2008年01月25日(金曜日)

【理科】 壊れ方のデザイン

 すべての箇所を合理的に作り、つまり全体として最適な強さのバランスにデザインすることは、必ずしも正しくない。むしろ、通常はわざとバランスを崩し、弱い部分を設定しておくものだ。
 いろいろなレベルのものがある。少々方向性が違うが、たとえば、ヒューズは大電流が流れた場合に、その弱い部分で断線するようになっている。蒸気のボイラにも、水がなくなり空焚きになったときに溶けて穴が開く箇所が作られている。自動車は衝突した場合に歪む部分が考えられている。建物は柱よりも梁がさきに折れるようにわざと弱く作られる。河川の堤防も、どこも同じ高さではなく、さきに水が流れ出る場所が設定されている。バランス良く軍隊を配置するより、弱い部分を作っておけば、敵はそこから攻めてくる、とおおかた予測できる。相手が人間ではなく、自然現象であれば、裏をかかれることはない。
 壊れないことがまず大切であるけれど、万が一壊れるときには、どこがどう壊れるのか、どの順で崩壊するのか、ということが予測できることが「安全」である、という考え方だ。被害を最小限に食い止めるという意味で、古くから工学の基礎的な思想となっている。
 人間の場合にもこれがある。躰のどこかに弱い部分があって、具合が悪くなると必ずそこに不調が出る。また、組織においてもこれがある。不況になったり、トラブルがあったときに、問題が出やすい部分が必ずある。
 一部を壊すことで、そこがクッションとなり、全体へのダメージを和らげる効果もある。したがって、弱い部分だからといって、そこを補強すると、たしかに強度は上がるものの、どこから壊れるのかわからなくなってしまううえ、壊れ方も爆発的で一気に全体に及ぶような危険なものになる。

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