2007年12月26日(水曜日)
【HR】 マニュアルいらず
晴天で風もなく日差しも優しい。庭で森林の中の落ち葉を集めた。まだ半分ほどだが既にゴミ袋で8つくらい。玄関の前でスバル氏に散髪してもらった。そのあと、バスルームでパスカルをシャンプーした。お昼に、スバル氏がパスタを作ったので美味しく食べた。
午後は読書と音楽。工作室を少しだけ片づけた。小説は「スカイ・イクリプス」を1500文字書いた。今、完成度40%くらい。 今日も重版の連絡があって、それで思い出したが、3日まえの【国語】に「重版出来」を書けば良かった。「出来」を読める人は少ないと思う。
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スバル氏は、新しい携帯電話の説明書をだいぶ読んだようだ。「教えてあげないよーだ」とおっしゃっていた。僕は開いてもいない。マニュアルを読まなきゃ使えないような機能は、使い方をどうせ忘れてしまうだろう。機種を変更した理由は、「薄かった」からであって、機能を求めたわけではない。自分から電話をかけることはまずないし、メールもスバル氏から以外は来ないのだ。写真も撮らないし、テレビも見ない。常にマナーモードだから、着信音も関係ない。身に着けていることは滅多にないから、電話やメールの着信はもちろんわからない。あとで見て「あ、来てたな」と思うだけである。
僕は1996年から携帯電話を使っているけれど、当時は周囲で持っている人はほとんどいなかった。途中でPHSと2つ持っていた時期もあったが、今は1つ。使う頻度はむしろこの頃は減っている。パソコンが軽くなったし、どこでもネットにつながるからだ。この10年間で最も素晴らしいと感じたのは、カーナビだと思う。その次が、SuicaとかETCかな。携帯電話とインターネットがランクインしないのは、それ以前からあったから。
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交通事故による死者は年々少なくなっているが、今年は特に減ったそうだ。原因は、飲酒運転の刑罰が重くなったためと分析されている。刑を重くすれば犯罪の抑止になる、と単純に考えることはできないと思うけれど、そもそも刑が軽すぎた、ということはあったかも。
子供が殺される事件は年々減少しているし、未成年が殺人を犯す事件も減少している。銃による殺人も減っているようだ(今年だけ僅かに多いかも)。社会が進むべき道は、まあまあ大きくは間違っていないみたいだ。
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昨日、100円ショップで、小さいタッパ4個セット(ビスを入れるため)とステンレスの計量スプーン2個(機関車のヘッドライトにするため)と指サック(電話でゲラ校正の結果を伝えるとき紙が上手に捲れないから)を買ったけれど、たいてい買ったまま袋にずっと入っているのが、100円ショップで購入したものたちの傾向である。
【社会】 言語と文字
話す言葉は、民族や地域によって受け継がれるものだが、その言葉を表記する文字は、政治(特に、独裁者)によって支配されていることが多い。日本は戦争に負けてアメリカに占領されたけれど、幸運にもローマ字にはならなかった。しかし、海外では、ベトナムとかモンゴルとか、もともとあった文字から新しい文字へ切り換えられたところがある。支配下にあったわけではなく、自発的に変えた国もある。ドイツもナチスによって文字が変わっているし、中国だって毛沢東が漢字を変えてしまった。韓国の今の文字も比較的新しいものだ。人の名前が漢字なのに、もう漢字はほとんど使われなくなった。
こうした文字改革に共通する動機は、「より簡単に」という方向性である。表記が難しいから文字を読めない人がいる。文字が読めない人がいることは、支配者には好ましくないので、改革が推し進められるわけだが、簡単にすることで失われるものも多い。日本語がローマ字ですべて表記されることになっていたら、どれだけ日本人は損をしただろう、と想像すればわかる。しかし、タイプライタしかなかった当時は、その簡単化のメリットが大きかったわけだ。危ないところだった。
英語は、アルファベット26文字しかなく簡単に見えるが、スペルが非常に難しい。話ができる人でも書ける人は少ないし、また読めない人も多い。日本語のようにルビを打つこともできないから、とにかくスペルを覚えて、読み方を聴いて教えてもらうほかないのだ。発音が同じならスペルも同じにしようという英語改革の運動もあったようだが、この「簡単化」はやはり反対が多く、広まらなかった。
いずれにしても、一度簡単になったものは、絶対に複雑な方へは戻らない。これも歴史が証明しているところである。