2007年12月09日(日曜日)

【HR】 たちまちリベンジ

 昨日の機関車の対処については夜に思いついた。朝起きてまず1時間ほど落ち葉をバキュームで吸ったが、そのあとすぐに機関車の修理を始めた。脱線で折れたパーツも交換する。手持ちのものがあったから、すぐに直せたわけだ。やはり、ストックをしておかなければならない。2時間ほどで復旧。外は風があるものの眩しいくらいの晴天。どうしようか迷ったが、思い切って試運転をすることにした。

 昨日と同じ手順だから手際が良い。すぐに走らせることができた。今日は、万が一脱線をしてもダメージが最小限になるよう低速で走った。調子がとても良い。脱線もなかった。やはり、ほんのちょっとしたことが原因だったようだ。しかし、別の原因でいつ脱線するかわからないし、脱線したら例のパーツが折れる確率は極めて高い。
 10周ほど走ったが、一箇所軽微な蒸気漏れが見つかったほかは満足できる結果だった。火を落とし、機関車の掃除をする。この古い機関車は7月に手に入れて以来、今までずっと、トラブルがあって運転を中断する日ばかりだったのだが、今日は初めて、トラブルなく運転を終えることができた。ここまで来るのに5カ月かかったか。

 午後は音楽を聴きながら、小説の仕事をこなす。「水柿君」は5000文字書いて、完成度66%に。「タカイ×タカイ」の2校は80%まで見た。「工作少年の日々」2校もチェックをした。校閲が表記の統一を指摘してくれるのだが、意味によって表記を使い分けているので、またもルールについて説明をしなければならない(面倒)。しかし、すべてが順調。

 スバル氏が話していたこと。僕たちの世代は、高度成長期で大人は仕事に忙しく、子供はあまりかまってもらえなかった時代に育った。いじめがあるとか、登校拒否があるとか、そんなのは、僕たちより少しあとの時代だ。僕たちのときにも、それらは当たり前のように存在していたが、騒ぎにもならなかった。辛い思いをしても、我慢しなさい、としか大人は言わなかっただろう。社会がまだ注目もしていなかったのだ。「いじめ」「引き籠もり」といった言葉が聞かれるようになったのは、それを問題視し、注目したからであり、対処の始まりだった。問題になるよりもまえは、状況はもっと酷かったのだ。
 しかし、そういう時代だったからこそ、自分の自由をこんなに重要視する人間になったわけで、また、ある意味で、自分本位ではあるけれど、この自由さは幸せだ。今の子供たちは、大人から目一杯注目され、可愛がられているから、逆にいつまでも自由になれないだろう。可愛がられすぎるから、その愛情の元から離れられないのだ。愛情や注目が自身の束縛になっている。悪い状況ではないものの、自覚あるいは自戒すべきかもしれない。

【社会】 どこまでが?

 収賄の取締りが厳しくなると、「しかし、どこまでが収賄で、どこまでが単なるお礼なのか、線引きが難しい」という声を聞いた。ヤラセが問題になると、「どこまでがヤラセで、どこまでが演出なんだ?」という声が上がる。セクハラのときだって、「どこまでが良くて、どこからがセクハラになるのだ?」という声が多かった。
 しかし、多くの場合、「どこまでが」なんて言っているようなものは「すべて悪い」と考えるのが正解である。自分がどう認識しているか、自分がどう処理しているかが問題なのではない。そこが決定的に間違っている。当事者の誰かが「収賄だ」「ヤラセだ」「セクハラだ」と感じれば、あるいは当事者でなくても多数が感じれば、それは「クロ」なのだ。
 いずれも、長く当たり前のように行われてきた慣習だ。ときには、ものごとを滑らかに進めるシステムだった。やっている側にはまったく罪の意識はない。「何がいけないんだ?」と首を捻るばかりで、「まったく、やりにくい世の中になったものだな」という嘆きしか聞こえてこない。つい10年まえなら、「談合は絶対になくならない。これは必要なシステムだ」と胸を張っていた人がまだ大勢いた。
 では、何故問題になったのだろうか? こういった慣習に対し、「ちぇ、嫌だなあ」と眉を顰めている人間が大勢いたのである。これまで、そういう大勢の大人しい人たちが無視されていただけのことだ。わかりやすい例でいえば、禁煙運動もこれである。
 昔ほど、少数が大勢の気持ちを知らなかったか、無視していた。ゆっくりではあるけれど、世の中は、大勢が望む方向へ進んでいる。

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