2008年04月20日(日曜日)

【HR】 塗料剥がしのうちに

 日曜日だというのに、東急ハンズへ。塗料関係で探しものをした。探しものは2つ見つかった。しかし、まえは置いてあったものがなくなっていたので、帰宅してからネットで注文することにした。
 東京と比べると、もう名古屋は暑い。明日の予報は25℃か。冬は寒くて夏は暑いこの地だが、どこかに同じ気温になる季節があるはずだ。それは桜が散った直後くらいだろうか。少なくとも桜までは名古屋の方が寒いのだから。

 パスカルはダイエットがもう効いてきたのか、かなり活発に動くようになった。単にお腹が空いているため懸命に訴えているのかもしれないが、スバル氏の訳では「お庭でお水をまだやっていませんよ」だったりする。
 デッキで2時間ほど塗料剥がしをした。ただ、無心に塗料をヘラで剥がしていたのだが、こういう手作業に没頭できる時間は、本当に好きだ。まえにも書いたが、ヤスリをかけているときも良い。座禅と同じだと想像する。

 昨日の押井氏から聞いた話。アニメ作品を作るためには何百人もの人が関わる。その中で、全体を見通している人は監督を含めごく僅かで、多くの人は自分の作業に没頭している。これは、社会の多くの仕事でほぼ共通しているパターンだ。僕の場合、小説は1人だし、研究でもそういったチームで進めるものでは少なく、せいぜい多くて2、3人というレベルだったから、必ずプロジェクトの全体像が見えていた。だが、一般の仕事はそうではない。全体は見えないのだ。そういう場で、いかに人は個人の動機を維持し、目標を定め、そして完成したものにどう満足するのだろう、という話を押井氏とした。たとえば、僕の素朴な疑問は、「どうしてもっと大勢が監督になろうとしないのか」というものだった。
 おそらく、プロジェクトが大きすぎる場の中では、そうなるのだと思う。とても全体までは意識は回らない。自分の仕事の範囲をきっちりと決めてもらいたい。その限定された中で最大限の努力がしたい。そして、目標とはプロジェクトの成功や完成度ではない。参加できたこと自体に充実感あり、自分が担当した仕事に対する満足感を求めるのだ。つまり、目標は「上手くなること」だという。これは、大いに理解できる。そういった志は、いかにも職人気質だし、ある意味「武士道」でもある。僕は好きだ。もしかしたら、僕もそのタイプだと思う。
 ところが、研究者の場合、不具合はある。そういう人材は院生や助手のときは、大変良い働きをするのだが、研究者として独り立ちしたときに困る。自分の内に完成度を求めるため、外向けの仕事として方向が定まらないのだ。
 明らかにどこかで、ころりと視点が変わるようなものではないので、最初から、監督になる人材と、それに従う職人的人材がいるのだろうか。
 塗料を剥がしているときは、剥がすことに一所懸命で、その仕事が楽しい。けれども、ときどき思い出したように、時刻のことを考え、このさきの段取りをしている頭が、僕の内にある。

【算数】 70億

 髪の毛を繋いでみたり、本を積んでみたり、ときどき計算したくなる。
 世界の人口は約67億人で、現在1年で約8000万人ずつ増えている。100年まえには、20億人程度だったので、3倍以上になっている。そのまえの100年でも2倍になっているから、200年で6倍以上になった。
 世界の人々が手を繋いで横一列に並ぶと、約100億mの長さになり、これは1000万kmだから、地球の赤道上を250周する長さ、あるいは月まで13往復半の長さになる。1ページに70人の名前を載せても、1億ページが必要だから、0.1mmの厚さの紙でも、500万mm=5000m=5kmの厚さの名簿になる。
 飲料水は、1人が1年で1tonくらいで充分らしいが、実際には、そのほかの生活用水で100tonほど消費しているし、また、食料を作るために必要な水までカウントすると1人が1年で1000tonも必要だそうだ。こんな生活をしているのは先進国だけであるが、もし世界中の人がこのような水の使い方をすると、7兆tonの水が1年で必要になる。これは容積にすると、7000km3になる。地球上の水は、だいたい14億km3あるので、単純に割り算すると、20万年分はある。しかし、この水の大部分は海水であり、海以外の水は僅かに3%程度。さらに、空気中にあったり、地下にあったり、南極や北極の氷だったりするので、実際に人間が直接利用できる水は、なんと0.0001%だといわれている。ということは、100万分の1なので、結局、0.2年分しかない。つまり2カ月ちょっとしかもたない計算になる。200年まえの人数だったら、なんとか全員が豊かな生活ができたかもしれないが、現在の人口では難しい。

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