2008年03月17日(月曜日)

【国語】 言葉の出入り

 有栖川有栖です。お招きいただき、モリログにお邪魔します。五日間、どうかお付き合いください。
 初日は国語にしました。テーマは言葉の出入りについて。出入りというのは、新しい言葉が生まれたり、古くなった言葉が消えていったりすることです。森博嗣さんと私には、「助教授」を探偵役にしたシリーズを書いている、という共通点がありますが、この「助教授」が学校教育法の改定に伴って、あれよあれよという間に「准教授」に変わってしまいました。言葉に出入りが生じたわけです。
 言葉は生き物ですから、新陳代謝は必然です。しかし、世の中には意図して「自分が新しい言葉を創ってやろう」と考える人がいます。自然科学で新しい事実や知見が見出された場合、発見者・発案者による名づけが行なわれるのは当然のことです。が、社会科学や人文科学の場合は、そうとは限らない。生煮えの仮説を提示した上で「私はこれを×××と呼んでいる」なんていうのを聞くと、「いい気なもんだ」と鼻白んでしまいます。本人は「このタームが流行ったらいいな。定着するとすごいなと」思っているのでしょうけれど。
 本当に「いい気」になれるかどうか試してみましょう。マスコミを通じて広まり、ある程度の期間、新語として流布しそうな言葉を二つ考えました。
 その一。安全性を欠いた工業製品や農産物を輸出したり、毒性を帯びた黄砂を撒き散らしたり、資源を確保するため他国(たとえばスーダン)の政情を混乱させたり、このところ中国発のトラブルが増えています。中国政府の責に負うものもあれば、大きな国が急速に発展することで生じる悩ましさもあるでしょう。それやこれやをひっくるめて、「私はこれをチャイナ・ハザードと呼んでいる」。
 その二。人口減少社会に突入したというのに、まだ「道路や橋を作ってくれ」「空港や新幹線を」と求める声があります(無論、中には必要なものもあるでしょうが)。利用者も税収も減少することが目に見えているのに。そのうち「新しいものはいらないから、せめて今の道路を維持させてくれ」となりそう。そんな事態が予想されるので、言葉を用意しておきましょう。「私はこれを維持苦と呼んでいる」。
 ……実際に流行らないと、いい気にはなれませんね。
 そうそう。国際化が進み、海外からの移民の子供たちの増加が見込まれていますが、教育の現場では、言語の問題をどう解消するかがすでに課題となっています。ある言葉の出入りが避けられないでしょう。将来、「国語」の授業の呼び名は「日本語」に改められると思います。

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