2007年08月26日(日曜日)
【音楽】 直感より遅れてくる感動
これは【音楽】には限らないけれど、わかりやすいので音楽で書こう。
新しい作品に出会ったとき、「お、良いね」とすぐに感じるものは、のちのちそんなに「良い」ものではなくなることがほとんどで、逆に、最初は「え、何、これ」と少々受け入れがたい作品の方が、あとで非常に「良い」ものになることが多い。ようするに、直感を信じていると見誤る、という経験則ができてしまうのである。
こういった経験を重ねるうちに、直感も修正される。70%くらい「良い」と思えるけれど、残り30%くらい「わからない」部分があるものを、「良い」と感じるようになる。だから、100%「良い」ものに対しては、「なんとなく、もの足らない」みたいに否定するようになる。
美術作品でもまったく同じだし、映画でも、また小説でも少なからずこの傾向ある。ただ、作品に接する時間が短い、という点で、音楽や美術品は際立つ。音楽なら3分くらいだし、絵画や彫刻作品になるともっと短くなる。同じ曲を最初に10回繰り返して聴いたり、絵の前に立って1時間じっと見つめていれば、評価は変わってくるかもしれない。映画は2時間だし、小説を読む時間はもっと長いから、作品に触れているうちに見えてくるものがあって、その分のちのち評価が覆ることが少ない、ということだと思われる。
人間でも、30分だけ話すなら、もの凄く魅力的な人、というのはいる。写真を撮るだけなら絶世の美人、なんていう人もきっといるだろう。それが、時間が長くなると、いろいろ欠点が見えてきてしまったり、良い点が強すぎて鼻についてしまったりする。難しいものだ。
一口食べただけで美味しいものと、何度も繰り返し食べたくなるものは、やはり別のようだ。ただ、一口食べたときに、「不味いな」と思われてしまうと、繰り返し食べてもらえなくなる。これらを見越して、どのような狙いで作品を作るのか、ということが作り手のデザインだ。
最初にぱっと立ち上がる良さを犠牲にしても、繰り返し見られる、長い時間触れられる、というような作品の機能を、僕は「耐久性」と呼んでいる。できれば、耐久性のある作品を作りたい、と考えているのだが。