2007年12月18日(火曜日)

【HR】 スカイ・クロラ制作現場

 晴天、暖かい日差し。
 ぶらぶらと秋葉原へ。それから、日本橋方面へ歩き、モデルエンジニア関連工具の販売で有名な某ショールームを訪問。1時間ほど社長とお話をした。イギリスの模型事情などを伺う。
 銀座へ出て、天賞堂へ。中古品をちょっと買いもの。新製品では興味を引くようなものはなし。古い洋雑誌を60円で購入。近所の喫茶店でコーヒーを飲みながら、それを読む。
 東京駅でN倉氏と待ち合わせ。3日連続だ。中央線で国分寺へ向かう。プロダクションI.Gを訪問。1年ぶりである。前回は、長女M氏も一緒だった。あれからもう1年か。

 今回も面白いものを沢山拝見できた。会議みたいな場にも参加した。大勢で出来上がったカットを確認していくのだ。僕が一番感じたのは、飛行機の動きでこんなにリアルな映像は初めてだ、ということ。「誰も見たことがない映像」というのは大袈裟ではない。本当に凄い。まるで、飛行機の重量まで計算したかのような、見事な加速度表現だった。音も聞かせてもらった。非常に質が高くて、びっくりした。こんな音、みんな聴いたことないだろう。日本にはなかった音だ。何度でも見たくなる作品になると思う。
 散香(「スカイ・クロラ」に登場する戦闘機)をタマゴ飛行機(チョロQみたいなSDバージョン)にしたイラストが、パーティションに貼ってあって感動的だった。西尾鉄也氏が描かれたものだったので、タマゴ飛行機の話をした(実は、彼の実家が名古屋でご近所だとか)。僕は30年まえに、プラモデルのタマゴ飛行機をシリーズで全機作ったくらい好きなのだ。実家のどこかにまだあるはず。今度探しておこう。写真の奥が西尾氏のワークショップ。
 押井氏は、グアム帰りらしかったけれど、相変わらずのご様子。散香の実物大レプリカを作りたいとおっしゃっていた。これまで、数々の宣伝プランを聞いたなかで、最も効果があると僕は思った。でも、いろいろ利権(笑)もあることだろうし、どうなるのかな……。

 写真のジャンパは、作画のために使われていたものらしく、絵を描く人が、ときどきこれを見にきていた。どんなふうに皺が寄るのか、といった感じを掴むためのものだとか。押井氏とは、飛行機のマーキングの話もした。作業風景も見られた。試行錯誤がどんなふうに行われ、どのように決定されていくのか、具体的にわかった。いずれにしても、非常に沢山の具体案の中から選ばれていく。不採用になったものは膨大だろう。
 声のキャストや、主題歌の担当なども聞いた。もちろん、今はまだ書けない。すぐ近くのお店でフランス料理をご馳走になった。非常に美味しかった。
 マニアックなグッズも沢山企画されているようだ。ファンの人たちは、来年のために、お金を貯めておいてね、と余計なことを書いておく……。

【算数】 小説家になれる確率

 西尾維新です。
 昨日、小説を書けることと小説家になることはまったく別の話だと締めましたが、では、ここにひとりの若者がいたとして、彼または彼女が小説家になれる確率はいかほどなのかを計算してみましょう。確実な方法はなくとも確率は予想できるはずです。ちなみに夢を抱く若者のやる気を削ぐもっとも効果的な方法は、その夢の困難さを説くのではなく、『そんなことは簡単だ。適当にやっていればできる。あんまり頑張るな』というように、その夢を実現容易なものとして語ってしまうことだそうです。確かにこんなことを言われたら挑戦意欲はなくなりますよね。そういう意味では、これから述べる考察は、ともすれば若者のやる気を削いでしまう結果になるのかもしれませんが、小説家になること、これ自体のハードルはそう高くはありません。人によっては、小説を書くことのほうが難しいくらいでしょう。
 まず、競争率が低い。これが重要です。小説家になりたいという人は多くとも、小説家になろうという人はごくわずかなのです。新人賞の総応募数に気圧されてはいけません。新人賞の応募作品の大半はそもそも小説としての体をなしていないそうですから、事実上カウントせずに計算することが可能です。すると小説家になるための競争率は、たぶん企業就職や公務員試験の競争率とトントンか、あるいはちょっと低いくらいの数値に落ち着くでしょう。
 そして再挑戦が許されていて、かつ年齢制限がない。これが他の職業と大きく違うところです。極端な話、80歳になってからでもデビューすることが可能で、むしろそれが売りになったりさえします。長期間挑戦し続けていれば、彼または彼女に時代が追いつくという可能性もあります。さすがにそれは考え過ぎでしょうが、書き残した小説が死後にブレイクするかもしれません。
 まあその他もろもろ総合的に見て、任意のひとりの若者が小説家になれる確率は、一生(死後含む)を通して3割くらいはあると思います。
 面白い小説を書けなければ小説家にはなれないだろうって? いえ、書く小説が面白くなくとも小説家にはなれます。ただ、小説家であり続けることが難しいだけです……逆に言えば面白い小説が書けるからと言って小説家になれるわけでもないのですが、でもまあ面白い小説が書けるなら小説家になんてなれなくてもいいじゃないですか。
 明日はそのあたりを。

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