2008年01月29日(火曜日)

【HR】 夢を楽しむ

 昨夜から雨で、今日の午前中まで降り続いた。暖かくはないが、めちゃくちゃ寒くもない。雪にならないのだから、やはり暖冬だろうか。
 小説の仕事は、「D&D」のエッセィ4編の推敲。これは終わり、FM東京へ発送。気がついてみると、このMLAといい「D&D」といい、主な2つの連載が雑誌ではなくネットだ。そういう時代である。
 スバル氏がミニで出かけていったが、僕は工作室にずっと籠もっていた。厭きたなんて書いたけれど、その後もキットを組み続けている。このくらいのキット1つでも、長編小説の執筆&手直しと同じくらいの時間がかかる。

 僕はよく夢を見る。一晩で3本は見る。それをほとんど覚えている(もっと見ていて忘れているのかもしれないが)。子供のときには、嫌な夢を見ると悲しくなったものだが、近頃では、映画を見るような気分になっていて、「おお、今のはなかなか斬新だったな」というように冷静に見られるようになった。「これは、かなり面白いぞ」という夢は、まあ1週間に1本くらいである。
 こんなことちょっと思いつかないぞ、と自分でも感心するようなことを夢で見て、びっくりする。自分で考えたことにはちがいないのだろうけれど、いったい、どこからそんな発想が来たのか、と不思議に思う。
 夢で自分の精神状態を分析するようなことは全然ない。そんな分析をしても意味はない。それよりも、何が出てきても面白可笑しく「そう来たか」と楽しむ方が良い。エンタテインメントとして素直に見るのだ。
 夢を見るコツは、見たあと目を開けないことである。完全に起きてしまうと急速に忘れてしまう。まどろんだ状態をできるだけ持続して、目を瞑っているうちに、夢の復習をする。そうすると覚えていられるし、また見ることができるだろう。続きを見ることだって可能だ。
 でも、起きた直後に面白いと思っていても、1時間もすると、やっぱりつまらないかな、とさらに冷静になる。少なくとも、僕の夢は僕だけのために作られているし、僕はわりと良い観客だと思う。

 ちなみに、夢で見たことが小説に活かせるか、というと、それは大いにある。ただ、トリックとかストーリィとか、そういった具体的なものではない。もっと、その場の雰囲気とか、その概念とか、設定世界のぼんやりとしたフィーリングみたいなものを、「これはいけるな」と思うことが多い。だいたい、そんな抽象的なものが創作のコアなところにあって、それさえ発想できれば、たいていは作品になる。飾りのディテールをいくら思いついても、作品は作れない。

【国語】 新しい諺

 素直に普通のことを諺にしてみた。

 二階で目薬 (二階で目薬を差しても牛にならない)
 長いものは巻ける (比較的巻きやすいというだけ)
 能ある鷹には爪がある (鷹にはたいてい爪がある)
 蛙の子はオタマジャクシ (卵はまだ子ではないか)
 雨降って地ぬかるむ (グラウンドに砂を撒いたり)
 腐っても鯛 (賞味期限切れでも別の魚にならない)
 帯は長いし襷は短い (帯とか襷とか知らないから)

 なにか意味がありそうなふうにしてみた。

 二階でも目薬 (同時多発目薬か、という心配に)
 長芋にはマカロン (食い合わせでは、と心配に)
 能ある鷹は爪を噛む (臍を噛む、といいたいが)
 蛙の子がさきか卵がさきか (特に面白くないね)
 雨降って血固まる (血の雨が降ったのか、心配)
 腐ったら鯛 (腐るまえはもっと凄かった、の意)
 ルビは短かし漢字は長し (お化け漢字みたいな)

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