2008年03月14日(金曜日)
【HR】 感情移入の必要
朝から大雨。お昼頃が一番降ったかな。夕方には一度止んだけど、夜も雨。庭の緑が増すだろう。今日も、パスカルは「たっち」ができた。
「スカイ・イクリプス」第8話の手直しを50%。「カクレカラクリ」のゲラは20%まで。
午前中は、インテリアショップへスバル氏と出かけていく。イラストを飾るための額を2つ買ってきた。1つは、先月発行になった「森博嗣の道具箱」で解説をいただいた平岡幸三氏が描かれたもの。この解説にのために描き下ろされた原画をいただいたのだ。もう1つは、萩尾望都先生のイラスト。実は、カラーの原画を1枚秘蔵しているので、ついにこれを飾ろうと決心した。今までずっと隠し持ってきた宝物だ。「ポーの一族」の頃のもので、公開する(人に見せる)つもりは全然ない(笑)。
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お昼過ぎに、中央公論新社のW辺氏とN倉氏が来宅。「スカイ・クロラ」関連の企画について、沢山話を聞いた。近づいてくれば、嫌でも露出するだろう。しかし、企画があまりに沢山ありすぎて、たとえば、コアなファンの人が関連グッズをコンプリートしようとしても、不可能ではないか、と思えるほどだ。押井氏が強く推していた実物大の散香の企画も、まだ完全には立ち消えていないらしい。是非実現してほしい(声援)。
中公が計画している最初のムック本は5/25の発行になる見込みで「スカイ・クロラ オフィシャルガイド Surface」というらしい。発行が遅くなったから少し時間的に楽になる。京極氏との対談のゲラもまだこれからだ。
このまえ書いた6月に出る特別バージョン、これが入る箱のプロトタイプも見せてもらった。その箱に、「スカイ・イクリプス」か「スカイ・クロラ」のいずれか1冊が入り、さらに飛行機のダイキャスト・モデルが入ったセットになるわけだが、この飛行機を取り出すと、ちょうどシリーズ全巻が綺麗に箱に収まるようにできている。なかなかのアイデア。箱のデザインは、もちろん鈴木成一氏で、買った人にだけわかる、「おお」と唸りたくなるもの。
写真はまもなく発売される公式ガイドDVD。
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思い出話。「スカイ・クロラ」を書いたときは、もの凄くエネルギィを消耗した。この作品が、それまでで最も書くのが大変だった。あまりに大変だったので、シリーズの他編をすぐに書けなかった。
僕は、読者は作品に感情移入する必要は必ずしもない、と考えている。世の中には、感情移入できる作品と、できない作品がある。感情移入できるものが優れているわけではない。感情移入を拒む作品でも、読む価値があるものは非常に多い。僕は、小説にかぎらず、どちらかというと、感情移入できない作品の方が好きだ。
しかし、それを書く立場になると、作者は感情移入しなければならない、と僕は考えている。ならない、というよりは、そうしなければ書けないだろう、と感じる。作者というものは、そういうものだ。だから、いかに感情移入を拒む作品であっても、作者は感情移入して書かなければリアリティ(あるいは説得力)を帯びない。
普段の自分であれば受けつけないような人格でも、その人間を動かそうと思ったら、その心理の中心へ、自分を持っていく必要がある、ということ。これは、大変危険な行為かもしれないな、とときどき思う。
けれど、仕事って、どんなものでも、ある程度のリスクを伴うものだし、「身を削って」働くから身銭になるのだし……。
【社会】 予見どおりになる社会
僕が社会人になった頃は、まだ会社を辞めることはかなり特別なことだった。それ以前は、一度勤めた会社に「骨を埋める」ことが一般的であり、会社も社員も、それを当たり前のことだと認識していた。けれど、だんだん転職が一般的になり、会社を辞めることに対する抵抗が、社会的にも小さくなった。20年くらいまえの好景気の時代には、それが美化されたりしたし、いよいよ日本も欧米並みに実力主義になった、ともてはやされたように思う。大学の推薦で就職した学生が、会社を簡単に辞めてきたり、一度就職した卒業生が大学院に入り直す、といった例も増えた。転職も離婚も、あっという間に市民権を得た感じだ(表現が不適切)。
人を使う立場から見ると、単なる「労働力」であれば、誰でも同じであり、人が変わっても問題はない。むしろ、新しくなった方が都合が良かったり、バイトの人間の方がリスクがない、という利点は大きい。一方で、仕事はそういった「労働」ばかりではない。人はノウハウを蓄積する器だ。文字どおり「人を育てる」ことが仕事のうちでもあり、これを無視するわけにはいかない。
安い賃金の労働力が得られることと、ノウハウを持った人間が高い賃金を求めて逃げていくこと。この2つが、完全に定着したのが、その後の20年間だったと思う。トータルとして、安いものが作れるようになったけれど、ノウハウが蓄積しにくく、企業の技術力は衰えたかに見える。ワーキングプアなど、心配されたことも、予想どおり顕在化している。
予想されているのに、手を打たなかったところは、「でも、そのときはしかたがなかった」「いずれなんとか好転するだろう、と思った」と語る。僕が見るかぎり、社会の問題というのは、起こって初めて気づく、というようなものはほとんどなく、必ず何年もまえにそうなることが予見されている。少数の人が予兆から未来を予測して警告する。大多数は「今と過去」しか見ていないので、警告は聞き入れられず、したがって予見のとおりになる。