2008年01月28日(月曜日)
【図工】 工作中の時間
ものを作っている時間というのは、あっという間に過ぎてしまう。経験したことがある人は多いだろう。ほんの少しの工程なのに、気の済むまで加工をしていると、「あれ、もうこんな時間?」と驚くことになる。浦島太郎の気持ちはわからないけれど、竜宮城に工作室があったら、少しは理解できたと思う。
それでもこの頃は体力が落ちたから、躰が警告してくれる。目が疲れるとか、肩が凝るとか、そういったサインだ。若い頃には、2日連続で寝ないとか、食事を4回連続抜いたとか、それくらい没頭できたものだ。
工作はもちろんエントロピィを減少させる。粉々に砕いて細かい粉を混ぜて終わり、といった工作はないわけで、自然にはできない形を作り出すことに意味がある。たぶん、生物自体が、自然の中では奇跡的に整理された状態であって、「生きている」ことを表現するには「作る」しかない、と人間は昔から感じていたのだろうと想像する。そうでなければ、ここまで作らないだろう、と思えるものが沢山残っているではないか。
さてしかし、常々思うし、また何度も書いていることだが、僕は自分が作ったものを「残そう」という気持ちがまったくない。作ったものを飾っておくこともしない。自分の子供たちに、受け継いでほしいといった発想も全くない。そもそも、自分が作ったものを、人から評価されたいとも思わないのだ。ただ作っている時間が楽しい。これは、スポーツや音楽と同じではないか、と最近思えてきた。