2007年12月19日(水曜日)

【HR】 楽しい精神論

 なんだか、天気が良くて暖かい。東京駅では警官が自殺したそうだが、べつに混乱はなく。
 新幹線に乗って名古屋へ戻ったら、こちらも好天で暖かい。タクシーもSuicaで支払えたら良いのになあ。
 パスカルが庭で待っていて、飛び跳ねて喜ぶ。リビングへ入ったら、またソファでひと暴れ。そんなに嬉しいのだろうか。それとも、これが彼の仕事なのか。

 体調が良く、疲れもない。庭の落ち葉掃除を1時間くらいした。思ったほど落ち葉は多くなかった。3袋ほど集める。メールのリプライは少し遅れている。
 イギリスから機関車が明日届く、という連絡があった。嬉しい。注文したのは、半年以上まえになる。クリスマスプレゼントかな(勝手に)。
 仕事はまあまあ。細かい確認などが多数。重版が多数。小説の執筆は数日後から。「日経パソコン」第55回のゲラを校正。スバル氏が第59回のイラストを仕上げた。あと1枚だ。角川から「もえない」の見本が届いた。21日発行予定だが、連休だし、全国に行きわたるのは25日頃の予測。

 音楽を久しぶりに聴いている。ときどき聴かない時間があることは、聴くことに良い効果があるようだ。もしかして、読むこともそうだろうか。感じるもの、受けるものは、そういう絶食期間みたいなものは、有効かもしれない。
 この頃だいぶ減ってきたのだけれど、まだまだ日本の各種の現場で、精神論がまかり通っているようだ。まあ、なんというのか、今どき、「必勝!」の鉢巻きをして受験するような奴いないよ、とは思う。でも、一部の塾なんか、まだそんなことをしている。子供騙しだから、それで良いのだろうか。
 スポーツの解説なんか聞いていると、ほとんど精神論だ。監督って、そんなことしか言えないの、みたいに思うことが多い。でも、精神論を崇め奉る人も多いし、そういった文化は日本には本当に根強いと感じる。合理主義の人は、なんとか騙し騙し自分の手法を見つけていくしかないのだ。
 僕なんか、たとえば、「美しい日本語はワープロでは書けない」なんて聞くだけで、ぷっと吹き出してしまって、心が温まる方だから、反論もしたくない。
 夜は久しぶりに工作を再開。

【理科】 小説家の生態

 西尾維新です。
 前回、面白い小説を書けなくとも小説家にはなれる(面白い小説を書いたところで小説家になれるとは限らない)という話で締めましたが、しかしせっかく書く以上は面白い小説を書きたいものです。では、面白い小説を書くためにはどうすればよいのでしょう。これはもう、平凡極まりない答ですが、時間をかけるしかありません。
 しかし、時間をかけると言っても、日時歳月をかけるということではありません。もっと短期的な視点で、1日24時間のうち、どれくらいの割合を、小説のことを考えるため、また小説を書くために割けるかということです。
 小説を書くための時間、これは1日あたり3時間〜4時間も割ければ上等です。なぜなら、書いているとき、つまりはパソコンに向かって打鍵しているときというのは基本的にアウトプットの状態であり、真に創造的な時間ではないからです。強いて付け加えるなら、このアウトプットの作業は午前中に行うのが効率的だということくらいでしょうか。創作活動は夜中に行うべきだとする説が強いですが、どうでしょう、大抵のことは面白くなる夜中のテンションでの執筆は、筆が滑りそうなので個人的には怖いです。また、1日の最後に作業を残して置くのも精神的によくありません。それよりも、やるべきことは早めに済ませて、すっきりした気分で1日に臨むほうがよいように思われます。まあ夏休みの宿題みたいなものですね。
 そして、午前中の作業を終え、すっきりした気分で、1日の残り時間を小説のことを考えるための時間に当てれば完璧です。考えることは何をしながらでもできますから、理想的には午前中の作業中も、睡眠時間も、このために当てたいところです。まあ現実問題、人間には生活というものがありますから、そうそう24時間は割けないでしょうけれども、しかし残りの、小説のことを考えない時間は、考えたことを熟成させるための時間であると心得てください。
 1日中仕事のことを考えるなんてぞっとしませんか? いえ、上に述べたようなことは、厳密には小説家にとって仕事ではありません。では小説家にとっての仕事とは?
 明日はそのあたりを。

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