2008年05月09日(金曜日)
【HR】 砂上の楼閣
曇り空。朝は、スバル氏と一緒にパスカルの散歩にいった。パスカルは一所懸命歩く。樹々が生い茂っていた。出かけるまえに、燃えるゴミを4袋出したのだが、カラスが来るかもしれないので、生ゴミが入った1袋は樹の陰に隠し、あとの3袋を見えるところに出しておいた。散歩から帰ってきたら、出してあった方を突いた跡があった。スバル氏は「カラスって馬鹿だねぇ」とご満悦である。
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水やりをしたが、周囲を走り回るパスカルの動画撮った。草取りもした。
朝からケーキを食べる。昨日いただいたグラマシーだ。美味しかった。血糖値が上がって、小説の仕事をする。「ジャーロ」の連載を1000文字だけ書いた。完成度は4%くらいか。今月末に出る「銀河不動産の超越」のカバーやオビのゲラが来たので、これもチェック。
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明日と明後日が雨の予報なので急きょ機関車を運転することにした。連日である。やはり血糖値のせいか。昨日写真を紹介したオレンジの機関車を運転。この15号機は、4年ほどかけて作った機関車で、昨年の春に完成したもの。今回は再塗装しただけである(色もまえと同じ)。
お昼過ぎに、中央公論新社のN倉氏が来宅。「スカイ・イクリプス」の2校ゲラを取りにきてくれた。映画関連の今後の予定や、7月のトークショーの打合せをした。「スカイ・イクリプス」のノベルス版を今年の11月に出すことになったとか。6月に出るフィギュア付きBOXセットは、既にそれぞれ1000を越える予約が入っているそうで、現物もないうちから予想外に好調(僕が予想した数字より2倍は多い)。そのフィギュアの実物を初めて見せてもらった。金属製だからずっしりと重い。写真を撮っておくけれど、青い方はキャノピィ前の反射防止の黒に塗り間違いがある(もちろん発売時には修正される)。あとは、映画関係の取材予約が幾つか。
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市民講座の応募は現在400弱。すべて返信メールを24時間以内に送っている。これが来ない人は、メールがこちらへ届いていないと考えて良いので、再送を。僕はまだ1つも読んでいない。
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こういうメールがときどき来る。「先生の小説を読んで、ふと思いついたことがあります。もしかして、○○は××ではないかと。そして、もしそうだとすると、△△とは矛盾をしますし、どうしても、▲▲でなければならなくなります。したがって、やはり□□は■■という結論になってしまいます。僕のこの推理にどこか間違いがあるでしょうか?」
まあ、返す言葉もないのだが、サービスとしてこう答える。「砂上の楼閣って、ご存知でしょうか?」
【国語】 鈍っていく言葉
既に書いたとおり、「ちょー嬉しい」や「美味しすぎ」という言い回しは、最近では単に「とても嬉しい」「非常に美味しい」という意味でしかない。強調しているだけである。もともとは、前者は「超」であり、後者は「過ぎ」だ。これは、適切なレベルをオーバしてしまった状態を意味した表現である。たとえば、「超自然現象」というのは、「とても自然な現象」ではなく、「超能力」も「とても能力がある」ことではない。この従来の使用法だと、「超嬉しい」は、嬉しさを通り越して、もう素直には喜べない、気持ちが悪いくらいでむしろ嫌だ、という意味になる。また、同様に「美味しすぎる」というのも、現在の年寄り世代には、美味しさを通り越して、無闇に食べてはいけない、なにか躰に悪影響のある味だ、という意味に受け取られかねない。若い世代には、本来のその意味を知らずに使っている人が見受けられる。
それは、まあ、べつに良いのだけれど……。
このように、言葉というのは、表現がどんどん過激になる。逆にいうと、その言葉の持っていたもともとの意味は、しだいに控えめになっていく。オーバにオーバに言う方が面白いから、誰かが使う。すると、それをみんなが使いだし、普通の表現になってしまう。こうして、言葉は「鈍っていく」のである。鈍ってしまうからこそ、さらに鋭い表現が欲しくなり、よりオーバなものが使われることになる。例を挙げるなら、「非常に」も「とても」も「絶対」も「凄く」も、今では、多少強調しているだけで、「ありえないくらい」ではない。「ありえないくらい」も、全然ありえる範囲になった。
この逆に、もともとの意味よりも、オーバになっていく表現はないだろうか、と考えた。まえに書いた「微妙に」とか、あるいは、「ちょっとねえ……」などは、今では「かなり」に近い。でも、鈍くなる例ほど多くはないようだ。