2007年08月21日(火曜日)
【HR】 遠く対岸を望む
7時起床。少し躰が怠い。たぶん、先週の集中ゲラ読みの後遺症だと思われる。
朝はまず水やりをする。僕が水やりをすると、パスカルは走らない。なるべくはしゃいで走らせないようにしている。脚を痛めるからだ。曇り空で、日差しがそれほどでもない。35℃くらい。もう少し涼しかったら機関車を出したが、体調のこともあるし、見送った。
![]()
ゲラは「フラッタ」文庫版に移り、20%まで。「日経パソコン」第47回のゲラを見た。「森博嗣のTOOLBOX」の文庫が中央公論新社から来春出る。以前に「日経パソコン」に連載したエッセィを収録したもので、エッセィ集のうちでは最もふざけないで書いた内容だ。今回文庫化にあたり、平岡幸三氏に解説を書いていただけることになり、今日その解説が届いた。一介のモデラが綴った駄文に、世界のKozo Hiraokaが寄稿して下さったのである。謙遜や誇張では全然ない。模型の世界では誰も森博嗣など知らないが、Hiraokaの名は世界中のモデル・エンジニアが知っている。今年の5月に我が庭園鉄道を訪問いただき、先週のコンベンションでもお目にかかれた。とにかく非常に嬉しい。作家になって良かったな、と稀に思うのはこういうときである。
今年は、講談社から「悠悠おもちゃライフ」の文庫が出て、また暮れには集英社から「工作少年の日々」が文庫になる。上記の「森博嗣のTOOLBOX」が来春に発行されると、エッセィ本が3冊文庫で出揃う。いずれも工作系の内容のように装っているけれど、その実は違う。僕はそんなに工作が得意でもなく、もちろん機械や電気は専門外だ。良くいえば一般向けの話題になっている。このためか、ようやく最近、エッセィのファンという方からメールを沢山いただくようになった。
エッセィや日記を読んでいたが、ためしに小説を読んでみた、という人、その反対に、小説ばかり読んでいたが、この頃エッセィや日記を読み始めた、という人から、メールをいただくと何故か少しだけほっとする。
![]()
振り返ってみると、人生という旅路の途中で、ときどき川を渡ることがあった。自分は本来はこちら側だが、ためしに向こう側へ行ってみるか、というときがたまに訪れる。なんとなく、今まで足を踏み入れなかった領域へ恐る恐る片足を入れてみる、そんなときがあるものだ。そして、それがきっかけとなって、広大な新天地が目の前に開けることもあって、なかなかに楽しく、突然変異による進化論を信じたくもなる。
僕は、常に「自分はこうなんだ」と決めつけず、いつでも軽く川を渡れる旅人でいたいと願っているけれど、川にもいろいろあるわけで、ちょっとやそっとでは渡れない大河の岸に立ち、遠く対岸を眺めるだけのことだってもちろんある。「若い頃だったら(もっと上流だったら、あるいは体力があったら)渡れたのに」と悔しく思うこともしばしばだ。アドバイスは「渡れるうちに渡っておこう」かな。
勘違いしないでほしい。エッセィを読めという意味で書いたのではない。人にすすめられて川を渡ると、溺れる確率が高いので注意しよう。大事なのは、「渡ってみようか」という最初の思いつきなのであって、人から言われたらもう多くは台無しである。
![]()
お昼頃、スバル氏と書店へ行き、雑誌を何冊か購入した。それを読んでいたら、そのままソファベッドで2時間ほど昼寝。起きたら体調が良くなっていた。夕食は、餃子だった。もの凄く珍しく、スバル氏が作った餃子だ。彼女は餃子が好きなのだが、自分で作ることはまずない。
僕だけかなぁ、出来合いの餃子って、どれも今ひとつ美味しくないと感じるのは。
僕だけかなぁ、蚊に刺されて、かゆみ止めを塗っても、ほとんど気休めだと感じるのは。
僕だけかなぁ、アイデア商品って、アイデアの凄さより、値段の方が何倍も凄いものばかりだと感じるのは。