2008年04月27日(日曜日)
【HR】 僕の社会経験
新幹線に乗って東京へ。午前中は浜松町で鉄道模型のフリーマーケット。1時間買いものをした。10個くらい買っただろうか。わりと面白いものが多かった。
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お昼に、講談社のK北氏と会い、喫茶店で打合せ。レイアウトがまだ確定していないものの、ようやく「庭園鉄道趣味(仮題)」のゲラができてきた。全ページフルカラーで楽しい本になりそうだ。ただ、少しページ数が多すぎるので、もう少しコンパクトに収めてもらうことにした。隙間を埋めるために書き下ろす部分も多く、そういった作業がこれからある。なんとか予定どおり7月に出したい。
短編集の打合せも少し。僕は講談社で普通のハードカバーの本を出したことがない。箱入りしかないのだ。今回はどちらかというと、普通のハードカバーが良いな、という希望は伝えておいた。でも、これは出版社の意向もあるし、読者の希望もまた違うだろう。自分の意見を強く推すものではない。
「スカイ・イクリプス」の2校ゲラが戻ってきた。現在「τ」を見ているところなので、これのあとになるが、締切が押しているため、少しピッチを上げて見なければならない。ゲラ読みって、執筆より目が疲れるからなあ……。
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僕は今50歳だけれど、民間の会社に勤めた経験は一度もない。ずっと国家公務員だった。大学の先生は下積みみたいな期間がなく、最初からいきなり管理職といえる。助手だって、もう残業手当はつかない。学生と教授の間で、中間管理職みたいなものだ。企業や官庁の人とのつき合いも多いけれど、みんな偉い役職の人ばかりである。
だから、社会的な経験が一般的な社会人とは違っている。苦労がない、というふうに見られがちだけれど、管理職の経験を若いときからするはめになり、いきなり責任のある立場になるようなものだ。助教授は、もう教授とほぼ同等になるから、企業でいったら、部長くらいの感じで、事実上「上司はいない」といっても良い。首を切れるのは大臣だけだ。すべての決定権があるし、また、大学運営のほとんどすべてが見える立場になる。
ずっと、自分は「世の中を知らない」と思い込んでいたけれど、最近になって少し考えが変わった。むしろ、組織というものを非常に見やすい立場にいるのではないか、と。組織の問題点も見えるし、人間関係や利害関係や、あるいは人間の欲望、醜さが、非常に日常的に観察できる立場なのだ。こういう経験は、会社であれば55歳くらいになり、相当偉くならないとできないかもしれない。大きな組織では、なおさらそうだと思う。
そういった経験が「良かった」なんていうつもりは毛頭なくて、幸運でも不幸でもない。ただ、「見た」というだけだし、今はもう二度と見たくない。
【社会】 社会の先生
先生シリーズ第3弾。
社会の先生は、ほとんどお寺の住職さんだった。学校がそういう伝統のところだったからだ。だから、さすがに落ち着いた感じというか、いかにも穏和で人間ができているような、バランスの良い大人が、僕の社会の先生に対するイメージである。
社会は、最初は地理と歴史の2つだったと思う。歴史は、日本史と世界史で先生が違っていたから、3人いたのかな。僕は社会が不得意で、まったく良い点が取れなかったけれど、とにかく勉強といったら、社会の勉強ばかりしていた記憶がある。テストの前日だけだけれど……。ほかの科目は勉強するようなことがなかった(というより、なにをすれば良いかわからなかった)からだ。
だから、ノートを書くのはほとんど社会だし、テストの前にもノートをもう一度書いて、なんとか覚えようとした。残念ながら、まったく記憶できない、というか、どうも頭がそういうふうにできていなかったようである。
地理のO先生の授業は変わっていて、毎回、生徒が10人くらい、黒板を使って少しずつ先生をするのである。O先生はそれを見ているだけで、間違っていたら訂正し、多少補足をする、というだけだった。自分の順番が回ってくる日には、ちゃんと予習をしていかないといけないので、とても嫌だった。しかし、教えた日にやった分はちゃんと覚えられたので、あの教育方法は、なかなかのものだとは思った。