2008年03月04日(火曜日)

【HR】 ファンクラブになる

 7時に起きた。いつもより1時間以上早い。明るくなったこともあるけれど、体調が良くなった証拠かも。
 小説の仕事は、「工学部・水柿〜」のゲラを90%まで。「スカイ〜」の第7話を、3000文字を書いて110%で完成。推敲は後日。続けて第8話を書く予定。「日経パソコン」第60回のゲラをチェックした。最終回だ。角川から「どきどき〜」のゲラがようやく届いた。予告された日に来なかったので、スケジュールを再調整。

 工作室で金属を糸鋸で切っていたら、スバル氏がインターフォンで呼ぶ。何だろうと思ってリビングへ行くと、ラーメンを作ったという。博多ラーメンだった。これがとても美味しくて、行列ができるお店で食べるくらい美味かった。凄いな。なにか、TVで見て触発されて作ったのだろうとは思うけれど。
 パスカルを連れてホームセンタへ行き、草花の苗を30個くらい買ってきた。僕の担当分は午後すぐに植えてしまった。スバル氏の担当分はまた明日ということらしい(彼女は苺を買っていた)。チューリップが沢山もう葉を出している。
 夕方、30分ほど昼寝をした。ガレージは2階がけっこう暖かくなった。早起きをしたこともあるし、工作とガーデニングで肉体疲労も。大変気持ち良かった。そういう季節になった。日が長くなってくると、活動時間が長くなるから、自然に昼寝をすることになるのかも。

 出版社の最大の弱点は、本が嫌いな人間が内部にいないことだ、と以前に書いた。これは、出版社に限ったことではない。おもちゃの業界もそうだし、映画やアニメの業界もそうだと思う。TVだって、大学だって、ほぼ同じだ。第一世代は、いろいろな人間がいたはずなのに、その組織が安定期に入ると、その仕事に憧れた人間しか入れないようになる。自分の好きな仕事をしたいと考えるのが自然だし、また就職の面接でも、どれだけその仕事がやりたいのかを問う。だから、当然仲間が集まる。
 これはつまり「ファンクラブ」みたいなものだと考えて良い。出版業界は、出版ファンクラブの会員が牛耳っているし、TV業界は、TVファンクラブの会員が企画運営しているのだ。
 さらに、ユーザの声を聞くといいながら、積極的に反応するような関心のある人の意見だけを集める傾向にある。そういうファン予備軍に応える方向へ進むから、どんどん「好きな人たちが好きなもの」ばかりになっていく。「好きさ」では洗練されるが、嫌いな人間に見向きもされないため、シェアは広がらない。
 そして、ときどき僕みたいな異端児が飛び込んできて、「何なんだ、この集団は?」と気づくわけである。

 小さいグループならば、才能がある人間によって、部分的にこの弱点がカバーされる。その才能とは、つまり「憧れ」ではないもっと客観的な動機、あるいは理論を持っていることだ。そういう才能は、ときどき「奇才」あるいは「鬼才」などと呼ばれるが、ようするに、周囲の調和を多少は崩すような「普通さ」を持っているにすぎない。その「普通さ」が既に「珍しく」、そして「斬新」に見えるくらいその業界は「好きな人の好きなもの」で埋め尽くされ、偏っている。
 この改革は、その鬼才の周囲のごく小さなグループだけのことで、大きな組織全体を改築するまでには至らない。公務員のように調和を重んじる同種の人間たちで固められているからだ。したがって、新しい文化が別のところで起こったり、新しい組織によって乗っ取られたりしていく。結局は、しだいにじり貧になっていくしか道はない。じり貧になって、小さな業界になれば、それはファンクラブ的なマニアックな文化で成立するので、そこで安定を得る。

【図工】 糸鋸2

 つい最近、糸鋸について書いたな、と思っていたが、2006年の9/17のことだった。そんなにまえだったか。
 小学校のときに読んでいた工作雑誌(「子供の科学」や「模型とラジオ」)によると、金属を切り出すときには糸鋸を使いなさい、と書かれていた。糸鋸は、近くの文具店で売っていて、僕もそれを持っていた。ベニヤ板などを、曲線で切り出したり、穴を開けて刃を通し、板の中に窓をくり抜くような切り方ができるのが特徴だ。
 ところが、僕の持っている糸鋸では、金属はとても切れなかった。まったく刃が立たない。当時、既にハンドドリルを持っていたので、金属に穴をあけることは可能だったから、穴を沢山並べてあけて、ペンチで間を切り、あとはヤスリで仕上げるというやり方で金属を切るしかなかった。
 金属が切れる鋸は中学に入って手に入れることができた。工事で使われていたものをもらったのだ。それは金鋸(かなのこ)と呼ばれていた。弓に刃が取り付けられているが、糸鋸よりはずっと刃が太い(特に背が10mmほどある)。
 これだったのか、という糸鋸に出会ったのは大学生になってからだった。模型専門店で売られていた。小学校のとき使っていた糸鋸の歯よりもずっとずっと細く、本当に糸のようだった。刃は肉眼では見えないくらい細かい。そして、使ってみてびっくり。本当に金属が切れる。しかも速く、そして綺麗に切れるのだ。最初はすぐに刃が折れたけれど、だんだん長く使えるようになった。
 電動工具が揃った今でも、糸鋸は常に手が届くところに置いてあって、頻繁に使う道具である。

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