2008年05月08日(木曜日)

【HR】 4回めでやっと成功

 ちょっとだけ曇っているかな、という天気で、昨日よりは多少涼しい。27℃くらいかな。体調は良い。
 レディ・マドキャップの試運転がしたいので、さきに仕事を片づける。「MLA10」のゲラを最後まで読んだ。それから、あとがき1500文字を書いた。推敲は後日。本のサブタイトルも決めた。今回の羽海野チカ氏のカバー・イラストは裁判官のコスプレ。
 まず、再塗装をしたオレンジの15号機を組み直す。これに1時間くらい。外に出して、ターンテーブルのところで駅長パスカルと一緒に記念撮影。

 そして次は、いよいよレディ・マドキャップ。3回の試運転で不具合が特定でき、そこを直したので、今日は上手くいく確率が高い。まず、ガレージから40mくらい押していき、高架線で、機関車の下部からナットを締め直した。再びガレージの駅まで押して戻り、石炭を入れて火をつけ、スチームアップ。
 圧力が高まったところで、バルブを開けると、給油機が正常に作動し始めた。良かった良かった。やはり佐藤さんが作ったものだから、この装置に不備があるなんてことはないわけで、僕の工作が悪かったのだ。今日はポンプも快調だし、ついでに直しておいた蒸気漏れの箇所もぴたりと止まっていたし。

 給油機を調整しながら走り続け、メインラインを20周くらい連続運転をした。オイルがよく回ったのか、エンジンも滑らかになった。いうことなし。それにしても、ここ1週間くらいはとても面白かった。問題を解決すると、何故こんなに楽しいのだろう。
 運転は完璧だったが、試運転が終わってから機関車の煤掃除をしているとき、鉄骨で自作したブリッジに頭をぶつけて、こぶができた。とにかく、子供のときから変わりなくそそっかしいのである。

 3時に講談社のO村氏が「τ」のゲラを取りにきてくれたときは、まだ頭が痛かったので、保冷剤で冷やしながら話をした。グラマシーニューヨークのケーキをいただいた。血糖値が上がってまた元気になる。
 夕方はスバル氏とダイエーへ買いものに。今日はとにかく、機関車が上手く動いたことが嬉しい。こぶを差し引いても、素晴らしい一日だった。

【体育】 体重の変化

 僕は1年でだいたい5〜6kgくらい体重が増減する、と何度か書いているが、ここ1年ほど、かなりの頻度で体重を測って、変化の様子を観測してみた。冬は重くて夏は軽い、というくらいしか把握していなかった。たぶん、12月くらいが一番重くて、6月が一番軽いだろう、程度の曖昧な自覚だった。だから気温や日照時間のようにサインカーブで変化していると想像していたのだが、実は全然違った。
 体重が増えるのは、秋から春にかけてで、半年くらいかかって少しずつ増える。2月くらいが一番重いみたいだ。その後、3月半ばくらいから軽くなる。そして、わずか1カ月半ほどで5kg落ちるのだ。5月にはもうすっかり躰が軽くなっている。体重の1割が減るので、かなり実感できる。これはたぶん、汗をかくような気候になると減る、ということだと思う。ということは、水分の差かな?
 もう30年くらい、ほぼ同じサイクルだ。現在の体重は30年まえと同じだし。
 冬は活動的でなくなり、あまり出歩いたりしないが、たまに出かけると、躰が重いなとわかる。夏は暑いけれど、活動的になり、汗をかくから軽くなる。特に夏だからといって、沢山食べることもないし、お腹が減るということもない。
 食べる量は、夏も冬も一定だ。これがまずいのだろうか。野性の動物は、夏の方が沢山食べるものがあるわけで、冬はカロリィの摂取も減るはずである。それを見習って、冬はカロリィを控えめにすれば、だいたい同じ体重が維持できるかもしれない。まあ、同じである必要も特にないのだが……。
 そうそう、ズボンはジーンズしか穿かないから、夏も冬も同じものである。夏はぶかぶかで、冬はぎりぎり、というものばかりだ。


2008年05月07日(水曜日)

【HR】 ジャンルと自信家

 今日も6時に起きて、パスカルを散歩に連れていった。爽やかで朝から気持ちが良い。パスカルも絶好調。
 「目薬αで殺菌して」を4000文字書いて、113%で完成。この手直しはたぶん来月。「MLA10」のゲラは80%まで見た。明日には終わりそう。いろいろ片づけて、次は「ジャーロ」の連載「ZOKURANGER」の第3話を書く予定。できれば1週間くらいで片づけたい。
 午前中に、ネット購入で昨日届いた苗40鉢を庭に植えた。それから車で出かけ、スバル氏と駅で待ち合わせる約束をメールでしつつ、僕はハンズへ材料の買い出しに。目当てのものはすぐに見つかって、あとは道具をまた幾つか購入。スバル氏と会ってから地下街で食料品を買い、車の中でサンドイッチを食べながら帰った。パスカルは大喜びだったが、嬉しくて僕にも飛びついたので、スバル氏としてはちょっと不満。
 ハンズで買った材料で工作をしてから、デッキでまた吹き付け塗装をした。アクティブな日だ。夕方も庭掃除をしたり、雑草を抜いたり。日が長くなったので、活動時間が取れる。

 小説を読む人というのは、「ジャンル」に拘るのだろうか。作者はたぶん、どちらかというと、「ジャンルを越えよう」「今までになかったものを書こう」としているものと勝手に想像しているが、しかし編集者は、カバーやオビに必ずジャンルを書きたがる。たとえば、恋愛小説だとか、コメディだとか、ファンタジィだとか、ミステリィだとか。そして読む方も、最後まで読んで、「こんなの○○じゃない!」と怒ったりする人がいる。この場合、そのキャッチを書いた編集者に怒っているのかな? だって、作者は「さあ、○○を書こう」とジャンルを目指して書いてはいないかもしれない。さあ、どちらだろう?

 僕は、人から自信家だと認識されることがたまにあるけれど、それはまったくの誤解で、全然自信家ではない。そもそも、締切ぎりぎりになっても仕事に手をつけない奴の方が、ずっと自信家だし、少しくらい約束を破っても、そんなに悪くは思われないだろう、と高を括っている奴の方が自信家である。
 自信が持てないから、綿密に計算し、できるだけ手順を考え、着実に進めることにしている。将来について予測ができるのは、自信があるからではなく、無理のない計画を立てているだけのことだ。
 自信を持っておすすめできるようなものもないし、10年さきまでだいたい計画は立てているけれど、はたして生きていられるかどうか自信はない。歳をとったからではなく、これは20代のときでも、30歳まで生きている自信はなかった。
 また、「強がり」も言ったことはない。強がるよりは、強くなるように綿密に計算をして、態勢を整え、攻撃や防御のシステムを築く方が、僕には不安が少ない。だって、「強がり」っていうのは、わりと弱いでしょう? これもやはり、強がるだけの自信がないからだと分析できる。

【社会】 ホームセンタ

 ホームセンタというものは、僕が子供の頃はなかったと思う。あったかもしれないが、近所にはなかったし、話を聞いたこともない。当時、既に食料品を扱うスーパはあった。商品が並んでいて、それを自分で籠に入れてレジへ持っていく、という店はスーパ以外にはなかった。
 商店街には、雑貨屋や金物屋などがあって、これが、現在のホームセンタが扱う商品(の一部)を売っていたように思う。僕は工作が好きだったので、金物屋さんへはよく行った。ネジなどを買ったりしていた。1本2円、みたいな売り方だった。
 就職して三重県へ行ったのは1982年であるが、このとき、初めてホームセンタなるものに出会った。農作業に関係するものが多かったように思う。お百姓さんが多いから、田舎にはこういう店があるのだな、と思ったのだが、あっという間に都会や、その近郊にも沢山出店し始めた。最初の頃は、まだけっこう小さい店があったけれど、これはスーパも同じで、とにかく大きなところが勝つようだ。どんどん大型化していった。
 ホームセンタが扱うDIY関連の商品で、道具類は金物屋にあったけれど、材料の方は、たとえば、木材なら昔は材木屋へ行かなければ買えなかった。つまり、素人が買うようなものではなかったのだ。知り合いの建設業者か大工さんにお願いして分けてもらう、といった入手方法しかなかった(僕は実家が建設業だったので、木材に関しては恵まれていた)。
 ホームセンタは、電気店、家具店、薬局、文房具店、園芸店などが扱っていた商品を売っている。ないものは、食料品くらいではないか、と思われるほどだ。ただ、自動車がない人は多少利用しにくい。歩いていけるところにあっても、荷物が大きくて重い。
 この10年くらいは、本当にお世話になっている。ただ、だんだんネットで購入する割合が増していることも事実だ。眺めて回り、そこにあるものの中から選ぶより、一番欲しいもの、最適のものを求めることができるからだ。10年後にはどうなっているだろう?


2008年05月06日(火曜日)

【HR】 塗装と試運転&試運転

 朝日が眩しくて6時に目が覚めた。スバル氏がいないので、パスカルが寝室の前で姿勢良く座って待っていた。まず朝ご飯をやって、それから散歩に連れていった。爽やかな朝だ。
 機関車で早く遊びたいので、仕事を一気に片づけた。「α」は8000文字書いて、完成度109%。ようやくエピローグになったので明日で終わりそう。「MLA10」のゲラは50%まで見た。3カ月に1度、こうしてゲラを読むことで、自分の日記を再読するわけである。本にならないのなら、絶対に読み返したりしない。それどころか、そもそも絶対に書かない。子供のときから、日記なんて続いたためしがないのだ。

 仕事が終わったのが9時半。まずは、デッキで塗装。コンプレッサを使って、ウレタンを吹いた。再塗装をしている機関車だが、最初はボイラだけ塗り直す予定だったのに、結局すべてを塗り直すことにした。色や艶が微妙に違うのが気になったため。

 さて、次はレディ・マドキャップの試運転。スチームアップして、2度めの挑戦だ。今回は、蒸気漏れを直したので、それは問題なかったものの、やはり予想どおり給油機が作動しない。パイプが詰まっている疑いが濃厚になった。ポンプの調子も悪いので、ひとまず火を落とす。
 ここで休憩して、ゲラを読んだ。
 午後からまた奮起して、石炭を燃やす。3度目のスチームアップ。上手くいかないことはわかっているけれど、条件を変えて、原因を特定するためには実験するしかない。デッキへ上がる高架線路まで機関車を持っていき、線路の下から、機関車の中へ手を入れて、配管のナットを外した。どこまで圧力が来ているか試すためだ。結局、最後はあるパイプが原因だと特定できた。ここを直せば解決するだろう。

 プログラムをしていたときと似ている。上手くいかないからといって、考え込んでいるよりは、上手くいかない様子を、何度も条件を変えて観察することが大事だ。これをやっても上手くいかない、これを変えても同じか、では、これを変えたらどうだ? という具合に。バグを探す作業というのは、プログラミングの一番の醍醐味だと思う。追い詰めていく過程はとてもエキサイティングだ。
 夕方もパスカルの散歩。今夜もスバル氏がいない。昨夜はカレーを作って食べた。今夜は焼きそばを食べよう。こういう食生活が僕は全然苦にならない、なんて書いたら、ありがたみがわからない人だ、とまた叱られそうだ。この「ありがたみがわからない人」というのは、親父がそうである。その血ということか。人の親切は嬉しいけれど、べつにないならないで、まったく気にならない、寂しいとは全然感じない、というふう。言葉にすると刺があるなあ。もっと、さっぱりしているのだけれど。小説くらいの文字数を使って書かないと、説明できないかも。

【理科】 バッテリィ

 バッテリィというのは電池のこと。2006年2/26の【HR】で少し書いた。
 電池には種類が沢山ある。単1、単2〜という大きさの違いもあるし、またマンガン電池、アルカリ電池など、材料が違うものもある。値段もいろいろで、もの凄く安いものもあれば、同じ大きさで同じボルトで同じように使えるものなのに、ずっと高いものもある。だいたい、高いものほど長持ちするのだが、しかし中身が見えるわけでもないし、テスタで確かめるのも面倒だし、選ぶのは難しいところだ。
 一番安いのは、マンガン電池で1.5V。それより少し長持ちするのはアルカリ電池で、ボルトは同じだけれど、値段がやや高い。それから、ボタン電池と呼ばれているものもあって、これはまた違う種類だ。これらに共通するのは、なくなればそれでお終い、使えるのは1度きり、という点。
 一方では、充電できる電池がある。たとえば、自動車に搭載されている鉛蓄電池などは、充電しながら使えば、何年も持つ。たいてい12Vだ。重いし、小さいものは作りにくい。逆さまにすると液漏れする(しないものは高い)。乾電池がどうして「乾」なのかというと、この液体が入った電池と比較してつけられた名前なのだ。
 僕が子供の頃に、乾電池でも充電できるものが開発された。現在一番多いのはニッカド電池だろう。これは1.2Vで、電圧はやや低いけれど、内部抵抗が少なくて沢山の電流を流せる。つまりパンチ力があるので、パワーを必要とするものによく使われる。その後、ニッケル水素電池とか、リチウム電池なども登場して、パソコンや携帯電話などに広く使われるようになった。小型軽量なわりに、容量が大きいのが特徴。
 ラジコン飛行機やヘリコプタをモータで飛ばす場合、電池の性能がキーになる。僕が見てきた40年ほどで、電池はもの凄く性能アップした。ざっと感覚的に表現して、10倍くらいはパワフルになっているだろうか。


2008年05月05日(月曜日)

【HR】 眠くなるとき

 GWは雨は降らないという予報だったが今日は一日中雨だった。理由は、スバル氏が出かけたからだ。
 朝からパスカルが察知して、もう心配そうな顔をしている。呼んでも来ない。気もそぞろである。9時頃に、スバル氏を駅まで送っていった(パスカルではなく僕が)。やはり、そのあと大雨になった。
 小説の仕事を片づける。「α」は6000文字書いて、完成度101%。どうかな、もう終わると思うけれど……。「スカイ・イクリプス」2校を最後まで読み、「MLA10」のゲラは30%まで読んだ。そういえば、またページ数を少し減らせたようだ。「節制するブログ」と呼んでほしい。
 工作は、ガレージで細かい作業。本当は今日は、レディ・マドキャップの試運転をする予定だったけれど、雨で延期。

 午後、少し小降りのときに、パスカルの散歩にいった。パスカルは歩かず。帰ろう帰ろうとする。でも、途中で柴犬に出会って気合いが入ったらしく、なむなむ言いながら歩いていた。
 今日は少し寒いくらいだった。一日中なんだか眠かった。寝不足ということはなくて、きちんと睡眠時間はとっているが、眠いか眠くないかは、睡眠時間には無関係だ。ただ、眠いときに眠ることができるのは、健康に良いと思う。躰に逆らわないことが健康法なのでは、と思う。でも、眠くなっては困るときももちろんある。
 模型を作っているときに眠くなることはまずない。でも、模型の本を読んでいると眠くなる。小説を書いていて眠くなることはないが、小説を読んでいるとときどき眠くなる。講義をしていて眠くなることはないが、講義を聴いていると必ず眠くなる。ようするに、インプットすると眠くなるようだ。ものを食べた場合にも当てはまる。
 商品を売る人は眠くならないだろう。即売会などで売り場に座ったり、バイトをしたことがある人はわかるはず。でも、商品を見て回り、買おうとしているときは眠くなる。オークションの画面を見ていると、僕はすぐに眠くなってしまう。これも、インプットをしようとしているからだろうか。

 乗り心地の良い高級車は、ドライブしていると眠くなる。ミニクーパとかポルシェは眠くならない。足が硬いからだ。モビリオは、最初からオプションでスポーツサスペンションにしてもらった。まえのモビリオを運転していると頭が痛くなったからだ。硬いサスのおかげで今は頭痛はしないし、眠くもならない。

【算数】 ロート

 ロートは、漏斗という日本語だから「ろうと」と平仮名で書くのが正しい。でも、レンガやメガネみたいに、カタカナ表記が多い(ここまで【国語】)。円錐を逆さまにした形で、下に穴があって管が続いている。小さい口の容器に液体を入れるときに使う道具だ。
 お風呂の底の栓を抜くと、お風呂の水が流れ落ちる。このとき、どんなスピードで水は流れるだろう。たとえば、水が半分の深さになるまでの時間と、残り半分がなくなる時間は同じではない。それは、お風呂が深いときの方が、水が流れるスピードが速いからだ。だから、急いで水を抜きたかったら、湯に人が浸かっている方が短い時間で落ちる。
 つまり、容器の深さによって、出口にかかる水圧が決まり、この水圧が、出口から水が流れる速度を支配している。同じ水量のものでも、縦長で深い容器の方が水が早く落ちる。
 水の深さは、流れ出る水量によって変化(減少)する。その流れ出る速度が、水の深さによって変化(減少)する、という相互関係である。数学的には、微分方程式が成立し、これを解くと水位変化曲線が得られる。
 円柱のロートと円錐のロートを比べてみよう。体積が同じで、深さが同じ円柱形のロートと、逆さまになった円錐形のロートにいっぱいに水を入れる。最初は深さが同じだから、流れ出る水のスピードは同じだ。しかし、同量の水が出た場合、円柱の方が速く水位が低くなる。したがって、次の瞬間には、円錐形の方が水が早く流れ出る。水が早く落ちるため、いずれは水位が追いつき、両者は再び同じ深さになる。このときには、水の残量は円錐形の方が少ない。その後は、円錐形の方が水位が低くなり、流れ出る速度は逆転して、円柱の方が速くなる。さて、最終的にはどちらのロートがさきに水がなくなる?


2008年05月04日(日曜日)

【HR】 穴あきジーンズ

 昨日より少し涼しい爽やかな晴天。GWに雨が降らないなんて珍しいのでは。
 朝はまず庭で水やり。パスカルは毎日毎日同じことで飽きもせず遊ぶ。趣味の幅が狭いな。まあ、犬のことはいえない。
 「α」は5000文字書いて、完成度95%に。「スカイ・イクリプス」2校は7/8まで見た。明日終わる。「MLA10」のゲラも10%ほど読んだ。4月に出た3冊の感想がメールで沢山届いている。感謝。

 昨日塗料を剥がしたものを、今日は再塗装。デッキでウレタンを吹いた。先週、ホームセンタでデジタルのキッチン秤を購入したので、それを使って重さを測りながら塗料を調合した。少量でも誤差がなく混ぜられるので、一気に沢山作らなくても良いから便利。3月に花粉のために購入したマスクが余っていたので、それをして作業。でも、風があったし、マスクも汚れなかったから、必要なかったかも。
 飛行機の塗装は、重くならないように、と気を遣うのだが、機関車は重量についてはまったく気にしなくて良くて、この点ではとても気楽。飛行機を作るときも、一番難しい工程は塗装だった。プラモデルもそうだし。
 昨日、塗装剥がしをして疲れてしまい、夕方ぐったりしていたのだが、冷蔵庫にアイスクリームがあったから、それを食べたら、急に元気になって、またやる気が出てきた。暑かったこともあって血糖値が下がっていたのか、と気づいた。今日も、アイスクリームを食べようかな、と思ったけれど、そんなに疲れていないし、躰も軽いので、やめておく。こういうのは、冷凍温存。

 今日穿いているジーンズは膝に穴があいている。ファッションではなくて、長く穿いているから、自然にすり切れたのだ。スバル氏に話したら、「捨てたら?」と軽く言われた。でも、汚れる仕事をするときは適しているしな、と毎日穿いている。つまり、毎日汚れる仕事をしていたりするのだ。こういう穴があいたジーンズはほかにもあって、どういうわけか、必ず穴は左の膝である。どんな癖が自分にあるのだろう、と考えてみたが、不明。
 模型には「ウェザリング」という技法がある。塗料が剥げていたり、錆びついていたり、煤や油で汚れている感じ、ようするに「使用感」や「風化」を再現することだ。新品の模型を汚して古く見せるのである。これがファッションとして普及するのでは、と昔僕は予想していた。ジーンズを色褪せさせたり、ほつれさせたり、穴があけたりものが、その後やはり流行った。自動車をぼこぼこに凹ませるとか、アクセサリィを錆だらけに見せるとか、もう少し幅があっても良いように思うけれど。

【国語】 文字の大きさ

 ワープロで文字の大きさが自由に変えられるようになったのは、つい最近のことだ。ほんの10年ちょっとまえまで、まだ「倍角」なんてやっていた(Macは最初から文字サイズが可変だったけど)。
 ネットの文章は、比較的簡単に文字サイズが変えられる。個人のブログなんかを見ても、強調のために大きな文字を使う人は多い。そういう僕も、HP「浮遊工作室」の「近況報告」のページを見てもらえばわかるが、文字サイズが不統一なこの「賑やかな文章」が好きな方だ。かつての日記は、ボールドを多用した。今は、その名残が「機関車製作部」のレポートにある。このMLAで、それをやめたのは、シンプルな方が読みやすいという人が多数だったからだ。
 強調したいときは、かつてはアンダーラインや傍点などが使われた。カラーの時代になると、文字色を変えて強調することが増えた。文字サイズを変えることは、読み手の方に抵抗があったものと思う。でも、だんだん増えつつあることは確か。読みにくいという人がいる一方で、読みやすいという人も増えているみたいだ。
 今後は、「動く文字」がどんどん増えてくるだろう。踊っていたり、揺れていたり、回っていたり、各種のパターンが考え出されて、さらに目まぐるしく賑やかになることだろう。「鬱陶しい!」と年寄りは感じるにちがいないが。
 強調以外にも、たとえば人の会話などで、大声のときはサイズを大きく、囁くときは小さく、というテクニックも面白い。そんなこといちいちやっていられないかもしれないが、非常に直感的な気はする。既に常用している作家はいるだろうか。


2008年05月03日(土曜日)

【HR】 苦労なんて簡単

 日射がクリアな晴天。29℃くらいあった。風が爽やか。世間はGWらしい。緑地公園にいるのか、右翼の宣伝カーが流しているらしい「燃えよドラゴンズ」が風に乗って微かに聞こえた。
 朝はパスカルと水遊び。とにかく、散歩よりも水遊びがしたいみたいだ。でも、スプリンクラは嫌いだ。

 午前中に小説の仕事を片づける。「α」は5000文字書いて90%まで。「スカイ・イクリプス」2校は5/8まで。「MLA10」のゲラが届き、羽海野氏の表紙イラストも見せてもらった。ゲラ校正とあとがきは締切が7日と言われたが、少々無理なので、I子氏にお願いして14日にしてもらった。たぶん、9日くらいにはできるだろう。僕の場合は、9日にできる仕事は、14日の締切でちょうど良い。誰かが突然死んで葬式があるかもしれない。病気になるかもしれない。それくらいの余裕は必要だ。「庭園鉄道〜」のごく一部のゲラも届いた。調整が必要な部分だけ。全体は後日とのこと。この仕事にかかれるのは2週間後くらいか。

 スバル氏の買いもので、車を運転し、駐車場で待つ間にゲラを読んだ。風が気持ち良く、仕事に適した環境だった。
 昨日、機関車の試運転が不調だったので、それを直して再挑戦、とも思ったけれど、デッキで塗装剥がしを始めてしまった。GWは天気が良さそうなので、また塗装をしよう、そのまえに剥がそう、というわけである。つまり、再塗装の準備。3時間くらい、ひたすらヘラで塗料を削ぎ落とした。長時間続けたので、手(握力の筋肉)が疲れた。

 こういった単純作業は大好きだ。先日も書いたが、僕は24歳で国立大学の助手になった。技官や事務官ならば残業手当があるが、助手から上は教育職なのでこれがない。教授から依頼された仕事をする場合もあるけれど、基本的に自由で、出勤簿もなければ、勤務時間という意識もない。
 なにもしなければ、なにもしないで過ぎていく。だから、教授から仕事が来ると、それが嬉しい。「やることがある」という状況は、考えなくて良いし、ただこなせば成果が出る。精神的にとても楽な状況だ。
 毎日毎日、今日は何をするか、自分で考える。明日は何を、明後日は何を、来年は何を、10年後は何をするのか、全部自分で決めて、そしてそのとおりに実行する。実行できたかどうかを見ているのも自分以外にいない。誰も怒らないし、誰も褒めてくれない。こういう仕事を「苦労がない」と言う人もいるだろう。たしかにそうかもしれない。しかし、それだったら、苦労があった方がずっと精神的に楽だ、と僕は思う。

 苦労なんて簡単だ。苦労するものがあれば、それをやっていれば、ノルマを達成したり、時間が過ぎたりして、ちゃんと「終わる」し、終わったら、評価もされる。苦労を与えられることは、幸せな状況だ。まるでゲームのように。
 僕は、土日も祭日も、お盆もお正月も休まなかった。仕事が終わることなんてない。苦労をした覚えもない。何に苦労をすれば良いのか、いつも考えていた。自分に問わなければならなかった。何をするべきか? どうやってするのか? 何故するのか? はたして価値はあるのか?
 そういうわけで、塗装をひたすら剥がすような仕事、ヤスリで金属を削るような仕事って、ただ没頭していれば、ちゃんと「終わり」が来る。それだけでも癒される。奇跡的に楽しい仕事だと感じてしまうのだ。

【体育】 危険なスポーツ

 スバル氏が、「ハンマ投げ」と「やり投げ」について、「あんな危ないものを、子供が学校でやるわけでしょう? なんか考えたらいいのに」と苦言を呈していた。たしかに、今どき「槍か?」「弓矢か?」みたいな気は少しする。
 しかし、そういう見方をすれば、野球のバットだって危ない。ゴルフのクラブはもっと殺人的だ。スポーツで誤って人を殺してしまった、という事故はけっこうあるのではないか。闘牛を見て、「あんな危ないことしなくても」と思う人は多いだろうし、日本古来の祭りでも、「怪我人が出ない方がおかしい」なんてものは珍しくない。もちろん、やりたい人が覚悟のうえでやるのは良い。けれど、関係のない人まで巻き込まれるのは問題だし、それが普通の中学や高校で行われているとしたら、「大丈夫なのか?」という心配も一理ある。
 どうして、もっと剣玉とかお手玉とか、怪我をしにくいものがスポーツにならないのか不思議だ。それはたぶん、スポーツの多くが「戦い」を模擬しているし、戦闘能力を鍛えるために生まれたことに関係しているだろう。「平和の祭典」なんていっているが、元を辿れば、そこはかとなく戦争ムードなのだ。
 しかし、これはスポーツに限らない。多くのゲームが、戦略的なものを模擬している。それは、現代のゲームでも同じで、内容は全然平和的ではないものがほとんどだ。
 もちろん、それが悪いわけでは全然ない。まったく問題ない。気をつけてやりましょう、というだけ。
 普通の人がいきなり真似をしたとき、一番危ない(ように見える)のは、スキーのジャンプではないだろうか。あれって、着地のスロープをもっと低く伸ばしたら、いくらでも、何百メートルでも、飛び続けることができると思う。2分くらい滞空していたら、凄いだろうなあ、と思いながら観ているのだが、あまりにも危険すぎるか。


2008年05月02日(金曜日)

【HR】 試運転は不調

 昨夜、ほんの少し雨が降ったようだ。朝から曇り空。パスカルがとても元気で、庭で鳥を追いかけて走る走る。しかし、スプリンクラを回すと、元気がなくなってしまう。
 今日は機関車の試運転をする予定なので、早めに小説の仕事を片づけた。「α」は5000文字書いて85%まで。「スカイ・イクリプス」2校は3/8まで読んだ。映画の関係で取材の申し込みが2つ来た。ぎりぎりになって来るのだ。普通なら断るところだけれど、しかたがないか。

 レディ・マドキャップをスチームアップするためガレージから出す。まず、灰受けを取り外して、前回の灰を落とした。これをするときは、機関車を持ち上げないといけないが、片方ずつ上げて、レンガを差し入れ、浮かせるのである。
 蒸気圧はすぐに上がって、運転が可能になった。今回は新しく取り付けた給油機のテストである。しかし、配管の一部から軽微な蒸気漏れがあった。そのまま試験を続行したが、どうも油が上手く送れない。蒸気漏れのせいかどうかはわからない。圧力を変えたり、方々のジョイントを外してチェックをした。エラーがあるときは、できるだけ多い条件でデータを集め、原因を推理する必要がある。
 走るのに支障はなかったので、5周ほど庭園を回った。ほかには不具合はない。しかし、ガレージに戻ったあと、ポンプも不調になった。こちらも分解して確かめる必要があるか。
 というわけで、課題を残した結果だった。仕事が増えてしまったが、ちっとも上手くいかないから、こんなにのめり込んでいるともいえる。

 そのあと、電気機関車に殺虫剤を載せて走り、庭を見回った。昨日いなくなった毛虫がまた出てきたので、退治できた。やはり昼間は出てくるのだ。殺気を感知して逃げたわけではなかった。
 疲れたので、昼寝も30分くらい。体調は悪くない。
 夕方も庭で高い犬の声がする。子犬でもそんな鳴き方はしない、という声だ。これは、パスカルが水で遊んでいるときの声である。スプリンクラは駄目だが、ホースで水を出すと、ハッスルのスイッチが入る。

 そういえば、国会で議長を部屋へ入れないという実力行使をした党がある。何だろう、長年の負け組に染みついた下品さだろうか。いくら正しいことを言っていても、行動がこれでは馬鹿馬鹿しく見えてしまう。税金を道路ばかりに使うのと同じくらい、エネルギィの使い方を間違えている。そんなことをさせるために、国民は投票をしたのではないだろう、と僕は思うがいかがか。

【社会】 長続きしなければエコではない

 エコバッグをスバル氏も使っている。しかしそのバッグ、いつまで使えるのだろう? 1つのバッグで何年も持ち堪えられるだろうか。重量物を運ぶので、すぐに壊れそうだ。壊れなくても、新しいデザインのものが欲しくならないだろうか。短期間で取り替えてしまったら、それはもうエコバッグではない。少なくとも1年くらいでは元が取れないように思われる。
 そもそも、マイバックなんか買わないで、あのポリ袋を何度も繰り返し使えば良かったのではないか。どうして新しいバッグが必要なのか? 何故そんなものをわざわざ作ったのか? それを作って売る姿勢が、全然エコではない。
 割り箸は自然破壊だから自分の箸を持ち歩く、という運動がかつて流行った。そのために新しい箸が売れた。その箸を今でも持ち歩いている人がどれだけいるだろう? 
 環境に優しいハイブリッドカーも、最低でも購入したら10年以上は乗り続けなければ意味がない。新しい車を買うよりは、古い車にずっと乗り続けることの方がエコだ。住宅だって、新しく省エネハウスを建てるよりも、古くなっても住み続けることがエコである。
 省エネやエコを売りものにしている商品に飛びつくことは、結局は地球に優しくない。とにかく、新しいものを買わない。そして新しいものを作らない。必然的に、経済はどんどん低迷する。この不況こそが、エコだし、地球に優しい。
 環境を考えるうえで、最も重要なことは「維持」や「持続」であって、「導入」や「刷新」ではない。「ビジネスチャンスになる」という発想自体が、既にエコではない。


2008年05月01日(木曜日)

【HR】 毛虫もお家へ帰る?

 一日曇り空で気温も上がらず、25℃前後。屋外でも過ごしやすいので、庭仕事を沢山した。鋸で木の枝を切ったり、ハサミで剪定をしたりした。スバル氏とホームセンタへも行き、久しぶりに苗を買った。これからの季節に備え、虫対策の品々を購入。
 小説の仕事は午前中に片づけた。「α」の執筆は4000文字進んで完成度80%まで。「τ」のゲラを最後まで読み、引き続き「スカイ・イクリプス」の2校ゲラは1/8まで読んだ。「MLA10」のゲラは少し遅れるとの連絡があった。しかし、これらはすべて5月前半が締切。このうえ、「ジャーロ」の連載もある。 

 ガレージでは、色を塗り終えた機関車の組立て作業に没頭。今回、塗料を替えて塗り直したのは耐熱性アップのためだったが、とても綺麗なので、ほかの部分も全部新しい塗料で塗り直したくなった。塗ることは簡単だけれど、剥がすのが大変なので、やるとしたら1週間はかかる。でも、たぶんやり直すことになるだろう。給油装置を取り替えたレディ・マドキャップの試験も、明日か明後日に行う予定。
 夕方は涼しかった。バキュームで落ち葉や種を拾った。明日はデッキの掃除をしよう。そうそう、昼間に沢山毛虫が集まっている枝を見つけて、スバル氏も悲鳴を上げていたが、殺虫剤を買ってきたので退治しようと思ったら、もういなかった。枝の葉を食べ尽くし、先に集まっていたのだが、そこで立ち往生していたわけではなく、ちゃんと夜はどこかへ帰っていくのだな。やっぱり動物って馬鹿ではないな、と感心してしまった。

 スプリンクラが300円で売っていたので、買ってきた。芝の真ん中に置き、水で回してみた。パスカルが遊ぶのではないか、という期待があったのだが、パスカルは近づかず。まあ、予想どおりといえば予想どおり。その近づかない様を見て、心和みたかったために買った300円。
 写真は、映画「スカイ・クロラ」のグッズで、箱の方はティッシュ。ボールペンの方は傾けると飛行機が中でスライドしていく。どうしたら手に入るものかは知らない。

 スバル氏は、自分が嫌いな芸人が少しでも画面に登場すると、そのチャンネルを即座に換えてしまう。ほかの人(たとえば僕)がTVを見ていても気にしない。しばらくすると、またそのチャンネルに戻して、「もう大丈夫かなぁ」と覗いたりするのである。その間だけ、目を瞑るとか、耳を塞ぐとか、はっきり言って、TVから自分が離れてしまえば良いと思うのだが……。

【理科】 理科ができる奴

 数学ができる奴に比べると、数学以外の科目ができる奴というのは、べつに特別でもなんでもなく、ごく普通の人である。たとえば、理科ができる奴というのは、単に「ああ、好きなんだなぁ」というふうに見られるだけで、微笑ましくはあっても、凄さというものはない。社会ができる奴も同じで、「そんなに勉強しなくても……」と苦笑してしまうくらいだ。ようするに、オタクっぽくなってくるだけで、能力的にどうこうという差異は感じない。むしろ性格的な差異を感じさせるわけである。数学以外では、唯一語学ができる奴だけは、ちょっと「才能かな?」と思うことがある。英語がぺらぺらくらいでは駄目で、10カ国語くらいが書けて(しゃべれるくらいでは普通)、新しい言語もたちまちマスタする、みたいな人がいるのだ。あと、5教科以外の、体育、音楽、美術などは、やはり才能的な差異を感じる。だから、数学と語学は、運動神経と同じような差異があるのだろう。
 理科の場合、オタクっぽさでいうと、やはり筆頭は地学だと思う。なにしろ、先生がとびきりオタクだった。鉱物を愛してやまない感じで、化石を部屋の棚に並べていたら、重さで家が傾いたという話をされていた。しかも、嬉しそうに……。
 次が生物ではないだろうか。でも、地学ほどではない。不思議だ。そして、化学や物理になると、そんなにオタくっぽさも感じなくなる。どうしてかというと、アピールする機会がそもそもないし、密かにそれができる奴がいたとしても、周りに気づかれない。「あ、あいつ、そうなの」くらいの感じで、普通の人が、実は物理マニアだったりする。しかも、電気が好きだとか、試験管が好きだとか、かなり狭い範囲に特化されていることが多い。
 そういうわけで、理科ができる奴というのは、そんなに書くほど面白いわけではないのだ(書いたけど)。

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