2008年03月27日(木曜日)
【社会】 無差別殺人に対する防御
たまに新聞を読んだりTVを見るときがあって、世間の話題を体感する。
「誰でも良かった」という理由で人を殺す人間がいて、その種の犯罪が起こると、マスコミが大きく取り上げる。しかし、そういう人間は、そうやってマスコミに取り上げてもらいたいから犯行に及ぶのである。「最後に一花咲かせよう」という考えなのだと想像できる。「八つ当たり」というのは、一種の甘えであって、他人に依存した非常に社会的な行動と分析できる。
もう10年もまえから何度も繰り返し書いてきた。この種の犯罪を抑制するためには、犯罪について報道を制限することが必要だと思う。すなわち、加害者の顔写真を公開したり、その生い立ちを紹介したり、親族にインタビューしたり、という報道をしない方が良い。犯行後に自殺をして、遺書を残していても、それを一切報道しない方が良い。何故なら、それらをしてほしいから事件を起こしたのであって、加害者の夢をマスコミが叶えてやっていることになる。
銃の乱射が頻発している某国では、既にそういう見方から報道を制限し、無闇に加害者の情報を出さないようにしている。報道すれば、加害者は「してやったり」と達成感を抱くだろう。なによりも、そういったことに憧れ、「自分もあんなふうに光の当たる場に立ちたい」と考える予備軍的な人間を煽るような真似をしないでほしい、と思う。
マスコミは考えるべきである。マスコミは、こういった事件がもっと起こってほしいのか、それとも、もう起こらないでほしいのか、どちらなのか? 是非とも自問してもらいたい。