2008年02月23日(土曜日)

【HR】 マナーはサイン

 今日は日差しは暖かいのに、北風が強い。旅人のコートを狙った争奪戦の様相を呈している。どこにも出かけず。体調もあまり良くない。
 小説の仕事は午前中に。「銀河不動産〜」のゲラは5/8まで。そのほか、細かい確認を幾つか。「D&D」の推敲は明日。少しでも長く寝かせる方が良い。このケータイサイトを読んでいる人から、メールをいただくが、そういう人の中にはこのMLAが読めなかったり、僕のHPを見られなかったりする人がいるようだ。もう少しすれば、そういった不自由も取り除かれるだろうか。
 午後、ようやく躰が暖まってきて、少し動けるようになった。工作を2時間ほどした。このところ、重工作はしていない。小さなものだけ。そろそろ次のプロジェクトに入りたいのだが。つくづく自分は腰が重いと思う。

 日頃、けっこう年寄り向けの悪口を一般論として書いている僕だけれど、しかし、実際には、目上の人に対して礼を省いてはいけない、と常々考えている。職業や性別を問わず、自分よりも上の人には、必ず敬語を使うべきである。よほど親しくなっても、そのままで良い。変な例だが、たとえば恋人や家族になっても、そのままであるべきだと思うくらいだ。
 一方では、服装はどうでも良い。どんなラフな格好、あるいは派手な格好をしていても、僕は気にならない。ただ、やはり僕よりも上の世代は、これをかなり気にする人が多い。だから、そういう人たちが沢山いるところへは、あまり奇抜なファッションで行かない方が良いだろう、とは思う。これらは、あくまでも気遣い、心遣いであって、それをしなければならないとか、逆にそれをすればもう大丈夫だとか、というものではない。
 世間の常識とされるものでも、よく考えると道理が通っていないもの、現代の実情に合っていないものが散見される。それらは改め、合理化されるべきものだ。しかし、常識とされるものの中には、存在理由がたしかに認められるものがある。礼儀やマナーは、僕は後者だと感じている。無駄なようで、実は非常に便利なサインであって、気持ちを伝えるのに有用な言葉の1つといえる。利用価値が高いと感じる。

 この頃、いろいろなお茶を飲んで思うことだが、どれも、沢山のものを混ぜすぎではないだろうか? そうやって個性を出さないと商品としてアピールしない、という理由はわかるが、しかし、お茶というのはこんな複雑なものではなかった、と僕は思う。結局、シンプルないつものブランドを買ってしまうのだ。ミステリィや小説にも、同じことがいえそうな気がする。

【社会】 土木は不景気に強い?

 大学には建築学科と土木学科がある(土木は、土木工学科と工がつく場合が多い)。どこが違うのか、一般の人はほとんど区別をしていない。しかし、両方の分野は明らかに区別されていて、建設会社の中でも、土木と建築は分かれている。
 一般に、建築は建物(人が入って利用する構造物)だけを造る。土木は道路、橋、ダム、トンネルなどを造る。鉄道だったら、駅だけは建築が作るが、ほかはすべて土木が作る。
 建築は景気に左右されやすい。これは、建築の施主(仕事を依頼するところ)の多くが民間だからだ。一方、土木は不景気に強いといわれてきた。土木の施主はほとんどが官公庁である。景気が悪くなると、内需拡大のために予算が投入される。税金を使い、借金をして、仕事を作る。それだけのお金が業界へ流れ、労働者に仕事が回り、景気が良くなったように見せることができた。今も状況はあまり変わっていない。ただ、多少は問題になりつつあるようだ。いくらなんでも、借金をしてまですることか、と疑問に持つ人は多いだろう。
 道路を作りすぎだ、という意見はかなりまえからあった。多少理屈のわかる人間なら、当然気づいていたはずだ。ようやく最近になって、マスコミも政治家も取り上げるようになった。思うに、急に騒ぎだしたのは、なんらかの「重し」が取り除かれたことが理由だろう。その重しとは、景気が良かったときに、その恩恵に浴していたところが、利益の一部で築いた構造だったはずである。だから、重しがなくなったことは、とりもなおさず、もう儲からなくなった証拠ともいえる。

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