|
|||||||||||||
2005年04月22日
水道橋博士の「本、邪魔か?」(8)ホリエモン
我が家の居間に、かのジェームス・ブラウンの人形がある。
ボタンを押すと、けたたましくも、ご機嫌に「I Feel Good」を謳い踊る。
さて、このJB、全米にファンクの帝王として君臨しながらも、その事件続き、波乱万丈の人生は、世に物議をかもし続けてきたお騒がせ氏である。
実は、この我が家のJBは、あのライブドアの堀江貴文社長からの貰い物なのである。

そのJBにも負けない、けたたましい、物議だらけの人生を送る堀江社長――。
本日(4月18日)、「ライブドア vs ニッポン放送&フジテレビ」問題に、蹴りをつけ、昨日までの敵が手に手をとる歴史的和解の席へと持ち込んだ。
しかし、この2ヶ月に渡るバトル、通称、「ホリエモン」どころか、本格的にフジサンケイ・グループの「邪魔モン」と成りながら、最後の最後、土俵際で居残って見せたのである。
今回は、この問題児と俺との交流を語ろう。
一昨年、4月3日――。
俺たちが司会をつとめる、テレビ朝日の深夜番組、社長バラエティー『ド・ナイト』のロケが初対面であった。
今でこそ、時代の寵児であり、連日、ニュースを騒がす、ホリエモンであるが、当時はまだ知る人ぞ知る存在、27歳で上場、30歳の若さで資産60億円の長者に登りつめたIT業界の若き旗手であった。
俺が何より関心をもったのは、事前に打ち合わせをした若いスタッフが、「正直言って話を聞いているだけで頭に来ますよ!」と身を震わせ報告し、とにかく、その語り口調が、傲慢不遜、非常に生意気であると言うことだった。
それを聞き、宮路社長、鈴木その子社長などなど、他人が手を焼くようなキャラの強い社長の扱いは俺たちのお手の物であり、正直、異業種猛獣使いとして、芸人としての腕が鳴った。
当時、「ライブドア」の社名は『エッジ』、ちなみに最初の社名は、「オン・ザ・エッジ」(崖っぷち)であり、本社の所在地は渋谷であった。
会社に入って、まず、その上場企業とは思えぬ自由闊達な雰囲気に戸惑った。
規則を感じさせない、気ままな、いでたちの若者だらけであり、いわゆる「会社言葉」で話さない、その違和感は、かつての「光通信」ほどではないにしろ、こういうのが、当世のIT企業かと思わせた。
「お待たせしてすいません、堀江は、今、打ち合わせ中なんで申し訳ありません。一度話しだすと長いから……もう、しょうがない奴なんですよオ……」
と、第一声を発したのは乙部秘書。
ギャグのつもりなのか、和気藹々を通り越した、島田紳助師匠なら確実にぶっ飛ばされているであろう、その口調にも意表を付かれた。
(彼女の振る舞いの奔放さは、その後も続き、『ド・ナイト』スタッフの間では、評判になり、当時から俄然、注目されるキャラとして、その後、俺は個人的にも親しくなった。)
さてインタビューでは、ホリエモン、今と変わらぬ大言壮語をかました。
「同年代のライバルは松井秀喜くらいかな、でも年収ならとっくに抜いているし、ヤンキースだって、なんなら買っちゃろうか!と思っている」とか、「矢沢永吉の『成り上がり』が、ロールスロイスで煙草を買いに行くなら、宇宙旅行を事業化して、宇宙船で火星に煙草を買いに行きたい!」などと、とにかく大法螺を吹いていたのである。
そして、今と変わらぬ、やる気の無さそうなふてぶてしい態度は、最初の印象から、「空白の一日」事件の頃の江川卓を彷彿させ、その後、この本人が、江川事件以上のプロ野球界に大騒動を巻き起こし、さらに、その後は「空白の一日」ならぬ、「時間外取引」で再び喧々諤々の物議をかもすことになるとは、この日、思いも寄らなかった。
(ちなみに、この日『ド・ナイト』で収録した俺のインタビューが、二〇〇四年の六月三十日、堀江社長が、突如、近鉄バファローズ買収を表明した日の『報道ステーション』で使われた。よほど当時はホリエモンの映像がなかったのであろう。ところが隣で話を聞いているはずの俺の映像は一切出てこない。写りこみをトリミングまでされ、あの日の俺は「黒い霧事件」の池永投手のごとく、理不尽にも全ての活動記録と存在そのものが抹消され、まさに俺にとっての「空白の一日」となってしまっていたのである)
その後、社長の豪邸訪問で、現在の六本木ヒルズ族になる前の自宅、下馬の中古の一軒屋を訪ね、「建物探訪」の渡辺篤史よろしく部屋を物色した。
内装は悪趣味な成り上がり社長特有のコレクションなどなく、思わず、「金持ちの子供部屋」と例えたほど、先述のJB人形やら、ダイエット用乗馬グッズなど、子供じみた調度品が多かった。
書斎の本棚には、受験時の参考書やPCの技術書と共に、夥しい漫画本が無造作に置かれていた。
その様は、まるで苦学生、あるいは受験生の部屋にも見えた。
そこで話をしたことは、よく憶えている。
武田鉄也&小山ゆうの『お〜い!竜馬』が全巻並べられていたので、「好きなんですか?」と聞くと、「竜馬こそ、日本のベンチャー企業のさきがけでしょう」と語り、俺が、「うちの事務所の後輩のジョーダンズの三又が、今度、この漫画を舞台化するんですよ、でも資金的に大変なんで、スポンサードしてくれませんか?」と話を振ると、「それをネットで中継出来るようであるならば、それも面白いですね〜。もっと映像ソフトに資本投下したいんですよ」などと前向きな発言をしていたが……。
まさか、映像ソフトに、これほど大規模な資本投下を考えていようとは、この時も露知らず。
その後、数々の社長が『ド・ナイト』に登場した。
馬主王、関口房朗会長など、番組のエースとなる人材も出揃った。
その一方で、堀江社長&乙部秘書の面白さは、俺は個人的に何度もスタッフに具申し、その起用には強く拘った。
堀江社長の「ルックスやテンションがテレビ的でない」ことに反対論もあったが、テレビで反感を買うような発言に衒(てら)いがないところ、また、若くして得た巨万の富の輝きを反射するが如く、人を不愉快、不安定にさせる要素は、他の社長にない、光を独特に偏向させるプリズム的要素があった。
そして、俺の念願叶い、2回目の『ド・ナイト』ロケは、翌年の1月28日に実現した。
社長との玉の輿を願う、さとう珠緒のお見合い相手として抜擢したのである。
丁度、この時期、社名も『ライブドア』と変更し、株式市場で注目を浴びていた。1対100の株式分割で、15日連続ストップ高の新記録を樹立し、一時的とは言え、計算上では、なんと資産9400億円の持ち主となっていたのだ。
「ミリオンダラーマン」と言う、ギミックを持つアメリカのプロレスラーがいるのだが、それに倣って、俺は「資産一兆円男」と名づけた。
これは「一兆円」の数字遊びだけでも、楽しめた。
なぜなら、一兆円とは、三十年間、毎日一億円ずつ遣わないとなくならない、松井秀喜の年俸の1388年分、六本木ヒルズの総工費、3個分……などと例えたのだが、実際、いくらでも物件を買い漁れる、ボードゲーム・桃太郎電鉄の社長そのものであったのだ。
この番組では、毎週、社長に会っていたが、バラエティーの演出的には、社長のキャラをお笑い的に盛り上げるには、会社側、本人的にも、「出来る、出来ない」の線引きが多く、「勘弁してください」と、演出を拒否され、苦戦させられることも多かった。
しかし、ホリエモンの場合は、その意図を説明すると、全てがノープロブレム、その鷹揚さは、故・宮路社長に近いものがあった。
しかし、考えてみれば、宮路社長など今まで数々絡んだ名物社長は、所詮は非公開会社の社長である、独断専行、ワンマンも当然なわけだが、今度は公開会社、上場会社の社長である。その発言一言一句が常に、会社債権者、株主の聞き耳に包囲され、商法、証券取引法の監視下に置かれており、おいそれと、ふざけた会話、行いはできないはずなのである。
それでも、この時の堀江社長は、演出側の意図を汲んで、ほとんど丸投げのまま、最後には、さとう珠緒とベッドインの寸劇までやってみせ、ワルノリと思われることですら平気でこなした。
この日の振る舞いは、社長など偉い人にありがちな“たかがお笑い”と蔑視した、荒い態度が無いことに感心しつつ、その後、フジサンケイとのバトルの際にも「ホリエモン支配」という現場介入への懸念する声に、俺は「ありえない」との感想を持っていた。
そして、この日、今後も、堀江社長は、一出演者として「テレビ向き」な社長として「使える」との確信を持った。
しかし、まさか、堀江社長が、一経営者として、「テレビ局向き」な社長として、「使える」どころか、俺を含めて全タレントが「使われる」可能性まで持つようになるとは……。
その後、ホリエモンのプロ野球新規参入宣言が勃発。
一躍、時の人となった。
そして、3度目に会ったのは、去年、12月27日――。
今度は、『儲け方入門』(PHP研究所)に掲載される対談の収録である。
この時には、プロ野球の騒動を終え、日本中にその名前が知れ渡り、流行語大賞ノミネート、さらには何故か、ベストジーニスト賞も受賞し、テレビタレントとしても引く手あまたの状況であった。
1月からは、フジテレビの『平成教育2005予備校』で俺たちも共演することにもなっていた。
対談は、和気藹々と進んだ。
例えば、個人資産で、すでにモンゴルのGDPくらいある話とか、格闘技界への参入の可能性とか、お笑い界に注目しているとか、さらに新番組の企画として、不動産王のドナルド・トランプが司会し、全米中から秀才を集めて、ビジネスを競わせる、『ジ・アプレンティス』の日本版を一緒にやろう!などと盛り上がった。
そして、この日、球団買収より、もっとビックリするようなことを起こすと予言し、以下のような話があった。
「こっちもいろいろ観察しているところもあるんですよ。テレビの現場ってどうなっているんだ、どんなビジネスモデルで成り立っているんだ、この業界はって。そういう具体的なことは、現場の人たちとたくさん会わないことには、わからないじゃないですか。いま僕がやっているのはインターネットが中心ですけど、近い将来地上波にも必ず進出します。そのとき現場のこともわからず、上からガツンと言うだけじゃ、絶対うまくいかないし、適切な施策も打てませんから。そのときのためにテレビのなかに入り込んで、いろいろなことを学んでいるようなものですよ、いまは……」(儲け方入門より)
そして、この対談の一ヵ月後に、ニッポン放送買収に名乗り出たわけである。
この騒ぎで、『平成教育2005予備校』は、既に収録した放送2本分がお蔵入りになった。
しかし、収録の合間に、「この人は、番組ごと買い取れるんだから、正解なんて答えなくたっていいんだよ!」などと俺は囃し立てていたわけだが……。
今、考えれば、このギャグも洒落になっていなかった!
さて、そんなホリエモンの本、本人いわく、中谷彰宏のビジネスモデルを参考にしたと言うだけあって、物凄いペースで乱発しているが、ベスト・オブ・ベストのお勧めは、我々との対談が掲載される、『儲け方入門』にしておこう。

このなかで、今、一番、ホリエモンにとっての邪魔モノ、孫社長について、触れている。
| 博士 | そういえば、社長が書いた『プロ野球買います!』の一章に出てきますね。尊敬するソフトバンクの孫正義社長には坂本龍馬のようになってほしいという衝撃の一節が……。 |
| 堀江 | いや、あれは……違うんだよ。 |
| 博士 | 「坂本龍馬は明治維新への道筋だけつくって、志半ばで倒れた。孫さんにはあの役目をお願いして、自分はその後の新政府で総理大臣になった伊藤博文になる」って、あれ読んだときは、余計なこと書いてるなって爆笑しましたよ。 |
| 堀江 | だから、そうじゃないんですよ。僕はあんなこと書いていないのに、あとから出版社が、刺激的になるよう、面白おかしく勝手に手を入れたんです。 |
| 博士 | そりゃあ、そうでしょうね。孫さんって、堀江さんの地元の先輩ですしね。かねてからリスペクトしてますもんね。でもよく考えたら伊藤博文だって最後はハルピンで暗殺されてるっての!(笑)。 |
| 玉袋 | 全然、例えとしてもよくないじゃない(笑) |
この話を俺が切り出した時の、ホリエモンの狼狽ぶりは、今も印象的である。
よっぽど、孫さんに睨まれるのは嫌だったのだろうし、資産規模を考えても、その後のSBIの『笑うセールスマン』北尾さんの登場は脅威であったことであろう。
それでも、校正の際も、この箇所を切らないところが、ホリエモンらしさと言うべきか、実にあっけらかんの、ありのままなのである。
先日「報道ステーション」のインタビューで、古舘さんに、「コンプレックスってないでしょう?」と聞かれて、思わず「脇が臭い」と実に大胆に答えていたが、これはズバリ言って「脇が甘い」の間違いだろう。
まさに、この原稿を書いている、本日、和解は成立した。
俺の予言を言えば、今後も、ホリエモンは、今回に懲りることなく、また何かに衒うことなく、大胆に世間の度肝を抜く騒ぎを起こす人であろう。
俺たちの対談のなかの発言を仔細に読めば、特に「お笑いビジネス」などは、「想定の範囲内」なのだ。
今後、JBのごとく、ご機嫌に、「I Feel Good」を歌うのか……。
それとも「I Feel BAD」と転落するのか。
常人には立てない「崖っぷち」で踊り続けるのであろう。
この男のファンクな帝王学を行く人生は、まさに見物である。
投稿者 davinci_blue : 17:36







