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2004年11月26日
水道橋博士の「本、邪魔か?」(4)百瀬博教
「そこの本が邪魔なら、どかせて入って来い!」
と野太い怒鳴り声が聞こえると、玄関口から、うず高く積まれた本の山を、まるで「崩し将棋」をするかのように、恐る恐る移動させながら自分の道筋を作り、御大の居座る、奥の院へと辿り付く。
俺がこの部屋に通うようになってから既に1年以上経つ。
本棚からはみ出し、幾重にも積み重ねられた本の地層が各所に出来た、この一室、本来は100平米を優に超え、4部屋もある広々とした青山の瀟洒なマンションのペントハウスなのだが、現状では各部屋はおろか、廊下、キッチンにまでも平積みの本が堆積、折角の東京タワーを眺望する窓すら、本の小山に潰されたその奇観は、まるで戦前から創業している神田の老舗古本屋の様相を帯びているのである。
この部屋の主、百瀬博教、64歳――。
芸能界、格闘界に黒幕として君臨する御大の、その略歴を俺の著書『お笑い男の星座2・私情最強編』から引用すると、
百瀬博教氏は、東京柳橋の侠客、百瀬梅太郎親分の次男として出生し、青年時代は相撲取りを志すが挫折、その後、立教大学文学部史学科に通う傍ら、赤坂のナイトクラブ「ニュー・ラテン・クォーター」で用心棒をつとめる。
そして、そこで「生涯の兄貴」と慕う石原裕次郎と出会い私設ボディーガードとなり親交を暖める。仕事柄、命を張った数々の修羅場を体験。
23歳、用心棒として、自己防衛のため機関銃が必要だと思い立ちクエートへ渡航。拳銃を日本へ持ち帰ることに味をしめる。
そして28歳の時、拳銃不法所持の容疑で警視庁に出頭、9ヶ月の取調べの後500万円で保釈となり裁判を待つ身となるが、癌を患った母親の今際に立ち会えまいと収監状を破って逃亡。
逃走中に「小川宏ショー」を見ていて自分が連続射殺事件犯、永山則夫に小型ピストル、ロスコーを渡した108号事件の容疑の重要参考人として指名手配される事実を知る。その後、逃亡者として日本を転々。
そして、この連続殺人事件に関与の冤罪は晴れたものの、結局、逃亡先の中野ブロードウエイで多数の警官、刑事に囲まれる大捕物の末、2つの手錠を後ろ手に掛けられる。この護送の車中、その手錠を破り、逃亡を試みるがそのまま赤坂署に車は飛び込み、手錠5つ嵌められて、ようやく逮捕される。
そして拳銃不法所持(しかもその数250丁!)の罪状で6年半の獄中生活を送ることとなる。その際、生来の乾分を作り易い体質が警戒されて、4年8ヵ月の独房暮しとなるが、看守から『元旦くらい勉強するのをやめろ』と言われるほど絶え間なく古今東西の書物を読み漁り、日々、大学ノートに文字を刻み、博覧強記の人となり出所。その後は詩人・作家へと転進。
またバブル期には株の天才を発見し、彼に金を預け大儲けし、資産、なんと960億円を手に入れ、NY、パリ、ロンドン、ブタペスト、北京等、世界中を大尽旅行して廻るが、やがてバブルが弾け、一文無しに……。
そして紆余曲折あり、99年より、PRIDEの世話係、プロデュースを手掛けるようになる……。

この文章を書いて一年半が経過した今、すでに、このリングサイドの有名人、人呼んで“プライドの怪人”は、PRIDE会場から姿を消し、アントニオ猪木との盟友タッグも解消し、かつての馬場・猪木のように冷戦時代へと突入にしてしまっているのである。
しかし、この怪人を取材対象として接触した俺は、この波乱万丈な生涯に俄然、興味を覚え、いつしか頻繁に面会し、今も共に時間を過ごすことが多い。
「いつも、二人で何をしているのですか?」と周囲に訝れることも多いが、この面会、毎度毎度、都内の古本屋巡りの後、青山ブックセンターで新刊チェック、六本木のTSUTAYAで新作DVDチェックをして、スタバでお茶するという、64歳と42歳の男二人には、とうてい考えられないような、中学生の放課後的な毎日なのである。
とにかく、この御大の本好き、活字中毒ぶりは、聞きしに勝るものがある。
無論、6年半に及んだ刑務所生活が、まるで若き日の宮本武蔵の幽閉生活のように万巻の書物との耽溺生活を強い、紙背に徹する眼光を育んだわけだ。
にしても、今まで同行して、ただの一回も、お酒を飲むこともなく、ただの一度も、女性が居る店にすら行ったことすらないのである。
その代わり、まず俺の人脈にはありえない、藤原ヒロシ氏、安西水丸氏、鹿島茂氏、見城徹氏、木滑良久氏、花田紀凱氏など、百花繚乱の百瀬系文化人と同席したことは数限りない。
ちなみに、百瀬氏の蔵書が置かれているのは、この部屋ばかりではない。
同じマンションの中に、地下の倉庫に8室、そして階下にメイドルームと呼ばれるワンルームを2室借りており、そこにも本は溢れかえっている。マンション中に本の縄張(しま)を広げ、その勢力を拡大中なのである。
そして、何かの探し物をする際に、御大がこの無数にある部屋の鍵の束をジャラジャラと云わせながら地下へ降りていき、一畳幅の倉庫を見回る姿は、まるで独房を見回る看守そのものなのだ。俺がその様子をからかうと、
「バカヤロウ!そんなこと言うと秋田の獄を想い出すだろ!ガハハハハ」
と豪快に笑う。

そんな百瀬さんを、今年の6月、我が故郷、岡山へと招待した。
旅の目的は、妻、子供を連れた故郷帰りであったが、百瀬さんとは、かねてから、俺が喧伝している日本最大規模の古本屋『万歩書店』への視察にあった。
この書店、最近も『ブルータス』の古本特集でも取り上げられ、今や、好事家には、最もホットなポイントなのである。
実際「古本ハンター」を自称する吉田豪も、わざわざ、このチェーン店を訪れるためだけに岡山へ「出張鑑定」を試み、目当ての稀少なタレント本など、大量仕入れに成功すると、ダンボール数箱に詰め込み、東京へ直送するほどの古本界の大漁場なのである。
なにしろ、この古本屋の規模がどれほど凄いものか、ネットの文章、岡崎武志「均一小僧の気まぐれ古書店紀行(第38回)」より引用すれば……。
『万歩書店』は、岡山でチェーン店を展開する、郊外型古本屋。経営母体は、古紙回収業。そのため、ブックオフ系の新古本チェーンとは異なり、古いコットウ系の本も多数あるのが特徴。人に説明するのに困るようなスケールなのだが、
「小学校の体育館があるでしょ。そこにすべて本が詰まっているところを想像してください」とでも言うといいか。これはけっしておおげさではない。とにかく、初めて足を踏み入れたときは、しばらく開いた口がふさがらない。
しかも、多少の大小はあるが、岡山市周辺に6店舗を持つ。本店(220坪)では、店内の区分地図を渡された。それも4枚。本棚は等間隔に整然と並んでいるのだが、たしかに地図が必要だ。各通路に「東○丁目通り」などと住所表示がある。
まるで町だ。本好きなら、ここで軽く半日は過ごせる。
「古本版ディズニーランド」と呼ぶことにしよう。
さて、この日、俺は、県中腹にある岡山空港まで車を走らせ、単身訪れた御大を送迎ゲートへ出迎えた。
「さっそく観光されますか?」と聞く俺に、御大は言下に「そんなのはいいから、その本屋へ連れて行ってくれョ!」とのこと。
我々は、その足で、「万歩書店」、岡山本店へ直行した。
空港から、岡山市街へは、片道30分の道のりである。
のどかな吉備高原の山道を下り、市街へと入り、目的地である、街道沿いの薄汚れた廃品置き場や倉庫にも見える万歩書店の入り口を指差すと、「こんなところに、本当にそんなに本があるのかい?」と御大が聞く。
しかし、とにかく一度、足を踏み入れれば、外観からは、想像出来ないほどの、古本の巨大迷宮が広がるのである。
我々が、中に入ると、天井まで圧縮陳列された本棚に囲まれた果てしない道が、数えること14番通りまで続いていた。

御大は、目を輝かせ、本棚を眺め回し、しばし、本の海を回遊すると、4番通りにある「古新聞、古ポスター・コーナー」に釘付けとなり、しばし、ここに陣を構えた。
「こりゃあ、いくらでも発掘できるんじゃないか、ここ掘れ、ワンワンだな」とご満悦。
しかし、ここで俺が、大きなミスを犯してしまったことに気がついた。
空港の喫茶店に財布を置き忘れたのだ。今、戻れば空港まで往復1時間はかかるだろう。しかし、はるばる訪れた御大を、この見知らぬ土地に一人きりにするのは失礼極まりないだろう。
それでも、「ちょっと用事があるので、30分ほどここで待っていてください!」と、短めに所要時間を告げ、御大を置き去りにした。
山間のワインデイング・ロードを大急ぎで空港へ引き返す。タイムリミットに向けて猛スピードで運転する様は、まるで、「24」のジャック・バウアーか、千葉のゴルフ場から都内のスタジオを目指す所ジョージである。
果たして、空港インフォメーションに財布は届けられていた。
そして、復路を大急ぎで飛ばし、なんとか1時間弱で、万歩書店に帰還したのだ。
それでも、約束の30分は、大きく過ぎているのである。
この無礼に大叱責も覚悟しつつ、本を掻き分け、4番通りを覗き込むと、御大、別れた場所である、古週刊誌のコーナーの片隅から一歩も動いていなかった。
動かざること山の如し。この「万歩書店」で、「一歩」も歩まずとは、これいかに。
そして、御大が蒐集している力道山関係のポスター、裕次郎関係の古週刊誌など、1時間の延長が災禍転福、収穫多数あった模様で、大層、ご機嫌の様子で、「おい、ここは宝の山だな!」と言いながら、満面の笑みを浮かべ、一言。
「ここなら、また6年半入っていても大丈夫だぜ!」とのたまわれた。

そんな百瀬博教本のベスト・オブ・ベストだが、百瀬本は、本人の劇的な実人生が物語へ昇華し、めくるめく美文で綴られた漢(おとこ)の教科書である。
全ての著書が味わい深いが、入手困難なものも多い。
しかし、現在は幻冬舎文庫で文庫化が相次いでいる。
そのなかでも、俺は『プライドの怪人』(幻冬舎文庫)を推薦。
なにしろ、この文庫本の解説は俺が書いているのである。
そして、この解説文が、あるきっかけで、石原慎太郎都知事の目に止まり、深夜に、わざわざ賞賛の電話を頂いた、忘れがたい一冊なのである。
そして、その電話は、俺に新しき物語の始まりを告げたのである。
投稿者 davinci_orange : 15:03