2008年03月15日(土曜日)
【HR】 頭の良い悪い
晴れ渡った。気温も19℃まで上昇。昨日の雨のおかげか、あちこちで新しい緑が広がっている。
「スカイ・イクリプス」第8話の手直しが終了。編集部へまとめて発送した。非常に珍しいことだが、yorimoに連載していたときと、引用文を変更することにした。こんなに長期間かけて作品を書いた経験がないためだろう。書いているうちに、当初の予想と若干違う空気になったため、バックグラウンドミュージックを変更する、というような感じ。「カクレカラクリ」のゲラは30%まで見た。今年の最初の大仕事が終わったので、明日はオフにしよう。
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庭で少しだけ機関車を走らせたが、遊ぶよりも作りたい、と思う。これは、飛行機で特に感じる。天気の良い日は、つい飛ばしにいきたくなるけれど、結局は工作をしている方が楽しいのだ、とあとになってわかる。せっかくの天気だから「遊ばないと損だ」という気持ちがあるわけだが、これはやはり間違っている。せっかく旅行で遠くへ来たのだから、観光スポットを回らなくては損だ、みたいなのも同じだろう。珍しいシチュエーションになると、つい「今しなければ」という強迫観念に襲われるのが人情である。仕事じゃないのだから、そんなにチャンスをものにして「得」を稼ぐ必要などどこにもないのだ。
工作室で3時間ほど過ごした。相変わらずの作業。実に面白い。今日は、大阪の佐藤氏から新しい装置が届いた。機関車のポンプだ。これを取り付ける工作を、明後日くらいから始めよう、と思う。
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僕は、「頭が良い」という表現をわりと使う方だ。これは、どういうことを示すのか、と少し考えてみた。というのも、「目が良い」のように数値として簡単に表すことができない。実は、「目が良い」も、視力だけの問題ではないので、簡単には表現できないのだが、「頭が良い」はさらに複雑だ。たとえば、テストをして点数を出しても、そんなことで評価・比較ができるとはとうてい思えない。
それから、僕の場合、「頭が良い」というのは、他人と比較して使うよりも、自分に対して、たとえば「ああ、今日は、ちょっと頭が良いかな」というように用いる。これは「体調が良い」に似ている。たとえば、「この頃、頭が悪くなってねぇ」みたいな感じだ。
「足が良い」という言葉はない。「足が速い」ならある。だから、「頭の回転が速い」は、これに似ているだろう。でも、「速い」ことなんて、大した能力とは思えない。それだけを評価する競技があれば、人と競うことが可能だけれど、それでプロになって食べていけるわけでもない。たとえば、「足が速い」人だって、日本で一番速いくらいのレベルにならないと、プロになれない。しかも、すぐに衰えてしまうから、一生それで身を立てることも難しい。
つまり、何がいいたいのかというと、「頭が良い」というのは、そのときその場における一時的な状態を表現したものだと思うし、その人間の能力だとしても、せいぜい「顔が良い」くらいの感じで、「個性」や「好み」があり、また「相性」があるものだ。子供のとき、若いとき、歳をとってから、と常に変化もするだろう。
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「私は頭が悪いから〜」と口にする人がけっこういるけれど、そのわりに「私は顔が悪いから〜」というのはあまり聞かない。何故だろう? 見たらわかるから?
小さい頃に「お前は頭が悪いな」と言われて、そう思い込んでいる人も多いかも。たぶん、顔のように鏡で見ることができないから、そう思い込んだままなのだ。もし本当にそのとき一時的に悪いことがあったとしても、絶対にそのままということはない。そう思い込んでいることこそ、一番頭が悪い部分では?