2008年06月07日(土曜日)
【HR】 自由にネット配信しても良い?
雨の合間の晴天。朝は、長袖のシャツでも寒く、カーディガンも必要。日中は、Tシャツでもいられる。母屋は温度変化が少ないが、ガレージはほとんど屋外と同じなので、服装に気をつけている。
スバル氏が東京へ出かけていったので、早朝駅まで送った。可哀相なパスカルを遊んでやった。
![]()
いろいろ細かい仕事が入っている。映画のパンフのためのメール・インタヴューの回答を少しだけ書いた。ヤングサンデーからはゆうきまさみ氏へのメッセージを頼まれた。とりあえず、今日は機関車の運転をする予定を返上して(というか、これは欠伸軽便鉄道の業務と判断し)、「庭園鉄道趣味」のゲラに集中し、65%まで読んだ。もしかしたら明日終わるかもしれない。小説だったらこんなに集中できないだろう。いずれにしても、健康に悪い。
ラジオ出演の依頼があり承諾した。これは8月。あと、翻訳の仕事も引き受けることにした。いずれも、仕事というよりは、好奇心の方が強い。それはそうだ。コストパフォーマンスでいえば、(今の僕の立場では)小説を書くのが圧倒的に効率が高い。残念ながら、あるいは、ある意味喜ばしいことだが、もうお金を稼ぐ必要はなくなったので、仕事としての効率には興味がなくなった。
![]()
面白いメールが届いた。20代後半の方だそうだ。ネットで自分の書いた文章を販売しても良いのか? 出版社を通さなくても違法ではないのか? という質問だった。その方が言うには、もしそんなことを許してしまったら、本の価格破壊が起こり、作家にも読者にも利益になるから、あっという間に普及するはずだ。そうならないのは、なにか法的な規制があるのではないか、という疑問である。
そんな規制は全然存在しない。だから、たとえば森博嗣が、今後の自著をすべてネット配信に切り換え、1作を200円で売っても良いのである。定価1000円の書籍が10万冊印刷されれば、印税で約1000万円がもらえるが、200円で配信すれば、購入者が半分の5万人でも、同じ利益が得られる。読者は5分の1の出費で読めるのだから喜ぶだろう。こうなることによって不利益を被るのは、出版社、印刷業、流通業、そして書店である。ただし、5万人もに配信するシステムも管理する費用は馬鹿にならない。人を雇う必要も生じるだろうから、ここまで極端には値段を下げられないだろう。
また、これからデビューする作家は、最初からネット配信をしても、まったく売れないはずだ。名前を売る方法を考える必要があり、そういった広告費用がかなり大きくなるだろう。
![]()
残念ながら、あるいは、ある意味喜ばしいことだが、今の僕には興味がない。一言だけいわせてもらうなら、ネットの普及は僕の見込みよりも10年遅かった。だから待ちきれず、当時の僕は出版社に原稿を送ってしまったのだ。
【理科】 バイオ燃料とエコ
バイオエタノールについては、1年以上まえになるが、2007年4/29の【理科】で、どちらかといえば否定的な意見を書いた。当時はまだ、大勢が期待の目でバイオ燃料を見ていたし、「バイオ燃料」という言葉は、良いイメージしか人々に与えていなかった。僅か1年で、これほどまでに劇的に悪いイメージになってしまったことが、僕にはむしろ不思議である。
どうやら、食料危機に関係があるのか否か、という議論に帰着するようだ。関係ないと主張している人たちは、いったい何にその穀物が使われていたと言いたいのだろう? 人間の食料にならなくても、家畜の食料にはなっていたのではないか。その場合は結果として同じことだ。また、食料になっていなくても、やはりほとんど同じである。
また、これまでは、それだけの穀物を育てるだけ育てて消費しなかった、と言いたいのだろうか? もしその状態を基準にするなら、燃料として使うことで二酸化炭素は排出されるから、その分、地球環境への負荷が増大するわけで、この燃料は全然エコではなくなる。そういうことを書きたかった。まえの文章を再読してほしい。すなわち、僕はバイオ燃料(あるいはその技術)が無駄だと言っているのではなく、「特別に(救世主といえるような)エコではない」と書いただけだ。
二酸化炭素排出量の取引きも、食料も、なにもかも投機の対象になった。資本社会が経済的に達成しつつあるから、投機で儲かるものがどんどん減ってきたためだ。発展する過程で儲かる時代が終わった、とみんなが認識する必要がある。自由主義経済では解決できない問題に直面しているとさえ思える。EUがやっている排出量の取引なんて、あんなもので環境問題が解決するなんてことは絶対にない。単に価値観を芽生えさせるキャンペーンに過ぎない。価値を知るだけでは削減はできない、という道理を考えればわかるだろう。これって、【社会】かな?