2008年04月19日(土曜日)
【HR】 「スカイ・クロラ」を観た
このところ、天気は週末になると回復している。庭園は緑が生い茂り鬱蒼とした感じになってきた。ハーブがみるみる勢力を拡大している。森家では、ハーブは「こんもり」と呼ばれている。
昼過ぎに銀座の天賞堂へ行く。中古品も新製品も含めて、欲しいものはなかった。雑誌を1冊買ったのみ。天賞堂で模型不買記録を更新中。
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夕方、五反田で長女M氏と待ち合わせ、中央公論新社のN倉氏も合流し、近くのスタジオへ。長女M氏は仕事柄、そのスタジオに来たことがあるとのこと。ロビィに古い大きな映写機が展示されていて、沢山のダイアルゲージで微調整をする機構が面白かった。ここで、押井守氏の最新作「スカイ・クロラ」の試写会が行われるのでやってきた。そう、もう完成したのである。
N倉氏からは、6月から文庫のカバーとしてかけ替える映画バージョンのデザイン案を見せてもらった。ちょうど、西尾鉄也氏がいたので、絵を描いた本人に確認をしてもらえた。5種あった異なる案から1つを選んだ。
今日の試写は最初ということで、観客は製作に関わったスタッフがほとんど。以前、作業現場で見かけた顔が沢山。それから、草薙水素の声を担当した菊地凛子氏も来ていたのでお話ができた。シートに座ったら、すぐ前の席が音楽の川井憲次氏だったので、これまたお礼が言えた。
2時間の映画を極上のオーディオで鑑賞することができた。本当に良かった。出来栄えは期待どおり、素晴らしかった。僕はシナリオを一昨年に拝見しているから、ほとんど知っていたわけだけれど、そんなことは観ているときは忘れてしまったし、終わったあと、カメラを向けられてインタビューされたけれど、「アニメになったことを、どう思われましたか?」という質問で、初めて「ああ、そういえば、アニメでしたね」と思ったほどだった。映画を観ている最中は、これが映画だとか、アニメだとか、そして自分が原作者だとか、まったく意識にはない。それどころか押井守の作品だということも忘れて観ている。それくらい、その世界に入るのだ。
落ち着いてから、一言感想をいうならば、やはり、監督の力というか、制御というか、極めてクールに仕上がっている。その世界観は、驚くほど原作に近い、と感じた。そうか、そういえば、これは自分の作品が原作だったんだな、としばらくしてから思い出した。そうじゃなかったら、もっともっと褒めたいところだが……、これくらいにしておこう。
2回めの上映をするというので、もう一度観ようと思ったけれど、スタッフの食事会に誘われて、そちらへ移動。近くのお店で韓国料理。押井氏はもちろん、菊地氏も川井氏も西尾氏も、みんな一緒だ。そうそう、ここで小説家の乙一氏と会って握手をした。それから、試写2回めを観終わった樋口真嗣監督も現れた。「隠し砦の三悪人」を撮ったばかりだが、四季シリーズやGシリーズのカバーデザインをしてもらっている樋口氏と同一人物。
席は隣が押井氏と奥田誠治氏(プロデューサ)だった。押井氏からは、また面白い話がいろいろ聞けた。アニメ業界の裏話などなど。向かいの席に、映画の中で、フーコ、クスミ、ユリの声を担当した女性3人が並んでいて、ユリの声の方は、ウルトラ警備隊のアンヌ隊員その人だ、とあとでお聞きした。かなり話をしたのに、まったく気づかなかった。どうか、お知り合いでここを読まれた方は、この不覚の失礼を森博嗣が恥じていた、と彼女にお伝え願いたい。
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写真は、関連グッズの一部。ストラップは3種類あって、前売り券を買うともらえるそうだ。「前売り券を3枚買って、3種類をゲットしました!」というメールが既に沢山届いている。うーん、こんなに早くチケットの前売りをするものなのか……。知らなかった。
【国語】 英語と国語
小学生に英語を教えることになったそうだ。かなり以前から提案されていたことではある。「国際化」が叫ばれたのは、いったい何十年まえのことだっただろうか。しかし、この頃の若者を見ると、海外の文化に憧れたりする人は、割合としては減っているように思う。それだけ、日本が居心地の良い国、もしかして美しい国になったのかもしれない。
英語を少し習ったり、あるいは数年間外国で生活したり、といったくらいのことで身につく英語力は、まったくスペシャルなものではないから、それでたとえば同時通訳ができるとか、難しい交渉や契約の作文ができる、といったレベルにはなれない。そんなスペシャリストは、けれど、大勢は必要ないのだ。
たとえばの話、海外へグループで出かけていって仕事をするとき、全員英語が堪能であるに越したことはないけれど、英語のスペシャリストである必要は全然ない。そもそも、なんらかのコンテンツをその人間が持っているから海外へ派遣されるわけであって、そちらのスペシャリストであることの方が重要だ。そして、そのグループに1人だけ英語のスペシャリストがいれば充分である。
国際化というのは、外国へ遊びにいっておしゃべりをすることではない。世間話ができて楽しんでもしかたがない。世界に通用するなんらかの技能を持っていることがまず第一条件であり、そういう人材を育てることが、国際化指向の教育だろう。したがって、技術も英会話も平均的な人よりも、技術か英会話のいずれかが優れている人材が必要といえる。という観点から、大学に入ってから進路が分かれるような今の教育は、多少スペシャリストを育成する期間が短いと感じる。
小学生にまで英語を教えることは、いろいろ議論があるとは思うけれど、日本語以外の言葉の存在を知ることで、言語が単なるメディアであり、その表現に対する客観的な見方を意識させることに価値がある、と僕は思う。そして、この意味では、英語に限らず、幾つかの外国語を教えても良いと思うし、それを国語の学科の中に取り入れるべきだとも考える。