2008年04月29日(火曜日)

【国語】 国語の先生

 先生シリーズの最後。国語の先生は普通の社会人だった。担任になったのも、国語の先生が多い。次が英語の先生だったかな。
 漢文の先生だけは少し変わっていた。もう60歳を越えたおじいさんで、いつも腰に白い手拭いをぶら下げているのだが、朝は、若い女性が赤いフェアレディで彼を送ってくるのだ。校門で目撃した生徒が沢山いる。「あれは誰なんだ?」という話が広まった。まあ、順当なところでは「お嬢さんだろう」くらいだったが。ほかの先生にきいてもわからなかった。
 この漢文の授業は非常に面白く、僕は国語の中ではだんとつに漢文が好きだった。なにしろ、言葉に切れがある。ようするに美しい日本語というか、鋭い日本語は、こういうところから生まれたのだな、といった感じがした。次に好きだったのは、古文である。試験はまったくできなかったけれど、古文を読むのは大好きで、作文を古文で書いたことがあるほど、真似をしたりもした。だけど、漢文の方が凝縮されている印象で、やはり歴史の長さが違うな、と思った。
 先生に関しては、特にどうという特徴もなかった。そうそう、沢山のクラブに入ったけれど、その顧問も国語の先生が多かった。ワンゲル部もそうだったし、高校のときの漫画同好会も国語の先生が顧問だった。運動部の先生が理系が多かったのと対照的だった。クラブの顧問の先生の家へ遊びにいったことも何度かある。国語の先生というのは、そういう「友達になりやすさ」を持った人が多かったのだろうか。それとも、国語を学ぶことの意味はそこ(たとえばコミュニケーションとか)にあるのだろうか。

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