2008年02月12日(火曜日)

【HR】 対談と特別運行

 体調は悪化し、昨夜は2時間ほど早めに寝たのだが、熱があったみたいで(測っていないけれど)、大量の汗をかいた。それで少し楽になって、朝は気分がそれほど悪くない。でも、全然本調子ではなく、まだ喉が痛い。スバル氏は、「それは花粉だ」と言っているが、僕は違うと思う。今日は雨だし。
 昨日、とあるスーパであったこと。若い従業員が、僕のすぐ近くで、他の年輩従業員に「おはようございます」と頭を下げて挨拶をしたのだ。たぶん、店内では従業員同士できちんと挨拶をし合うように、と指導されているのだろう。しかし、それは客がいる前では非常識である。客にはなにも言わず、身内に頭を下げるというのは、客に対して大変失礼なことだ。これは、お客さんのいるとき、家族に挨拶することでも同様である。このあたりの礼儀を、たぶんこれっぽっちも考えていない人なのだろうな、と面白かった。知らないその若者が悪いのではなく、教えない周囲の人がいけない、と思う。
 昨日のI子氏との打合せの1つは、漫画のノベライズに関してだった。まだ直面した仕事ではないけれど、今年はこの仕事が大きなウェイトを占めるだろう。それから、このMLAの「学科」に原稿を一般から募集する企画についても話し合った。今のところ、1人が1回分だけを応募でき、審査は森博嗣が行い、採用は5人とする、そして5000円の図書券が賞品、くらいが決まっている。時期をいつにするかは未定。やる気のある方は、ネタを練っておいてほしい。本にもそのまま掲載される。

 お昼過ぎに、京極夏彦氏が来宅。新幹線でいらっしゃった。中公のN倉氏、N輪氏も同行。そのほかにも、ライタ氏やカメラマン氏ほか数名。天気が悪いので、庭園鉄道は無理かと思われたが、夕方には雨は上がり、なんとか運行が可能になった。京極氏は、欠伸軽便鉄道弁天ヶ丘線に和服で乗車した最初の人になった。まず僕が運転をして、京極氏は乗客で1周し、その次は、ご自分で少しだけ運転もしてもらった。自動で動くものを運転することはこれまでに経験がない、とのことだったが。
 遊びにこられたわけではない。リビングで対談を2時間ほどした。彼との対談は、実に11年ぶりのことで、2度めである(1度めは、当時の「メフィスト」に掲載)。今回の対談のテーマは、押井守についてだ。この対談は、4月に中央公論新社から刊行される本に掲載予定。興味のある方はお見逃しなく。
 そのあと、おしゃべりをさらに2時間ほど。京極氏とは、各出版社の担当編集者がかなりの割合で共通しているので、彼ら彼女らの噂話ができる。大勢がくしゃみをしたことだろう。面白い話が沢山聞けて楽しい時間だった。パスカルはとても大人しくしていた。
 6時頃一行が帰られた。京極氏は明日も愛知県で某所へ行かれるとか。僕は明日は逆に東京だ。体調をなんとか治したいところ。

【国語】 いるかあるか再び

 2005年10/20の【国語】で「いるかあるか」を書いた。この問題は、その後も何度かことあるごとに思い浮かぶ。TVでアナウンサが、「現在、現場付近は規制されてあります」なんて言っていると、「それは、います、だろう」と突っ込みたくなる。「いる」なのか「ある」なのか、わりと難しい。みんな無意識に使い分けているのだから、日本人って凄い。
 「道具は片づけてある」はおかしくないが、「道具はかたづけている」はおかしい。「道具は片づけられている」は良いが、「道具は片づけられてある」はおかしい。やはり、主語が人間であれば「いる」が多く、ものであれば「ある」が多い。でも、「看板が立っている」であって、「立ってある」ではない。しかし、「看板が立てている」は変で、「立ててある」である。
 両方使える場合も多い。「綺麗にしてある」「綺麗にしている」などがそうだ。これは、意味が少し違う。「店は開けてある」「店は開けている」なども両方可だ。前者は今の状態を、後者はいつもそうしている、という意味合いが感じられる。
 これが、「います」「あります」になると、少しわかりにくくなるかもしれない。「靴はどこに置いていますか?」と「靴はどこに置いてありますか?」は、どう違うだろう? 前者では、相手の日頃の置き場所を尋ねているが、後者では、今の状態を尋ねていて、自分の靴がどこに置かれたかをきいているように聞こえる。
 微妙な日本語を使えることを誇りに思おう。

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