2008年02月04日(月曜日)

【算数】 計算する癖2

 前回、計算する癖について書いた。しかし、計算することでどちらが得かという判断ができるような場面は滅多にない。もしそんな場面があるなら、誰でも計算をしているはずなのだ。
 計算しても無駄だから計算しなくなるのだと思う。では、計算する癖をつけることで何が得られるのか?
 結果だけを求めていないだろうか。計算とは本来は結果を求めるものだが、実は付随するものがある。ここに気づいてもらいたい。
 1つは、計算の途中で表れる数字である。1日にこのくらいと仮定すれば、1年でこれだけになる、という計算をすれば、その仮定した数字が、少なくともデータになる。これを覚えていると、あるとき、その実際のデータに出会う機会があって、「そうか、それだったら……」という発想が瞬時に立ち上がるだろう。自分の中にそのデータを持っていない人は、この発想を逃すかもしれない。
 2つめは、計算の方法に関するものである。何をどう仮定し、どのような精度で(あるいは範囲で)予測ができるか、ということは、実際に計算をしているうちに身につく「感覚」である。こういったバランスは、あるときは「金銭感覚」とも呼ばれるが、もちろん金銭だけではない。たとえば、日曜大工をすれば、「力学的感覚」が有効な場面があるし、時間配分を見積もったり、あらゆる未来予測に役立つ。身近な事象を統計的に捉えることも、非常に有効である。数字に置き換えない限り、予測ができない問題はとても多いことに気づくだろう。
 そして、最も大切なことは、自分のデータや概算の誤差を把握すること、すなわち、客観的な自己評価、つまり「自覚」である。

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