2008年05月03日(土曜日)

【体育】 危険なスポーツ

 スバル氏が、「ハンマ投げ」と「やり投げ」について、「あんな危ないものを、子供が学校でやるわけでしょう? なんか考えたらいいのに」と苦言を呈していた。たしかに、今どき「槍か?」「弓矢か?」みたいな気は少しする。
 しかし、そういう見方をすれば、野球のバットだって危ない。ゴルフのクラブはもっと殺人的だ。スポーツで誤って人を殺してしまった、という事故はけっこうあるのではないか。闘牛を見て、「あんな危ないことしなくても」と思う人は多いだろうし、日本古来の祭りでも、「怪我人が出ない方がおかしい」なんてものは珍しくない。もちろん、やりたい人が覚悟のうえでやるのは良い。けれど、関係のない人まで巻き込まれるのは問題だし、それが普通の中学や高校で行われているとしたら、「大丈夫なのか?」という心配も一理ある。
 どうして、もっと剣玉とかお手玉とか、怪我をしにくいものがスポーツにならないのか不思議だ。それはたぶん、スポーツの多くが「戦い」を模擬しているし、戦闘能力を鍛えるために生まれたことに関係しているだろう。「平和の祭典」なんていっているが、元を辿れば、そこはかとなく戦争ムードなのだ。
 しかし、これはスポーツに限らない。多くのゲームが、戦略的なものを模擬している。それは、現代のゲームでも同じで、内容は全然平和的ではないものがほとんどだ。
 もちろん、それが悪いわけでは全然ない。まったく問題ない。気をつけてやりましょう、というだけ。
 普通の人がいきなり真似をしたとき、一番危ない(ように見える)のは、スキーのジャンプではないだろうか。あれって、着地のスロープをもっと低く伸ばしたら、いくらでも、何百メートルでも、飛び続けることができると思う。2分くらい滞空していたら、凄いだろうなあ、と思いながら観ているのだが、あまりにも危険すぎるか。

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