2007年12月24日(月曜日)
【HR】 名前の大切さ
昨夜も雨が降っていたが、今日は晴天。
絶対買ったと思っていた部品が探しても見つからないので、ホームセンタへ買いにいった。1つ100円くらいのものが3つ。パスカルも一緒。スバル氏もついてきた。書店にも寄った。ミニストップにも寄った。
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帰宅してから、機関庫の工事を少し進める。昨日塗装したドアを取り付けた。年内に格好がついて良かった。でも、まだ完成ではない。2時頃、落ち葉の掃除もした。ガレージではロックをがんがんかけているけれど、一歩外に出るとまったく聞こえない。庭でも音楽が聴けると良いけれど、近所迷惑になるかな。
このまえ参加したイギリスのオークションの店からカタログが郵送されてきた。といっても、機関車の模型の写真は1枚しかなく、あとはすべて美術品(絵画、貴金属、工芸品)だった。交通模型は今度は4月にまたオークションがあるらしい。楽しみ。美術品の中に模型が含まれているところがイギリスらしい。
小説を書き始めた。「スカイ・イクリプス」の第5話となる短編。タイトルをフィックスし、最初の1000文字ほど。
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先日書いた「タイトルを何ヶ月も考える」という話だけれど、古い日記にも幾度か書かれているとおり、以前は半年間くらい考えた。最近それが短くなっているのは、既に使ってしまったタイトルが沢山あるから、選択肢が限られているためだと分析できる。既刊が増えてくると、同じ方向へは行けない、という気持ちから、行く手が遮られ、選べる道は少なくなる。だから考える時間は減る。もうここしか残っていない、みたいになるわけである。このように、経験を重ねてノウハウを蓄積する、とは、ある意味で、選択肢が限られた不自由な状態になっているだけのことだ。初心者は自由なので迷うことが多い、というわけ。
たとえば、「百年シリーズ」では、「ウォーカロン」という言葉を考え出すのに半年以上かかった。友人たちに相談をしたし、外国人の意見も数名きいた。「スカイ・クロラ」では、「散香」という戦闘機の名前を決めるのに、やはり半年近くかかった。誰かが考えてくれるなら、採用時に100万円出しても安いと思っているが、これまで他人の案を採用したことは一度もなく、やはり参考やヒントにしかならない。
名称を決めることはそれくらい重要だ。ものの名前というのはほとんど命だ、と僕は感じている。名前の悪いものは、絶対に良いものにはならないのだ。たとえ、一時的に良くても、歴史に残らない。最後に残るのは名前だけである、といっても良いだろう。
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これまで書いた作品で、タイトルをあとでつけたものは一つもない。必ず、最初にタイトルを決める。タイトルが決まれば、作品はもう半分完成していると自分では感じる。これから書く15作のうち、タイトルがほぼ決まっているのは、わずかに2作。もう何度か「これだ!」と思ったけれど、翌日には冷めてしまう。冷めた目で見ても良いものを思いつくことはとても難しい。これといった手法もない。