2008年03月01日(土曜日)

【HR】 珍しく外食

 予定どおり世界中が3月になった。長さも重さも単位が揃わない世界が、よくも時間だけは統一したものである。それくらい、人間にとって時間は大事だということか。
 今日は午前中は冷たい雨が降っていた。スバル氏とスーパへ買いものにいってきた。午後になって晴れたものの風が冷たい。細かい工作を続けていて、大きな工作はまだ始められない。
 「工学部・水柿〜」のゲラを30%まで見た。急ピッチで片づけて、「どきどき〜」のゲラに備えよう。ただ、「どきどき〜」の方はまだ解説者が決まっていないらしい。「4月発行に拘るな」と担当編集者に指示をした。極秘プロジェクトの仕事は終わり、最後の成果を発送した。

 夕方、5人が来宅。講談社文三で長く担当だったK城氏(「メフィスト」編集長)が異動になったので、その挨拶に。新しい文三の部長J保氏、これからの担当のK北氏、そして文三グループ長のY田氏も一緒だ。それから、今年7月に発行を予定している庭園鉄道の本(タイトルはまだ考えていない)のことでデザイナの坂野公一氏(「悠々おもちゃライフ」やG、Xシリーズのカバーデザインをしていただいている)もいらっしゃった。どちらかというと、異動の挨拶よりは、こういった実務的なことで会う方が有意義だ、と常々思う。
 徳川園のレストランへタクシーで移動し、そこでフレンチをいただいた。スバル氏も一緒。これが大変美味しかった。
 何度も書いているが、僕は担当編集者に対する義理で小説の仕事を続けている。出版社に対する義理というものはあまり感じていない。変な例だが、たとえば知っている編集者が他社へ移れば、その新しい出版社で本を出す可能性が高い。だから、こうして異動になってもらうと、もう一仕事が終わったな、と肩の荷が下りた気分になれる。K城氏は、僕が知っている中では最も仕事ができる信頼の置ける編集者だった(最初からそうだったわけではないが、最終的にそうなった)。講談社は、これで文庫もノベルスも長年お世話になった担当者が交代になった。まあ、ようするに時代は変わり、潮時という感じである。

 徳川園といえば、徳川美術館だが、スバル氏が何度も話すこと。僕の母がたった一度だけ、孫(僕の娘)を連れていった場所がここだった。また、孫を実家に連れていくと、母は食事を作らないで、ただ孫たちに遊びを教えようとした。百人一首とかである。食事はスバル氏が代わりに作ったのだ。そのときは腹が立ったが、それくらい「文化的な人」だった、とスバル氏は今になって言う。僕はあまりそうは感じていなかったのだが、普通の人でなかったことは確かだ。
 僕の人生50年の観察では、親が子供の才能を引き出すことは、まず滅多にない。逆に、親が子供の才能を潰すことは多々ある。才能を引き出そうとする行為が、才能を潰してしまうのだ。だから親になった場合の注意点として、前者を目指すことは無理だから清く諦め、せいぜい後者をしないように注意することが賢明だと思う。

【算数】 ミステリィと算数の類似

 MLAの学科の中で、一番書くのが気楽なのが【算数】である。これは、書き始めれば楽という意味であって、何を書くかを決めるまでは、実は【算数】が一番時間がかかる。候補がありすぎるからだ。そして、どれを選んでも、これが上手く説明できるだろうか、伝わるだろうか、と考えてしまい、なかなか決められない。受け手の興味や理解度のばらつきが、国語や社会に比べて多い、という認識のせいもあるかもしれない。
 ミステリィが数学に似ているか、といわれると、全然そうは思えない。ただ、パズル的な要素があることや、問題を出す、というような雰囲気は類似しているかもしれない。たとえば、このMLAの科目の中では、「出題」の形をとっているのは圧倒的に【算数】である(ただ、僕自身は雰囲気さえ全然似ていないと思う。ミステリィの多くは、しいてジャンル分けすれば、【国語】だ。問題は「なぞなぞ」に近い)。
 出題(執筆)する側から捉えると、ミステリィはこの【算数】を書くときとかなり似ている。何を書くかを決めれば、実に簡単に書ける点がまず第一。これは、「コードがある」せいだといっても良い。候補にバラエティが多いため、書く以前に迷う点も似ている。受け手のばらつきを考慮しなければならないのは、その「なぞなぞ」が成立するかどうか、という問題があるためだが、この点でもやはり似ている。
 ほかの科目でも「考えてみて下さい」といった問題提起は多いのに、それは「出題」というイメージでは捉えられない。何故か、【算数】になると、考えた結果をメールで送ってくる人が多くなる(だからこそ防御策を講じている)。「正解」の有無という違いもあるだろう。知識を問うわけではない、という点でもミステリィは【算数】と似ているように見える。
 それでも、やはりミステリィは【算数】ではない。それは、その「正解」が、例外なく万人に受け入れられるものではないからだ。

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