、「博士、何年、この業界にいるんですか？あれ、借りものの部屋ですよ！」と、掟に芸能界の掟をご教示いただいてしまった。<br />
　こんな、しょっぱい出会いや、度重なる俺の誤解で、彼の存在感も、マチズモが屹立した男節も、俺の前では消え入る寸前だったのである。<br />
　そんな、冴えない関係のなかで、俄然、掟ポルシェが見直されるのは、２０００年５月９日の、「第２７回、浅草お兄さん会」、新宿シアターサンモールである。<br />
　この頃、「週刊プロレス」編集長の座を追われ、食い詰めていた、ターザン山本を毎回、ライブに出演させては「芸人化計画」を推し進めていた我々は、毎回、舞台に乱入してくるターザンとの抗争を激化していたのである。<br />
　この日、エンディングで壮絶な殴り合いの末、ターザン山本を返り討ちにして、全裸にして、舞台の上で、俺がマングリ返しに決めた。<br />
<img alt="hakase04102201.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/suidobashi/archives/images/hakase04102203.jpg" width="200" height="228" /><br />
そして、その後ろで、浅草お兄さん会 メンバーは、洋服を脱ぎ捨て、全裸でお神輿、「全裸ワッショイ」するという、バカバカしくも恒例の段取りのエンディングとなった。<br />
　そして、本番。<br />
　若手芸人が次々と裸になるなかで、事件は起こった。<br />
　若手芸人たちをして、息を呑むほどに驚愕せしめたのは、掟ポルシェの、掟やぶりの陰茎であった。（下の写真：右スミ）<br />
<img alt="hakase04102201.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/tamabukuro/archives/images/hakase04102201.jpg" width="300" height="191" /></p>

<p>　台湾バナナの叩き売りのごとく並んだ、租チンの群れのなかで、彼の一本だけは、特大級突然変異の逸物であり、そのカリのカーブは独特の流線型を描き、ポルシェだけに、水平対抗６亀頭とおぼしき巨大なポテンシャルの持ち主であったのだ。<br />
　売れない若手芸人が集うマイナーの舞台であっても、彼のみがメジャーリーガーだったのである。<br />
　ここに、エロ本ライターは、祖チンの持ち主であるという、俺の先入観は見事に打ち破られた。掟ポルシェの男語りは、決して夜郎自大でなく、‘野郎’自大であり、その主張も虚構ではなく、巨根という根拠、チンポを担保に据えた、実に説得力のある魂の叫びであることが判明したのである。</p>

<p><br />
　さて、ＣＤは３枚発売されている、ミュージシャンらしき、掟ポルシェの本のベスト・オブ・ベストは、今のところ、「男道コーチ屋稼業」であるが、主に「BUBUKA」に連載されたコラムをまとめたものだが、読者の童貞、ボンクラ率の高さは並みではないだろう。そのなかで、大槻ケンヂが本当に購入したポルシェに、掟ポルシェが乗る企画は、かって「リングの魂」で企画された、「アンディーフグとふぐを食おう」やら、「ジェラルド・ゴルドーとボルドー飲もう」を彷彿させ素晴らしい。<br />
　いつか、掟ポルシェのポルシェに乗り、自宅の牡鹿の剥製の前で飲み明かしたいものだ。<br />
<img alt="hakase04102202.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/tamabukuro/archives/images/hakase04102202.jpg" width="180" height="267" /></p>]]>

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<title></title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.mf-davinci.com/suidobashi/archives/2004/09/post_1.html" />
<modified>2004-09-20T16:07:35Z</modified>
<issued>2004-09-16T16:02:04Z</issued>
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<created>2004-09-16T16:02:04Z</created>
<summary type="text/plain">水道橋博士の「本、邪魔か？」（2）吉田豪

　今から、７年前、９７年５月のこと、...</summary>
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://blog.mf-davinci.com/suidobashi/">
<![CDATA[<p><b><font color="red">水道橋博士の「本、邪魔か？」（2）吉田豪</font></b></p>

<p><img alt="yoshida.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/suidobashi/archives/images/yoshida.jpg" width="180" height="180" / align="right">　今から、７年前、９７年５月のこと、ＷＥＢで日記を始めた俺に、取材依頼があり、そのインタビュー先の喫茶店に現れたのは、吉田豪であった。<br />
　当時、『紙のプロレス』編集部の若手記者として面識があったが、多々いる編集者の一人という認識であった。しかし、その場で、俺への淀みのない質問の的確さ、答えの予想済みの展開に驚いた。なにしろ、『俺に関する噂』は、全て承知の上なのだ。<br />
　まるで、合わせ鏡を見ながら、自問自答しているかのような錯覚を覚えた。<br />
　この日が、紙プロの一記者「吉田某」から「吉田豪」を意識した、最初の瞬間だった。<br />
　しかし、「奴は俺のことはなんでも知っているのに、俺は奴のことは何も知らない」〜となると、俺の“ルポライター魂”がすたる。<br />
　その後、吉田豪に興味を持った俺は、奴がデスクを置く、『紙のプロレス』編集部に、事あるごとに差し入れを持ち、出入りするようになった。<br />
　実際、格闘技界、サブカル事情、裏芸能界、などなど共通の趣味が多々あり、共通の知人も多かった。<br />
　また、今でこそ古本ハンターが当たり芸となり、数々の雑誌へ多芸多才に連載を持ち、朝日新聞にタレント本を評論する連載を持つほどの書評文豪であるが、当時、これだけ、タレント本を広く蒐集している人を見たことがなかった。密かに、ガラクタ・タレント本マニアであった俺は、ここでも意気投合した。<br />
　それだけではない。俺は、ことあるごとに奴には自分のプライベートを赤裸々に語っていた。「豪に取り入るには、豪に従え」とばかりに、あえて彼の術数にはまった形だったが、こちらも誘い水として自分の私生活を語ることによって、奴の私生活も覗いておきたかった。笑裏蔵刀、笑いの裏に刀を隠しながら、「肉を切らして骨を断つ」作戦、でもあった。<br />
　そして、さらに俺たちが熱中したのはホモ談義、芸能界では表向きに語ることが、タブーであるだけに、推測、判定、確証には、格別のゲーム感覚があったのだろう。<br />
　それにしても、吉田豪の大胆な仮説を文字通り“掘り”下げ、実証するため、証言、証拠集めを繰り返し、論証する様は実にスリリングであった。<br />
　気がつけば、囲みで話をしていたのが、いつの間にか、一人減り、二人減り、ついには二人っきり話し込むことも多々あった。傍から見れば、俺たちは、ホモ談義に明け暮れる同じアナルのムジナ、サブカル談義というより、「さぶ」カル談義に菊花を咲かせる、性癖同一性障害の男二人だった。<br />
　実際、男気溢るる、男臭い、怪しげな人物への強い関心、嗜好に関しては、俺たちの男の趣味が共通していた。<br />
梶原一騎、真樹日佐夫、山城新伍、百瀬博教、前田日明……などなど、豪侠たる、豪士、豪傑たちについて話し込んだ。<br />
　さらに、破廉恥な人間への共感も同じくし、特に、元・週刊プロレス編集長、ターザン山本が、週プロを辞職し、女房、子供に逃げられ、尾羽打ち枯らし、その後、ネットに自らの恋愛事情を淀みなく語り始めるというドマイナーな暴走を始めると、二人の研究対象が、完全に一つに合致した。<br />
このターザン山本という気狂い男の観察に、没頭し、競い合って、その成果を報告しあった。吉田豪が独自のフィールドワークでターザンの交際相手に接触を試みると、負けじと俺も、ターザンを俺たちのラジオ番組のレギュラーに起用、さらにお笑いライブにも抜擢し「ターザン芸人化計画」を遂行した。<br />
　すっかり、ターザン山本という、頭をハゲちらかした、中年醜男を巡って、俺たち男同士が、どちらも関心を買おうと引っ張り合う、三角関係が成立していたのである。<br />
　そんな関係のなかでも、吉田豪本人の、私生活ぶりは、ようと掴めず、謎めいたまま。他人の恋愛事情などは、何でもお見通しであり、豪のもののエピソードをこよなく愛しつつも、本人の女ッ気はゼロ。<br />
　そのうち、俺の相棒、赤江くん（玉袋）も、「小野さん（俺の本名）、豪ちゃんこそ、ホモなんじゃない？」とカマをかけてきたのである。<br />
　言われてみれば、カメラ前のハスに構えた視線と手のこなし、頭は金髪、耳にはピアスといういでたちは、ディテイルの全てが……。合点が行くではないか？<br />
　すっかり、ミイラとりがミイラになった気分となり、イチモツ、いや、一抹の不安がよぎった。<br />
　そんな疑惑の声のカマびすしい中、豪ちゃんが、引越しをしたとの知らせが舞い込んだ。<br />
　何が驚いたと言って、その引越し先が、その手の人種のカマ窯元、新宿２丁目のど真ん中。<br />
　しかも、格闘家のマッキー（真樹日佐夫）のみならず、歌手のマッキー（槙原敬之）にまで捜査対象を広げ、「囮捜査」ならぬ「オカマ捜査」と称して、吉田豪が、２丁目界隈を徘徊しているとのこと。<br />
　俺は、ここは一発カマしてやろうと、カミさんと子供を連れて、ガサ入れと言うべきか、吉田邸を訪問した。<br />
　何度も会ってきたが、自室を訪れるのは、初めてのことである。<br />
　白い壁の４隅に置かれた本棚には、タレント本、１０００冊以上が納められ、稀少本、ガラクタ本、トンデモ本の数々に興味が尽きることはなかった。これだけ、人から、くだらないとされている本を「邪魔」にしない人は珍しい。<br />
　そして、この日、吉田豪が、赤ん坊のオシメを変える写真を撮った。</p>

<div align="center"><img alt="201.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/suidobashi/archives/images/201.jpg" width="250" height="178" /></div>

<p>我が子の、新宿２丁目、尻デビュー記念をして……。水野晴郎取材で駆使した、「オケツに入れずんば、虎子を得ず」作戦である。<br />
　そのとき、ふと思った。いったい俺は何をやっているのだろう？<br />
　取材のつもりが、丸裸にされ、全てを引き出されているのは、 俺のほうではないか？</p>

<p>　そんな吉田豪の本人名義の著書は、今のところ、一冊のみ。だからこそ、すんなり、ベストオブ　ベストは、「男気卍固め」である。<br />
　なにしろ、この本の帯は、俺が書いている。その惹句は、<br />
「吉田豪は相手の９９の話を引き出し、１００の力で書く。そして読者に２００以上を夢想させる。だからこそ、芸能本史上、最強の聞き手として３００％推薦するしだいである」</p>

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<summary type="text/plain">水道橋博士の「本、邪魔か？」（1）大槻ケンヂ

　「あのさぁ、オレさぁ〜、もうテ...</summary>
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<![CDATA[<p><b><font color="red">水道橋博士の「本、邪魔か？」（1）大槻ケンヂ</font></b></p>

<p><img alt="otsuki.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/suidobashi/archives/images/otsuki.jpg" width="180" height="180" / align="right">　「あのさぁ、オレさぁ〜、もうテレビ出るの辞めることにしたよ〜」<br />
と俺に、テレビ局の楽屋で、断筆宣言ならぬ、断テレビ宣言したのは、まだ、チリチリのツバメの巣が腐ったような髪の毛を断髪する前、の大槻ケンヂだった。<br />
　さらに、「星雲賞も２回連続、貰ったことだしさ〜、おれさぁ〜本格的に書いてみるよ〜」と、と大それたことを断言したのだった。<br />
　その大きな志に、森田公一ならずとも、♪せいうん〜それは〜きみが〜みたひかり〜と歌いだしたいところだが、「星雲賞」とは、もちろん、お線香ではなく、１９７０年から続く権威あるＳＦの文学賞である。<br />
　この賞は、日本ＳＦ大会参加者の投票により、その一年の優秀ＳＦ作品及びＳＦ活動に対し、与えられるものであるが、その短編部門で、1994年『くるぐる使い』そして、９５年『のの子の復讐ジグジグ』と、オーケンが連続受賞したのである。この快挙は、もはや覚えているものも数少ない、中森明菜のレコード大賞2年連続受賞に匹敵するほど、知る人も知らない偉業となっているのである。<br />
　なにしろ、自称・作家は、星屑ほどいるが、星雲賞にまで手が届くのは、ほんの一握りであろう。ましてや、星は星でも、輝かしいテレビ・スター業、ロック・スター業などを投げ打ち、ペン一本で生計を立てようとするのだ。<br />
　オーケンの文才に一目も二目も置く俺は、一も二もなく賛成した。<br />
　なにしろ、俺は未だに「週刊文春」の「私の読書」に書かれた、フランス文学者・鹿島茂先生が書かれた「大槻ケンヂ評」を切り抜いて、大事に持っているほどの、オーケンマニアである。</p>

<p><br />
<font color="blue">大槻ケンヂを読め！</p>

<p><img alt="01.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/suidobashi/archives/images/01.jpg" width="150" height="215" / align="right">　今回、こうして遭遇したのが大槻ケンヂ『のほほん雑記帳』。単行本だと大槻ケンヂはロックバンド『筋肉少女帯』のヴォーカルだからタレント本のコーナーに置かれている。それが文庫本であるために他の文芸書と並べて平積みされていたのだ。<br />
　イヤー、ぶったまげたね、大声で断言する、大槻ケンヂはいま日本で一番いい物書きだぞ！私がノーベル賞委員なら、同じオーケンでも、大江健三郎にではなく、断然、大槻ケンヂにあげる。こんなことを書くと、なにを今さらと玄人筋からの嘲笑が聞こえてきそうだが、それでも団塊世代以上が多い本誌の読者のために私はあえていう、大槻ケンヂは泣かせる、騙されたと思って読んでみろっと。<br />
　では、どこがいいかというと全部いいから引用のしようもないが、中でも、初恋の思いでを綴ったエッセイ群は青春とはとうの昔におさらばしたオヤジでも胸キュンとならざるを得ない名品だ。</font></p>

<p>週刊文春　97.7.24　私の読書日記　鹿島茂</p>

<p>　何が凄いって、斯界の専門家から、星雲賞どころか、ノーベル文学賞作家に相応しいと言われているのだ。<br />
　しかし、この「テレビに出ない」宣言、当時、オーケンは、お得意の超常現象だの、ＵＦＯ研究だのが高じて、精神不安定、パニック障害を発病し、常日頃から安定剤などのクスリを飲みながらテレビ出演していたのである。まさに、虚空の光を見つめ、♪きみが〜みたひかり〜状態だったのだ。<br />
<img alt="02.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/suidobashi/archives/images/02.jpg" width="150" height="198" / align="right">　のほほんと、生きて行くのが一番の特効薬に違いなかった。<br />
　しかも、楽屋で突如言い出した、この大胆発言に、番組司会の田代まさしさんは、「おい、あいつー、大丈夫か？クスリでもやってんじゃねぇの？」と、ホントに、クスリをやっていたのは、マーシーのほうだった。<br />
　そして、その年の１０月、免許の証明写真を、いくつも変装して撮影した上、『笑っていいとも』などで披露したところ、「変装免許証事件」で、警察にガサ入れをくらい、オーケンより先に、書類ソーケンで、ホントに、テレビに出られなくなったのは、俺の方だった。</p>

<p>　それから、１年半後、俺はテレビに無事復帰し、大槻ケンヂとテレビ番組の収録が同じになった。<br />
いつの間にか、彼の髪は抜け落ち、ＵＦО着陸痕と化し、頭部にはミステリーサークルが広がっていた。<br />
　「なんだよ！オーケン、相変わらず、テレビに出てるじゃん！」<br />
と俺はなじった。<br />
　「博士〜。あの言葉はねぇ撤回するよぉ〜。だってさぁ、今の時代、誰も本なんて読んでいないんだもん〜。オレがテレビに出てないと、誰も、オレのことなんか本を書いていることすら知らないんだよぉ〜、あのさぁ〜やっと、わかったんだけど、本なんて、生きていく上で、もう邪魔なもんなんだよ！」<br />
　とおっしゃったのである。<br />
　さて、既に５０作を越える作品群もある、我らがダメ人間世代の次期ノーベル文学賞候補作家であられる、オーケン先生の……俺が選ぶ、ベスト・オブ・ベストは「のほほん雑記帳」（角川文庫）である。<br />
　鹿島先生も褒めちぎってた、この作品は、大槻ケンヂの処女作であり、その文庫本の解説を俺が書いているのだ。</p>]]>

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