2008年03月06日(木曜日)
【HR】 ジャズと黙認
「明後日から気温が上がる」という予報が毎日続いているが、なかなか暖かい日にならない。来週は15℃を超える予報が出ていたりする。本当かな。
午前中に税理士さんが来宅。確定申告の書類のことで最終打合せ。今年から電子申請にするそうだ。この頃は、印税も消費税5%分多くいただいているので、これを申告して納税する。だから、所得税と消費税を合わせて納めることになる。
スバル氏が苺を植えている間に水やりをした。パスカルがホースから出る水に飛びつくし、周囲を走り回る。植物はもう成長を始めている。なにを植えても育ちそうな雰囲気。
「スカイ〜」の第8話を書き始めた。今日は1500文字。そのほかは細かい処理。「どきどき〜」のゲラは10%だけ読めた。
午後は、文春のI井氏が「銀河不動産〜」のゲラを取りにきてくれた。この本は5月刊の予定。
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書店で売っていた「クール・ジャズ・コレクション」を買ってきた。創刊号で490円だったからだ。マイルス・デイヴィスの号で4曲が入ったCDがついている。写真を見ただけで、説明文は読んでいない。CDは聴いてみたが、値段の価値はあった。次号はビル・エヴァンスなので、迷うところだが、本は1190円と予告されていた。これだったらCDを買った方が良いかもしれない。微妙である。僕は、だいたい音楽関係では、曲を聴く趣味しかない。CDに入っている説明文も一切読まない(邪魔なので捨てることが多い)。曲名も歌詞も見ない。そういう人間には、こういった雑誌は無用かな。ただ、ジャズはよく聴いている。レコードもCDもかなりあるし、毎晩FMラジオでジャズの番組を聴いている。音楽の楽しみって、曲を聴くか演奏するか、ではないだろうか。小説は、読むか書くか、だと思う。それ以外の情報って必要だろうか。
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1カ月に数通だが、僕の作品に関して「これこれこんな創作をしたいのだが許可をもらえないか」というメールが来る。ほとんどは、商業的なものではなく、同人誌や、展示会などで、はては論文まである。ジャンルも、小説、書評、漫画、イラスト、絵画、彫刻、音楽など、多岐に渡る。たとえば、「森博嗣の作品を題材にして、曲を作りたい。許可をいただけませんか?」みたいなもの。
こういった申し出はとても嬉しいことではあるけれど、しかし、もし「許可」をするとしたら、その作品が完成したときに確認をさせてもらい、不適切ならば発表を差し止めるようなことができなければならない、と思う。現時点では、許可をするにも、どんな作品なのかわからないからだ。おそらく、発表が差し止められるような事態を覚悟して、許可を求めてきているのではないだろう。単に、「やり始めることを認めてほしい」という気持ちだと想像する。ただ、けっこうですよ、と軽く返事をしてしまい、その結果「森博嗣公認」などと書かれると非常に困る。したがって、こういったものについては、「知らなかったことにします」とかつては返事をしていたが、現在は多すぎるので一切無視している。あしからず。
【国語】 ちゃうとじゃう
こんなものは辞書に載っていないだろう、と思ったら、広辞苑には「ちゃう」も「じゃう」も両方あった。つまり、「てしまう」の略が「ちゃう」であり、「でしまう」の略が「じゃう」だ。この「〜してしまう」の「しまう」というのは、「仕舞う」「終う」と書くもので、完了させる、なしとげる、という意味が加わる言葉だ(英語の完了形とほぼ同じ)。
ちなみに、「買っちゃう?」や「買っちゃわない?」を、「買おうか」「買おうよ」という意味に使う会話が最近急増していると感じる。「買ってしまう?」「買ってしまわない?」ももちろん同じ用法で昔からあったわけだが、ここまで広くは使われなかったと思う。
「書いてしまう」が「書いちゃう」になり、「読んでしまう」が「読んじゃう」になる。「ちゃわない」「ちゃいます」「ちゃう」「ちゃうとき」「ちゃえば」「ちゃえ」「ちゃおう」のように、五段活用しているし。
「では」の略で「じゃ」がある。「ではないか」を「じゃないか」という。また、助動詞の「である」が「じゃ」になった。西の方で多い。「わしはいやじゃ」の「じゃ」である。
これらを組み合わせると、「読んでしまうのではないのである」は、「読んじゃうのじゃないのじゃ」になる。「ちゃうちゃう飼ってしまう」は「ちゃうちゃう飼っちゃう」になるし、「ジャガでは邪道であるが、ではどうだ?」は「ジャガじゃじゃどうじゃが、じゃあどうじゃ?」になる。面白いからやってみただけじゃ。