2008年01月22日(火曜日)

【HR】 3次元的把握

 今日は体調が良い。ということは、ここ数日良くなかったのだとわかる。8時頃に起きて、すぐに小説を3000文字ほど書いてから、庭に出て、燃えるゴミを2袋作った(箱などを解体)。
 パスカルは昨夜遅くシャンプーされた。スバル氏がバスタオルを用意し始めたら察知して、最後に庭に出してもらったとき、帰ってこなくなった。呼びにいったら、ゲートの方から走ってきた。シャンプーが嫌なのだ。しかし、洗ってやったら気持ちが良かったらしく、そのあとは熟睡していた。今朝はもの凄く膨らんで、遠くから見ると前後がわからない。

 イギリスからまた機関車が届いた。箱から出して走らせようとしたが、ラジコンのメカが一部不調だった。この種のメカは日本製の方が信頼性が高いようだ。ラジコンのパーツは沢山余っているので今度取り替えよう。
 「スカイ・イクリプス」第6話は最後まで書けた。推敲は明日以降。「クレィドゥ〜」のゲラは60%まで。今日は、yorimoに掲載される「スカイ・イクリプス」第5話のゲラが届く。「日経パソコン」第57回のゲラを確認した。夕方には、「θは遊んでくれたよ」文庫版のゲラを、講談社のO村氏が取りにきてくれた。ケーキもいただいたし、パスカルのおもちゃもお土産にいただいた。

 工作は、昨日から機関車のキットの組立て。自分で考えて作るスクラッチビルドに比べると、労働するだけなので、キットはとてもリラックスしてできる。英語の説明書を読んでそのとおり作れば良い。上手くいかないときには、「人のせい」になるから、腹が立っても諦めるしかないが、逆に上手くいったときは「ありがたい」と感じる。なんというのか、王様になったみたいな気分だ。「僕のためによくここまでしてくれた」という感じ。ときどきは、キットで息抜きも良い。

 ところで、物体を3次元的に捉えられる人と、そうでない人がいる。どんな人も2次元的にならば捉えられるだろう。これは、日頃からすべて2次元映像で見ているからだ。3次元の映像は基本的に見ることができない。映像はすべて2次元だが、そこから物体の形を想像して、3次元の形状を頭の中で展開しているわけである。
 たとえば、人間でも犬でも良いが、その形状をだいたい把握している物体があるとしよう。そのとき、それを斜め上から見たら、どのように見えるのか、ということが想像できるはずだし、また、斜め上から光が当たったとき、どんな形の影が地面にできるのかも、想像ができるはずだ。これは、形状の情報を知っていれば処理(計算)できることだし、ある意味では、形を知っていることと同義である。
 顔は後ろからは見えない、ということも、3次元的な想像の一例である。つまり、3次元的に捉えられる人かどうかは、明確に二分されるのではなく、どこまで想像が及ぶかという差であって、これもやはり、想像をどこで諦めるか、の違いになる。形を把握するのも、思考のうちということ。
 どんな形も全体はけっして見えない。見えないものを、見たように人間は脳で処理し、把握する。現実とは、つまりそういうふうにして脳で作られるものだ。

【社会】 形に残る仕事

 建設業などのキャッチコピィに、「地図に残る仕事」というものがあった。自分の仕事が形として残ることは、たしかに1つのクレジットだとは思う。ただ、経済が発展している社会では、そうした仕事の割合が多かったけれど、ある程度達成してしまったあとには、そればかりでは困る。
 街が発展しているときには、様々なものが必要になる。あの施設は誰が建てた、あの道路は誰が造った、というように形として業績が残る。しかしその時期を過ぎると、新しく必要なものは少なくなる。既に使われている施設も老朽化してくるわけで、それらを修復する必要も生じる。これらの「維持」や「補修」は形にならないので、どうしても業績として捉えにくい。あの建物は誰が直した、というふうには語られないからだ。
 名目を無理に考え、さらに新しい施設を作り続けるよりも、既存の施設を直すことに資金を投じるべきなのに、それでは形に残らない、自分の業績として見えにくい、話題性がない、新たな組織が生まれない、などと考える。これは「常に前進したい」積極性のように見えるが、実は、これまでの金の流れを変えたくない、そのことで生じている今の権力を維持したい、という消極性でもある。
 新しい建物がどんどん建つわりに、古い建物の修復には予算がつかず、ずっと放置されている。日本では、どこにでも見られる光景だ。官僚の世代が変わるまでは無理だろうか。その世代の頭の中には、まだ戦後の復興という形が残っているのか。
 古い世代にまだまだいる。なにかというと、新しい施設を作りたがる人たちは、そういうことでしか元気が出せない人種、つまり、貧しい日本を生きてきた世代なのだ。ご苦労様でした、と言ってあげたい。もう引退した方が良い。

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