らもさんの逝去に伴い、予定されていた『第 18 回 らもはだ』は急きょ追悼の会となってしまった。奇しくもらもさんがこの世を旅立って四十九日というのも因縁めいている。その様子をお届けしよう!

出演/レギュラー:鮫肌文殊、大村アトム(中島らもマネージャー)、
ゲスト:ガンジー石原さん、松尾貴史さん、宇梶剛士さん、藤谷文子さん、大槻ケンヂさん


アトム 今回で 17 回を迎える『らもはだ』なんですけれど、らもさんなしでやるのは4回目になります。『らもはだ』が始まったのが3年前。2ケ月に1回のペースでやってきたんですけれど、らもさんは3回目にして早くも休み始めていました。今日は『らもはだ』ゆかりのゲストにたくさん出ていただくことになっております。まず最初のゲストは第1回に登場いただいたガンジー石原さんです。

ガンジー 今日はそれぞれゲストが一芸を披露することになっているんですけれど、ボクは何ができるというわけでもないのでオリジナル曲のギター弾き語りなんぞをさせていただきたいと思います。第1回に出たときも、らもさんに「きみは歌で一発当てるしかないで」みたいなことを言われたんですよね。らもさんはよく「おれはギターを弾き始めてコードのGと Am を覚えてすぐオリジナル曲を作り始めた」とか自慢気にいってはりましたけど、ボクも一緒。ギターを買ってコードを4つくらい覚えてすぐ曲を作り始めたんですよね。ボクがギターを手にしたのはいまを去ること 28 年前(笑)。では、歌います。

――ガンジー、オリジナル曲「ほたるSUN」「人間はカトリセンコウ」を熱唱――

ガンジー 夏休みで、夜にごそごそやってたから、適当に蛍や蚊取線香を歌にしてしまったんですね。「人間はカトリセンコウ」は「きのこが生えてきそうな、うっとうしい歌」とか、らもさんに言われた曲で、『らもはだ』の本『イッツ・オンリー・ア・トークショー』では「人生はカトリセンコウ」になってるんですけれど、正しくは「人間はカトリセンコウ」です。次が最後の曲ですけれど、昔の曲だけでなくて、3年前に作った歌もやらさせていただきます。ボクはダラダラしてるのが好きなんですけど、ダラダラしてることの楽しさと悲哀を込めて作った「ダラダランラン」って歌です。

――ガンジー、オリジナル曲「ダラダランラン」を朗唱――

ガンジー ……あっ、これだけはいわんとあかんと思ってたんですよ。ボクは本名:石原基久(いしはらもとひさ)っていうんですけど、らもさんの名前を初めて耳にしたときから、不思議な感じみたいなのがあったんですね。で、ある日、ふと気づいたら、いしは[らも]とひさって自分の名前のなかに[らも]があったんですね。そんなこんなで、らもさんとは深い因縁を感じながら、おつきあいをさせていただきました。ありがとうございました。

アトム つづいての登場は『らもはだ』の「はだ」のほう、鮫肌文殊さんです。

鮫肌 ま、いろいろありまして、こういうことになりましたけど。ボクは捕虜収容所というパンク・バンドをやってまして、らもさんとも何度か共演させていただきました。今日は捕虜収容所の代表曲というか、誰もが知ってる大ヒット曲を歌いたいと思います。それでは聴いてください、「第二次性徴期のうた」。

――鮫肌、「ジングルベル」の替え歌「第二次性徴期のうた」を快唱――

鮫肌 今年の冬は「ジングルベル」のメロディを聴いたら、必ずボクの歌声が頭の中に鳴り響くはずです。今日は一水会の鈴木邦男さんも来られているので、やんごとなき方を歌ったアナーキーの「東京・イズ・バーニング」を鈴木さんに捧げます。

――鮫肌、「東京・イズ・バーニング」を暴唱――

鮫肌 3曲目の前に、質問したいんですけれど、彼女(最前列の女性)、ここ(股間を指して)についてるのは何ですか? あなたのここについてるのは何ですか? 無視せんといてよ! 「マンコ」でしょ。彼、あなたのここについてるのは何ですか?(会場から「チンコ!」の声)じゃ、会場にいるみなさんに訊きます。会場にいる男子、お前のここについてるのはなんや!?(会場男子から「チンコ!」の声)会場にいる女子、お前のここについてるのはなんや!?(会場女子から「マンコ!」の声) 中島らもに捧げます、「チンコマンコ音頭」!

 

――鮫肌、「チンコマンコ音頭」を客席とのコール&レスポンスも華々しく畜唱――

鮫肌 ありがとうございました。今日、ギターを弾きにわざわざ東京まで駆け付けてくれたのは捕虜収容所のイソベくんです。捕虜収容所はボクが高校2年のときからやってるバンドで……(客席より「トマトの人ですか?」の質問あり)……そうそう、その人その人。らもさんとのライブ後の打ち上げの席で、女の子が居酒屋でトマトを注文したら、「そんなもん庭になっとぉやん」とって怒ったのが、このイソベくんです(笑)。

アトム 今日はお客さんもたいへんですね。ガンジーさんにサビんとこ一緒に歌わされたり、鮫肌さんにチンコ、マンコを一生分いわされたり。次のゲストはそういう強要めいたことはないかと思います。松尾貴史さんです、どうぞ。

松尾 こんばんは。ボクはテレビで鮫肌夫婦がそろって「チンコマンコ音頭」を歌ってるのを観たことがあります(笑)。あの男は一生肛門期が続くんやと思いますね。

アトム ガンジーさんの歌は聴いたことがありました? 

松尾 初めてです。ガンジーさんも音感がいいのか悪いのか(笑)。昔、リリパット・アーミーって劇団で一緒にやってたときにガンジーさんが坊さんの役をやってたんですけど、「井戸を掘りましょ、井戸掘って〜ェ」っていうセリフが3日間稽古してもできないんですよ。らもさんが「イントネーション違ってるよ」ってダメ出しして、そればっかり稽古してるのにできなかった(笑)。

アトム らもさんもそういう細部にこだわる演出をしてはったんですか?

松尾 昔はしてましたよ。

アトム いまはどうでもええやん!って感じですけど。

松尾 「いまは」ってそれ(笑)。亡くなってから、ボクも宝塚のお宅のほうに行ったんですよ。奥さんに「会いに行きたいんですけど」って電話したら、「でも私、その日、用事があっていないから。カギ開けとくから勝手に入って会ってやって。和室にいるから」って。「はあ」って返事して伺ったんですけど。表では犬がくるくる回ってたりして、中島家は相変わらず異様な光景が展開されてましたね(笑)。昔、酔っぱらった勢いで、夜中の3時にらもさんを驚かしてやれって大阪からクルマを運転して行ったことがあったんですよ。そしたら、深夜だというのに電気が煌々とついてるわけですよ。玄関も開けっぱなしだし。で、当時飼ってはったジャラって犬がワンワンワォーッって吠えてるし。それで急襲する勢いがイッキにそがれて。「こんばんは」って心細い声で入っていったら、畳の部屋からロンドンブーツを履いた奥さんが、左手には青いペンキの缶、右手には刷毛を持って「らも、いるよ」って出てきはった。「何してるんですか?」って訊いたら、「台所をマッサージしてた」って。もうわけわからへん! それで軍門にくだったわけですけれど(笑)。で、こないだ、 10 年ぶりくらいでお宅を伺ったんですけど、ウサギはいるわ、ヘビはいるわ、いろいろ動物が増えてましたね。で、昔、バイク事故で亡くなったマットーヤ毛平さんって芸人さんとかとみんなでわらわらと行ったときのことも思い出しました。マットーヤ毛平さんは内田裕也さんが名付け親なんですけど、芸名をそうしてから不幸になって。その日もみんなでザコ寝してたんですけれど、その人の頭あたりに大きなスピーカーが落ちてきたんですね。その瞬間、寝返りをした毛平さんは間一髪で命びろいをしたという。でも、のちにバイク事故で死んだから、別にあのとき助からんでもよかったんです。多分それ以来だと思うんですけど、中島家のスピーカーは鎖でぐるぐる巻きにされてるんですよ。それがいまだにそうなってたんで、毛平さんのことを思い出したりしました。ほんとにらもさんは不思議な人でしたね。おためごかしじゃなくて、弱者に対してやさしい人で、その場にいる立場の弱い人をさり気なく助けてあげたり……そういうところ、ありましたね。友達だからギャラにしろ何にしろ、安く使うって文化が日本にはあるでしょ。そういうことをいつもものすごく怒ってらして。「そんなん友達違う。友達やったらもっといい条件で仕事を回すのがスジなんちゃあうんか」って。それが正論だと思いますけど、それってなかなかできないじゃないですか。それをらもさんは自分で全うしてはりました。劇団が赤字になったら、自分のお金を持ちだして、みんなに不自由させないようにしてはったし。

アトム お金にきれいな人でしたね。

松尾 だから、周りにお金にきたないヤツらが集まることもあって。ボクじゃないですよ(笑)。

アトム 松尾さんは、リリパット・アーミーではガンジーさんや鮫肌さんとも一緒だったんですよね。お二人も呼びましょうか。ガンジーさん、鮫肌さん、出てきてください。

松尾 それにしても、ガンジーさんは特異なキャラクターですよね(笑)。

鮫肌 だって、初めて会ったときから1ミリもルックス変わってませんもんね。

アトム 『らもはだ』の第1回ってボクはいなくて、らもさん、鮫肌さんに、ゲストがガンジーさんだったんですよね。

ガンジー そのときは、らもさんが進行役をしてて。ボク、気の利いたことなんて、まず喋れないじゃないですか。いつもどおりの3人って感じで取り留めない話しかしなかった。

鮫肌 あれ、時間、止まってましたよね(笑)。ぼくも、らもさん、ガンジーさんへの質問を一応メモ書きしてたんだけど、あっという間に項目が尽きてしまって。3人ともどうしようもなくなってしまった(笑)。それで次からアトムさんを呼ぼうってことになったん違うかな。

アトム この二人はリリパット・アーミーでふっこさん(わかぎゑふ)に怒られまくったそうですけど、聞くところによると松尾さんはあまり怒られなかったそうですね。

松尾 ま、とにかく主宰者であるらもさんがビンタはられてんのって、その時点で異常な環境でしょ。こんなことあったんですよ。スズナリって劇場で本番前にらもさん、ロビーで出版社の人と缶ビール片手に単行本の打ち合わせをしてはったんですよ。そこに小さな人がタタタタって走ってきて、らもさんのほっぺたをバチーッ!「ほかの劇団員にシメシのつかんことするないうたやろ」って言い残して、またタタタタって向こうに走って行った。それをらもさん、何事もなかったかのように「解説はねぇ」とか打ち合わせの続きを始めるんですけど、出版社の人とか完璧にびびってはるわけですよ。そのあと、打ち合わせをほどなく終えたらもさんが「仕事相手の前で恥かかせやがって。どないするか見とけ!」とか言いながら、缶ビール飲みほして。冷蔵庫の中からまた新しい缶ビールを出して、プシューと開けて。「さっきの続きを飲んでると思いよるやろ。ざまあみさらせ」って。どんなささやかな抵抗やねん(笑)。

鮫肌 何度もいうようですけど、リリパット・アーミーの頃、ボクは1年365日毎日、らもさんにおごってもらってたんですよね。

松尾 おれも同じようなもんだよ。でも、1回だけらもさんにおごったことがある。らもさんのスキをついて支払いを済ませたんよ。その日、タクシーで送ってもらったんだけど、ボクが降りた途端、らもさん、「今日はごちそうさまでした」って土下座しはるんですよね。もうそんな仕返しいらんわ、2度とおごらんとこと思いましたね。なんかヘンなダンディズムを持ってはって。自分が道でコケて服をどろどろにしたりしたら、暴漢に襲われて、そのあと、その相手をプロレス技でコテンパンにやっつけたことにしてくれと真顔でいわはったり(笑)。

アトム ここ何年も「渋谷は坂が多いから、近づかんようにしてる」とかいうてはりましたわ。雨の渋谷には近寄るな!いうて(笑)。

    *   *   *

――ここで前半終了。後半までの休憩時間には、 10 月 9 日から東京・渋谷シネアミューズほかで公開される映画『お父さんのバックドロップ』(中島らも原作/ちょい役でも出演)の予告編上映があり、主演を務める宇梶剛士さんも挨拶がてらステージに登場した。

宇梶 らもさんとは 15 年ほど前、わかぎゑふさんに紹介していただいて以来のおつきあいになります。去年たまたま大阪駅でばったり、すごくゆっくり歩いてるらもさんを見つけて。「お久しぶりです」というつもりが、つい「大丈夫ですか?」と声をかけてしまいました(笑)。そのあと、『お父さんのバックドロップ』の主演をさせてもらうことになったんですけど。試写を観て、らもさんにずいぶん喜んでもらえたみたいで。プロデューサーのところにも「この映画を作ってくれた人間に感謝したい」って長い手紙をいただいたんですよね。神木隆之介ってボクの息子役の小学5年生の役者が天使のようだったとか長々と書いてあって。ボクのことも「宇梶は本筋はハズしていなかった」とか書いてくれてて。なんじゃそりゃ!って(笑)。正直いって、らもさんがいないって気がしないんですけれど、もうどんなに会いたくても会えないんだなぁ。その事実が体にシミ込んできた頃にはボクもどっかで見かけたら、「大丈夫?」って声をかけたくなるほど、ゆっくり歩いてたりするんじゃないかと思います。とにかくがんばりましたんで、ぜひ劇場に足を運んでください。

宇梶さんは、映画のPRにまじって、らもさんを偲ぶ言葉もそえていた。

 その後、過去の『らもはだ』のVTRから、ガンジー石原のチャーハンライス話、井筒和幸監督のらもさんを拉致してビデオ台本を書かせた話、本上まなみを目の前に歌を捧げるらもさん、仲畑貴志さんとのちょっといい話などのピックアップ上映があり、会場は大爆笑に包まれた。

アトム それでは後半戦です。らもさん最後のバンドとなった「マザーズ・ボーイズ with ファザーズ・ガールズ」にもメンバーとして参加されてた女優の藤谷文子さん、お願いします。

藤谷 今日は、らもさんの作品を朗読させていただきます。実は私も小説を書いたりしているんですけれど、らもさんに出会ってすぐの頃、私の処女作『逃避夢/焼け犬』を送らせていただいて。それからすぐして、らもさんは捕まったんですけど、拘置所から何通も手紙をいただいたんですね。手紙には私の小説の感想と一緒に「子供の目のうちは石ころも大きく感じるんだ。きみはそのまま生きていくと 10 年もたないぞ」といったことも書き添えてあって。で、「これを読んでください」って同封してあったのが、今回朗読させていただく『全ての聖夜の鎖』という作品だったんです。それはらもさんが印刷会社に勤めていらっしゃった 25 歳の頃、自分で書いて、会社の目を盗んで自分で印刷した純文学の作品で。らもさんはみなさんに楽しく過ごしてもらいたいと願う……そういう方なので、今日、この作品を読むべきかどうか迷ったんですけれど、らもさんが初めて自分の気持ちを形にしたものなので、心を込めて読ませていただきたいと思います。

――照明が薄暗くおとされたなか、藤谷文子は、中島らもではなく、らもん名義で書かれた純文学作品『全ての聖夜の鎖』をピンと張り詰めた声で朗読した――

アトム みなさん、ご清聴ありがとうございました。実は藤谷さん、すごく心配してはったんですよね。かなり量があって時間もかかるから、みなさんが退屈してしまわれるのではないかと。楽屋で松尾さんも「まぁ寝てしまうわな」いうてはるし(笑)。でも、ボクは気持ちよく聴かせていただきましたよ。みなさんはどうだったでしょうか?

アトム さて、本日最後のゲストは大槻ケンヂさんです。大槻さんには、らもさん欠席の『らもはだ』を何度も助けていただきました。

大槻 足を腫らして歩けなくなったり捕まったりしてましたからね(笑)。今日は歌をうたわせてもらうんですけれど、結局、らもさんは何だったのだろうかと思うと、ある種、魑魅魍魎とか京極夏彦系の……人間じゃなくて妖怪だったと考えたほうが妥当なんじゃないでしょうか。そう思って、まずこの曲を選びました。「妖怪にご用心」です。

――大槻、アニメ『ドロロンえん魔くん』のエンディング・テーマとして知られる「妖怪にご用心」をシンギング――

大槻 らもさんとは何度も一緒にライヴをやったんですけれど、ボクとらもさんの共通する曲ってあるのかなって思ってたとき、「プカプカ」がとても好きだって話を聞いて。それで何度か一緒にやりました。「プカプカ」です。聴いてください。

――大槻、歌詞中の「たばこ」を「マリファナ」に替えるなどして「プカプカ」をシンギング――

大槻 次は「プカプカ」を歌ってたディラン II も「男らしさってわかるかい」って題名で歌ってたボブ・ディランの「アイ・シャル・ビー・リリースト」を、らもさんが牢屋の中で書いたという歌詞で歌います。らもさんは「人間らしさってわかるかい」って替えて歌ってるんですね。では聴いてください。

――大槻、「アイ・シャル・ビー・リリースト」をシンギング――

大槻 それでは最後にらもさんとも親しかったかまやつひろしさんの歌で「やつらの足音のバラード」を歌います。

――大槻、アニメ『はじめ人間ギャートルズ』のエンディング・テーマとして知られる「やつらの足音のバラード」をシンギング――

アトム ありがとうございました。今夜のプログラムもこれでほぼ終わりです。それでは最後にイベント『らもはだ』の主催者であるダ・ヴィンチ編集部から岸本亜紀さんにご挨拶をいただきたいと思います。らもさんが何度も休んでいるにもかかわらず、またらもさんが亡くなっても、このようにイベントが開催できたのはダ・ヴィンチさんのおかげです。

岸本 裏方である私がこのようなところで挨拶するのもあれなんですけど。3年前から企画したこのイベントがまさかこんな形で終わってしまうとは思いもしませんでした。今日まで応援してくださってほんとうにありがとうございました。それではいつもどおり、らもさんの歌「いいんだぜ」で終わりたいと思います。今日はありがとうございました。

――ステージのスクリーンには「いいんだぜ」を元気に弾き語るらもさんの姿が映し出された。その歌声にじっくり耳を傾ける人、一緒に歌う人、ただただスクリーンを食い入るように見つめる人……みんな思い思いにらもさんの不在を心に刻み込み、『らもはだ』はここに幕を閉じた 。


中島らも(なかじま・らも)
RAMO NAKAJIMA

1952年兵庫県生まれ。大阪芸術大学放送学科卒。
コピーライターを経て現在は小説家として活躍中。
主な著作に吉川英治文学新人賞受賞作『今夜、すべてのバーで』(講談社文庫)、
日本推理作家協会賞受賞作『ガダラの豚〜』(集英社文庫)、
『中島らもの明るい悩み相談室シリーズ』(朝日文芸文庫)、
『その辺の問題』(メディアファクトリー)、
『バンド・オブ・ザ・ナイト』(講談社)、
『クマと闘ったヒト』(メディアファクトリー)など多数。
『とらちゃん的日常』(文藝春秋)、
『寝ずの番』(講談社文庫)好評発売中!

http://www.age.ne.jp/x/ramo/

 

鮫肌文殊(さめはだ・もんじゅ)
MONJU SAMEHADA

1965年兵庫県生まれ。
高校2年の春、雑誌『ビックリハウス』の第17回エンピツ賞(小説)
受賞を皮切りに、賞を総なめ。若干19歳で短編小説集『父しぼり』
(長征社)を発表。
NHK特集への出演を機に中島氏の知己を得て、
放送作家活動をスタートする。
90年、松尾貴史の勧めで上京。現在に至る。
パンクバンド"捕虜収容所"のボーカルてほの音楽活動や
テレビメディアに関するエッセイ執筆等でも活躍中。
現在、手がける主な番組は『進ぬ!電波少年』、
『メレンゲの気持ち』『ぐるぐるナインティナイン』(日本テレビ)、
『さんまのスーパーからくりTV』『オフレコ!』『ガチンコ!』
『筋肉番付』(TBS)、『ぷらちなロンドンブーツ』(テレビ朝日)、等多数。
主な著作は『鮫肌文殊の俺テレビ』(メディアワークス)、
『放送作家になりたい』(同文書院)、
『VOWやねん』(宝島社)、
『父しぼり』(長征社)

大村アトム
ATOMU OMURA
1968年、大阪府生まれ。中島らもの元マネージャー。芝居の脚本、台本をはじめ、演劇学校の講師、本の解説、トークイベント出演など、幅広く活躍中。「らもはだ」のイベントでは司会進行を担当。タイ語、英語を話すことができ、学生時代は、バイトでタイ語の通訳をしていた。東京よりもバンコクの地理に明るいという変わり種。英検1級を取れば英語で飯が食えるのではないかと、現在、勉強中。


編集A
『ダ・ヴィンチ』編集者、中島+いしいしんじ共著『その辺の問題』
中島+ミスターヒト共著『クマと闘ったヒト』を担当。大槻ケンヂ氏の『リンダリンダラバーソール』の担当でもある。


構成・文/小堀 純  撮影/北島元朗