2008年10月01日(水曜日)
【国語】 筆記体
中学生になったとき初めて「英語」という学科を習うことになったが、そこで最初に覚えたのが筆記体だった。小学生のときの「ローマ字」では、小文字のアルファベットをブロック体で習った。どういうわけか、ローマ字は筆記体ではなくブロック体のようだ。人の名前になると、サインはほとんど筆記体だが、僕は自分のサインはブロック体で書く。英語もすべてブロック体で書く。筆記体はもう高校生のときにやめてしまった。大学受験でも、ブロック体で通した。
平仮名も、筆記体のように続けて書かれることがある。もともと、漢字を崩して書いたもの(草書体)が、平仮名になったらしい。縦書きでないとうまくつながらない。今では、こんな崩した文字を書いたら誰も読めない。「達筆」というのは「読めない文字」に限りなく近い意味になりつつあるのだ。
文字には、「書き順」というのがあって、それを学校で習う。大人になると、かなり大勢が書き順を勝手気ままに変えてしまい、自分流で書いている。僕も自分の名前にある「も」を横棒から書く。2005年の12/12に同じ話題があるので参照のこと。当時、書き順が文字認識で重要なファクタになる、と書いたけれど、時代が進み、今はあまり関係がないみたいだ。となると、結論としては、「どうだって良い」ということか。そもそも、文字を書く機会なんてなくなった。裸足で歩けなくなったのと同じで、嘆くようなことでは全然ない。
おそらく、英語も、人間が手で書いたものがどんどん減少していくだろう。外国人の友人から来る手紙は、タイプかワープロだ。ときどき手書きのものがあっても、半分はブロック体である。筆記体は絶滅するのではないか。