2007年08月24日(金曜日)

【HR】 憧れの仕事が危ない?

 今日も明け方にざっと雨が降ったので、朝は水やりをしなくて済んだ。毎日がこんなふうだったら、めちゃくちゃ親切な夏なのに。今日は36℃の予想で、やはり日本中で名古屋が一番暑かったが、名古屋が暑くなるのは、これから秋にかけて、つまり残暑である。関東はもう涼しくなるだろう。
 午前中に小説の仕事を片づけた。「フラッタ〜」のゲラは80%まで。執筆はまだ始めていない。
 お昼には、スバル氏とホームセンタへ。花の苗を一箱買った。こんな時期に買う人は少ないし、商品も少ない。そろそろ夕方が涼しくなったので植えてみるか、ということで……。
 昨日デパートで買ったスコーンが美味しい。突然だが。どうも、最近、杏のジャムに厭きたとか。ま、それくらいは書いても、波風は立たないと思う。

 近頃の若い人を見ていて、また1つ特徴的なことを見つけてしまった。それは、仕事に対してなんらかの憧れを持っている、という点だ。つまり、自分が好きな仕事がしたい、自分の趣味と一致する仕事を見つけたい、やりがいのある仕事を選びたい、というふうに考えている人が多い。これは、どんな時代にもあったかもしれないけれど、これまでの日本では、そういった選択の余地はなかった。仕事とは、とりあえず食うために行う労働であって、雇ってくれるところで働くことができればラッキィだ、という状況が長く続いていたのだ。やはり豊かな世の中になったせいだ、と簡単な分析はできないとは思うけれど、平均的には、そういうことによる結果かもしれない。
 憧れの仕事にうまく就けない場合の問題は、特に言及するほどのものではない。それはごく普通のことだ。昔からあった。むしろ問題なのは、憧れの仕事に就けた場合である。
 自分が望む職種に就けたため、「仕事にはまってしまった」若者が散見されるのである。彼らは一見幸せそうに見える。彼ら自身も最初は幸せだと感じ、ますます一所懸命仕事に打ち込む。ただ、傍から見ていると、安い賃金で重労働を強いられている様が観察される。ちょっと頭を冷やして、自分がしていることがどの程度の「労働」かを認識した方が良くないか、と思うことがしばしばだ。そして数年もすると、思ったとおり、疲れ切って別の職場へ移る者が非常に多い。このため、どんどん新しい人間がその「憧れの職場」へ供給され、それで回っているのだ。経営者にとっては極めて好都合な条件であることはまちがいないが、これは正常だろうか?

 たとえば、僕が若い頃、建築の設計事務所がそうだった。仕事を覚えるまでは、月給などろくに出ない。食事ができるだけの小遣いしかもらえないのに、休みもなく働かされる。そうやって仕事を覚えるのだ、と言われていた。まるで「弟子入り」のようなものだ。傍から見ていると、「憧れを利用した若い労働力の搾取」ではないか、と感じられた。少しまえは、SEがそんなふうに見えた。今はどうだろう。漫画家やアニメータはどうだろう。是非、憧れの職場で頑張っている人は自覚してほしい、仕事とはすべて「労働」である、ということを。

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