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2005年02月11日
水道橋博士の「本、邪魔か?」(6)宮崎哲弥
「ノゲイラなのか、果たして、ヒョードルなのか!」
昨年末の大晦日、60億分の1、人類最強の男を決める、「PRIDE男祭り」のメインイベントを手に汗握り固唾を飲んで見つめた、ご同輩も多かろう。
しかし、「最強伝説」は、あらゆるジャンルにも存在し、「誰が一番なのか?」我々の好奇心を刺激する。それは「TVチャンピオン」のバラエティーに富んだテーマを見てもしかり、世界中にあらゆる分野の王者が乱立するギネスブックしかり。
そして、この『ダ・ビンチ』読者には、いったい、この世で最も本を読んでいる、「本の大食いチャンピオン」について想いを馳せたことはないだろうか?
「立花隆 vs 鹿島茂」「唐沢俊一vs 北上二郎」「福田和也 vs坪内裕三」「荒俣宏vs呉智英」「松岡正剛vs 安原顕」、はたまた、これが芸能界最強なら、「内藤陳vs児玉清」などなど夢のマッチメークは尽きないのである。
脆弱なる肉体の観客が、屈強なる筋肉の格闘家に夢を託すがごとく、決して大量の活字の咀嚼に耐えられない我々のような小食読者だからこそ、こういう見果てぬ夢に駆られるはずなのである。
そんななか、俺が、実際に出会って、目の当たりにした「濫読王」は、評論家の宮崎哲弥氏である。
現在、俺と宮崎氏とは、前回、岩井志麻子編で紹介した、関西テレビの『2時ワクッ!』レギュラー・コメンテーターとして共演しているのである。
宮崎哲弥氏と言えば、お茶の間でお馴染みであろう。
記憶に新しいのは、昨年、あの日本の論客が一同に会する、『朝まで生テレビ』を田原総一郎氏が欠席の際、見事に代役司会をこなし、ポスト総一郎の一番手と目され、さらには、現在、小泉内閣の経済財政諮問会議の一員でもある政府の要人でもあるのだ。
これだけ列記とした日本を代表する知識人であるにも関わらず、何故に、昼間から大阪の主婦相手のワイドショーのコメンテーターをつとめているのか?
また、我々や岩井志麻子らと一緒になってバカ・エロ楽屋話の相手となっているのか?
正直言って、場違い極まりないのである。
☆

さて、そんな宮崎哲弥氏を、どうして俺が、「濫読王」と断言出来るのか?
俺と宮崎氏は、番組収録のある木曜日には朝の新幹線から御一緒することも多い。
傍目にも、常に雑誌と本の束を抱え、席に着くやいなや、のぞみの速度を遥かに越える超高速、読み込み52倍速のCD−Rドライブのように活字を追い続けているのだ。
さて、宮崎氏が「評論の師匠」と公言し、対談本『放談の王道』の共著者でもある、呉智英氏は、かつて著作『読書家の新技術』の中で、「ジャイアント馬場選手は年間二五〇冊から三〇〇冊も読むという。私は、一五〇冊前後である」と記したが、宮崎哲弥氏が現在、連載の仕事上、読破する書物は実に「月間200冊」という!
『週刊文春』に連載する、テーマ書評である『宮崎学習帳』のため、週に10冊のノルマで月間40冊、そして、『諸君』に連載する『新書完全読破』では、毎月20日までに出版される各社の新書、(例えば、岩波新書、中公新書、新潮新書、講談社現代新書、講談社ブルーバックス、NHK生活新書、PHP新書などなど)、その全てを漏らさず読破しているのである。こちらが、最低月50冊平均で、計100冊。しかも、これが、定期的な連載用の基礎的な資料読みなのだから、その他の評論活動のためには、さらに多岐なジャンルの本を読み、加えて自分の趣味のためにも読むから、「月間200冊は最低でも、読んでいるだろう」とのことなのだ。
この驚くべき数字に加えて、漫画おたくであることから主要な漫画雑誌の連載は少年漫画から青年誌、果ては少女マンガまで抑えており、特にグルメ料理漫画に関しては、自称・日本随一の権威らしい。
ざっと計算しても、一日、24時間で7冊を読破しているわけだから、これは常軌を逸している。
特に新書は、ノージャンルを徹底していて、自分に興味が有ろうが無かろうが、毎月、出版されたものは網羅し強制的に全て読破することを課している。
さすがに、「読んでいて退屈なものもあるでしょう?」と俺が聞くと、「とにかく辛いのは英語以外の語学の教本だね、こっちは元々憶える気がないんだから」とのこと。とは言え、「ラテン語、パーリ語、チベット語は、ちょっと勉強してみたけど長続きしなかったなぁ」と言うのだ。
笑ったのは、「ガーデニングと陶芸教室の話も興味が無いだけに読みにくい」とのこと、それなら無理に読まなきゃいいだろうに!
「それだけ本を読んでいて、よく煮詰まりませんね、気分転換とかしないんですか?」と聞くと、「気分転換は、本を音読するんだよ」と事も無げに。
まさに「本の虫」が声をあげて鳴いているわけだ。
「これは一種の速読法なのですか?」と聞くと、「いや、俺の場合は濫読の秘訣は、とにかく眠らないことだね。でも、この間は、ダン・ブラウンの『天使と悪魔』を一時間半で読み終えたけどね」とのたまうのだが、もちろん凡人は、それこそが速読だろう!と突っ込むところだ。
そして、現在、氏は評論家タレントとして、マスコミに引張りダコの人気者でもある。
火曜日はTBSラジオの『アクセス』、水曜日は、朝日ニュースターで『ニュースの深層」、木曜日は、関西テレビ『2時ワクッ!』、金曜日は、読売テレビ『たかじんのそこまで言って委員会』、などがレギュラー番組の収録であり、ここに月一で、『朝まで生テレビ』、日本テレビ「情報ツー」月2回のセミレギュラーや他の単発テレビの仕事が入ってくるわけである。
まさに、日本列島を東奔西走、ちなみに執筆誌のトーンは右往左往。
『諸君』、『わしズム』、『論座』、インタビュー依頼あらば『第三文明』にまで登場する。とにかく右から左まで上がるリングを選ばない。
タレントニーズは高まる一方で、特に関西では、主婦層相手に抜群の人気を誇り、そのおすぎに似た風貌で、時折、ワルノリするオネェ言葉から新たなカマ風味タレントとしても誤解されつつ人気を博しているわけである。
もともと『朝まで生テレビ』の若手論客として脚光を浴び、その後、『たけしのTVタックル』では、その単身小躯で童顔の風貌から、わが師、ビートたけしより「キャベツ畑人形」と仇名されキャラ立ちし、今のタレント人気に繋がった。
大方の視聴者にとって、「評論家」なる肩書きの人は、子供の頃から優秀でエリート街道まっしぐらの先入観があるため、その素性については詮索しないものだが、俺は気になるので、過度に詮索、観察する。
この人の場合、相当、風変わりな人生を送っているようだ。
俺と共演する番組のなかでも、『登校拒否児童』、『元暴走族』、『セックス中毒』とか、そのスター・ウオーズに出てくる森の住人イオークにも似た、着ぐるみ系の可愛らしいキャラクターとは、あまりにかけ離れている言動も多々あり、先日、開催された番組の新年会の折りに密着し、じっくり取材してみた。
宮崎哲弥――。昭和37年生まれ、開業医の一人息子として、福岡県久留米市に生まれる。歳も田舎も、あの松田聖子と同じである。
俺も昭和37年生まれの同じ歳であるから、話してみると、当然のことながら、自分が育まれた文化的背景には、いくつもの共通点があった。
「今まで、自分より、本を読んでいる人に会ったことあります?」と訊くと、
「う〜ん。福田和也だね。俺もあいつだけには負けるよ」と名前を挙げた。
「結局、あいつは、ドイツ語もフランス語も出来るから、俺は英語だけだから、原書に当たる部分でも負けるね」とのこと。
いきなり、その理由まで実にハードルの高い話に唸った。日本語以外の本もカウントしているとは思いもよらなかった。
「でも、俺の場合はねぇ、本より漫画の方が断然好きだし、俺が本を読むのは仕事だからでね、仕事がなかったら、本なんて読みたくも無いし、仕事で使うから本は取って置くけど、もともとコレクター癖も無いからね。でも唯一例外が仏教書なの。京都へ行って古本屋で仏教書を探すのが俺の唯一の安らぎだから、仏教書を除いたら、本ははっきり言って邪魔だよ!」と断言したのである。
「登校拒否だったって本当ですか?」と続いての質問。
「小学校4年のときに小児喘息で長期欠席したんだけど、それ以来、学校へ行かなくなったのね。特に中学はほとんど行ってないんだよ。それで義務教育を終えたら工場へ働きに出たんだよ。それはシモンヌ・ヴェイユの『工場日記』に影響されただけなんだけど、家族は当然、猛反対するし、これは俺が狂っていると思って、そういう病院へ入れようとされたりしてね、あの当時だから、戸塚ヨットスクールに入れられんじゃないかって思って心配しましたよ。それで、とにかく高校へ行ってくれって説得されて入ったところが、地元でも有数のワル高校で、とにかく生徒がチンピラや暴走族くらいしかいないんだよね。でも、そこは俺には、すっかり居心地良くて馴染んだんだよ。でも周りを見ていると、仲間は、いろいろ社会的な軋轢の中で、そういう環境に吹きだまってくるわけじゃない、だったら日本のシステムを変えてやろうと思って、そこで東大法学部に入って官僚になろうと思ったわけさ、で、俺はそこから勉強は始めたの。それまで英語だってBE動詞すら知らなかったんだから」
とまるで、竹野内豊主演の『ヤンキー母校へ帰る』のドラマのような実話を語るのだ。
また、余談ではあるが、面白いと思ったのは、俺が思春期に、五木寛之の『青春の門』の筑豊編でオナニーを覚えたと言う話を振ると、
「俺は、オナニーが出来るようになったのは30歳を過ぎてからなんですよ……」と奇異なる答えを返してきたのだ。さらに、
「俺には能力欠陥があってね、人の顔とかが良く憶えられないの。つまりイメージがないんだよ。なかなか信じてもらえないんだけど、それを自覚出来る証拠があってね、実は30歳くらいまで、俺が見る夢には明瞭な形も色も無かったのね、でも音はあるんだ。会話も音楽もあるけど絵だけないの。だから例えて言えばラジオドラマを聞いているような、あるいは本を読んでいるみたいな形で夢を見てたわけさ、だから、オナニーなんて画像を思い浮かべて、反芻するってことが俺には出来なかったわけなんだよ」
と、にわかには信じがたい話を語った。
しかし、想像力が膨らむはずの映像の世界が無かったからこそ、フィクションの世界ではなく、徹底的に論理、ロジックの世界へ導かれたのではないか?
とオナニストの俺は、アナリストを分析したのである。
「で、オナニーをしないからセックス中毒だったんですか?」と質問。
「もう、この話は、フランス書院のHPの俺のインタビューを読んでよ!」
と顔を赤らめ照れた。
帰宅後、件のページを探し、その赤裸々な内容に驚いた。
詳しくは、そちらのページを見てもらいたいが、宮崎哲弥氏はセックス中毒に関しては、
「でもね。30代の前半にすごいのに遭遇したんですよ。それまでとは次元の違うセックスを味わった。とにかく刺激が微細で、多彩なの。いままでのがモノクロームだとすれば、総天然色のような複雑玄妙な愛撫。行きつ戻りつ、快楽を小刻みに振幅させながらゆっくりと登っていく。射精まで六時間以上を費やすことがあるんです。それで疲れきってもまだ欲しくなる。(略)
セックス観が一変しました。と同時に、こんなこと続けていたらいけないとも心の隅で思い始めた。本当に色呆けになってしまう。性交するたびに無意識の表面に細かな、けれど結構深い傷をつけられているような気がしてきたんです。だけど、しばらくは溺れました。離れがたいんですよ、体が。できないと気が狂いそうになるの(笑)。
と、語っている。いやあ、爆笑しました、コレは……。
なんとも、文化人らしからぬ態度と言うか赤裸々で照れがない。
そして、この話ぶりを読んだとき、ある文章を思い出した。
田原総一郎氏が上梓した本、『私たちの愛』の中で書かれた、愛妻、故・節子さんとの情交ぶりである。
その著書から引用すると……

「どの小説や映画よりも僕たちのほうがすごい。(略)会うたびに次から次から発見がある。我を失うまでいっても、まだいける、まだ先がある……。(略)こんなことをやっていると彼女は死んじゃうんじゃないか、と怖くさえなった。(略)なぜあれほど燃えられたのか。(略)それまではリアルな世界だったけど、彼女との関係は現実を超えた、いわばフィクションの世界だった。」
どうだろう、なかなか、常人には、ここまでは語れまい!
まさに「朝生」司会者とは、この精力を含めた、朝まで生本番が出来る、エネルギッシュ過剰な知性と痴性の持ち主こそ、相応しいのではないか!
☆☆
さて、そんな俺が、選ぶ宮崎哲弥本のベスト・オブ・ベストは、最新刊でもある『エイリアンズ』(インフォバーン)としておこう。

『М2』を名乗る、宮崎哲弥氏と宮台真司氏とのユニット対談の第3弾ではあるが、ある意味、これぞ評論家最強タッグであると思えるトーク遂行能力である。
しかし、俺は、密かに、このチームに対抗する『М2』を考えている、
俺の考える、新『М2』とは、百瀬博教氏と宮崎学氏の文字通りの“極道タッグ”である。(これに坪内裕三氏&福田和也氏の「ジ・アウトローズ」を加え、最強タッグリーグ戦も見てみたいものだ)
この極道タッグなら、どう考えても腕っ節なら誰にも負けない。
しかし、論戦、もし闘わば……。
☆
そう!俺は、どんなジャンルでも、こうして「最強神話」を夢見ているのである。
投稿者 davinci_blue : 13:48