2008年03月21日(金曜日)

【音楽】 セピア色の歌声

 有栖川です。もう五日目ですか。
 二日目から四日目まで、学校の想い出話になりました。科目別に話題を考えたせいでしょう。最終日は音楽の授業について、ノスタルジックに書くことにします。体育もからめて。
 学校では、色々と意に沿わぬことを強いられます。私は、できないと判っているのに跳び箱をやらされるのが嫌でした。水泳が苦手なのでプールも嫌い(泳ぐ以前に、濡れることが嫌い。猫科ですね)。小学六年ぐらいから算数にうんざりし始め、版画を彫ったり(絵を描くのは好きでした)ラジオを作ったりするのもノー・サンキュー(森さんとは大違いですね)。まあ、学校はそういうところで、人生は甘くありません。
 ある時、学校でやらされることで最も不愉快なのは何か、と考えてみました。もちろん、人には得手不得手がありますから、答えは人それぞれでしょう。条件つきで考えなくてはなりません。私が出した結論は、「音痴が歌わされること」でした(それにしても音痴というのはきつい表現ですね)。
 学校の先生はアレをやれコレをやれと迫ってきますが、できないものはできない。私は鉄棒の逆上がりもできませんでしたが、「挑戦したけれど無理だった」というところを見せればすむので、精神的な痛痒はさして感じませんでした。
 歌は事情が違いそうです。音痴なクラスメイトがいました。音程がまるで取れず(すべての音がラ)、みんなが笑ったりからかったりしたわけでもないのだけれど、テストではつらそうでした。今、彼がどうしているか知りませんが、カラオケに誘われるのを迷惑がっているのでは、と想像します。
 私はというと、音楽の時間は気分転換ができるので好きでした。さしてうまくなくても歌うことは楽しい。テストの時は、気持ちよく歌い上げました。人間にはおかしな習性があって、「照れくさいわ」「そんな気分じゃねーよ」と思っていても、いったん歌いだしたらみんな真剣になります。だから歌のテストを見るのは面白かった。友だちが一人ずつ前に出て、大真面目で個性がにじんだパフォーマンスをする、という儀式ですからね。体育のテストはつまらない。できない者は一様にできないだけだし、私みたいに最初からふてている。
 懐かしいですね。高校の歌のテストでは『愛の賛歌』を熱唱したこともあります。先生が関西歌劇団のバリトンで、いい声をしていました。それにしても、みんなで『愛の賛歌』とは。笑いますね。男子校ですよ。
 ほんの雑談でしたが、これで特別講義はおしまいです。鼻歌とともにフェイドアウトしましょう。皆様、さようなら。ご機嫌よう。

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