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<title>今月のプラチナ本！</title>
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<modified>2005-04-05T14:22:09Z</modified>
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<title>『告白』　町田 康 中央公論新社 1995円 </title>
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<issued>2005-04-06T06:47:53Z</issued>
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<summary type="text/plain">　安政４年、河内国（現在の大阪南東部）で百姓の息子として生まれた城戸熊太郎は、幼...</summary>
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<email>skamano@mediafactory.co.jp</email>
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<![CDATA[<p><img alt="purachina0505.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/purachina0505.jpg" width="182" height="230"  align="right" >　安政４年、河内国（現在の大阪南東部）で百姓の息子として生まれた城戸熊太郎は、幼いある日、「親は自分を誉めそやすが、実は他人より劣っている」のに気付いた。熊太郎はこの思弁的な自我と劣等感から、世間とうまくコミュニケーションできないまま成長し、やがて周囲の人間からは偏屈者、阿呆として扱われる。いよいよ世間からはずれた熊太郎はやくざ者に身を落とすが、自分と正反対の人間、熊次郎に、何かというといいように利用されてしまう。熊太郎はやがて、熊次郎とその親族、10人に及ぶ大量殺人を、博打仲間の谷弥五郎と共に起こすのだが……。<br />
　本作は、今も河内音頭として唄われる史実「河内十人斬り」をモチーフに新聞連載小説として描かれた。作者の奔放な想像力が、「人が人を殺す」心理を鋭く抉り出す。<br />
<br><br><br><br />
まちだ・こう●1962年大阪生まれ。97年にデビュー作『くっすん大黒』で野間文芸新人賞、Bunkamuraドゥマゴ文学賞、2000年に『きれぎれ』で芥川賞、01年詩集『土間の四十八滝』で萩原朔太郎賞、02年『権現の踊り子』で川端康成文学賞を受賞。著書に『爆発道祖神』『パンク侍、斬られて候』など多数。<br><br><br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/yokosato_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>横里 隆</b><br />
（本誌編集長。この4月でダ・ヴィンチも創刊11周年を迎えました。皆様の応援に感謝！ 本やマンガの持つ魅力に大感謝!!）</p>

<p><font color=red><b>笑いながら読んでいたら<br>いつしか泣いていた</b></font></p>

<p>僕たちは、いつも何かを誤魔化しながら生きている。まぁいいやとか、仕方ないかとか。そんなふうに鈍感にならなければ乗り切れないことが現実にはたくさんある。常に敏感で正直に生きようなんて考えたら割を食ってひどい目に合う。そうして蓋をしてきた素直さを、濃密度に凝縮した人物が熊太郎だ。熊太郎は子供のときから思いと言葉が一筋につながらない違和感にさいなまれてきた。それは繊細な感受性を持つがゆえの違和感だ。自分自身を誤魔化しきれない彼は、社会のワクから外れて無頼者として生きていく。彼の生きづらさは、そのまま今の時代を生きる僕たちの迷いに通じる。だからこそこの作品を愛しいと感じ、熊太郎が熊太郎としてしか生きられない世界は狂っていると思った。狂った世界の中で熱狂のダンス（殺戮）に耽溺する瞬間、熊太郎はようやく思いと言葉がつながって何かを掴んだ気になるが、醒めた後に襲い来る現実は容赦がない。ワクを外れるということは、ハレとケの振り子も振り切れるということか。すさまじい。熊太郎のどうしようもなさを笑いながら読んでいたらいつしか泣いていた。既存の文学をも振り切ったものすごい作品だ。<br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/inako_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>稲子美砂</b><br />
（本誌副編集長。主にミステリー、エンターテインメント系を担当）</p>

<p><font color=red><b>熊太郎とともに<br>自問自答を繰り返した<br>ぐるぐる小説</b></font></p>

<p>「なんで嘘をつくんじゃ。お前らが見え透いた嘘つくから、俺はこんなこと、俺はこんなことせんならんのじゃ」――人助けと信じて田杉屋にのりこんで拳銃をぶっぱなしながら、涙を流して絶叫する熊太郎。子供時代にふとしたことで犯してしまった殺人のうしろめたさ、やりなおしたい、正しく生きたい。そんなリセット願望が熊太郎を突き動かす。功徳を積もうとして行動し、結果、人に利用されて自己嫌悪。そんな彼の気持ちの「ぐるぐる」がラストシーンに向けて高まっていく。「嘘をつくな」という叫びはそのとき――。せつなかった。誰もが感じる熊太郎のようなもどかしさ、彼が行き着く境地の吐露を読んだとき自分の心の中を見透かされたような気になった。明治を舞台に描きながら、非常に現代的な小説。<br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/kishimoto_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>岸本亜紀</b><br />
（怪談、ミステリーを担当。『幽』２号が出ました。充実のラインナップ。真冬の怪談、なかなかいいですよ。全国の書店、ネット書店で好評発売中）</p>

<p><font color=red><b>誰にも真似できない<br>パンク小説。<br>町田康の傑作の誕生だ！</b></font></p>

<p>すごい作品だった。町田 康は、やっぱり正統派のパンクだった。一見キュートに感じられるけれども聞けば恐ろしい河内弁でなされる会話は、パンキッシュなラップ（なんじゃそりゃ！）で、破滅を予想させる小説の世界にぐいぐい私を引き込む。そして村中にダメ男と思われているけれど、実はいいヤツな主人公の熊太郎。こいつの根が純粋で正直だから物語は効いてくるのだ。うまい。物語の途中、葛城の一言主の神様や鬼神などがひょこひょこ顔を出し、不穏な空気が流れるが、物語はラストで大きな展開を見せる。いやはやすごい。読んでだまされて快楽。町田さんすごいワとひざを打ち、小説の持つ破壊力を知るのであった。面白かった。<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/sekiguchi_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>関口靖彦</b><br />
（この時期、花見のことで頭がいっぱいです。機を逃すと、桜はすぐに散っちゃうから） </p>

<p><font color=red><b>本当、嘘、勝ち、負け、生、死。<br>凄まじい本を読んでしまった</b></font></p>

<p>読み終えてぐったり。おれごときの精神では、正気を保っているのがやっと、という重たい一撃だった。町田作品の文章が持つ、流れるようなリズムのよさは周知だと思う。だが、それは「するする読める」などという生やさしいものではなく、地響きのようなうなりをあげて暴走するダンプカーに、巻き込まれ引きずられミンチにされる感覚だ。肉体や飾りや鎧は粉砕され、魂だけを連れて行かれてしまう。人間の生の根っこにある、見ないでおきたいもののところへ。ラスト、熊太郎の魂と読者の魂はまったく同じように、人間の狂熱を見つめるしかない。これが小説というものか、と思った。こわかった。<br />
<hr></p>

<p><br />
<img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/iida_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>飯田久美子</b><br />
（さとう珠緒編集長のもと、バカブックガイドをやりました。本好きのみなさん、怒らないでください）</p>

<p><font color=red><b>厚いけど、がんばって<br>最後まで読んでください</b></font></p>

<p>子どもの頃、町に計算おじさんという人がいた。独り言を言いながら、宙に（たぶん心の黒板に）何か計算式のようなものを書きつけては、消す、ということをえんえんくり返しているおじさん。「東大受験に失敗したから」「火事で妻子をなくしたから」諸説あったが、外界と相容れないそのさまは嘲笑の対象であり、畏怖の対象でもあった。町田康の小説を読むと、いつも計算おじさんを思い出す。しかし、嘲笑と畏怖の対象であったはずの熊太郎が、奇妙なリズムに乗せられて読み進むうちに、いつしか自分になっている。河内音頭の狂熱に乗せられていつのまにか熊太郎が踊り狂っていたように。「ええっこんなに厚いの？」と思ったけど、がんばって最後まで読んでよかったです。<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/miyasaka_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>宮坂琢磨</b><br />
（腹回りでズボンを合わせようとしたらサイズが無いといわれた。裾は30センチもあまっているのに！）</p>

<p><font color=red><b>流れるような文章がもたらす<br>絶望的な寂寞</b></font></p>

<p>誰もがそうかもしれないが、僕は自己欺瞞の鎧を十重二十重に着込んでいる。何故それを自己欺瞞として認識しているかと言うと、自己を欺瞞して演じているはずにもかかわらず、世間とうまく繋がれないからだ。最早、改善の方法もわからん。本作の主人公熊太郎もあるべき自分の姿を求めて、自己欺瞞をくりかえす。それでも「思いと行動と世界」が、決して一直線に繋がらない。必死に考え、言葉を紡ぎ、さまざまな自分を演じても、他人、ひいては世界と永遠に繋がれない。そして、自棄で自虐な行動を起こすが、それすらも、どこか人ごとのように見ているという、合わせ鏡のように主観客観が入り交じる地獄に迷い込む。それをさらに別の自己欺瞞で補う最悪な循環。読んでいて叫びだしたくなる。結局、思弁的な熊太郎は、殺人という究極に情念的な行動を選択するのだが、彼のその後の行く末を様々な人に読んでもらいたい。僕は自分と世界との間に存在する、深くて真っ暗な溝の存在を感じた。</p>

<p><br />
<hr><br />
イラスト／古屋あきさ<br />
</p>]]>

</content>
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<title>『バッテリー』　あさのあつこ 教育画劇 全6巻 1470〜1680円 / 角川文庫 1〜3巻（以下続刊）540〜580円</title>
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<modified>2005-03-18T12:31:30Z</modified>
<issued>2005-03-05T02:59:39Z</issued>
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<summary type="text/plain">　ピッチングに関して天才的なセンスと強い自信を持つ原田巧は中学入学を目前に控えた...</summary>
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<email>skamano@mediafactory.co.jp</email>
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://blog.mf-davinci.com/platinum/">
<![CDATA[<p><img alt="pra0305.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/pra0305.jpg" width="182" height="230"  align="right" >　ピッチングに関して天才的なセンスと強い自信を持つ原田巧は中学入学を目前に控えた春休み、父親の仕事の関係から、祖父の住む田舎、新田へ家族で引っ越すことになる。引っ越して早々、巧は永倉豪という地元の少年に出会う。野球で上を目指すことに具体的なビジョンを見出せずにいた豪は、巧という才能に出会ったことで失いかけていた情熱を取り戻し、バッテリーを組むことを熱望するのだが……。<br />
　巧と豪の出会いから中学２年を前にした春休みまでの一年間を、巧という少年と、彼の才能に羨望や嫉妬心を抱きながらも関わってゆく人々の心情を細やかに描き出した青春小説。全６巻ついに完結。<br />
<br><br><br><br />
あさの・あつこ●1954年岡山県生まれ。『バッテリー』で第35回野間児童文芸賞を、『バッテリー?』で第39回日本児童文学者協会賞を受賞する。著書に『スポットライトをぼくらに』『ラブ・レター』『あかね色の風』『タンポポ空地のツキノワ』など多数。<br><br><br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/yokosato_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>横里 隆</b><br />
（本誌編集長。『バッテリー』で10年かけて少年たちの生を、思いを、丁寧に描き切ったあさのさんに感服。見事です。震えました。個人的には瑞垣がよかった）</p>

<p><font color=red><b>あさのあつこの直球を<br>受けとめて</b></font></p>

<p>全６巻、一気に読んだ。当初、ビルドゥングス・ロマン（成長物語）だろうと読み始めたが、実はまったくそうではなかった。成長物語には、子供から大人への通過儀礼の中で、社会との妥協や調和を、ほろ苦く描くものが多い。確かに、純粋で荒削りな幼い自意識が、成長していく過程で大人の壁にぶつかり、限界と現実を叩き込まれ、何かを捨てて諦めて、駆け引きも覚えて、結果、社会にバランスよく着地する。それが“成長”というものかもしれない。実際僕も39歳の今まで、何度も妥協して、多くのことを諦めてきた。しかしこの物語は、まさにその部分に反発する。成長と妥協を、成熟と堕落を、表裏一体のものとしてとらえることを強く拒絶した物語。だからこそ、少年たちは脆さを抱え、不安定なまま、それでも、鋭く屹立しようとあがく。何ひとつ諦めずに。そう、これは何も捨てず何も諦めない少年たちの物語だ。少し思い出す。才能とか夢とか、今や言葉にするのも躊躇うそうした何かを、やみくもに信じていた頃を。最近“妥協”や“諦め”に慣れすぎていたかもしれないと、目が覚める思いがした。著者あさのあつこの直球をど真ん中に受けとめて。<br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/inako_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>稲子美砂</b><br />
（本誌副編集長。主にミステリー、エンターテインメント系を担当）</p>

<p><font color=red><b>いちばん読んでほしいのは<br>やっぱり中学生</b></font></p>

<p>早く大人になりたい」――校則は厳しかったし、やれ受験だ、やれ部活だと忙しかった中学生のころは、とかくそんな思いをよく抱いたものだ。大人になれば、自分のことは決められる、自分の好きなことがやれると。そんなこと全然ないのは、今よくわかっているのだが。読み始めたとき、登場する少年たちの大人びたやりとりに、「これが中学生？」と一瞬戸惑ってしまった。それぞれの性格はあるものの、彼らは非常によく人を見ているし、思慮深いし、自分のことをわかっているという意味で謙虚だ。それでいて熱い。あきらめない。巧というある種の怪物と出会ったとき、衝突はありながらも、彼を理解し、その才能を認め、受け入れていくさまはすごいと思った。大人たちのほうがそんな彼らによって変わっていく。中学生だってこんなにやれる。本書を大人が読むことは大賛成だ。でも、やっぱり巧や豪と同じ時間を生きている中学生にいちばん読んでほしい本である。<br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/kishimoto_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>岸本亜紀</b><br />
（怪談、ミステリーを担当。『幽』２号が出ました。充実のラインナップ。真冬の怪談、なかなかいいですよ。全国の書店、ネット書店で好評発売中。）</p>

<p><font color=red><b>天から与えられた才能は<br>魯鈍な大人をも変えていく</b></font></p>

<p>自分が天才だと知っている少年。物語だからいいが、実際にいたらなんとも面倒くさい子供だ。大人はたいがい愚鈍だと思っている。自分が納得できることしかしない。そして自分と同じ強度を持つ人間としか対話しない。天才にもいろいろいるが、巧はその繊細な感性と、頭脳明晰さを持ち、自分に与えられた才能を知りながら、ストイックに努力し続け、たったひとつの目標に向かって突進していく。なんとも孤独だが、この少年期にしかありえないような純粋な時間が流れる。それを陰で支えるのが豪という友人であり、先生であり、家族だ。みな時に腫れ物にさわるように巧を包みこむ。才能の美しさゆえに、周りの人々をも変えてしまうのだ。なんとも恵まれた環境！　物語では思春期から大人へと成長していく巧は描かれていない。それだけにこの短い期間（だけで終わってよかった）に凝縮されたガラス細工のような巧の存在に、心がふるえた。それは、ガラス細工ゆえにもろいが、本当に美しい、孤高の輝きを放つ宝物だからである。<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/sekiguchi_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>関口靖彦</b><br />
（先日の地震で自宅の本の山が崩壊。賽の河原の小石のように積みなおしました） </p>

<p><font color=red><b>「少年」という題名の、<br>一点の瑕もない彫像</b></font></p>

<p>女性読者についてはちょっと想像がつかないが、男性読者の多くは、この物語の主人公・巧が抱える孤独感に覚えがあるのではないか。小学校か中学校か、自意識が外に向かってぐいぐいと伸び、社会にぶつかったときの痛み。無理解な大人に怒り、焦点の定まらぬ友に苛立ち、自らの能力と目標との距離にあがき――曇りのない理想だけに拠って立っている時期だ。孤独というより孤高と呼ぶべき、少年期。やがてわれわれは協調と妥協によってその痛みを覆い、大人になってしまったが、この本には「少年」の純粋結晶が存在する。それは神話の神々を象った彫像にも似て、人の姿をしているが人ではない。本の中にだけ存在する、だからこそ繙いて触れる価値のあるものなのだ。<br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/hatano_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>波多野公美</b><br />
（編集部内で巧にまったく感情移入しなかったのは私だけらしい。みんな巧なのか……と豪気分満点で自分の立場を自覚中） </p>

<p><font color=red><b>丹念な人間関係の<br>描写が胸に迫る佳作</b></font></p>

<p>巧と豪の関係性で読むと、『バッテリー』は、誰かと真剣な人間関係を続けていく上で起こるさまざまなできごとを、狭く深く丹念に描いていく物語だ。清濁併せ呑んで関わりたくなる相手と出会ってしまったとき、または、関わらねばならないとき、その道行きはでこぼこである。『バッテリー』が大人にもおすすめだと思うのは、誰かと誰かが真剣に人間関係を築いていこうとするときに遭遇するそんな「でこぼこ」を驚くほど丁寧に描写しているからだ。その道行きの苦労は、大人も子どもも同じだ。作中で、その先に何があるのかは明かされない。ただ、彼らは歩き続ける。その道行きこそが人生だというように。<br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/iida_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>飯田久美子</b><br />
（巷ではインフルエンザが大流行なのに、ちっとも流行に乗れません）</p>

<p><font color=red><b>わたしはコレでできている。</b></font></p>

<p>わたしの人生の半分は中学生だった３年間でできている。ということを思い出した。大人にならなければいけない恐怖がまだ他人事だった小学生ではもうなく、高校生みたいにそのうち無力な子どもでなくなる希望もまだ知らなくて、いつも戦場に出かけていくような気持ちで朝を迎えていた３年間の子細な出来事の数々を、そしてその子細な出来事がその後の人生に起きたいくつかの大きな事件よりも濃く、自分の中に残っていることを思い出した。『バッテリー』は全６巻もあるのに、流れた時間はたったの１年間で、公式な野球の試合は１回も行われない。だけど、まだ何も起きていないはずのその時間が、でも当の巧や豪たちにとっては人生のすべてみたいで、それはあの頃のわたしにとってはもちろん、今のわたしもそうかも、と思ってしまった。ホントはもう人生の1/10なんだけど。まだ何も始まってないはずの春休みのことだけで終わる１巻はとくに好きでした。<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/miyasaka_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>宮坂琢磨</b><br />
（今さらながらみなもと太郎先生の『風雲児たち』に大ハマリ。もう、とまらない、やめられない！）</p>

<p><font color=red><b>才能を持つ者と<br>それに憧れる者</b></font></p>

<p>正直、残酷な作品だと思った。それは『バッテリー』の“才能”とそれに惹かれる人々の関係があまりに悲しいからだ。巧の持っている才能は、巧の人間性とは無関係に、完璧で美しく、不可侵なものだ。その才能を一度はコントロールできた豪は、それがいずれ自分の手から離れていくことも知ってしまう。それでも逃げない豪の姿は、一人の敬虔な信仰者のようでもある。だからこそ、そんな友を見ても巧は、ピッチャーとしては決して迎合することは無く、孤高の存在として屹立しつづける。そんな悲しすぎる業を、まだ若い二人の中学生が背負ってしまうこの作品は、残酷であり、だからこそ、途轍もなく美しい。</p>

<p><br />
<hr><br />
イラスト／古屋あきさ<br />
</p>]]>

</content>
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<title>『明日の記憶』　荻原 浩 光文社　1575円</title>
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<modified>2005-02-04T15:01:45Z</modified>
<issued>2005-02-05T07:16:23Z</issued>
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<summary type="text/plain">　今年で50歳になった、広告代理店の部長職を務める佐伯は、娘の結婚式を控え、人生...</summary>
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<email>skamano@mediafactory.co.jp</email>
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://blog.mf-davinci.com/platinum/">
<![CDATA[<p><img alt="pra0205.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/pra0205.jpg" width="182" height="230"  align="right" >　今年で50歳になった、広告代理店の部長職を務める佐伯は、娘の結婚式を控え、人生の老年期に入りかけてきたと自覚し始めた。最近、固有名詞が浮かばず、代名詞で語ることが多くなったことも、年齢ゆえと考えていた。しかし、物忘れはひどくなる一方で、次第に仕事にも支障をきたしはじめる。不眠、目眩にも悩まされ、赴いた病院で告げられた病名は“若年性アルツハイマー”。現代の医学では不治の病といえるこの病気を前に、佐伯は自分の記憶を維持しようと努力するが……。<br />
　一人称で語られる文体と、挿入される彼の備忘録は、ゆっくりと記憶を失っていく彼の病状を緻密に描写しており、悲しみと寂寞さを際立たせる。<br />
<br><br />
おぎわら・ひろし●1956年埼玉県生まれ。広告制作会社を経て、97年『オロロ畑でつかまえて』で第10回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2002年『コールドゲーム』が山本周五郎賞の候補作となる。他の著書に『なかよし小鳩組』『ハードボイルド・エッグ』『誘拐ラプソディー』『メリーゴーランド』『僕たちの戦争』がある。</p>

<hr>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/yokosato_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>横里 隆</b><br />
（本誌編集長。『明日の記憶』のラストはすごくよかった。あと、ばななさんの新刊『なんくるない』収録の「ちんぬくじゅうしい」もめちゃめちゃよかった。激オシです）</p>

<p><font color=red><b>過去の思い出をすべて失っても<br>あなたは生きていけますか？</b></font></p>

<p>ひと昔前、卒業前に海外へ旅行する学生たちのことが、「思い出作りに奔走する若者たち」と揶揄されたことがあった。風説に同調した僕も、思い出にすがって生きるなんてカッコ悪いと思った。……若かった。今ならわかる。人は思い出にすがって生きるのだ、と。たったひとつの輝く思い出を糧に暗澹たる今日を生きていくこともできる。しかしこの小説の主人公は病によって生きる糧である記憶を失っていく。著者は問う、“過去の思い出”をすべて失ってもあなたは生きていけますか？ と。僕は答えに窮しながらも、僅かな“未来への希望”さえあれば、と答えたい。そう、人を生かしているのは“今この瞬間”ではなく、“思い出”や“希望”だったりする。その意味で“過去の思い出”と“未来の希望”は同じものなのだ。そして“未来の希望”は言い換えると“明日の思い出”、すなわち“明日の記憶”となる。いいタイトルだ。だからこそ物語の最後は柔らかな希望に彩られる。たまらなく切なくて、ゆえに美しくて、忘れられないラストシーンだった（涙）。<br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/inako_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>稲子美砂</b><br />
（本誌副編集長。主にミステリー、エンターテインメント系を担当）</p>

<p><font color=red><b>絶望の中で希望を模索する<br>著者の意欲作</b></font></p>

<p>主人公・佐伯の「スーツのすべてのポケットは〜未整理のメモでふくらんでいる」という描写を読んだときに、小川洋子さんの『博士の愛した数式』の博士のことを思い出した。80分で記憶を失ってしまう博士も背広にたくさんのメモをクリップで留めていた。博士にとって数学を究めていくことがある種の生きがいであったように、佐伯にとっては陶芸が自分の存在を確認させてくれる拠りどころとなっていくのだろう。著者の荻原浩さんに取材させていただいたとき、芸術的な感覚というものはアルツハイマーになっても損なわれないという説があるという話をうかがった。「頭は記憶を失っても、体には記憶が残っている。私にはまだ動く指がある」と、佐伯は土をこね、成形しながら、自分を奮い立たせる。アルツハイマーという不治の病、自分を失っていくという絶望の中で、どうにか希望を描けないか。そこに挑戦した荻原さんの意欲作だと思う。<br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/kishimoto_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>岸本亜紀</b><br />
（怪談、ミステリーを担当。『幽』２号が出ました。充実のラインナップ。真冬の怪談、なかなかいいですよ。全国の書店、ネット書店で好評発売中）</p>

<p><font color=red><b>記憶を失っていく過程<br>残された時間を<br>どのように過ごすのか</b></font></p>

<p>ここ5年くらい、飲むと記憶を無くす。どうやら年齢に関係なく、そういう人が増えているようだ。飲み会での与太話で済ませている話だが、この本に書かれている症状を読めば読むほど、もしかしたら自分も……とそわそわさせられる。そしてもし自分があるいは家族がそうなったとき、家族の支え、社会での人間関係、自分が生きてきた意味、人間性を喪失していくという現実をどのように受け止めていけばいいのかという深刻な問題が迫ってくる。主人公は、妻や娘に弱音をはかない。それは迷惑をかけないようにとの配慮なのだろう。だからこそ物語のラストがまるで美しい絵画のように読者を感涙に誘う。大変なのは、きっとその後なのだろう。人が人でいた最後の瞬間を美しく描いてくれた作者の深い思いが伝わってくる。<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/sekiguchi_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>関口靖彦</b><br />
（先ごろ3巻が発売された『シグルイ』〈山口貴由　秋田書店チャンピオンレッドC〉が最狂。自分の中の凶暴性がうずいて、はらはらします） </p>

<p><font color=red><b>人の儚さと強さの両方を<br>感得させるラストシーンが<br>深い余韻を残す</b></font></p>

<p>やばい、これ俺だよ。と、読みながら背筋が粟立った。毎日のように顔を合わす人の名前が出てこない。立ち上がった瞬間、何をしようとしていたか忘れる。度し難く物忘れのひどい私には、思い出らしきものも断片的にしかなく「そんなになんにも覚えてないなんて、今までのつきあいに意味がないみたいだね」と哀しそうな顔をされたことが何度もある。主人公も私もうろたえる。俺の存在が、俺の中から消えてしまう、と。ところがそうした恐怖の中ですら、人は生きるよすがを見つけ出すことをこの本は確信させてくれる。人の持つ儚さと強さの両方を、あざやかな光景に浮かび上がらせたラストシーンが印象深い。<br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/hatano_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>波多野公美</b><br />
（祝・角田光代さん直木賞受賞！　角田さんのＷＥＢダ・ヴィンチ連載は本好きの胸に迫る話ばかり。単行本も準備中です！） </p>

<p><font color=red><b>最終回のない物語を<br>私たちは生きている</b></font></p>

<p>病を得た夫と一緒にいられる時間（彼の中で自分が記憶されている時間）がどんどん減っていくなかで、「もう俺のことはいい。俺がいなくなってからのことを考えろ」と言われた妻が、「ドラマみたいなこと言わないで。こっちには最終回なんてないんだから」と泣くシーンが心に残った。ひたひたと満ちてくる絶望を感じ取りながら、懸命に生きる二人の姿は、時に泣きたくなるほど美しい。けれど、これは普遍の物語だ。誰の人生も彼らと同じだ。最終回は予告されない。物語の終わりを誰も知らない。どんな絶望が襲いかかっても、私たちは自分の人生を生き抜かねばならないのだ。生きることの意味を考えさせられた。<br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/iida_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>飯田久美子</b><br />
（とはいっても、ボケないに越したことはないので、アルツハイマー防止に効くと本の中に書いてあったブロッコリーをいっぱい食べてます）</p>

<p><font color=red><b>自分が自分でなくなっても<br>生きる意味はあるのか</b></font></p>

<p>喫煙がアルツハイマーの防止になるらしいという風説がでてくるくだりを読んで、禁煙してる人に煙草をすすめようと思ったけど、やめた。ボケてしまったとしても、自分のことを忘れてしまったとしても、長生きしてほしいと思ったから。そんなこというと、たとえば、介護する側の厳しい現実をわかってないからだとかいわれそうだけど。でも、若年性アルツハイマーを患者の一人称で綴ったこの小説は、これから待ち受ける悲惨な現実を予感させながらも、周囲の人たちにどんなに迷惑をかけたとしても、自分が自分でなくなったとしても、それでも、ただ生きている、それだけがいかに価値あることかを教えてくれる。特に、ラストは、何を忘れてしまっても、大事なことはなくならないと思えて、いい気持ちがした。<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/miyasaka_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>宮坂琢磨</b><br />
（そろそろ豚磨に改名したほうがいいんじゃないと姉にいわれた。ブヒ）</p>

<p><font color=red><b>過去の思い出が<br>とてつもなくいとおしく思える</b></font></p>

<p>今の自分を形作っているものは紛れもなく記憶である。女の子に泣かされたり、快速電車で1時間近く尿意に苦しんだりといった、心から忘れたいと思う記憶でさえも、今の自分を形成する大事な要素である（今の自分に問題があるかどうかは別にして）。その喪失は自己の死にほかならない。この主人公は、アルツハイマーを自覚しながらも、人との思い出を必死で守ろうとする。それは、こぼれ落ちる水を手で割れビンに戻すようなものだ。指の隙間からこぼれ落ちる記憶を必死でかき集める彼の姿が、失った先にも幸せの別の形が、たとえあるにせよ、僕にはあまりに悲しすぎるのだ。<br />
<hr><br />
<img alt="ibushigin.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/ibushigin.jpg" width="569" height="30" /><br />
<table><tr><td align="center" width="150"><img alt="ibushi0205.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/ibushi0205.jpg" width="104" height="150" /><br />
<b>『キョウコのキョウは恐怖の恐』　<br />
諸星大二郎　<br />
講談社<br />
1680円</b></td><br />
<td><big><b>裏路地に迷い込んだような恐怖</b></big><br><div align="right"><b>宮坂琢磨　　</b></div><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/miyasaka_new.jpg" width="100" height="100"  align="right">　『マッドメン』や『孔子暗黒伝』『生物都市』などＳＦや伝奇などの分野で長編・短編問わず名作マンガを発表してきた諸星大二郎氏初の小説は、やはり一筋縄ではいかなかった。<br />
　少しずつ異界へとのめり込んでゆく男たちが感じる、背中に忍び寄る恐怖の描写はさすがの一言。マンガというメディアでは不向きな、日常描写をつみ重ねられる小説でこそ最大限に増幅させられる、浸透する恐怖が味わえる。氏がマンガではなく、なぜ小説を書いたのか、おおいに納得。フガフガ鼻息を荒くしてのめり込んでしまった。<br />
　氏の作品らしく、祟り神となった土着の神の物語や、山奥のひっそりとした寺で行われる秘儀など、好事家にはヨダレものの設定もある。タマラン。それが現実離れしすぎず、すぐそこにある異界として感じられたおかげで、読後すぐは、見慣れたはずの町並から妙な違和感を感じずにはいられなかった。<br />
</tr></tr></table></p>

<hr>
イラスト／古屋あきさ
]]>

</content>
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<title>『不思議な少年』1〜3　山下和美 講談社KCモーニング　各609円</title>
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<modified>2005-01-06T02:17:54Z</modified>
<issued>2005-01-06T02:01:07Z</issued>
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<summary type="text/plain">　永遠の命をもつ「少年」は、有限の命しか持たない人間に飽くなき興味をもつ。死地に...</summary>
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<![CDATA[<p><img alt="200502.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/200502.jpg" width="180" height="232"  align="right" ｈｓpace="10" vspace="10"/>　永遠の命をもつ「少年」は、有限の命しか持たない人間に飽くなき興味をもつ。死地に赴くソクラテスや、南極探検に失敗し遭難した男など、彼は様々な時代、場所で、岐路に立つ人の前に現れ、人々の生、そして死を見つめてゆく。<br />
 　3巻収録の「末次家の三人」では、煩わしいものを避け続けることで、家族との関係を築けないでいた男が、不思議な少年の力によって自分に連綿と連なる末次家の歴史を知る。そして自分の存在、家族が、無数の出会いと別れの奇跡の積み重ねによって存在できていたことを知る。彼は新しい奇跡を積み重ねるべく、第一歩を踏み出そうとするが……。<br />
 『天才 柳沢教授の生活』で喝采を浴びた作者が、人間の光と闇、そして生について鋭く抉る。　<br><br />
やました・かずみ●1959年、北海道生まれ。大学在学中の『週刊マーガレット』新人賞へ応募した「おしいれ物語」が入賞、同誌増刊号に掲載されデビュー。88年に『モーニング』に『天才 柳沢教授の生活』を連載開始。同作品はドラマ化もされ、2003年、第27回講談社漫画賞一般部門を受賞する。2001年より『不思議な少年』を『モーニング』などで不定期連載中。<br><br><br><br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/yokosato_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>横里 隆</b><br />
（本誌編集長。『不思議な少年』の中のMyベストSTORYは、２巻所収の「ソクラテス」。不覚にも涙が止まらなくなって大変だった）</p>

<p><font color=red><b>不思議なのは<br />
矛盾だらけの僕たちなんだ</b></font></p>

<p>タイトルは『不思議な少年』となっているが、不思議なのは、時間も空間も善悪も自由に超えて人間の生を眺めつづける超越者＝少年、ではない。欲望のままに生き破滅していく人間が、最期に奏でる美しい調べを聴きながら少年は言う「人間って不思議だ……」と。彼はソクラテスからもらった、「君はたくさんの人間に出会える。通りすぎずに話しかけてやってくれ」という言葉をいだきながら“不思議”な人間たちと邂逅していく。そうして綴られた物語は深遠な問いかけに満ちている。“人間はなぜこんなにも弱く、愚かなのか”と。“いや、それを知り、それを受け入れ、それに抗うからこそ生は輝くのだ”と。そこには“癒し”も“救い”もない。ただ“圧倒的な肯定”があるだけだ。そしてそれこそが僕たちを生かすものだと教えてくれる。すごい！　小説でも哲学でも宗教でも容易には到達できない域へ著者は達している。僕は今、この本を紹介できるよろこびを噛み締めている。<br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/inako_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>稲子美砂</b><br />
（本誌副編集長。主にミステリー、エンターテインメント系を担当。）</p>

<p><font color=red><b>永遠の命を持つ「少年」を<br />
人間が超える瞬間</b></font></p>

<p>10編の長さは作品ごとに大きく異なっている。100ｐ近いものもあれば、わずか35ｐのものも。不定期連載とはいえ、マンガの世界では異例なことだと思う。各編ともそれぞれのテーマに合わせて、山下さんが存分に腕を振るった感がある。中でも私が好きなのは「ソクラテス」と「タマラとドミトリ」。人間には限界がある。あきらめるのではなく、そんな自分の人生を受容する瞬間がこの２作には描かれている。弊誌2003年４月号のインタビューで、山下さんがヒントになった作品として、マーク・トウェインの『不思議な少年』（岩波文庫）をあげている。読み比べもお薦めしたい。<br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/kishimoto_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>岸本亜紀</b><br />
（怪談、ミステリーを担当。『幽』2号が出ました。充実のラインナップ。真冬の怪談、なかなかいいですよ。全国書店、ネット書店で好評発売中）</p>

<p><font color=red><b>少年の目を通して描かれる世界には<br>時代や国境を越えた「人間の真実」がある</b></font></p>

<p>世界はオカルトに満ちている・・・・・・。オカルトとは「隠されているもの」を意味する。それに気がつきさえすれば、世界の秘密に触れることができるし、それを芸術や作品として表現したり、チャンスや運と理解する人もいる。この本はそんな大きなテーマを、国境を越え、時代を越え、町にくらす人々の営みを通して描いていく。それぞれの人の幸せや希望を描いているのではなく、人類のそれを描いているのだ。すごい。世界の秘密を教える「不思議な少年」には名前がない。万能の神ではなく、ときに悩み、人々が織り成す奇跡や苦しみを見届ける形で存在する。きっと「不思議な少年」は自分の周りにもいるのだろう。それに気づくかどうかは、自分次第なのだ。<br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/sekiguchi_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>関口靖彦</b><br />
（毎年恒例のお楽しみ、日本ホラー小説大賞の受賞作を読了。森山東さん『お見世出し』と福島サトルさん『とくさ』、短篇集2冊がとてもよかった！）</p>

<p><font color=red><b>心の深い闇の“その先”へ、<br />
人間は踏み出せるはず</b></font></p>

<p>時空を越えた存在を狂言回しに据え、人間の営みを描いていく作品ということで、手塚治虫『火の鳥』や楳図かずお『おろち』を想起する向きも多いだろう。私も10代のころに両巨匠の作品に触れ、人の心に蟠る闇の深さを目の当たりにして打ちのめされたことをまざまざと思いだした。これら偉大な先行作品に対して『不思議な少年』は、より高らかに「人間への信頼」を謳ってくれていると思う。闇を見ないのではなく、見据えた上で、それを乗り越えていく力を信じている。「少年」が人間を信じるのではなく、登場する人間たち自身が、きちんと闇を乗り越えて見せてくれる。読後、読んだ者の心にあたたかな力を宿らせてくれる作品だ。<br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/hatano_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>波多野公美</b><br />
（今年の目標。その１・バレエ特集を！　その２・某アーティストの連載を！　その３・素敵なだーりんを！　今年もどうぞよろしくお願いいたします）</p>

<p><font color=red><b>3巻分で10コの違う物語が、<br />
全部素晴らしいってスゴイ！</b></font></p>

<p>時間、場所、人種を自在に飛び越えて紡がれる壮大な物語に、とにかく圧倒された。１冊に３〜４話ずつ収録される物語は、どれも完結していて、設定も登場人物もまったく違う。そして、どの作品も素晴らしい。これはすごいことだと思う。私が特に好きだったのは、２巻に収録されている『タマラとドミトリ』。誰からも忘れ去られた深い森の中で、たった２人きりで生きた夫婦の一生を描いた作品。子も授からず、無理やり結婚させられた夫のドミトリと暮らしたことが人生で唯一のできごとだったタマラが、最後に「それでいい　それで十分」と微笑みながら思う。うらやましいほど素敵なラブストーリーでした。<br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/iida_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>飯田久美子</b><br />
（オタク特集取材のため秋葉原に３日間通いました。アンケートに協力してくださった秋葉原のイケメンのみなさん、ありがとうございました）</p>

<p><font color=red><b>誰のことも肯定も否定もしない<br />
不思議な少年</b></font></p>

<p>最初、不思議な少年というタイトルをきいたときなんてひねりのないタイトルだろうと思った。でも、読んでみて「これは確かに不思議な少年だ」と思った。少年は、いつもちがった国や時代で、いろんな人たちの傍らにあらわれる。そして、いつもちがうことを考えて、それぞれにちがう思いを残して消える。そのバリエーションの広さが凄い。それでいて、ひとつひとつが深い。私が１番好きだったのは「末次家の三人」という話で、誰かと誰かの出会いは何万分の一、何億分の一の奇跡だなんて、言葉にしてしまうと陳腐にもきこえてしまいそうな一言に、もう大人なのに今さら感動できるとは思わなかった。<br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/miyasaka_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>宮坂琢磨</b><br />
（ある日、体重計にのったら、かつて見たことがない数字が現れた。どうりで歩くのがしんどいはずだ。僕、15キロの重し背負って生きてます！）</p>

<p><font color=red><b>様々な出会いを繰り返す<br />
彼をずっと見ていたい</b></font></p>

<p>3巻「二人のレディ・エッシャー」で、かの少年は自分のことを「見とどける者」と言った。そう、少年は空間と時間を超え、様々な人々をみつめている。人々の生の発露は、時に彼の予想をこえ、希望を打ち砕く。でも、彼はただ人と出会い、人生を見届け、その生き様を受け止めるだけだ。少年は永遠の命をもった超越した存在であるが、人の心情からも超越しているわけではない。哀しみも、憤りも、喜びも、様々な感情を抱えている。そんな、人でも神でもない少年が、これからどのような人に出会い、感じてゆくのか興味は尽きない。<br />
<hr><br />
イラスト／古屋あきさ<br />
 </p>]]>

</content>
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<title>『夕凪の街  桜の国』こうの史代　双葉社　840円</title>
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<modified>2004-12-05T15:00:07Z</modified>
<issued>2004-12-05T15:00:34Z</issued>
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<summary type="text/plain"> 　　　原爆投下から10年。広島も町としての姿を取り戻し始めているが、街にも、人...</summary>
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<email>hotter@mediafactory.co.jp</email>
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://blog.mf-davinci.com/platinum/">
<![CDATA[<p><img alt="0501p.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/0501p.jpg" width="179" height="230"   align="right" ｈｓpace="10" vspace="10"/> 　　　原爆投下から10年。広島も町としての姿を取り戻し始めているが、街にも、人々にもまだ生々しい傷跡が残っている。家族の多くを原爆で亡くした女性、皆実（みなみ）は母と二人きりでバラック暮らしをしている。淡々とした日々の中、時折思い出される原爆の記憶が“生き残ってしまった”彼女を苦しめる。同僚との淡い恋から、新しい一歩を踏み出そうとした矢先に皆実は……。<br />
　原爆投下から10年後を描いた『夕凪の街』、50年後の『桜の国（一）』、60年後の『桜の国（二）』と、時を経、人々が日常を取り戻そうとしてもなお、様々な形でよみがえる原爆のつめ跡を、戦後世代が描く意欲作。　<br><br />
こうの・ふみよ●1968年、広島市生まれ。93年度講談社アフタヌーン四季賞春のコンテスト佳作を受賞する。95年『街角花だより』でデビュー。主な著書に『ぴっぴら帳【完結編】』（双葉社）がある。現在「漫画アクション」(双葉社)で『さんさん録』を連載中。<br><br><br><br><br><br><br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/yokosato_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>横里 隆</b><br />
（本誌編集長。これからはてくてく歩くのだキャンペーン継続中。空を見上げ、空気の底で生きていることを感じながら歩く。気持ちいい）</p>

<p><font color=red><b>悲しみに溢れた人生<br />
静謐で美しい人生</b></font></p>

<p>戦争、貧しさ、差別、そうした大きな悲しみの影は、戦中戦後の頃と比べ、確実に薄くなってきている。でも、やっぱり悲しいことはたくさんある。思い通りにいかないことも、いくらでもある。どうしようもなく泣きたくなったときには、この物語を開いてみてほしい。悲しみと向き合い、それを抱き続けて生ききった人々の痕跡に、激しく心を揺さぶられるはずだ。一般的に言って、あまりに大きな悲しみであるヒロシマの爆弾の前では、小さな悲しみなど消し飛んでしまいがちなのに、この作品では、人々のささやかな暮らしが、小さな恋が、あざやかに浮かび上がる。“ヒロシマ”の悲劇だけでなく、生きる悲しみと、美しさの双方が奏でられる。悲しみに溢れた僕たちの人生は、ゆえに静謐で美しい人生に転化することもできるのだ。静かに激しく、魂に突き刺さる物語は、すべての困難とあらゆる絶望に処方可能な物語といえる。<br />
<hr></p>

<p><img alt="inako_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/inako_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>稲子美砂</b><br />
（本誌副編集長。主にミステリー、エンターテインメント系を担当。）</p>

<p><font color=red><b>今も苦しむ人がいることを<br />
実感させてくれる静かな傑作。<br />
</b></font></p>

<p>作者のこうの史代さんは広島市の出身だが、親族に被爆者がいるわけでもなく「原爆はわたしにとって、遠い過去の悲劇で、同時に『よその家の事情』でした」（「あとがき」より）という。こんな立ち居地にいるこうのさんだからこそ、戦争を知らない私たちに、その傷跡が未だに癒えないことを日常の中の苦しみとして届けてくれたのだろう。恐怖や憤りとは違う感想を持ったヒロシマの物語。もう終わったと思っていたのに、不意に現れる悪魔によって打ち砕かれる淡い恋や家族のささやかな幸せはむごいというほかにない。逝った人、残された人の悲しみが深々と心に迫る傑作だと思う。</p>

<hr>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/kishimoto_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>岸本亜紀</b><br />
（怪談、ミステリー担当。怪談専門誌『幽』の2号が12月10日に発売！新連載も始まります。お楽しみに！）</p>

<p><font color=red><b>ヒロシマの暗部と光、<br />
今だからこそ描ける命の転生の物語</b></font></p>

<p>ラストの「生まれる前　そうあの時わたしはふたりを見ていた　そして確かにこのふたりを選んで生まれてこようと決めたのだ」に感動して涙が止まらなかった。原爆の事実は知っているつもりだった。でもこの物語に出てくるような市井に生きたごく普通の人々の心の内までは想像するこができなかった。被爆した人はいつ自分がいつ死ぬのかにおびえ、仮に生き延びたとしてもそれを恥じるようにして暗闇の中を静かに生きていたのだ。でも新たな生命は、それらすべてを暖かく包み込み、桜の花が毎年ちゃんと咲くように、この世に生まれてこようとしていた。ほんの数代にも関わらず、多くの記憶は薄められていく。それは人が幸せになるための手段だ。しかし時が移っても、命が記憶した暗部は決して消えることはない。<br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/sekiguchi_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>関口靖彦</b><br />
（本誌と並行して、怪談専門誌『幽』も入稿ラッシュ。渡りかけた吊り橋を切られ、対岸に向かって全力で走るインディ・ジョーンズの心境です）</p>

<p><font color=red><b>誰かを喪い、自分は生き残る。<br />
そうして今、われわれがある</b></font></p>

<p>第1編『夕凪の街』は、雑誌掲載時に読んでいた。表紙は水着のアイドル。せわしない職場で缶コーヒーをすすりながらページをめくり、いつのまにか自分ひとりだけが深閑とした穴に落ち込んでいた。涙がにじみ、あわててぬぐってごまかした。「戦争のとき、こんな大変なことがありました」という過去形の物語は、繰りかえしてはいけないと思いつつも、やはり済んだことと見てしまう。しかし本作は、被爆した人を喪う、生き残った人を描いている。生き残った人――現在のわれわれ読者全員もそうなのだ。原爆を描きながら、いつまでも現在形の物語である。<br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/hatano_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>波多野公美</b><br />
（ＷＥＢダ・ヴィンチの角田光代さん連載のヒミツ。実は、木曜24時に私がえいやっと手動で更新しています……ぜひ読んでくださいね〜） </p>

<p><font color=red><b>この作品に出会えて<br />
本当によかった！</b></font></p>

<p>この本を読んだのは、人に薦められたからだった。ヒロシマの話だと聞いていたのに、絵の雰囲気も装丁も、ほのぼの、ふんわりと可愛らしい。作品を間違えた？　と思うほど戦争のイメージから遠い。けれどもこれは間違いなく、ヒロシマで、やわらかな心を持った普通の愛すべき人たちに何が起こったかという話だった。読み終わって、私にできることを考え、編集部のプラチナ本会議で候補として推薦した。そして、プラチナ本に選ばれた。そういう本なのだ。これを読んでいるあなたにも、私はこの本を薦めたい。読み終わったら、あなたがまだ読んでいない人に薦めてくれたらと祈りながら。<br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/iida_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>飯田久美子</b><br />
（この前カキにあたって夜中病院で点滴を打ってもらっているうちに眠ってしまい、いつまで経っても起きないので、大変迷惑がられました）</p>

<p><font color=red><b>語らないことが持つ迫力</b></font></p>

<p>原爆が投下された日、私の祖父は広島にいた。子どもの頃、祖父がその時の話をしてくれるのが好きだった。オノマトペたっぷりの語り口が迫力満点でワクワクしていたのだと思う。祖父は亡くなるまで毎年８月６日は必ず新幹線に乗ってひとり広島に出かけていた。戦争が終わってもう何十年も経つのにどうしていつまでも律儀に広島に行くのか、訊いたことは１度もなかった。『夕凪の街　桜の国』には、迫力満点のオノマトペも『はだしのゲン』みたいなグロい画も出てこないけれど、淡々とでもたしかに、戦争の恐ろしさ、哀しさが描かれている。たとえば、祖父がオノマトペの下に隠して語ることのなかった思い、今のイラクの人たちの気持ちが、どんなものか想像せずにはいられなかった。<br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/miyasaka_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>宮坂琢磨</b><br />
（今月の「マンガ狂につける薬」でも『夕凪の街　桜の国』を取り上げています。是非見てください）</p>

<p><font color=red><b>戦後世代が描き出す<br />
美しきヒロシマの物語</b></font></p>

<p>涙がこみ上げたのは7回目。7回目に本を閉じたあとであった。読むたびに、描かれる情景がだんだんと色濃く鮮明になっていくのを感じる、不思議なマンガだ。<br />
読み始め、原爆がテーマということで、つい身構えてしまったのは、『はだしのゲン』という被爆者による強烈な名作（いまだにトラウマ）を読んでいたためだし、逆に原爆を安っぽいイデオロギーの吐露に利用する数々の駄作を見てきたからでもある。少なくとも僕にとっての原爆（を含めた戦争テーマ）は実際に戦争体験していない人間が、軽がるしく扱ってはいけないものである。そう決め付け、考えないようにしてきた。そんな僕にとって、戦後世代の描くこの美しくもはかない物語との出会いは、まさに僥倖である。<br />
<hr><br />
<img alt="ibushigin.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/ibushigin.jpg" width="569" height="30" /><br />
<table><tr><td align="center" width="150">Now Printing</p>

<p></p>

<p><br />
<b>『四畳半神話大系』<br />
森見登美彦　太田出版<br />
1600円（予価）<br />
12月上旬〜中旬発刊予定</b></td><br />
<td><big><b>四畳半に流れるどどめ色の青春哀歌</b></big><br><div align="right"><b>宮坂琢磨　　</b></div><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/miyasaka_new.jpg" width="100" height="100" / align="right">「薔薇色のキャンパスライフ」を求めて揚々と“サークル”にはいったはずが、実益のあることを何一つしないまま大学三回生になってしまった主人公。自室の四畳半で、怠惰で破廉恥で無為な生活を送っている主人公に、ある転機が訪れるのだが……。<br />
「もしあのサークルに入っていたなら」そんな“もし”によって分岐した四つのパラレルワールドを、ダメダメな大学生を主人公に描く連作短編集。</p>

<p>全国の屈折した若人たちよ。われわれの栄光かつ屈辱と、無為にまみれた青春への賛美歌がここにある。黒髪の乙女と過ごす薔薇色のキャンパスという（童貞的な、あまりに童貞的な）妄想（しかし、それは取りも直さず我々が切望していたものだ）を四半世紀に及ばんとする年まで暖めてきてしまった主人公の（いや、むしろ僕らの）存在自体に涙がこぼれる。脇役も秀逸にどうしようもない。他人の不幸でご飯を三杯たべられる小津、薄っぺらいカリスマ性で映画サークルを支配する城ヶ崎（彼は香織さんと呼ばれるラブドールを慈しんでいる）、何年も学生生活を続け、ついに仙境に達してしまった樋口師匠など、唾棄したくなるほど素晴らしいキャラクターの数々。屈折しすぎて、もはや何がなんだかわからない男同士の友情物語に、甘い読後感があるはずもないが、虫を噛み潰したような苦さのなかに、妙に深いコクがある。<br />
</tr></tr></table></p>

<hr>
イラスト／古屋あきさ
 ]]>

</content>
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<title>『間宮兄弟』江國香織　小学館　1365円</title>
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<modified>2004-11-05T15:30:56Z</modified>
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<summary type="text/plain"> 　　酒造メーカーに勤める兄・明信と学校職員である弟・徹信は、お互いが三十路を越...</summary>
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<email>hotter@mediafactory.co.jp</email>
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://blog.mf-davinci.com/platinum/">
<![CDATA[<p><img alt="200412.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/200412.jpg" width="180" height="230"  align="right" ｈｓpace="10" vspace="10"/> 　　酒造メーカーに勤める兄・明信と学校職員である弟・徹信は、お互いが三十路を越えた今でも二人で共同生活をしている。引っ込み思案の兄と、情熱的すぎる弟は、恋愛対象として「恰好わるい」「気持ちわるい」「おたくっぽい」「そもそも範疇外」と、さんざんな評価を受けてきた。過去の痛みを教訓に、恋愛から遠ざかることで心安らかに生きることを誓う兄弟だが、そんな彼らに恋の予感が訪れる。自宅のカレーパーティーに呼んだり、自分で編集したMDを送ったり、二人はそれぞれ憧れの女性に様々なアプローチをしかけるものの……。<br />
　女性の内面や恋愛模様を描いてきた著者が、“いい人かもしれないけれど、恋愛関係には絶対ならない”恋愛以前の男たちを描く、意欲作。　<br><br />
えくに・かおり●1964年、東京都生まれ。89年『409ラドクリフ』で第1回フェミナ賞を受賞する。90年に『こうばしい日々』で産経児童出版文化賞、坪田譲治文学賞を受賞する。2002年『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』で山本周五郎賞、04年『号泣する準備はできていた』で第130回直木賞を受賞する。<br><br><br><br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/yokosato_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>横里 隆</b><br />
（本誌編集長。万歩計とともに毎日歩いている。1万3000歩／日が目標なので、会社から１時間半近くかけて歩いて帰ったりしている）</p>

<p><font color=red><b>兄弟に共感！<br />
江國さんに感謝！</b></font></p>

<p>乱暴ながら読書の楽しみを2つに絞ると、｢発見｣と｢共感｣だと思う。この作品から受け取ったのは強烈な後者だ。大抵の男子の中には女子には見せられないイケてない自分がいて、間宮兄弟はそれを具現化していた。見事なのは、そんな兄弟の立ち居振る舞いに嫌悪感を感じないところだ。おそらく江國さんは｢発見｣の視点で兄弟をとらえているからだろう。それは決して｢否定｣や｢嫌悪｣ではない。キレイで才能もあって、人としての強度が高い（であろう）江國さんが、世間の女子が見向きもしなかった男の間宮いやマニアな部分に興味を示してくれた！　｢承認｣ではないし、ましてや｢恋愛｣感情などではまったくないけど、恋愛至上主義が跋扈するこの時代に「そんな幸せもありかもよ」と微笑んでくれたのだ。世界中のイケてる女性の代表として。江國さんありがとうありがとう（泣）。全男子共感必至！ そして全女子に理解を求む！ 一冊。<br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/inako_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>稲子美砂</b><br />
（本誌副編集長。主にミステリー、エンターテインメント系を担当。）</p>

<p><font color=red><b>恋愛に必要なものを<br />
考えるテキストにも</b></font></p>

<p>30歳過ぎても一緒に住んでいて、休日もともに過ごすことが多く、童貞も連れ立ってソープに捨てに行った――男兄弟で実際ここまで仲がいいという人たちに出会ったことがなかったので、ちょっと違和感があったのだが、女性に置き換えれば、まあこんな姉妹はたくさんいる（性的部分のあけっぴろげさはさておき）だろう。読んでいて非常に心安らぐ小説である。間宮兄弟は「むさくるしい」「おたくっぽい」という外見は男性的なのだが、内面的には非常に女性っぽい二人だと思う。仕事にあくせくするわけでもなく、ほどほどに家事もし、季節感を取り入れた生活を心がける。自分の好きなものに対する頑固さも、それは異性の趣味にしても一緒で、女なら誰でもいいというわけではないのだ。彼らはなぜモテないのか。心根も優しくおだやかで、本や映画の趣味もいいのに。外見のことよりももっと別のところに問題がありそうだ。江國さんは「もうちょっと大人になってほしい」と言っておられたが……男性陣はモテない理由をどう読んだのか気になる。<br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/kishimoto_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>岸本亜紀</b><br />
（怪談、ミステリーを担当。日本唯一の怪談専門誌『幽』の第２号、12月10日発売予定! ボリュームUPしてるので乞うご期待!!）</p>

<p><font color=red><b>江國さんのクールな視点と<br />
想像力に感服!!</b></font></p>

<p>この本を読んだ同僚（編集者）の男子が口をそろえて「いや〜よかった」という。その男たちはもちろんオタクである。オタクの心、わしづかみである。江國さんの周辺には絶対いないであろう男たち。私の大学にはそのテの男子はいた。でも家に遊びに行ったりご飯を食べたりなんかは、もちろんしなかった。江國さんだって、それくらいの距離感が絶対あるはずだ。にもかかわわらず、オタクたちにとって超リアルな世界を描いた。すごいことだ。文中に「社会なんて、小学校と同じだ」と明信が思うシーンがある。「みんな平気で周りに迷惑をかける」と。オタクの人たちは周りに迷惑をかけない。そして、セカイを静かにマイペースに見つめている。そんなオタクたちを良しとも悪しともせず、オタクが涙するほどの共感を描いた江國さんの筆力と想像力にひれ伏した。<br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/sekiguchi_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>関口靖彦</b><br />
（今月の個人的イチオシは飛浩隆さんの『象られた力』（ハヤカワ文庫）。精緻に組み立てられた物語が、終盤、一気に奔流となって爆発する！）</p>

<p><font color=red><b>この本を通して、<br />
読者は自分を見てしまう</b></font></p>

<p>本書10ページの間宮兄弟の描写に打ちのめされた。恰好わるい、気持ちわるい、おたくっぽい、むさくるしい（後略）――デスメタルで怪獣おたくの身としては、ほかの本を読んだときとは明らかに異質な感情移入をしてしまった。真っ正直に働き、おだやかに季節を楽しみ、自宅での暮らしを整える兄弟。わかるよその気持ち。彼女も親しい友だちもいなければ、そうするしかないもんな。自分がひとりであることを認め、しかしやさぐれまいと思えば、そこに辿りついてしまうのだ。恋できないからこその充実、という矛盾。そこで一生を終えるのか、踏み出すのか、転げ落ちるのか、読み手によって異なる読後感を残すであろう、鏡のような本だ。<br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/hatano_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>波多野公美</b><br />
（ＷＥＢダ・ヴィンチで角田光代さんの素敵な「本にまつわる短編小説」が連載中です。毎週金曜日更新。本好きにはとりわけおすすめ！） </p>

<p><font color=red><b>恋愛だけが足りない、<br />
間宮兄弟の幸せな日々</b></font></p>

<p>間宮兄弟の生活は、とても素敵だ。まず、彼らはごく普通の社会人として、自立している。冬至にはかぼちゃを煮てゆず湯をたのしみ、母親の誕生日には手のかかるリクエストを協力してかなえてあげる。なにより、お互いを心から大切に思っている。深い理解で相手を思い遣りながら、たくさんの思い出と一緒に、静かな日々を積み重ねている。優しさが隅々にまで満ちている二人の世界は、ちいさな桃源郷だ。ただ、そこに彼らの恋人の姿はない。恋がなくても豊かな生活を送る二人の姿から、あなたには何が透けて見えるだろう？　読む人の数だけ、違うものが見えてくる物語だと思う。このページのコメントが、全員バラバラなように。<br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/iida_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>飯田久美子</b><br />
（「なぜ江國香織がもてない男？」と思った人、「江國香織をもっと知りたい」と思った人、特集も読んでください。江國さんのインタビューなど、江國さんの魅力に迫る企画がいっぱいです。）</p>

<p><font color=red><b>恋愛がなくても幸せって、<br />
あり得るの？</b></font></p>

<p>まず『女性セブン』で連載が始まったとき、江國さんと女性週刊誌の組合せにびっくりした。次にタイトルを見てカッコイイ兄弟の話かと思って読み始めたら、どうもヤバそうな兄弟の話で、またびっくり。でも一番びっくりしたのは「この先誰ともつきあえないとしても、間宮兄弟みたいに楽しく暮らせたら ……」と直美が思う場面。恋愛のない人生なんて絶対不幸だという考えに縛られているので、目からウロコが落ちる思いがしました。それにしても、兄弟のもてなさっぷりは凄い。何度も声を出して笑い、それだけでは飽き足りず友達の噂話をするみたいに間宮兄弟の話を周囲にしまくったので、ヤバそうな人や言動に「間宮だ」と言うのが最近の流行りです。<br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/miyasaka_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>宮坂琢磨</b><br />
（岩明均さんの『ヒストリエ』（講談社アフタヌーンKC）がついに発売。待ちに待って、待って、待った甲斐あり！ ダイエット？ そんなの後だ）</p>

<p><font color=red><b>恋愛至上主義なんて！って<br />
強がっていましたが……</b></font></p>

<p>少年の心を失わない（いい意味でも悪い意味でも）間宮兄弟の暮らしぶりは、学生時代の懐かしさと、少しの後悔を思い出させる――と書いてはみたが、正直この兄弟がなぜ女性にとって恋愛対象外なのかわからない。どこが、痛いのかわからない。周囲の人間に感想を求めてみたらば、「自分にあるオタク的部分と共感したね。もてない中学校時代を思い出したよ」。どうやら僕は間宮兄弟とほぼ同化してしまい、彼らを客観視できていないみたいだ。だから、僕にも彼女ができないのか。なるほど。間宮兄弟が楽しそうだけど、なにか閉塞した、寂しさを感じるのもそのせいか。……虚しい。<br />
<hr><br />
イラスト／古屋あきさ<br />
 </p>]]>

</content>
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<title>『犯人に告ぐ』　雫井脩介　双葉社  1680円</title>
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<modified>2004-10-05T12:52:38Z</modified>
<issued>2004-10-05T15:00:00Z</issued>
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<summary type="text/plain">　神奈川県警は、全く手がかりがつかめない連続児童誘拐殺人事件に手をこまねいていた...</summary>
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<![CDATA[<p><img alt="0411photo.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/0411photo.jpg" width="194" height="230" / align=right>　神奈川県警は、全く手がかりがつかめない連続児童誘拐殺人事件に手をこまねいていた。万策尽きかけていたそのとき、キャリア捜査官の植草が一つの提案をする。その打開策とは、TVメディアを使って犯人に直接呼びかけを行い、犯人の反応を待つという前代未聞の捜査方法だった。“劇場型捜査”と名付けられたその捜査に必要な、大衆の前に立つ広告塔として、白羽の矢が立てられたのが巻島である。彼は過去に、児童誘拐事件の捜査に失敗し、その後のマスコミ対応でも失態を演じたために、左遷させられていた刑事である。かつて自分の身を破滅させたマスコミを手なづけ、事件を解決しようと試みるのだが……。 　個性的な登場人物たちの思惑が複雑に絡み合いながら進行する“劇場型捜査”を、圧倒的な臨場感で描く異色の警察小説。</p>

<p>しずくい・しゅうすけ●1968年愛知県生まれ。2000年に第４回新潮ミステリー倶楽部賞受賞作『栄光一途』でデビュー。柔道界を扱ったミステリーとして、また、そのリーダビリティの高さから注目を集める。ほかの著作に『白銀を踏み荒らせ』『虚貌』『火の粉』がある。</p>

<hr>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/yokosato_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>横里 隆</b><br />
（本誌編集長。今月の特集の『ファイブスター物語』は本当に奇跡のような作品です。特集許可をくださった作者の永野さん、角川の井上さん、矢野さんに感謝。愛してます）</p>

<p><font color=red><b>マイ本年度ミステリーの トップランク入り決定！！</b></font></p>

<p>読み始めの冒頭からすごい小説なのではと興奮し、読んでいる最中は事件の臨場感に惹き込まれ、読み終わり、至福の思いとともに本を閉じた。ああ、これはいい本だ。すさまじくいい。何より巻島がいい。矜持と諦観を併せ持ち、肩に力の入っていない中年男。大きな失敗の後に諦観を深め、それでも諦め切れない何かを持ちつづけて、闘いつづける彼の姿には胸がしめつけられる。そんな巻島が闘う相手は三者。一者目はもちろん犯人、二者目は警察機構、そして三者目は獰猛なマスメディアだ。究極の敵である犯人を逮捕するため、ひと癖もふた癖もある県警本部の面々を懐柔し、かつては完敗したマスメディアという名の猛獣を遣い慣らして劇場型捜査に挑む。その緊迫感たるや！　横山秀夫の傑作『クライマーズ・ハイ』と共通した空気感を持つ本作は、マイ本年度ミステリーのトップランク入り決定！！<br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/inako_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>稲子美砂</b><br />
（本誌副編集長。主にミステリー、エンターテインメント系を担当。）</p>

<p><font color=red><b>本好きな、あの女優さんにも 薦めてしまいました。</b></font></p>

<p>とにかく初めから終わりまですごくおもしろかった。警察機構やマスコミといった巨大な仕組みの中で、さまざまな軋轢に苦しみながらも自分の仕事をまっとうする男のプライドが実に鮮やかに描かれている。いわゆるソツのない仕事をする男だった巻島が、左遷後、抜擢されて再び表舞台に戻ってきたときの意地と覚悟。「あなたは刑事の血を知らない。思い上がりではなく、正直に言ってるだけです。これは紛れもなく私の捜査です」。私利私欲に走って事件を翻弄しようとした上司に彼が投げるこの言葉にそれが凝縮されている。メディアを利用した“劇場型捜査”という発想もユニークだし、脇の登場人物も味があって読ませるし、読者の目をくぎ付けにするストーリー展開と最後のカタルシスもすばらしい。エンターテインメントのお手本のような作品。犯人バッドマンの描き込みをあえてしなかったことは作者の選択だと思っている。。<br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/kishimoto_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>岸本亜紀</b><br />
（怪談・ミステリー担当。怪談専門誌『幽』の２号は12月発売！　乞うご期待！）</p>

<p><font color=red><b>展開が気になり、一気に読ませる 新しい警察小説の誕生</b></font></p>

<p>本作は恐らく本年のミステリーランキング総ナメと想像されるが、何が面白いかといえば、そのリーダビリティにある。トリックで読ませる小説でないし、大きな仕掛けがあるわけでもない。一課の警視としての巻島のキャラクター設定も決して新しいわけではない。しかし、読ませるのだ。テレビ業界の視聴率競争、警察の中での上下関係のしがらみ、巻島をめぐるさまざまな欲がうごめく中、巻島個人も葛藤する。それら登場するさまざまな人間臭い細部によって、物語の中に取り込まれるのだ。よく考えられた、そして読んで楽しい警察小説だった。著者の力量、本作に見たり！<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/sekiguchi_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>関口靖彦</b><br />
（個人的なイチオシは古川日出男さん『ボディ・アンド・ソウル』。一見くだけた文体ながら、構成は実に緻密。驚愕のラストにぞくぞくしました） </p>

<p><font color=red><b>感動させられちゃったよ！ と、悔しくなる本</b></font></p>

<p>まさに職人の仕事である。雌伏の時期を乗り越えた主人公が犯人を追い詰める、きっちりタメておいてからカタルシスへ向かう構成。劇場型捜査という展開は、フィクションならではの荒唐無稽さで読者を刺激しつつ、「んなわけないだろ！」と思わせない迫真のリアリティをも備える。そして主人公はもちろん、脇役にいたるまで愛着がわく周到な人物造型。ラストにたっぷり余韻を持たせることも忘れない。計算どおりに感動させられちゃったよ！　と、ある種の悔しさを感じるほどの完成度である。<br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/hatano_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>波多野公美</b><br />
（トロ･リサーチなど担当。今月は第２特集の『YOUNG  YOU』企画を担当して、少女マンガを久々に読み漁りました。楽しかった） </p>

<p><font color=red><b>劇場型捜査の立役者は、 ロングヘアーの特別捜査官！</b></font></p>

<p>警察側からたったひとりで、劇場型捜査の舞台にあがる巻島の風体がイイ。年齢は50代前半。「ふさふさとした髪が緩やかに波を打ち、肩甲骨にかかるほど」「どこかいたぶってやりたくなるような雰囲気を持った優男」「仕事の上ではさばけた一面を覗かせ、遣り手の部類に入る」……映像化するなら誰が適役だろうか？　などと考えながら読んでしまった。物語は重厚で繊細。巻島を筆頭に、犯人逮捕に向け努力を惜しまないまじめな男たちの姿が丁寧に描かれる。たとえすべてが解決に至らなくても、努力やまじめな思いが、やがてわずかな希望や許しを生む瞬間が随所に描かれていて、読後感もすがすがしい。<br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/iida_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>飯田久美子</b><br />
（「あり得ない！」とツッコミかけて「あり得なくないんだよなあ、こういうの」と思い直した、植草課長とアナウンサー未央子のやりとりも興味深かったです）</p>

<p><font color=red><b>ミステリーが苦手でも楽しめる</b></font></p>

<p>ミステリーは好きじゃない、警察の話も好きじゃない、しかも370ページ２段組……と思って読み始めたけど、１行目から最後まで退屈することなく一気に読みました。事件そのものよりも、主人公の巻島たち警察やメディアで働く人の話がおもしろかった。中でも巻島の汚れを引き受けることを厭わない様がかっこいい。“正しい”だけの人も“悪い”だけの人もいなくて、誰もがどこまでが倫理でどこからが野心なのか判然としないグレイゾーンでせめぎあっているところが、「そうだよなあ」と共感できる。仕事ではじめて泣いた夜を思い出した。<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/miyasaka_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>宮坂琢磨</b><br />
（食生活の改善を目指し自炊をおこなうも、翌日からひどい下痢に。健康のためには命を賭けなければならないのか？）</p>

<p><font color=red><b>単なる警察小説で終わらない 様々な魅力溢れる娯楽小説</b></font></p>

<p>まず、劇場型捜査にという設定にしびれる。ニュース番組から犯人に語りかけるというこの設定、斬新だ！　マスコミという強大な化け物に堂々と対峙し、手なづける巻島の姿が、前半での醜態と対比され、思いっきり溜飲が下がる構造になっている。カタルシス！　しかも、巻島の犯人への語りかけがたまらなく格好いい。「[バッドマン]に告ぐ」から始まる犯人に向けての最後の語りかけは、何度も頭の中で反芻したほど。巻島だけでなく、彼を支える老刑事や、老練なニュースキャスター、チョンボの名を冠したダメ刑事など、多種多様な脇役が皆いい味をだしている。警察小説というジャンルでくくれないエンターテインメントの傑作と言える。<br />
<hr><br />
<img alt="ibushigin.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/ibushigin.jpg" width="569" height="30" /><br />
<table><tr><td align="center" width="150"><img alt="ibushi0411.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/ibushi0411.jpg" height="150" /><br />
<b>『光車よ、まわれ!』　<br />
天沢退二郎<br />
ブッキング <br />
2835円</b></td><br />
<td><big><b>これを読まずして、ファンタジーを語るべからず</b></big><br><div align="right"><b>岸本亜紀　　</b></div><img alt="kishimoto_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/kishimoto_new.jpg" width="100" height="100"  align="right">　ようやくというべきか、ついに復刊された不朽の国産ファンタジーの金字塔。私は子供のころ、この物語を毎日読んでいた。当時は箱入りで、三部作として売られていたが、やはりなんといっても「光車」のインパクトは強烈だった。舞台となる郊外の町や路地や製粉工場は、私が住んでいたかつての町の風景にそっくりで、子供心に反対側の世界がじわりじわりと世界の転覆を狙っているのがとてもリアルだった。向こう側との入口になっているのが路上にたまった水溜りだったり、お風呂だったり、学校の池だったりと超身近な場所だということが恐怖なのだ。『モモ』よりダークで、『ハリポタ』よりもハードな冒険物語。子供たちは老（賢）人に智慧をもらい悪と闘う。日本ならではの闇を描いた傑作ファンタジーである。<br />
</tr></tr></table></p>

<hr>
イラスト／古屋あきさ
]]>

</content>
</entry>
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<title>『ホムンクルス』1〜3巻 山本英夫 　小学館ビッグ　530円〜550円</title>
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<modified>2004-10-05T11:20:18Z</modified>
<issued>2004-09-05T17:25:23Z</issued>
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<created>2004-09-05T17:25:23Z</created>
<summary type="text/plain"> 　家もなく、仕事もなく、金もなく、一流ホテルと浮浪者の溢れる公園との間で、カー...</summary>
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://blog.mf-davinci.com/platinum/">
<![CDATA[<p><img alt="homncls.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/homncls.jpg" width="180" height="230" / align=right> 　家もなく、仕事もなく、金もなく、一流ホテルと浮浪者の溢れる公園との間で、カーホームレス（車上生活者）をしている名越進は、金髪、ピアス、タトゥーを入れた医大生、伊藤に声をかけられる。それは、報酬70万円で、頭蓋骨の額部分に穴を開ける“トレパネーション”の手術を受けないかというものだった。　　　　　　　　　　<br />
　手術を受けた名越は、伊藤の目的であるトレパネーションによって覚醒させられる「第六感」研究の被験者になる。手術後も変化の兆しはなかったが、そんなある日、街を歩く名越の左目に写ったものは……。<br />
　前作『殺し屋１─イチ─』同様、精神科医の名越康文氏を原作ブレーンに迎え、現代人の持つ心の闇を、緻密な筆と大胆な想像力でリアルに描きだす、意欲作。やまもと・ひでお●1968年埼玉県出身。弘兼憲史のアシスタントを経て1989年『ＳＨＥＥＰ』（竹書房、鷹匠 政彦／原作、山本英夫／画）でデビュー。同年『おカマ白書』（小学館）がヒットする。その後、『新のぞき屋』『殺し屋イチ』（いずれも小学館）など社会的な問題をテーマとして扱う作品を発表し、波紋を呼ぶ。現在は『ホムンクルス』（小学館）を『週刊ビッグコミックスピリッツ』にて連載中。</p>

<p>ほむら・ひろし●1962年北海道生まれ。サラリーマン歌人として、90年に歌集『シンジケート』（沖積舎）でデビュー。短歌界に衝撃を与える。歌集として『ドライドライアイス』（沖積舎）、『手紙魔まみ、夏の引越し（ウサギ連れ）』（小学館）などがある。他にも短歌入門書や絵本の翻訳も手がける。</p>

<hr>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/yokosato_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>横里 隆</b><br />
（本誌編集長。最近「これからはてくてく歩くのだ」キャンペーンを始めた。ひとりで。具体的に歩くだけでなく、気持ちもてくてく行ければと願っている）</p>

<p><font color=red><b>いびつで怖ろしい<br />
人の心を抱きしめて</b></font></p>

<p>10代の頃、人の心が見える眼鏡がほしいと真剣に願っていた。もしそれがあれば、関係性にビクつくことなく、堂々と生きられると思っていたから。しかし、果たして本当にそうなっていたか……。主人公・名越は、まさに人の心のカタチを見る能力を得た。眼鏡の代わりにトレパネーションという違法手術を経て。そうして彼は、人の心がいびつで怖ろしい形であることを知る。しかし、まるでモンスターにしか見えない“心が不安定な人々”を前に、名越は逃げない。逃げるどころか、ときに彼らを抱きしめ、共に泣き、心の安定に導く。たとえ自分の心が、アンバランスな相手の心に侵食されようとも。“見える”力は、自分のために使うものではなく、“見られる”側の人にとって活かされるべきものなのかもしれない。そうか、あの頃の僕には、眼鏡を手にする資格はなかったようだ。<br />
<hr></p>

<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/inako_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>稲子美砂</b><br />
（本誌副編集長。主にミステリー、エンターテインメント系を担当。）</p>

<p><font color=red><b>見えてしまう苦しみか、<br />
知ることで感じる優越か</b></font></p>

<p>頭蓋骨に穴をあけるなんて物騒なことをしなくても人の心が見える力を授けてもらえるとしたら、あなたはそれを選ぶだろうか。『ホムンクルス』を読むと、人を人として見られなくなるというリアルな恐ろしさを実感しながらも、見えるものの多種多様な異形ぶりに好奇の胸は躍る。考えようによっては神にだってなれるのだと。そんな設定だけに頼らずにストーリーも練りこまれていて、とにかく先が気になるマンガ。名越の過去は？　あの対決は？？？？？　３巻、とってもいいところで終わっちゃうんだもん。この先は『スピリッツ』買うしかないかと観念させられる。<br />
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<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/kishimoto_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>岸本亜紀</b><br />
（怪談、ミステリーを担当。日本唯一の怪談専門誌『幽』の第２号、12月刊行に向けて準備に入りました〜。みなさん、お楽しみに！）</p>

<p><font color=red><b>錬金術師や陰陽師が試みた<br />
神の領域を犯す禁断の物語</b></font></p>

<p>ホムンクルスというとゲーテの悲劇『ファウスト』に描かれたガラスの容器の中の生命体を思い出す。中世ヨーロッパの錬金術師が神の領域にまで踏み込んで作り出した生命体のそれだ。この作品の主人公・名越は錬金術的手術によって“心の闇をビジュアルとして視ることができる”能力を得たが、その“視えるもの”の形のバリエーションがなかなかに面白い。そこらの霊能者の霊視なんか比にならない。だが見逃してはいけないのは、ホムンクルスを視ることができるということは、自分がホムンクルスであることにほかならない。名越の抱える闇は何か。神の領域を侵して誕生したホムンクルスが、罪深いホムンクルスを救うことができるのか。反魂の術のようなマジカルな展開が楽しみな作品だ。<br />
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<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/sekiguchi_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>関口靖彦</b><br />
（つい昨日読み終えた、津原泰水さんの『綺譚集』が凄まじかったです。まさに目くるめくような文章。うつくしく、昏い幻想の海に溺れました） </p>

<p><font color=red><b>絵に打ちのめされる、<br />
マンガならではの快楽</b></font></p>

<p>次は何が現れるのだろう、どんな絵が目に飛び込んでくるのだろう。ページをめくる速度がどんどん上がっていく、その高揚感。ひとつの見開きを数秒で読み切ることができる、マンガというメディアならではの快楽だ。本作の魅力は、その一点に限っても相当のものだ。見たこともない怪しいものどもを、すぐ隣りにいるかのように生々しく描き出す画力あればこそ、この物語は誰をも圧倒する威力を持った。本を閉じてからも、折々に異形のものが脳裏に浮かび、自分の視覚が狂いだしたかの感覚。それは恐ろしく、そして心地よい。<br />
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<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/hatano_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>波多野公美</b><br />
（トロ･リサーチなど担当。この夏は舞台に大ハマリ。バレエ、ダンス、演劇、歌舞伎などなど。『盤上の敵』（原作／北村薫）が良かった！ ） </p>

<p><font color=red><b>現代のゆがみを緻密に描いた<br />
エンターテインメント寓話</b></font></p>

<p>現在３巻まで刊行されている、山本英夫の力作マンガである。３巻を読了しても、これはまだ物語の序章にすぎないと思わされる。それくらい、この先に待っている“何か”を期待させられる作品だ。主人公の転落を描く物語は多いが、『ホムンクルス』では、主人公の名越進は、転落しきった34歳の男。数カ月前は一流ホテルのドアマンに名指しで挨拶されるほどだったが、今、手元にあるのは107円だけ。みじめに落ちぶれたのに、プライドが邪魔してホームレスになりきれない名越の姿は、切なく哀しい。特殊な能力を得た名越は、新しい居場所を見つけられるのだろうか。今後に期待！<br />
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<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/iida_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>飯田久美子</b><br />
（この前、万引きしました。道端でガリガリ君を食べていたら、店員さんに声をかけられました。ボーっとしていてお金を払うのをすっかり忘れていたようです。自分が怖かった。そこまでガリガリ君を食べたいという自分の闇が怖かった）</p>

<p><font color=red><b>お化けや幽霊よりも、<br />
生きている人間のほうが怖い</b></font></p>

<p>怖かった。頭蓋骨手術をするところも怖かったし、医大生・伊藤の魔術師みたいな顔も怖かったし、ヤクザの親分も怖かったし、主人公・名越が見る幻覚（？）も怖かった。でも１番怖かったのは、名越がひとり車の中で、何かに憑かれたように東北弁でひとりごちているというか、うなされているところ。その怖さの正体は、たぶん名越の持つ闇の深さによるものではないかと思うが、まだ始まったばかりでわからないので、いっそう怖い。名越の闇は徐々に明らかになっていくのだろうか、気になる。あと、「作品中の『トレパネーション』は極めて危険な行為です。絶対に真似しないでください」っていう帯も怖かった。ついやっちゃったらどうしようと思って読み始めたけど、そういうものではなかったので少し安心しました。<br />
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<p><img alt="yokosato_new.jpg" src="http://blog.mf-davinci.com/platinum/archives/images/miyasaka_new.jpg" width="100" height="100" /><br />
<b>宮坂琢磨</b><br />
（健康診断で体力年齢32歳と診断される。まさか実年齢＋10の値がつくとは……。もう笑うしか ）</p>

<p><font color=red><b>僕は自分の心の闇を<br />
正視できるのだろうか？</b></font></p>

<p>『ホムンクルス』は山本英夫氏の以前の作品『新のぞき屋』と“心を見る”という点でよく似ている。『新のぞき屋』はのぞき屋である主人公“見”が、義眼を入れた左目から調査対象者の心の奥を見透かす、という話である。今作の主人公、名越も“左目”から、道行く人の、心の闇が形作る本性を見ることになる。『新のぞき屋』では対象の心の闇を最終的には言葉で説明していたが、今作『ホムンクルス』ではそれを、“わかりやすく”けれど僕たちには想像すらできないビジョアルで迫ってくる。<br />
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イラスト／古屋あきさ<br />
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