2008年07月23日(水曜日)
【理科】 こんなこともできないの?
僕が子供の頃は、身の回りのものの仕組みがだいたい一般人にも理解できるぎりぎりの時代だった。技術は発展し、たとえば、真空管がトランジスタになりICになった。壊れたメカを分解しても、もうどんな仕組みで動いているのかわからないものばかりになってしまった。
ただ、こうした技術進歩の時代に生きてきた人は、ほとんどのものの基本をおぼろげながら知っている。かつては、自動車だってボンネットを開ければ、そこにある機械の意味がわかった。おもちゃだって、ドライバがあれば直せるものが多かった。たとえば、電波というものがどんなものか、アンテナの向きを変えたりして調整した経験がある人には、おおよそ把握できただろう。少なくとも、携帯電話しか知らない世代よりは、理解できたはずだ。計算機が登場し、プログラムができるようになり、パソコンが登場する。記憶媒体も、テープからディスクになり、ついにそれも消えていった。最初は電話でつながっていたインターネットは、光になり無線になり、どこでも知らないうちに自動でつながるようになった。
リモコンで遠くから操作ができることが当たり前になる。技術が成熟した社会に生まれた世代には、「理屈」というものが欠落している。どういったメカニズムでそれが成り立っているのか、ということを意識する必要がない。これはまちがいなく幸せなことであるけれど、理屈の存在を知らないことで、技術は魔術と等しい存在になる。可能なことと不可能なことの差が曖昧になってしまう。
技術を教える立場で感じるのは、技術的に何ができないのか、何が難しいのか、という判断が苦手な若者が多い、ということである。僕らの世代が「え、こんなことができるの」と驚くのと同じくらい、若者は「え、こんなこともできないの」と驚くようである。