« 2004年08月 | メイン | 2004年10月 »

2004年09月17日

水道橋博士の「本、邪魔か?」(2)吉田豪

yoshida.jpg 今から、7年前、97年5月のこと、WEBで日記を始めた俺に、取材依頼があり、そのインタビュー先の喫茶店に現れたのは、吉田豪であった。
 当時、『紙のプロレス』編集部の若手記者として面識があったが、多々いる編集者の一人という認識であった。しかし、その場で、俺への淀みのない質問の的確さ、答えの予想済みの展開に驚いた。なにしろ、『俺に関する噂』は、全て承知の上なのだ。
 まるで、合わせ鏡を見ながら、自問自答しているかのような錯覚を覚えた。
 この日が、紙プロの一記者「吉田某」から「吉田豪」を意識した、最初の瞬間だった。
 しかし、「奴は俺のことはなんでも知っているのに、俺は奴のことは何も知らない」〜となると、俺の“ルポライター魂”がすたる。
 その後、吉田豪に興味を持った俺は、奴がデスクを置く、『紙のプロレス』編集部に、事あるごとに差し入れを持ち、出入りするようになった。
 実際、格闘技界、サブカル事情、裏芸能界、などなど共通の趣味が多々あり、共通の知人も多かった。
 また、今でこそ古本ハンターが当たり芸となり、数々の雑誌へ多芸多才に連載を持ち、朝日新聞にタレント本を評論する連載を持つほどの書評文豪であるが、当時、これだけ、タレント本を広く蒐集している人を見たことがなかった。密かに、ガラクタ・タレント本マニアであった俺は、ここでも意気投合した。
 それだけではない。俺は、ことあるごとに奴には自分のプライベートを赤裸々に語っていた。「豪に取り入るには、豪に従え」とばかりに、あえて彼の術数にはまった形だったが、こちらも誘い水として自分の私生活を語ることによって、奴の私生活も覗いておきたかった。笑裏蔵刀、笑いの裏に刀を隠しながら、「肉を切らして骨を断つ」作戦、でもあった。
 そして、さらに俺たちが熱中したのはホモ談義、芸能界では表向きに語ることが、タブーであるだけに、推測、判定、確証には、格別のゲーム感覚があったのだろう。
 それにしても、吉田豪の大胆な仮説を文字通り“掘り”下げ、実証するため、証言、証拠集めを繰り返し、論証する様は実にスリリングであった。
 気がつけば、囲みで話をしていたのが、いつの間にか、一人減り、二人減り、ついには二人っきり話し込むことも多々あった。傍から見れば、俺たちは、ホモ談義に明け暮れる同じアナルのムジナ、サブカル談義というより、「さぶ」カル談義に菊花を咲かせる、性癖同一性障害の男二人だった。
 実際、男気溢るる、男臭い、怪しげな人物への強い関心、嗜好に関しては、俺たちの男の趣味が共通していた。
梶原一騎、真樹日佐夫、山城新伍、百瀬博教、前田日明……などなど、豪侠たる、豪士、豪傑たちについて話し込んだ。
 さらに、破廉恥な人間への共感も同じくし、特に、元・週刊プロレス編集長、ターザン山本が、週プロを辞職し、女房、子供に逃げられ、尾羽打ち枯らし、その後、ネットに自らの恋愛事情を淀みなく語り始めるというドマイナーな暴走を始めると、二人の研究対象が、完全に一つに合致した。
このターザン山本という気狂い男の観察に、没頭し、競い合って、その成果を報告しあった。吉田豪が独自のフィールドワークでターザンの交際相手に接触を試みると、負けじと俺も、ターザンを俺たちのラジオ番組のレギュラーに起用、さらにお笑いライブにも抜擢し「ターザン芸人化計画」を遂行した。
 すっかり、ターザン山本という、頭をハゲちらかした、中年醜男を巡って、俺たち男同士が、どちらも関心を買おうと引っ張り合う、三角関係が成立していたのである。
 そんな関係のなかでも、吉田豪本人の、私生活ぶりは、ようと掴めず、謎めいたまま。他人の恋愛事情などは、何でもお見通しであり、豪のもののエピソードをこよなく愛しつつも、本人の女ッ気はゼロ。
 そのうち、俺の相棒、赤江くん(玉袋)も、「小野さん(俺の本名)、豪ちゃんこそ、ホモなんじゃない?」とカマをかけてきたのである。
 言われてみれば、カメラ前のハスに構えた視線と手のこなし、頭は金髪、耳にはピアスといういでたちは、ディテイルの全てが……。合点が行くではないか?
 すっかり、ミイラとりがミイラになった気分となり、イチモツ、いや、一抹の不安がよぎった。
 そんな疑惑の声のカマびすしい中、豪ちゃんが、引越しをしたとの知らせが舞い込んだ。
 何が驚いたと言って、その引越し先が、その手の人種のカマ窯元、新宿2丁目のど真ん中。
 しかも、格闘家のマッキー(真樹日佐夫)のみならず、歌手のマッキー(槙原敬之)にまで捜査対象を広げ、「囮捜査」ならぬ「オカマ捜査」と称して、吉田豪が、2丁目界隈を徘徊しているとのこと。
 俺は、ここは一発カマしてやろうと、カミさんと子供を連れて、ガサ入れと言うべきか、吉田邸を訪問した。
 何度も会ってきたが、自室を訪れるのは、初めてのことである。
 白い壁の4隅に置かれた本棚には、タレント本、1000冊以上が納められ、稀少本、ガラクタ本、トンデモ本の数々に興味が尽きることはなかった。これだけ、人から、くだらないとされている本を「邪魔」にしない人は珍しい。
 そして、この日、吉田豪が、赤ん坊のオシメを変える写真を撮った。

201.jpg

我が子の、新宿2丁目、尻デビュー記念をして……。水野晴郎取材で駆使した、「オケツに入れずんば、虎子を得ず」作戦である。
 そのとき、ふと思った。いったい俺は何をやっているのだろう?
 取材のつもりが、丸裸にされ、全てを引き出されているのは、 俺のほうではないか?

 そんな吉田豪の本人名義の著書は、今のところ、一冊のみ。だからこそ、すんなり、ベストオブ ベストは、「男気卍固め」である。
 なにしろ、この本の帯は、俺が書いている。その惹句は、
「吉田豪は相手の99の話を引き出し、100の力で書く。そして読者に200以上を夢想させる。だからこそ、芸能本史上、最強の聞き手として300%推薦するしだいである」

202.jpg

投稿者 davinci : 01:02