2007年07月31日(火曜日)
【HR】 爽やかな夏休み
大事な初校を2つ終えて、ようやく少し楽になって、これからコンベンションの準備をしようか、というところ。今日は朝からとても涼しく清々しい。避暑地にいるような気分だった。
「少し〜」のゲラを午前中に3/8まで読んだ。機関車の整備をしつつ、ガレージの片づけなどをぼちぼちと。コンベンションのための荷造りをするには、場所をまず空けなければならない。
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先日ハンズで買った300円か400円の飛行機のプラモデルを作った。10分くらいで完成。塗装済みである、というだけでもびっくりだが、組み立ててみると、その精度がもの凄い。なんというのか、ここまで高精度のプラスティック成型が今は可能なのだな、と再認識した。これに比べたら、昔のプラモデルはほとんど素材といって良いほどで、削ったり、盛ったり、自分で作り直したりしなければならないパーツばかりだった。ぴったりと部品どうしが合うなんてことは奇跡だった。近頃の食玩のディテールを見れば、たしかに隔世の感はある。だからといって、高精度のプラモデルがその分、楽しみも大きいかというと、そうともいえない。
たとえば、昔のプラモといえば、実物を縮小したスケールモデルばかりではなかった。空想科学に相応しい、愉快なものが沢山あった。今では、そういったものはモビルスーツ系(つまり原作付き)の、やはりスケールモデルになっている。それ以外は、電子映像になってしまったのだろうか。
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母屋の2階は、夏でも暑くならない。2階建ての家というのは、夏は2階が暑くなるものだというのが、日本の住宅の常識だが、断熱さえしっかりとしていれば、そうはならないようだ。スバル氏が2階の2部屋を使っているが、僕も1部屋をクロゼットとして使っている。10畳ほどあるから、そこを改造して第2の書斎にすることを考えている。天井が非常に高いので、ロフトも作れそうな部屋である。それから、その近くにバスルームがあるし、サウナもある。サウナは、今まで1度だけスバル氏が使っただけだ。今のところ倉庫としても使われていない。そんなことをいったら、地下室がある。夏でもひんやりする。滅多に下りていかない。まだまだ手を加えれば住みやすくできるのではないだろうか。機関車なんか作っていないで、家の修繕でもしたらどうか。いや、小説なんか書いてないで……、が正しいか。
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午後は、講談社のK城氏が「キラレ〜」のゲラを取りにきてくれた。美味しいババロアをもらった。ゼリィはまだある。プリンもある。そのあと、スバル氏と買いものに出かけた。
どちらにしても、今日はとても過ごしやすかった。ガレージも全然暑くなかった。気温は高かったかもしれないけれど、湿度が低かったからだろう。こんな夏休みだったら、いつまで続いても良いな、という話をスバル氏とした。
【社会】 国民の審判
選挙になるとこの言葉をよく耳にする。「国民の審判が下った」と。そのとおり、つまりどの選挙においても常に国民の審判は下っている。国民の声を謙虚に受け止めるべきだ、という声も聞くが、そもそも、常に全員が国民に選ばれた人間ばかりなのであるから、最初から受け止めているはず。「誰がやっても同じだ」なんて言うけれど、そういう人たちを選んだのもまた国民である。
総理大臣は、国民が選んだのではなく、議員が選出したものだ、と言われるかもしれないが、議員は国民が選んだ人たちだから、国民はいつだって政治家をすべて入れ替えることができる。自分たちの思うとおりにできるのだ。逆にいえば、議員は国民に選ばれた人間なので、自分の勝手に辞めることは難しい。責任を果たすべきである。
政治的な失敗や、スキャンダルがあると、国民が審判で辞めさせることになるが、それは、自分たちが選出した人間を取り替えることであって、つまり自分たちの判断が間違っていた、ということだ。したがって、審判とは、国民自身に対して下されるものといえる。反省すべきは、政治家ばかりではない。国民が反省するべきなのだ。
どうも、なにかというと「政治は不透明だ」「政治は汚い」という言葉で簡単に処理されているように感じる。そんなに不透明で汚いものを、何故この国の国民は許しているのか? それを選んでいる国民が不透明で汚い、ということだろうか? たとえば、自分がもらえる年金のこと、自分の町に通る道路のこと、自分の仕事の景気のこと、そういったものに一喜一憂し、左右されて、政治家を選んでいるから、不透明で汚くなるのではないのか?
自分の生活にとって不利になり、自分の町にも不利になり、自分の仕事にも不利になっても、日本の未来にとって正しいものはありえないのだろうか? 「審判」という言葉には、立場を越えたもっと重い響きがあると僕は思う。
2007年07月30日(月曜日)
【HR】 完成したものは形骸
今週はずっと晴れるという予報を昨日見た記憶があるが、朝から雷雨だった。そこで予報を見直すと、今日は一日雨で、しかも大雨洪水警報も出ていた。しかし、その予報を見たとたんに、急に晴れてその後晴天になった。スバル氏に言わせると、「天気予報の反対になる、とみんな思っているから、問題ないよ」とのこと。
そういえば、蝉って、雨が降っている間は鳴かない。雨が止むとまた鳴き始める。というか、蝉が鳴かないうちは、まだ降ってくるのだ。鳴かなくなると、雨が降り始める。揃いも揃ってそういう習性らしい。
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午前中はスバル氏とハンズへ行った。日用品を沢山買って、2人で大荷物で駐車場まで戻った。午後は、研究関係の打合せのため1人で出かけていき、夕方に戻った。今日も30分ほど、箱の解体作業をして、だいたい片づいた。水やりをしなくても良かったので助かった。
小説の仕事は夜。「MLA7」のゲラを見て、それから「日経パソコン」の第46回の2校も終了。次の47回〜50回のテーマを考えた。まだ書いていない。「少し変わった子」ノベルス版のゲラを1/8読んだ。ちょっとだけ忙しい日だった。
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スバル氏が、急にBMWのオープンカーを買いたいと言いだした。「丸っこくて可愛い」というのと、「あれなら運転できそうな気がする」というのが理由らしい。オープンカーだけは嫌だとか、スポーツカーは嫌いだとか、ツーシータは許せないとか言っていたわりに矛盾している。今でも一番好きなのはジープなのだそうだ。もともと、ジープのラングラーを見にいって、弾みでミニを買ってしまったのである。BMWのオープンのことを「あれは、スポーツカー?」ときくので、「まあ、そうだね。オープンカーはだいたいスポーツカーだよ」と答えたら、「本気でスポーツするのに、あんな柔な屋根では駄目でしょう。ひっくり返ったとき、危ないじゃない」とおっしゃっていた。ボディの剛性も含めて、そのとおりではある。僕も、スポーツカーというのが何たるかをよく理解していないが。
大きな機関車が一昨日届いたので、今、待っているものは、あと3台だけになった(まだ3台もあるの?)。さらに大物で1つ、待っているものがある。来年くらいだろうか。楽しみは尽きない。
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1ヶ月くらいまえに、ガレージでちょっとした事故があって、小さな機関車の1台が1mほど落下した。40cmくらいの大きさの製品で、自分で作ったものではない。買ったら新品で30万円くらいのもの。完全に歪んで、直せないほど壊れてしまった。でも、「あらら」くらいで、そんなにショックはなかった。もう充分に遊んだものだし。
たとえ自分が作ったものが壊れても、そんなにショックはないだろう。一番ショックが大きいのは、作りかけのものがアクシデントで壊れたときだ。これは、自分の時間が失われた感覚になる。ところが、一度完成してしまうと、それほど未練がないようで、傷がついても気にならない。なんかの弾みで壊れても、適当に(いい加減に)直して、また飾っておくだけだ。ようするに、一度完成してしまったものは、既に形骸(本質がない抜け殻)であって、もう壊れたも同然、役目を終えた残骸なのである。
そういえば、自分の車のボディに傷がついても、特にショックがない。これも不思議なくらい。「あらら」くらいの感じなのだ。だから、洗車もしないのだな……。理由はよくわからないが、傷がついたところで、乗り心地も走りも変わらないからではないだろうか。どうせ、運転している自分からは見えないし。
【理科】 カタパルト発進
広辞苑によると「軍艦の甲板のような狭い所から火薬・高圧蒸気などの力で飛行機を射出する装置」とある。空母から飛行機が飛び立つときにも、飛行機のエンジンによる加速だけでは不足なので、滑走路に備えられたカタパルトに引っ張ってもらい、いわば投げ出されるようにして離陸をしている。
空母の滑走路は100mくらいだ。またジェット機は最低でも時速250kmくらいの速度が出ないと浮かない。離陸するときには、空母自体が風上に向かって全速力を出すから、船自体が50km出ているとしても、あと200kmの速度を滑走路上で出さなければならない。時速200kmは、だいたい秒速50mくらいである。今、たとえば、4秒かけてこの速度まで加速したとすると、ちょうど100mを走り抜ける計算になる(1/2×4×50=100)。このときの加速度は50÷4=12.5m/s2であって、いわゆるGと呼ばれる重力加速が9.8m/s2だから、それより少し大きいことになる。安全を見て、もっと大きな加速度が必要だとは思う。カタパルトなしでこの加速度を得るような出力のエンジンは、静止状態から真上に向かって発進する能力が充分にあることになる。細かいことを抜きにした、概算だが。
ちなみに、さらに過酷なのは、着陸時だ。失速ぎりぎりの速度でアプローチして着艦する飛行機を止めなければならない。離陸のときのように、滑走路を端から端まで有効には使えない。今度は飛行機にワイヤを引っかけさせて、強制的に止めるが、このときのGは、発進時のGよりも大きいだろう。しかも、パイロットにとっては前方向の加速度になるので、シートの背に押しつけられるのの反対だ。前方へ飛び出そうとするのをベルトだけに支えられる格好になり、ほとんど軽く衝突したような感じになるだろう。
2007年07月29日(日曜日)
【HR】 サービスと政治
今日も暑い。でも、外は風があってまあまあ爽やか。午前中まだ涼しいうちに、デッキでスバル氏に髪を切ってもらった。パスカルも出てきたが、僕がケープを被ったら、はたと気がついて、家の中に逃げていった。覚えていたようだ。
不思議なことに蚊が少ない。雑草を取り、朝夕の水やりをして、それを感じた。昨日の荷物の木箱を解体する作業を半分ほどした。後かたづけが大変である。
お昼頃にいろいろな用事で出かけていく。買いものも済ませてきた。
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仕事は午後、涼しいリビングで、ゲラ校正。「キラレ〜」を最後まで見た。「MLA7」は80%まで。
機関車製作部のレポートをアップした。今日は工作はお休み。昨日届いた機関車は、仕様書や組立マニュアルなどをじっくり読んだだけ。そういえば、久しぶりに今日は音楽を聴いていない。
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「ファンサービス」という言葉をよく耳にする。実際にメールでも書かれていることも多い。「この部分は、ファンサービスですか?」みたいなふうに。どうもよくわからない。そもそも、小説というのは、まるごとすべてファンサービスなのではないだろうか(まえにも書いたことだが)。ビジネスというのは、ユーザにサービスをする行為ではないだろうか。
しかし、わざわざ当たり前のことを尋ねてくるのも変なので、きっと違う意味に使われているのだろう。ちょっとした余裕というか、余技として、ビジネスではない部分、遊びの部分、オマケのようなものとして提供されるものが「サービス」である、という認識だろうか。そういう意味の質問だとしたら、それは違う。オマケではない、それがメインである、が答になるが。
サービスというのは、やはりボランティア精神で「無料」で行われるものと認識されているのかもしれない。「奉仕」という日本語でも、人によって捉え方が違う。社会奉仕、勤労奉仕、無料奉仕、奉仕品、などなど。この話はここまで。
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今日が投票日で、選挙が終わったので、一言だけ書こう。日本の政党(あるいは政治家)というのは、どうしてもっと積極的なことが言えないのだろう。僕はいつも与党以外に投票する人間だが、それでも、この頃とても迷う。たとえば、将来のために年金制度を撤廃すべきだとか、福祉を充実するためには消費税を上げて財源を確保する必要があるとか、それくらいのことを言う人が何故いないのか? 前回のときだって、郵政民営化に賛成する、という人が何故もっと野党にいなかったのか? 当たり障りのない綺麗事しか言わないから、信じてもらえないように思うし、国民を馬鹿にしているように聞こえる。野党も、政治を変えるつもりなら、まずは野党がまとまって、2大政党制に近づけるくらいの勢いがなくてはならない(近づきつつはあるが)。これまでの野党は、内閣をつぎつぎ替えさせることだけが自分たちの使命だと考えているみたいだった。それでは、「政策の邪魔をしている」だけのようにしか見えない。もう少し頑張ってもらいたい、というか、本気になってもらいたい。それとも、そういう本気の人材は初めから与党にいるのだろうか?(現に、与党から飛び出してきた人が多い)
【算数】 7について
「森博嗣のTOOLBOX」の中でも書かれているが、7というのは特殊な数である。虹は7色だし、賢者は7人だ。七不思議、七福神、七味、七つ道具、七人の侍、曜日、などなど7つであるものが意外に多い。
この理由として、平均的に人間が覚えられる数、ということではないだろうか。つまり、七つ道具、として思い出しながら、1つずつ言えるのが、だいたい7つまでなのだ、八つ道具になると、1つくらい忘れられてしまう、ということ。いろいろ沢山あるけれど、代表的なものを挙げてみました、というときに取り上げやすい数なのではないか、と思う。
7よりも1つ少ない6は、2でも3でも割れる非常に便利な数であるが、あまりラッキィな場面には出てこない。サイコロは6面だけれど、反対面の目を足すと、どこも7になる。トランプでも、7は中心の数だ。
10進法の1桁では、7は最大の素数である。12進法の1桁では最大の素数は11になる。7と11は、英語ではセブンとイレブンで、発音が似ている。
名前に7がつくものも多い。セブンスター、RX−7、ウルトラセブン、ワイルドセブンなどなど。なんとなく、格好良い響きなのだろう。
2007年07月28日(土曜日)
【HR】 待ちに待ったジャック
今日は待ちに待った日。荷物が届く日だ。早朝から目がぱっちり覚めたが、しかし荷物は午後である。
小説の仕事は午前中に片づけた。「キラレ〜」のゲラを80%まで、「MLA7」のゲラを60%まで。順調。「日経パソコン」の第46回のゲラ校正。そろそろ次の原稿を書かなければ。
工作は、機関車の修理の続き。一応、動かせる状態に漕ぎ着けた。でも、外は暑いし、石炭を燃やしたらもっと暑いから、いつ試運転ができるかわからない。機関車製作部の今月のレポートを書き始めた。明日くらいアップできるだろう。
すっかり夏になった。日差しが鮮明。蝉は煩い。夕方はすべてが黄色く眩しい。仕事は午前中はガレージで、昼過ぎからは涼しい母屋のリビングでした。体調は悪くない。
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3時頃、ついに荷物が到着。トラックに中まで入ってもらい、二人がかりでガレージの前に箱を降ろしてもらった。箱の重量は150kgくらい。その後、炎天下で一人、麦わら帽子を被り、バールでその箱を解体する。慎重にやったので30分くらいかかった。中には大きな赤い機関車が1台。イギリス製だ。この機関車自体は80kgくらいの重さである。
箱の側面を壊したので、あとは、機関車を底板から下ろさなければならない。機関車というのはだいたい前が重い。持ち上げて確かめてみたら、前が50kgくらい、後ろが30kgくらいの感じだった。そこで、スバル氏にお願いして、後ろを持ってもらって下ろした。僅かに30cmほど横に移動するだけのことだが、これが大変な作業だった。ようやく地面に降りたので、あとは車輪があるから、コンクリートの上を転がしていき、レールにのせた。ここでは、前後を少しずつずらせば良いだけなので、一人でもできる。線路にのってしまえば、あとはするすると押していける。こうして、ガレージに無事に収まった。
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名前をジャックというイギリスの小型機関車のスケールモデルで、実物の4分の1くらいだ。実物が小さい、ということ。もしかしたら、値段も、実物の4分の1くらいかも。モビリオと並んでいるが、もちろん、モビリオよりはずっと高い。チェックをしてから早く運転をしたいところだが、もう少し涼しくなってからの方が良いだろうか。
箱の解体ですっかり息が上がり、汗をかいたので、シャワーを浴びて、冷たいものを飲みながら、夕方はのんびり過ごした。
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毎年この時期、つまり夏休みになると、ファンからのメールが減る。ということは、学校からメールを出している人が多い、ということだろうか。しかし、その減り方が少しずつ目立たなくなってきた。ケータイやパソコンが普及したせい、と見るべきか、学生のファンが減った、と見るべきか。
HPの右下にいるのんた君をクリックすると出るReadMeに注意が書いてあるが、質問には答えない。これは、既に本に書いた内容で、そのネタバレになるため、という理由が最も多い。あしからず。ただ、ファンからのメールにはほぼすべてリプライしている。しないものは、一度迷惑メールと判断され、その後は自動的にゴミ箱行きのもの(したがって読んでいないもの)である。
【国語】 またも長音について
カタカナ表記で「コンピュータ」や「プログラマ」のように、スペルで語尾が「er」「or」の単語の場合、カタカナの最後を「ー」で伸ばさない、という表記について、「森博嗣」の名前がよく挙がる。その分野では普通であっても、小説では珍しい表記だったのである。新聞もこうは書かないらしい。「コンピューター」なんて気持ちが悪いと思うが、逆に、伸ばす方に慣れている人は、「ー」がないと気持ちが悪いようだ。
でも、たとえば「ギター」は「ー」をつける。これは、カタカナ2文字以下ではつけるルールだからなのだが、どうしてそんなルールがあるのか、というと、短いものは英語のアクセントがそこに来るものがあるためだ。「ギター」は、後ろにアクセントがあるから、「ー」があった方が発音が近い。逆に、「マナー」などは、前にアクセントがあるから、本当は「マナ」と伸ばさない方が発音が近い。また、日本語として使うとき、伸ばさずには言いにくいということもある。
3文字以上のものは、一番後ろにアクセントが来ることは滅多にない。だから、「ー」がないものが発音が近くなる。「バッター」とか「マイナー」なんて伸ばすと、英語の発音と違いすぎる。「ー」をつけない表記がJISに規定されているのは、そもそも英語の発音により近いものを目指しているからだろう。例外はあるが、「より近い」ということだ。
この頃、昔よりは日本人は英語を普通に話すようになったし、英会話教育の成果なのか、発音が良くなっていると思う。「ビルヂング」とか「ゼット機」なんて言う人はいなくなった。英語の単語をカタカナで表記するとき、できるだけ原語の発音に近い書き方にすることは、教育的にも意味があるのでは、と僕は思う。たとえば、「ラジオ」と書いたから通じない和製発音になってしまった。最初に「レイディオ」としておけば苦労しなくてもすんだかもしれない。
日本語でも、「女王」はほとんど「ジョオー」ではなく「ジョーオー」と発音されている。逆に「学校」は「ガッコー」よりは「ガッコ」が多い。「体育」はほとんど「タイク」である。だから、読み方と表記は違う、というのが日本の伝統なのだ、という意見もあったりして……。
僕は特に強い意見はない。拘っているつもりは全然ない。ルールに従っているのは、よけいなことに頭を使いたくないだけである。
2007年07月27日(金曜日)
【HR】 夏らしい夏?
暑くなるという予報だったので、外に出ないことにした。
でも、元気なショートヘアのスバル氏は繁華街へショッピングに行くという。駅まで送り、留守番だ。パスカルは、クーラの効いた部屋で昼寝。僕は、工作室で機関車の修理。今日は、古い機関車の欠けた車輪をエポキシ・パテで盛って、硬化後に削って修復した。
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ときどき、リビングでゲラ校正。「キラレ〜」は60%まで。「MLA7」は40%まで見ることができた。「ゾラ〜」のカバー色校正が届く。シックな感じになった。内容も装丁も、今までになかった感じの本かも。
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アマゾンを見ていると、ときどき本が一時的に売り切れになる。在庫がない状態になると、この機会を見逃さず、ユーズド商品が値段を一気に上げて、定価の1.5倍〜2倍もの値をつける。本がまた補給されると、ユーズドはすぐに定価か、それ以下に値を下げる。数日待てば定価で新品が買えるのに、たまたまその期間にうっかり高い中古品を選んでしまう人がいるのだろう。それを狙っている商法である。まえにも書いたが、中古販売自体は全然悪くない。しかし、新しいもののすぐ横に並べて売るのは非常に紛らわしい。消費者の誤解を狙って高く売りつける商法に、日本一の書店アマゾンが荷担しているのは、いかがかと思われる。
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暑かったが、爽やかな気候だった。気温が30℃くらいまで下がって、夕方には書斎に戻った。窓から風が入り、良い感じだ。明日は、イギリスから機関車が届く日なので、今日のうちに仕事を前倒しで片づけたい。
今年は猛暑の予報だったが、気象庁は予報を改めた。それによると、今年は「夏らしい夏」になるのだそうだ。それは、どういう意味なのか、ということでスバル氏と議論になった。「夏らしい夏」というと、本来の夏の姿であるので、つまり「猛暑」のことなのではないか、と僕は受け取った。でもそれだと、わざわざ「猛暑」の予報を修正した意味がない。どうも、「例年並みの夏」あるいは「平均的な夏」という意味らしい。それって、「夏らしい夏」かなぁ……。スバル氏に言わせると、「どうにでも取れる線を狙ったんよ」となるが、そうだとしたら「気象庁らしい気象庁」だ。
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マジックは見ればほとんどその場でネタがわかる、ということを以前に書いたから、ときどきメールで、マジックのネタを教えてくれ、というのが来る。マジックのネタが全部わかるなんて、僕の周囲ではごく普通のことで、威張れるようなことでもなんでもない。むしろ、不思議だと思う人の方が不思議だ。考える気がないから、不思議で止めておけるのだろう、と想像する。超自然現象とか、超能力とか、占いとか、迷信とか、信じるとか信じないというレベルのものではない。すべて宗教である。
【社会】 ガン保険
若い頃にガン保険に加入した。これは、子供も小さかったし、自分が病気になったら家族が大変だと考えたからだ。掛け捨ての保険は、危険を回避するためのシステムとして有効だ、と僕は思う。20代に加入したので、1カ月に3000円弱の金額だった。これをずっと払い続けてきた。
ところが、数日まえに、その保険会社から手紙がきた。どうやら解約になっているらしい。僕は解約した覚えはなかったのだが……。今なら300円ほどのアップで継続できるとあった。もちろん、この歳から再加入したら、倍くらいに掛け金が上がるのだろうから、それに比べれば安いかも。
掛け捨てだから、こういったことがあるのだろうか。つまり、この値段で一生、というわけにはいかない、ということである。事実上、掛け金のアップなのだ。保険会社が潰れて(この可能性は小さくない)他社が引き継いだ場合も、掛け金は上がる(あるいは補償額が減る)。いずれ、やっていけなくなるから、絶対にそうなるだろう。
もう子供も大きくなったので、ガンになっていつ死んでも誰も困らないので、良い機会である、このままにすることに決めた。解約の手続きが不要なだけ、とても助かった、といえる。今まで、安心した生活を送れたのだから、その価値はあった。
保険は、若いときにこそ必要なものだ。老後のために積み立てるようなものではない。今日明日の不慮のトラブルをカバーするシステムである。
2007年07月26日(木曜日)
【HR】 鼓舞してくれるもの
曇ったり雨が降ったり晴れたり、という日。まだ梅雨は明けていない。まあ、気温が上がらない分、過ごしやすいのは良いかも。
今朝は、ペンキ屋さんが来訪。8月後半に屋根の工事をすることになった。1週間くらいかかるという。ペンキ屋さんが、古いプラモデルの機関車を持ってきてくれた。珍しいもののようだ。いつも、珍しいものをもらう。今回3回めか。
スバル氏と、郵便局、ガソリンスタンド、クロネコ、スーパを回った。いずれも好調。好調というのは、駐車場で良い場所が空いているとか、人が少なくて処理が早かったとか、欲しいものがあったとか、そういう具合のこと。こういうときもある。
昨日から、小説の仕事はゲラ読みになった。「キラレ〜」は1日20%ペースで進行中。今夜で40%になる。「MLA7」も1日20%で、今日からスタート。ゲラは、10分も読むと、疲れるので休憩をしながら進めている。まだ、ガレージが充分に涼しいので、音楽をがんがん鳴らしながら仕事をしている。もっと暑くなってリビングや寝室で仕事をするときは、音楽をどうするか考えなければならない。
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同じソースで、同じスピーカでも、アンプを換えると、音が違う。これは、ほんの少しの差だ。ところが、この差が、やる気にだいぶ影響する。良い音を聴くと、なんだかリズムが躰に伝わって、仕事が捗るような、元気が出るような気分になれる。「鼓舞する」という言葉があるが、文字通りである。
しかし、日本のラップは駄目だ。歌詞が健全すぎる。なんか、どれも校歌みたいに「自然は美しい」「元気を出せよ」「頑張ろうぜ」みたいなノリで、ついていけない。リポビタンDの世界なんだな、きっと。僕にとって、音楽はもっとダークなものだし、アンチなものだ。だから、ロックやパンクになるのか。よしもとばなな氏にその話をしたら、海外のラップはしっかりアンチだという。歌詞をちゃんと聴いていないから、気づかなかった。
考えてみたら不思議だ。後ろ向きでダークな音楽の方がやる気が出る。前向きで明るい音楽は聴くと気分が落ち込む。これは、人間でも同じだ。「さあ、みんな、頑張ろうぜ! 元気を出せよ」なんていう熱血先生は、僕は駄目だ。そういう先生がいるだけでやる気がなくなる。きっと、ラップが好きな若者は、みんな素直に育っていて、ひねくれていないのだろう、と想像する。人間が、美しいと感じるものもまた、さまざま、人それぞれである。
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2年以上まえにイギリスに発注した機関車が明後日に届くという連絡があった。荷物は150kgくらいあるから、大変だ。リフトがついた台車が欲しいところだが、その台車が場所を取るから躊躇している。取りあえず、機関車を納める場所を空けなければ。ちょっとガレージも手狭になってきた。なにか打開策はあるだろうか。
【理科】 蒸気機関車の給水
蒸気機関車が最も沢山消費するのは、石炭ではなく水だ。水をどれだけ持っているかが、航続距離を決める。だから、機関車の後ろにテンダというタンクを引き連れている。上に石炭が載っているけれど、中身はほとんど水である。
水を熱して蒸気を作るのがボイラだが、このときは水は少ない方が早く熱することができる。最初からすべての水を熱していたら大変だ。そして、ボイラの中へは、常時水を補給しなければならない。高圧のボイラの中へ水を入れることは簡単ではない。蓋を開けて注ぎ入れることはできない。ここにまた数々のテクノロジィがある。
水を沢山持って走るわけだが、それでも水が不足するので、ときどき駅で水を補給しなければならない。方々にそういった給水塔があった。
以前から、イギリスの機関車はテンダが小さいなあ、と感じていた。アメリカの機関車に比べたら格段に小さい。これはたぶん、イギリスの鉄道が整備され、給水施設が沢山あるためだろう、と考えていた。ところが、イギリスには、走行しながら給水するシステムが普及しているのだ。線路に沿って、水が入った溝があって、ここに給水口を降ろし、高速で走りながら水を汲み上げるという。ノンストップで給水できる。これを知ったときには、さすがに蒸気機関車発祥の国だけある、と感心した。
2007年07月25日(水曜日)
【HR】 楽しい石炭焚き
今日も朝は涼しかった。ぐっすり眠れて、この頃寝起きが爽やか。体調も良い。
昨夜、届く予定だった「キラレ〜」のゲラが来なかった。問い合わせたら、今日の午前中になったらしい。その仕事を第一優先で待っていたため、時間があいて工作をする。だから、全然腹は立ちません。「MLA7」のゲラも届いた。こちらも今月中に読まないといけないので同時進行。
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午前中は、古い機関車の修理をしていた。足りない部品を作って、もうだいたいこれでOKか、という段階になった。そこへゲラが来たので、まず2時間ほど読んだ。5日くらいで読みたい。まだ10%だが、夜も2時間読もう。
スバル氏が美容院へ行くことになった。最近かなり頻繁に行っている気がする。気に入った美容院になったようだ。送っていって戻ってきたら、曇り空で外がそんなに暑くない。この際だから、機関車の初運転をしてみよう、と思い立った。
準備をして、ポンプでボイラへ水を入れようとしたが、まずこのポンプが古いので弁が固着していた。整備に時間がかかる。しかし、石炭を入れて火をつけたら、あとは順調。エンジンは軽く動き出した。蒸気漏れもほとんどなく、大きな不具合は見当たらない。なかなかよくできた、凝った設計の機関車だ。もの凄く楽しかった。今日は少し走らせただけで、本格的な運転はこの次にしよう、と早々に火を落とした。
汗をかいたので、シャワーを浴びてから、ガレージで扇風機にあたりながらのんびり雑誌などを読む。素敵な一日である。
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「ハリーポッター」は1日で1千万部以上売れたそうだ。1千万部というと、印税が20億円くらい作家に入るのだろうか。通算で世界で3億部くらいだそうだ。聞いた話だが、赤川次郎氏は確か通算で数億部のオーダで、しかもこれは日本だけなのだから凄い。数百億円の印税になるけれど、考えてみたら、作家の限界というのか、せいぜいこのくらいのオーダなのである。たとえば、ジャンボジェットを買ったりしたら、それで終わりだ。自分のための滑走路とか、遊園地を持ったりしようと思ったら、もっとお金がかかる。
しかし、そういうお金持ちは世界に何百人もいるわけである。やはり一人では無理で、もっと大勢を巻き込んで大きな事業をしないとそうはならない。いや、べつにそうなりたいわけではまったくないし、僕の場合、大勢の人を巻き込むのができない、というか、つまりグループで行動すること自体が嫌だ。
子供のときには、将来、個人の潜水艦が発売になったら買いたいな、と考えていた。あまり普及しなかったようだ。やっぱり安全基準のクリアやメンテナンス的に難しいのだろうか。
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スバル氏の髪がショートになった。どこかで見た髪型だな、と思ったら、そうか「F」の漫画に出てくる西之園萌絵。似ているという意味ではない。髪型の話。勘違いしないように。「あ、短いな」という印象が、あの漫画を見たときと類似している、ということ。
カリスマ美容師にお任せにしたら、そうなったらしい。終わったあと、「なにかあったら、すぐ来て下さい」と言われたらしい。「なにがあるっちゅうねん」とスバル氏はおっしゃっていた。
【算数】 変な計算
何の計算だろう?
1+2=1
1+3=1
2+3<3
3+4<4
2+4<3
業界1位と業界2位が統合したら1位になる。業界2位と業界4位が統合すれば、2位以上になる。あまり面白くないか。
では、これは何の計算だろう?
1=2
2=2
8=0
9=1
1+1=8
計算していないじゃないか、と思われたかもしれない。端っこの数を数えただけだ。
では、これは何の計算だろう?
1+2=10
2+11=20
2×10=20
メールも掲示板への投稿も受けつけない。というか、簡単すぎるし。
2007年07月24日(火曜日)
【HR】 オフの日は将来について
昨日一仕事終わったので、今日はオフ。6時半頃目が覚めた。ゴミの日だったので、まず軽くゴミ出しをしてウォーミングアップ。非常に涼しくて爽やかな朝だ。思い切って、石炭を燃やして機関車を走らせようか、と思ったくらい。
庭師さんがブログを読んで、薔薇が売っているところをメールで教えてくれたので、午前中はそこへスバル氏と行ってみた。田舎のホームセンタで非常に怪しい感じの店だった。迷路のようにどんどん奥へ続いている。品数も多かった。とりあえず、つる薔薇を2本買ってきた。
お昼の一番暑いときに外で機関車を走らせた。さすがに石炭を燃やす気にはなれなかったので、ガスで走る小さい機関車で遊んだ。汗をかいたが楽しかった。30℃は軽く超えているけれど、風があってそんなに暑くは感じない。まだまだ夏も序の口である。
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ゲラは今、「少し変わった子〜」ノベルス版があって、今夜「キラレ×キラレ」が来て、明日くらいに「MLA7」が来て、「星星峡」の水柿君も来るし、「フラッタ・リンツ・ライフ」文庫版初校もそろそろ来るらしい。まあ、クーラが効いた部屋でのんびり寝転がってゲラを読むのが日本の夏の過ごし方か。
そうそう、「MLA7」のゲラについて、担当のI子氏からメールがあって、なんと、「MLA6」より16P減とのこと。そもそも前回は、羽海野氏との対談が15Pあったから前々回とあまり変わらないページ数だったが、実質はぐんと減っていたわけだ。減らす努力が実った、ということ。小説もエッセィも日記も、短く書くことは、意識しないとできない。書きたいことを自然に書いているとついつい長くなってしまう。
それから、このMLAは3年の計画でスタートしたので、予定では来年の9月までだった。それを3カ月延長して、2008年12月まで続けることに決まった。つまり、本は12冊ではなく、13冊のシリーズになる。良い数字だ。
1996年8月からから2001年12月までの日記は幻冬舎から5冊の本になって出版されているし、これのデジタル・コンテンツは、ファン倶楽部の会員向けに無料公開されている。その後、2002年からMLAが始まるまでも、簡単な近況を毎日書いていて、ファン倶楽部会員向けに公開していた。では、MLAが終わったあと、2009年からはどうするのか、というと、これはまだ決めていないが、今のところは、日記類の公開は一切やめるつもりでいる。
依頼があった音楽に関するエッセィの週刊連載は、引き受けることにした。2008年の1月くらいから2年間だ。メディアは有料のサイト。まとまって1冊の本になるのは、連載終了後の2010年になる。
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買ってきたつる薔薇は、夕方にアーチの根本に植えた。今日はコンビニで買ったおにぎりをお昼に1つ食べた。コンビニのおにぎりって美味しいと思う。昨日書いたのは、クロテッド・クリームだった。イギリスでスコーンに塗ったりするあれ。
【国語】 会話における省略
「これは、僕が今日買ってきた本です」という台詞は、ごく普通に小説やドラマや舞台で使われているものだけれど、特に不自然ではないものの、まったく自然にも聞こえない。英語にすると「This is the book I bought today」である。bookの後に関係代名詞のwhichが省略されているが。
実際の生活で、このような台詞を口にするのは、裁判か、あるいは会議か、というくらい畏まった場面であろうか。少なくとも、家庭や友達間ではこのような話し方は誰もしない。親が子供に言うならば、「これは、今日パパが買ってきた本だよ」なんて言わない。「ほら、今日買ったの」と言って見せれば済む。つまり、相手がそれを見ているならば、わざわざ「本」とは言わないことが多いのである。伝えたいことは、それが「今日買った」ものであるという、見てもわからない情報であり、また、誰が買ったのかも、話をしている本人であるとわかるので、省略される。
自分以外の人間が買った場合には省略されない。「ママが今日買ったんだよ」と言うだろう。子供が、すべてを省略せずに口にするときも、「この本ね、ママが今日買ったんだよ」くらいであって、「これは〜」というような言い方にはならない。指をさして、そこにあることを強調したい場合も、「これ、ママが今日買ったんだよ」と言う。「これは」と「は」をつけることは非常に稀であって、つまり「は」があるだけで丁寧に聞こえる。
「私は〜」や「僕は〜」のように「は」を省略なくつけるときは、「ほかとは違って、自分の場合は」という強調の意味が含まれることがほとんどだ。つまり意味があるから省けない。「みんなはああ言ってますけど、僕は嫌です」みたいないときである。
日頃このように省略した言葉で話すことは、英語も日本語も同じである。だから、きちんとした文法で「これは、僕が今日買ってきた本です」とか「This is the book I bought today」と言うだけで丁寧な響きになり、インテリジェンスを醸し出したり相手に対する礼儀を込めるときのしゃべり方になるし、空気を読まないと、単なる気障な台詞か、冗談っぽい言い回しに聞こえる。
2007年07月23日(月曜日)
【HR】 点検と青空
このまえ、新潟が28.9度だという報道を聞いて、「やっぱり涼しいんだなあ、新潟は」と思った。名古屋は30度だったら涼しい方という印象がある。今日は33度くらいかな。風が爽やかで、そんなに暑くはなかった。夏はこんなものではない。夜もまだまだ涼しくて過ごしやすい。
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モビリオが半年点検なので、ホンダへ午前中に持っていった。スバル氏がミニでついてきて、2人で銀行とデパートへ。今日は靴を3つ買った。僕のが2つ。それから、パンに塗るクロなんとかクリームを探した。スーパでは売っていないので、デパートでしか買えない。
ホンダへ車を取りにいき、2台で帰ってきた。車はまったく異常なし。まだ3000kmも乗っていないけれど、オイルは換えてもらった。久しぶりにスバル氏のミニを運転したが、本当によくあんなに重いハンドルを彼女は扱っていると思う。もちろん、乗れば面白い車で、実に楽しい。スバル氏はモビリオを敷地内でしか運転したことがない。
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帰宅してから、水柿君第14話を3時間かけて推敲。2日分の仕事をしてしまった。幻冬舎へ発送して終わり。これで、多少一息つけるだろうか。明日は完全にオフにしよう。
そうそう、産経新聞の日曜版に掲載のエッセィだが、どうやら東京版らしく、西日本(名古屋以西)では見られないようだ。そういうことが、あらかじめわからないものらしい。ただ、ネット公開の許可も求められたから、オンラインでも読めると思う(誰でも無料で読めるのかどうかは知らないが)。雑誌に載せれば、部数はもの凄く少なくても、日本中どこにいる人でも買って読むことができる。新聞は、部数は多いのに、新聞を取っている人しか読めないし、その日を逃すとなかなか買えないし、たとえ取っていても一部の地域でしか読めないことがあるわけだ。考えてみたら、不思議なシステムである。
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一昨日、ハンズで、講談社が出した鉄道模型の本が並んでいるのを見た。ああいうジャンルを何と呼ぶのか知らないが、オマケが主で、短いインターバルで少しずつ発行される雑誌である。50回だったかをすべて集めると、鉄道模型のレイアウトが完成させられる、というもの。もちろん、僕は買わなかった。Nゲージにはまったく興味がないし、ああいうコントロールされた買いものが自分の性に合わない。コレクションなどに関心がないのも、同じ性分のためだろう。鉄道模型に限らず、これまで一つとしてあの種の雑誌で買ってみようと思ったものがない。自分がやってみたいものがもしあれば、それこそ他人にお膳立てをしてもらいたくない、と思ってしまう。だって、お膳立てが一番面白いのだから、そこは是非自分でやりたい。
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夕方は雲一つない青空が広がって、眩しい光が降り注いでいた。じめじめしていたものが、あっという間にドライになった。蝉は3日まえからちらほら鳴き始めたが、今日はもう大合唱だ。庭に水を撒き、パスカルが池の周囲を走り回った。
【図工】 食いつきとのり
塗装をするとき、この「食いつき」という言葉をよく使う。塗料が乾燥したあと、剥がれやすい場合は、「食いつきが悪い」といい、そうではなく、しっかりと付着しているときには、「食いつきが良い」と表現される。
また、塗料の「のり」というものも、よく耳にするタームである。「色ののりが良い」というように使う。下地に対して、綺麗に塗りやすい、という感じだろうか。はじいてしまったりして、うまく塗れない場合は、「のりが悪い」となる。「食いつき」が乾燥後の特性であるのに対して、「のり」は塗っている最中から出る性状のように思われる。もちろん、乾燥してみたら、のりが悪かった、ということもあるだろう。
食いつきやのりは、表面の状態によるが、塗料と塗られる材料の相性が支配的で、極端な場合には、まったく塗れないもの、塗れてもすぐに剥がれてしまうものがある。こういった場合には、材料の表面にサンドペーパをかけてざらざらにしてから塗ったり、あるいは、さきに相性の良いものを塗って、その上に塗りたいものをのせる、といった二度塗りになる。後者の、下地にまず食いつき改善のための材を塗ることは、最近ではかなり一般的になった。
塗料には、このほかに、「伸び」がある。塗料が薄く広く塗れるかどうか、を示している。さらには、「垂れ」の有無もある。もちろん、「色」や「「艶(つや)」もあるし、「触り」というのか、表面性状の違いもある。
2007年07月22日(日曜日)
【HR】 再び犬と猫
眩しい夏の晴天。やっと少し暑くなった。午前中に、スバル氏が長女M氏とショッピングへミニに乗って出かけていったので、留守番をしながら小説の仕事を片づけた。水柿君を最後まで書いてしまった。結局35000文字だった。明日と明後日で手直しをする予定。「ZOKUDAM」の感想がもう届いている。感謝。
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猫と犬のどちらがマイペースかという話を、7月14日に書いたのだが、「いや、猫は呼んでも来ないから、猫の方がマイペースだ」というメールが20通ほど来た。まあ、それくらい皆さん、思い込みが激しいわけである。
僕が書きたかったことは、「呼んでも来ないことがマイペースという意味なのか」という問題提起にすぎない。犬の場合、呼ばないのに来るし、静かにしていろと言ってもじゃれついてきたりするが、あれこそマイペース以外のなにものでもない。飼い主の生活ペースを尊重し、あまり関わらないようにしている猫の方が、こちらに気を遣っているようにも見える。いかがか。
それから、呼んでも来ない犬はいる。犬も歳をとってくると、そうなることが多い。また、子猫は非常に人間にじゃれつき、子犬に比べるとずっと甘えてくる。これを見て、猫って鬱陶しいから嫌だ、という人もいる。たしかに、子犬はおっとりとしていて、寝ていることが多いし、それこそマイペースである。
べつに僕は自分の意見がこうだ、と主張しているのではなく、皆さんの思い込みに対する反証の一例を紹介しているだけである。平均すると、犬の方が人間の言うことを素直にきく、というくらいには認識している。
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では、犬や猫は、人間に比べると、マイペースだろうか?
大人と子供とどちらがマイペースだろうか、と考えると、これは明らかに大人の方がマイペースである。子供は、自分のペースでは生きられない。幼児の場合は周囲に気を遣うこともなくマイペースかもしれないが、幼稚園や学校へ行き始めると、とてもマイペースではいられなくなる。ペットは、この頃の人間の子供に似た立場といえる。呼んでも来ない子もいるし、呼ばなくてもまといつく子もいるが、いずれもその子のペースではある。ただ、大人に依存して生きているわけで、大人ほどはマイペースではない。そう考えると、やはり犬や猫よりも飼い主の方がマイペースだ。
でも、会社勤めをしていたり、家事があったり、他人の世話をしなければならなかったりという制約もあって、とてもとてもマイペースになどなれない、と感じている人も多いだろう。それもまたそのとおりだと思う。
このように、ペースというのは、ずっと平均的に自分のものであるわけではない。そもそもマイペースというのは、そのときどきの感覚的な状態を示しているにすぎない。平均してマイペースでいられる時間や行為の割合を比較しているわけでもない。だから、よくわからない、不思議な言葉だ、と書いた。
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午後は久しぶりに沢山工作ができた。マイペースかな、これは。
【社会】 電信柱
日本の都会の風景で特徴的なのは看板と電信柱である。欧米の都市にはこれが日本のように目立つほどない。看板は規制されているところが多いし、電線は地下を通っているところが多い。
日本の場合、田舎へ行っても、どこへ行っても、人が住んでいるところならば必ず電信柱がある。電信柱のない風景を求めると、それこそもの凄く人里離れた場所になってしまう。
電信柱には、電気のほかに、電話線や光ファイバなどの通信線が通っている。電信柱を立て、空中に配線する方が、地下に埋設するよりも工事がはるかに安い。また、メンテナンスや拡張にも柔軟に対応できる。ただ、災害に弱く、また景観が悪くなるというデメリットがある。
電信柱というのは、もともとは文字のとおり、電信および電話など、通信のための線を支える支柱のことで、家庭に電力を送る線の方は、電力柱と呼ぶ。だから、電力会社が立てた電力柱と、通信会社(NTT)が立てた電信柱がある。両方に使われているものもあるが、いずれが管理するのかは決まっているようだ。よく観察すると、その表示があるはず。
都会では、今後、電信柱は減っていくだろう。しかし、ニューヨークの蒸気配管の事故を見ると、見えないところに埋めて、知らないうちに老朽化するのも、また別の恐さがある。いろいろな経済性を含め、数々の性能を見比べて計画するわけだが、一番見積もりにくいものが、耐久性とメンテナンス性ではないだろうか。
2007年07月21日(土曜日)
【HR】 化粧と裏金
梅雨は短いという予報どおり雨が降り続いている。今日は一日曇ときどき小雨でとても涼しかった。
人に会う約束があって、午前中はスバル氏と一緒に出かけていく。今日から夏休みらしく道路が非常に混雑していた。駅前の地下駐車場に満車ぎりぎりで入ることができた。スバル氏とは別れ、簡単に用事を済ませてから、ハンズと書店に寄った。ハンズでは金属素材を購入。スバル氏と待ち合わせ、帰りはスタバで暖かいカプチーノを買って、これを飲みながら帰った。
パスカルは毛がここ数日大量に抜けるようになった。ようやく夏だと気づいて備えているようだ。ブラシをかけると、縫いぐるみが1匹作れるくらい毎日毛が抜ける。それでも、ブート・キャンプをやってみたよ、という人と同じくらい、見た目は変わらない。
午後は工作室で細かい作業をいくつか。コンベンションの用意はまだまったくしていない。荷造りだけでも1週間はかかる。大丈夫だろうか。まあ、飾るだけのものばかりなので、(動かないとかの)トラブルがあっても関係ないのだが。
小説の仕事は夕方に1時間ほどできた。水柿君の短編が予定どおり5/7まで。あと2日で書き上げ、推敲に1日かかるから、24日に完成する予定。〆切の1日まえだから、珍しくぎりぎり進行である。この種の小説はミステリィに比べると執筆に時間がかかる。これが終わったら、「日経パソコン」の次の4回を書いて、「スカイ・イクリプス」の短編を書く、といったスケジュールか。「キラレ×キラレ」のゲラも来るだろうし、「少し変わった子〜」ノベルス版のゲラも待っている。
MLAでこの半年ほど、アンプやCDの話を書いたせいなのか、音楽関係のところから2年間の週刊連載エッセィの執筆依頼があった。音楽のことでものを書くなんて考えてもいなかったので、少々驚いた。受けるかどうかは考え中。
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最近、雑誌の表紙やポスタを飾っているタレントやモデルの写真を見て感じることは、「修正がやり放題になったな」ということである。ぎりぎり誰なのかがわかる、という限界にまで到達している、といっても過言ではない。
動画でももうおおっぴらにやられているらしく、モデルには下手に化粧をされるより、すっぴんで撮影に来てもらって、化粧はCGで描き入れた方が効率が良い、とその筋の人から聞いたことさえある。おそらく、近い将来には、モデル自体も不要になって、データとしての「素材」が出回るようになるのだろう。逆にいえば、化粧こそ、先駆のグラフィックスだったのだ。
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スバル氏が、「あちこちで発覚する裏金をさ、全部新潟に送ったら良いんじゃない?」とおっしゃっていた。結局、裏金が出てきても「表金」にして終わりってことで、公務員にとっては、「裏金」とは「へそくり」くらいの認識なのである。「へそくりをしなければ、やっていけないのだ」と主張するのである。「運営費」とか「親睦会費」とか、怪しいものがまだまだあるだろう。
【理科】 暗黒物質
暗黒物質(dark matter)については、以前から耳にしていた。もちろん、専門ではないのでよくは知らない。観測される現象を説明するためには、それが存在しなければならない、というように割り出されたものだ。数年の間に、また違う展開になるかもしれない。
NHKの番組でこれが取り上げられる、とあったので、一般に向けてどのように解説をするのか、という興味もあって見てみた。まあ、当たり障りのない紹介だった。ただ、「目に見えない」をやけに強調していたことが気になった。
この番組は、科学について解説するものらしいが、番組の主題歌を作曲したミュージシャンをスタジオにわざわざ呼んで、その生演奏に時間を使っていた。こういった無駄なことにエネルギィと時間を消費するところが実にNHKらしく、平和だな、と感じる。科学の心とは、これくらい大らかであるべきだろうか。科学(science)と工学(engineering)の差を感じさせる。そこが一番印象的だった。さすがに、横で見ていたスバル氏も「あの人たちは、何のつもりなの?」と呆れていたから、普通の人にも、「心」は伝わったものと思われる。
一般社会からは見えない「暗黒欲望(dark desire)」によって科学はゆっくりと、しかし確実に進んでいるように観測される。それがなかったら、これほど科学が着実に進むことが説明できない。
2007年07月20日(金曜日)
【HR】 肉体労働と大きな書店
朝から曇空で涼しい。もう一軒の自宅の庭が雑草でいっぱいになっているので、スバル氏と一緒に草刈りに出かけた。2人で1時間ほど肉体労働。しかし、涼しいのでそんなに大変ではなかった。午前のうちに帰宅して、シャワーを浴びて、のんびりコーヒーを飲む。それから小説の仕事をした。
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水柿君の短編は今日も5000文字を書いて4/7まで。産経新聞のゲラ校正もした。これは第1回は22日の朝刊に載るらしい(以後、毎週日曜に計4回連載)。庭園鉄道の紹介なので、いつも欠伸軽便のページを見ている人には新しい情報はないし、写真は「悠悠〜」に使ったもの。
「スカイ・イクリプス」のネット配信は、9月下旬からに変更になりそうだ。日にちは未定。こういうものが直前までなかなか決められない、ということが、この業界では普通のことらしい、と最近わかった。
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「悠悠おもちゃライフ」の文庫版では、水野良太郎氏に解説とイラストをお願いしたが、そのイラストの原画がいただけることになり、今日講談社から届いた。担当編集者が額に入れてくれた。かのカリスマ模型店である新額堂の店内にも、水野良太郎氏のイラストが飾られていて、羨ましく思っていたところなので、非常に嬉しい。そういえば、萩尾望都先生のカラー原画も持っている。額を買わねば、と思ったままずっと忘れていた。あまり人に見せたくない無意識の欲求の現れか。
午後は、研究関係の打合せでまた出かけた。3時間後に戻って、工作を1時間ほどできた。冷蔵庫にはまだゼリィがある。プリンもある。チーズケーキもある。デザート一家である。
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昨日、スバル氏と車に乗っていて、近所にもの凄く大きな書店ができているのを発見した。スーパと書店が一箇所にあって、駐車場はどうだろう1000台くらいのスペースがある。昨日は900台くらいは空いていたから、サッカーができるほどがらんとしていた。書店の中ももの凄く広く、本も豊富。ソファに座って読めるコーナも沢山ある。この頃、この地方の書店はこのように大型のものが郊外にオープンする傾向にある。やっていけるのだろうか、と心配になるが……。
趣味関係のものが充実していて、木曽森林鉄道の写真集(10000円)と、探していたイギリスの鉄道の本(2800円)を買った。小説と鉄道趣味を比べたら、鉄道趣味の方がメジャだ(人口が5〜10倍多い)けれど、小説読者みたいに沢山本を買わないし、ジャンルが細かく分かれているわけだから、多くは売れないだろう。でも、こういった趣味本に比べると、小説の単行本でもまだ安いと思う。小説の読者は、読んだ本を売ったり図書館で借りたりする割合が、趣味の本を買う人よりは多い。趣味本は滅多に古本が出回らない。小説はすぐに書店から姿を消すが、趣味の本は何十年もコンスタントに売れ続ける。何が出版というシステムを支えているのか、と考えさせられる。
【算数】 105%から5%減らすと
これは既に2006年1月19日の【算数】で書いている。「20%値引きしてもらったのに、25%の関税がつくと、元どおりの値段になる」と。
25%増量したものを元に戻すには、20%減らすだけで良い。式にすれば、100×1.25=125であり、125×0.8=100である。100gの水に、5gの塩を溶かした塩水は、濃度5%ではない。5/105=4.76…であり、約4.8%になる。母数が変化するために、こういったことが起こる。
7月3日の【理科】で、「『食料品が5%値上がりしました。さて、消費者はどうしたら良いでしょうか?』という問いに対する、最も素直な答は、『食べる量を5%減らせば良い』である。」という一文を書いたときも、きっとこの点を指摘してくる人がいるだろうな、と想像していた。ところが、今回メールは一通もなかった。皆さん、気づかなかったのか、気づいたけれど大人なのか、それとも気づいて、さらに以下のような想像をされたのか。
そういうメールが来た場合に僕が用意していた返答は、以下のようなものだ。
100のものが5%の値上がりで105になった。これを5%減らすと、105×0.95=99.75になる。この数字は、100よりも小さいので、「減らせば良い」という判断は正しいことになる。つまり、100を下回れば良いわけだから、6%減らしても良いし、7%減らしても良い。
また、工学的に、5%減という数字は、4.76%減をまるめたものと充分にいえる。それに、文章として、「4.76%減らせば良い」と書いていたら、一般の読み手にはわかりにくくなり【理科】のテーマから外れてしまっただろう。「素直な答」でもなくなる。さらに、「4.76%」は、一見厳密っぽいが、「いや、厳密には4.7619…%なので、それでは足りない」と指摘された場合に弁解が難しい。こちらの方が危険側だからである。「4.762%」だったら問題はないのだが。
2007年07月19日(木曜日)
【HR】 アーチ工事
クーラが効いているみたいに涼しい。
庭師さんとペンキ屋さんが朝から来てくれた。以前からお願いしてあったアーチがついに完成したので、庭師さんはそれをセットする工事のために。これは半日かかった。ペンキ屋さんとは母屋の壁を塗って以来だが、今回は同じく母屋の屋根の修繕のことで打ち合わせをした。
アーチは、一部石畳の石を取り除き、穴を掘って脚を固定した。特注のもので、なかなか立派だ。今まで、ホームセンタやネット販売で幾つも見てきたけれど、どうも今一つ気に入ったものがなかった。今回出来たものを見て、やっぱり買わなくて良かったと思った。薔薇を巻きつかせるために、両側の根本に土も入れてもらった。
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水柿君の短編は今日も5000文字を書いて完成度3/7。これくらいだと1時間くらいの仕事なので、先週に比べると非常に楽だ。一年を通して、ずっとこれくらいの仕事量だったら、ソフトな生活が送れると思う。このペースを保つためには、長編を1年に1編か2編にしなければならない。今は4、5編書いているから、仕事量を半分以下にすることになる。出版社が1つならば、そういった制限も可能だけれど、現状では不公平になってとても許されないだろう。だから、結局ばっさりすべてを辞める方が簡単だ、という結論になる。まあ、悲観しているのでは全然なく、そういう方向で、計画を積極的に推進している、という話題。
また1つ質問メールが来たので、ご紹介しよう。僕は小説は1度読んだら再読はしない、そして本は捨てている、という話を幾度か書いた。「では、作品に引用されている本はどうしているのですか?」という質問が来る。これはもちろん、書店で買い直している。既読のもので使えそうだな、と思い浮かんだら、引用するために新しく買ってきて、ゲラ校正が終わるまでは持っている。そしてまた捨てる。ほとんどが文庫だ。小説でない専門書などは、本を長く持っているものがかなりある。
スバル氏は、小説を1日に数冊読む読書家だが、彼女も自分の部屋に本が入りきらないので、本をゴミとして捨てている。一度も売りにいったことない。特にポリシィでやっているわけではなく、単に面倒だから、ということだと思う。
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アーチの根本に植える薔薇を探しに、夕方ホームセンタへ行ったが、薔薇は一本も売っていなかった。時期が悪いようだ。細かい草を買ってきた。久しぶりに、雑草を取ったり、庭掃除をしてから、先日作ったターンテーブルの中に草を植えた。
【国語】 再び「すぎ」について
この「すぎ」については、2005年の10月8日に既に書いたので、参照のこと。
ますます、この「すぎ」が多用されるようになってきたと感じる。ファンからのメールにも、「先生の小説は面白すぎます」と書いてある。「面白すぎ」で、いったいどんな弊害があるのだろう、と心配になるが、ただ単に「とても面白い」という意味で、この「すぎ」が使われているのである。
年輩の方は、これに気づいているだろうか。意味が逆になることもあるので、注意が必要である。「楽しすぎ」のように形容詞に使う場合にのみ、「非常に」と同じく単純な強調の意味での使用法が広がっている、と以前は書いた。しかし、「やりすぎ」「いきすぎ」のように動詞につく場合は、この「単純強調」の意味ではまだ使われていないように感じていた。
ところが、「私、最近、これにはまりすぎなんです」とかのように使われるものも耳にするようになった。はまりすぎて困っているわけではない。本人にきき直すと、単に「はまりきっている」の意味なのだ。だから、若者が「自分はこの頃パチンコに通いすぎなんですよ」と話していても、それは自戒の気持ちを込めた言葉ではない、「通い尽くしている」くらいの意と理解した方が良い。
ただ、微妙なものもある。疑問形で「これは美味しすぎるのではないか」と書かれたり、あるいはまえに「やや面白すぎか」のように抑制する単語をつけて書かれると、どちらなのだろう、と判別が難しい。気持ちとして、そのことで困っているのかどうか、その状態を希望しているのかどうか、というあたりが読めないのである。しかし、そもそも言葉にそこまで気持ちを込めない、もっと表面的な修飾だけを担う、というのが近頃の言葉の特徴のようにも思える。
2007年07月18日(水曜日)
【HR】 シリーズ多数
昨夜、少し体調が悪いと感じたので早めに寝て、8時間睡眠。今朝は爽やかな朝だったし、体調もまあまあ。
水柿君の短編を5000文字書いて、完成度は2/7に。「日経パソコン」は第45回のゲラを1校2校とも終了。7/20に発行になる「ZOKUDAM」の見本が届いた。写真の左がカバー。右は表紙である。プラモデルのパッケージのようなイラストは、もちろん今回も佐久間真人氏。これは、Zシリーズの第2弾になる。第3弾の連載も「ジャーロ」から依頼を受けているが、次の号はお休みさせてもらい(その代わり、佐久間氏の想像イラストが載るそうだ)、その次(12月の号)からまた新連載になるスケジュール。
今書いている水柿君シリーズも、だいぶまえにMシリーズと命名したままで、来年にも3冊めの単行本が出る予定なので、HP「浮遊工作室」の「ミステリィ制作部」の「作品紹介」ページを少し配置替えしてもらった(秘書氏にお願いしたという意味)。さらにいえば、「女王の百年密室」と「迷宮百年の睡魔」もシリーズで、3部作の計画なのだが、まだいつになるか決まっていない。シリーズの名前は、M&Rシリーズでも良いかも。これだけは、独立させるのはまた今度。
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昨日、ショッピングセンタで、スバル氏はダイソンの掃除機を買った。僕が書斎で使っているハンディタイプが調子が良いので、彼女も同じものを買ったのだ。バッテリィが小さいわりにパワーが大きいので稼働時間が短い(6分?)けれど、置いておく場所で充電できるようにデザインされていて、ちょっとしたときすぐ取り出して、短時間使うというケースでは非常に優れている、と思う。これまで、いくつもハンディタイプの掃除機を買ったが、どれもすぐに使わなくなった。これは決定版だろう。紙パックがなく、すぐにゴミが捨てられるのも良い。工作室にも1台欲しいと思っているくらい。
スバル氏がTVで見たらしく、こんな話をしていた。「地震の被災地で、家に入れないから外でテントを張っている家族がいて、そこにインタビューをしていたけれど、おにぎりを食べている子供に、そのおにぎりどうしたの?って尋ねたら、子供がね、『自腹』って答えるわけ。大人が話していたことなんだよねぇ、恐いねぇ」と。まさに、子供は親の鏡である。
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午後は、中公のN倉氏が来宅。先日のトークショー以来である。ネット配信される「スカイ・イクリプス」の最初の短編のゲラを取りにきてくれた。このあたり、非常にアナログである(笑)。それから、映画化関連のことをいろいろ。さらに、JAM国際鉄道模型コンベンションの打合せもした。コンベンションの申し込みや、当日配布する記念切符やカタログの印刷などもすべて彼女がやってくれているからだ。それで思い出したが、「ミニチュア庭園鉄道」の3部作も、そういえばシリーズである。日記でも2つシリーズがあるし、このMLAのまえに「ダ・ヴィンチ」のサイトで連載していた「浮遊研究室」もシリーズである。多いなシリーズが……。今後、新しいシリーズが生まれる予定も既にあったりして……。
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集英社とは「ゾラ〜」の装丁や奥付の確認をファックスでした。だいたい本というのは、トビラや目次や奥付に50%くらいの確率で誤植があるので、今回W邉氏が新人ということもあって確認をしたのだが、案の定大きな誤植があった。こういった部分はデザイナが作るらしく、ぎりぎりになるため校閲が見逃すのか、ミスが多い。
【社会】 防災能力
地震が起こったときに住宅などの耐震性が問題になる。これは、もう以前からわかっていたことで、対処の方法もほぼ確立している。だから、新しい建築物は滅多なことでは倒れなくなった。窓ガラス一つ割れないものがほとんどだ。
ところが、その同じ街に古い建築物があり、それが倒壊してしまったり、あるいは古い構造のライフラインが破損したりすれば、ガス漏れの恐れがあるからガスは止めたままにしなければならないし、電気も火事の原因になるので、すぐには復旧できない。水道もすべての出口を閉じられる状態になるまで流せない。結局、自分の家がまったく損傷がなくても、ガス、電気、水が来ないためそこでは生活できない状態になる。このことを認識している人はどれくらいいるだろうか。
「ウィーケスト・リンク」という言葉が、工学ではよく使われる。ものの強さというのは、個々の部分の複合であるけれど、どこか一箇所でも弱い部分があれば、そこで全体の強度が決まってしまう。一番品質が高い部分で引き上げられることはなく、また平均でさえない。最弱の部分に足を引っ張られて能力が発揮できなくなるのである。都市の防災もまた、これと同じような性質を多分に持っている。最新の設備や新しい建物がいくら増えても、こうした弱い部分を改善していく努力を怠っていては効果は現れない、ということを災害が起こるごとに感じる。
災害は弱点(あるいは弱者)を襲う、とよく言われるが、「弱点を持つ社会」自体が弱い存在なのだ。格差などはいくらあっても良いが、弱点を作らないことこそ、社会が求めるべき力だと思う。
2007年07月17日(火曜日)
【HR】 パスカルがビーグルになる日
夜大雨だったが、起きたら降っていない。それでも、雷が鳴り、曇ったまま。わりと涼しい。今日も寝起きにゼリィを食べた。
午前中に小説の仕事をする。水柿君シリーズの短編を書き始める。これは第14話になる。3冊目の本の4話めというか、まずは幻冬舎の「星星峡」に掲載される。今日は5000文字書いた。完成度は1/7くらい(いきなり今回は分数)。「星の玉子さま」が重版になった(第5刷)。
パスカルをシャンプーする。久しぶりかも。今日も大人しくしていて、気持ちが良かったみたいである。ただ、シャンプーまえに、スバル氏がタオルを持ってバスルームに入ると、パスカルがそれを察知して、もういくら呼んでも来ない。だから、つかまえにいって、抱っこしてこなければならない。バスルームは2階なので、パスカルを持って階段を上がるのが大変である。これが今のところ、パスカルシャンプー最大のネックである。洗っているときは、スバル氏が「ジャックラッセルテリアになった」とか「ビーグルになった」とか喜んでいる。彼女が携帯で撮った写真をメールで送ってくれた。お尻側は僕が洗っている。
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午後は、集英社のW邉氏が、「ゾラ〜」の2校ゲラを取りにきてくれた。この本は8月20日発行予定。小説新刊毎月発行キャンペーン中である。
昨日と今日は、ずっと工作でハンダづけをしていた。ラジオやアンプを作るときと同じハンダづけだけれど、電子工作ではなく機械工作。金属を切って、穴を開けたり削ったりしてから、ハンダづけで組み立てる。接着剤みたいなものだ。ハンダづけは強度が弱い。それに熱に弱い(溶けるから)。だから、大きな機関車の主要な構造には使えないが、普通の鉄道模型などは、金属のものはだいたいこれで作られている。
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「悠悠おもちゃライフ」の感想がもう届き始めている。おおまかにいうと、エッセィを読む人と小説を読む人は、多くは重なっていない。エッセィなどのノンフィクションを主に読む人と、小説だけを主に読む人の方が多数みたいだ。前者の人は、作り話なんか読む意味がない、と考えているし、後者の人は、作り話でなければ読む意味がない、と考えているみたいだ。面白い。
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まだ濡れているパスカルに留守番をさせて、スバル氏とショッピングセンタへ。ケーキを2つ買ってきて食べた。マンゴ・モンブランというケーキが一番美味しそうだったけれど、栗のケーキが嫌いでモンブランは避けている。だから違うのにした。スバル氏がそれを買った。あとで食べさせてもらったら、まったく栗は入っていない。モンブランという名前が災いである。
名前の災いといえば、帰ってくる途中に、「ますい歯科」という看板があった。なんか恐そうである。そういえば、「やすい家具」というのもある。あと、「たかすぎ建設」も有名だ。これらは、実在するが、たとえば、「いたい歯科」とか、「やぶ医院」なんてのはあるのだろうか。
【理科】 宇宙旅行
宇宙旅行はいつになったらできるのか。べつに今でもできる。何故なら、地球は宇宙の中にあるので、すべての旅行は宇宙旅行である。などいう屁理屈を書きたかったわけではない。
単に宇宙船に乗るだけであれば、まあまあ簡単であるが、違う天体に着陸して、そこで船から降りたい、となると非常に難しい。月くらいがせいぜいである、という話はこのまえ書いた(6/30の【理科】参照)。
まして、降りた惑星に定住したい、となったら、いったいどれだけ難しいだろう。今のところ、地球のように人間が住めるような惑星は、まだ見つかっていない。少なくとも太陽系にはない。となると、もの凄く遠くまで行かないと駄目だ。
今の宇宙船の速度では何千年も何万年もかかってしまうかもしれないくらい遠い。だから、一番の課題は、もっと速い宇宙船を開発することだが、速くするためにはエネルギィが必要で、この燃料をどうするのか、という問題になる。それに、それだけの燃料を持ったまま地球から飛び立つことはかなり難しい。核エネルギィや反物質や、それとも太陽風を利用するとか、いろいろ方法があるようであるが、それらのどれかが利用できたとしても、どうだろう、やはり最低でも何百年というオーダの旅行期間になるのではないか。
そうなると、乗組員の寿命が尽きてしまう。だから、冬眠するような方法を取るか、あるいは、宇宙を飛んでいるうちに世代交代をして子供や孫の代で到着するしかない。気の長いというか、気の遠くなるような話である。
2007年07月16日(月曜日)
【HR】 ゼリィ&ゼリィ
スバル氏がいないので、朝6時に起きてパスカルの相手をする。散歩も元気に歩いた。庭の草木が伸びていて、鬱蒼とした感じになっている。雨続きで掃除ができなかったが、晴れたら晴れたで暑いからなかなか外に出られない。
「ゾラ・一撃・さようなら」の2校は昨夜で終わり。今日は、「スカイ・イクリプス」の短編第1作のゲラを見た。これは8月からのネット配信の分。明日から水柿君の短編を書く予定。その次が、「スカイ・イクリプス」の短編第3作。今日、「少し変わった子あります」ノベルス版のゲラが届いた。見られるのは来月になってからか。
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朝が早かったので、お昼頃30分ほど昼寝をした。気持ちが良い。外はずいぶん暑いが、家の中は風が通り抜け、爽やか。エアコンはつけていない。地震があったけれど、ほとんど揺れず。洪積層の上にいるからかもしれない。
工作は、昨夜からいろいろ進めていて楽しい。ちょっとしたことが楽しいのも、仕事のために制限されるせいだから、忙しさも捨てたものではない。今朝も、機関車の試運転を庭で少しだけできたし。
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10年くらいまえに書いたことだが、インターネットは若者よりもお年寄りに向いている。家にいても、年齢を意識することなく世界中の好きなところを訪問でき、誰とでもコミュニケーションを持てる。今はまだ、ネットを楽しむお年寄りは少ないかもしれないが、そのうち老後の主要な活動になるだろうし、あるいは基本的なライフラインにもなるだろう。そして、必然的に、家族というものの概念にも影響があるように想像される。つまり、これまでは場所が違えば、それは同居ではなかった。その状態に比べると、携帯電話やネットで繋がっている家族は、別居と同居の中間のような関係といえる。今よりも、核家族化は後退するかもしれない。家族の再構成みたいな方向ともいえる。
一方では、同じ家に住んでいる人間の関係は、もっと各自が自由になる方向へ変化するだろう。同時に食事をしたり、たった1つのテレビを一緒に見たり、といったことは少なくなる。個人の部屋で個人のリズムで暮らすようになるものと思う。夫婦もそうなるはずだ。いずれも、同居と別居の区別は明確ではなくなる。これは、自然なことだと僕は思う。人間は、必ず自分たちが望む方向へ環境を変えていく。
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お客さんのお土産やお中元で、ゼリィが沢山溜まった。冷蔵庫にいっぱい入っている。毎日2つくらい食べているが、全然減らない。「ゼリィ漬け」という小説が書けそうだ。「ゼリィ列伝」でもいい。最後の一行は、「美味しいんだけどね。」で終わるとお洒落だ。
【算数】 インチネジ
インチは、ヤード・ポンド法の長さの単位。1フィートの12分の1であり、約2.54cmである。海外の模型をいじっているので、頻繁にインチのネジや工具が必要になる。パソコンを自作したり修理したりするときも、アメリカ製のものはインチのネジだから面倒だ。海外の車やバイクをいじっている人も、同様にインチのボルトやスパナのお世話にならなければならない。
メートル法では、mmという単位があるし、これより小さいものも、小数を使って表す。一方、インチの場合、1インチよりも小さい長さは、1/32インチとか、1/64インチというように分数で表す。しかも、分母に来る数字は、2の累乗の場合がほとんどで、1/10などはまず使われない。
たとえば、インチネジは、1/8, 5/32, 3/16, 1/4, 5/16, 3/8というように太くなっていく。これは、分母を32で通分すると、4/32, 5/32, 6/32, 8/32, 10/32, 12/32になるわけ。全部同じ分母の方がわかりやすい。わざわざ約分してくれると、どちらが大きいのか咄嗟にわからなくなってしまう。
1インチ=25.4mmであるが、これを0.2mmの誤差だが、25.6mmだとすると、256が2の累乗なので、分数がきっちり割り切れることになる。25.6÷32=0.8なので、上記のインチネジは、3.2, 4.0, 4.8, 6.4, 8.0, 9.6mmになる。大きいほど誤差が馬鹿にならないが、細い方ならば、ほとんどこれで使える値になる。
2007年07月15日(日曜日)
【HR】 台風は来ず
朝から青空。台風が来るはずだったけれど、少しコースが遠かったみたいだ。雨も風も大したことなかった。というか、周囲を森林に囲まれているので、防風林みたいなものかもしれない。庭のテーブルには、殺虫剤や肥料など、全部出しっ放しだったけれど、倒れてもいなかった。
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しかし、急に気温が上がって、むっとする暑さ再来。雨上がりで蚊が出そうだったので、スキンガードをして、朝から小さな機関車を走らせた。リストアしつつある古い電気機関車(欠伸軽便鉄道の掲示板参照)。走らせているうちに、ロッドが外れたが、ネジはすぐに見つかって事なきを得た。昔のネジだから今のものとピッチが違う。なくすと、真鍮から削り出して自作しないといけないのでやや面倒なのだ。
スバル氏が東京へ遊びにいく日だったが、新幹線が止まっているため、夕方近くまで家にいた。パスカルの散歩は僕が担当。
「キラレ×キラレ」は脱稿。講談社へすぐに発送した。書けたらすぐに送るのは、アクシデントに備えてのこと。たとえば、大地震で我が家が壊滅しても、データはサーバに残る。ちなみに、「大地震」を「だいじしん」と読むか「おおじしん」と読むかで人が分かれる。「ゾラ・一撃・さようなら」のゲラも今夜で終わる予定。「銀河不動産」のゲラも見終わった。ほっと一息。明日は工作をしよう。
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エッセィなどを読んでいると、弱みを見せない強がりな人と、弱みばかりを誇張して書いて人を笑わせようとする人がいる。たいてい、どちらかのスタンスをとり、これらが混ざることはあまりないだろう。僕は前者だと思うし、たとえば、土屋賢二氏は(少々オーバすぎるくらい)後者の代表だと思う。読む人の方も、元気で上手くやっている人の文章を読んで、自分もこうしよう、と受け取る人もいるし、また逆に、酷い目に遭って不幸で大変だ、という文章を読んで、自分はまだまだこれに比べたらましかも、と元気が出る人もいる。自分の適性と逆のものに出会うと、一方は、お高くとまっている、上からものを見ている、と感じるし、また他方は、どうしてこんなに卑屈なのか、わざとらしく媚びていやらしい、と見えるかもしれない。
たとえば、政治家や芸能人などに多いが、人前では非常に腰が低く、「皆様のおかげです」と口にしているくせに、個人どうしになると威張っているタイプもいれば、逆に、学者や作家に多いけれど、文章では硬派で堅苦しいことばかり書いているのに、会ってみると人懐っこい人もいる。それぞれ、外側と内側がある、ということだ。
どちらが良い、という話はしていない。どちらかのタイプにきっちり綺麗に分かれているわけでもない。ただ、僕は、書いているものでは人を突き放しているだろう。これは、第一印象は悪い方が良い、初戦に勝たない、という以前に書いたスタンスに基づいているのかな、と自己分析。
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新聞の取材を受けたり、新聞にエッセィを書いたりした。これに対して、「森先生は新聞が嫌いだったのではないですか?」という質問が来た。答は「はい、嫌いです」である。読まないし。あの、僕、小説も好きじゃありません。滅多に読みませんけど……。
【国語】 波紋
「慧眼」を「すいがん」と読んでいた、という人から何十通もメールが来た。やっぱりいるんだ。書かなきゃ良かったと反省している。定着するとまずい(責任を感じてしまう)。「独壇場」については、2006年の8/16の国語で書いているので、ご参考まで。
「喧々諤々(けんけんがくがく)」というのも、本当は間違いだが、もうすっかり定着している。これは今年の1/13にそれとなく書いた。
国語でなにかを書くと、「こんなのもありますよ」というメールが沢山届く。
変な詩を書いたり、微妙な諺を書いたりしたので、変な詩を皆さん熱心に作って送ってくれたし、微妙な諺も力作が何百と届いた。漢字の間違った読み方も何十もリストでお送りいただいた。どうもありがとう。でも、コレクションをするつもりはないし、特に関心を持っているわけではない。
逆に、こういったふうに反響があって、波紋が広がると、もうそれ以上書けなくなってしまうのである。
小説でも、アナグラムをいくつか作って書いた。すると、森博嗣はアナグラムが好きなんだ、と思われるようで、メールが沢山届く。そのあと、回文を作って作品に使ったら、回文が好きだと思われてしまった。さらに、これらに触発されて、自分のサイトでアナグラムや回文を楽しんでいます、という方からもメールが来る。
このように影響を与えることは、文章を書く者には、悪くない結果であるけれど、それで周囲が盛り上がったりすると「もうこれは書けない」というふうに感じる。石を池に投げて、綺麗に波紋が広がっていく。みんながやってきてそこへ石をどんどん投げるので、波紋がいっぱい重なって見えなくなる。そこへ次の石を投げ込んでもしかたがない。
まだ誰も石を投げていない静かな水面を探し、綺麗な最初の輪を描く。これがもの書きの本分だろう、と思う。
2007年07月14日(土曜日)
【HR】 マイペース
今日も雨。台風が接近している。パスカルの散歩が大変(行ったのはスバル氏だが)。
「キラレ〜」の手直しは、完成度85%まで。明日終わる予定。「ゾラ〜」は昨夜80%まで見たので、今夜で終わる。両方とも終わりが見えてきて嬉しい。次の仕事は、水柿君の短編だが、これは連載ものに比べると3倍くらい長いから、時間はかかるだろう。来週中にはたぶん無理で、再来週にかかるはず。
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冷蔵庫が小さくなって、キッチンがすっきりした。スバル氏の話では、冷凍庫が小さくなったらしい。だから、これからどんどん冷凍食品を食べるよ、ということで、昨晩はシュウマイだった。森家では氷を使うことがないから、製氷室も冷凍食品用にしたらしいが、それでもぎりぎりだったとか。
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スバル氏が言いだしたことだけれど、猫を飼っている人は、猫の良い点として、よく「マイペースなのがいい」と言う。そういう言葉を僕も聞いたことがある。猫ははたしてマイペースだろうか、とスバル氏は疑問を投げかける。スバル氏は、もともとは猫派であるし、僕も猫は嫌いじゃない。今は犬派だが、絶対に犬ということはなくて、べつに飼うのは猫でも良いと思っている。
マイペースというのは、自分のペースで行動することだ。犬は、人にじゃれついたりするが、あれは明らかに犬自身のペースである。観察しているところでは、犬も猫も同じくらいマイペースだと思う。ただ、猫は比較的放っておけるが、散歩に行かなければならないなど、犬は人間の生活にかなり干渉するので、結果として飼い主がペースを乱される。ようするに、猫は、飼い主がマイペースでいられるが、犬は、飼い主も犬のペースに巻き込まれやすい、という傾向はあるだろう。だから、猫がマイペースなのではなく、猫の飼い主がマイペースでいられる、というだけではないか。
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これは、人間に対しても同じで、「あの人、マイペースだよね」というのは、集団に加わらないタイプの人を形容しているようだが、集団に加わるのがその人間のペースである場合もあるわけで、わいわい騒いでみんなを巻き込む人間の方がマイペースかもしれない。マイペースに見える人も、もの凄く自分のペースを乱して、みんなにつき合っているつもりかもしれない。マイペースというのは、変な言葉である。
スポーツをしている場合も「マイペース、マイペース」と励ますことがあるが、自分のペースを守っていたら、そのまま負けてしまう場合もあるわけだ。「ドンマイ、ドンマイ」も同じで、気にしていなかったら負けるだろう、と思う場合も多い。ものごとがうまく運ばない原因の多くは、マイペースすぎるからだし、ドンマイすぎるからだ、というのが、学生などを観察していて僕が持つ印象である。
【社会】 年金問題の解決
このMLAで書いているのは、この連載が始まったときに書いたとおり、単なるエッセィである。学科別になっているが、学術的に価値のある情報ではないし、教育にも役立たない。僕の気まぐれで考えたことを綴っているだけだ。新聞の「社説」みたいなものだと勘違いをしないように。
連日の【社会】だが、実は、最初は【国語】のつもりで書いたものが、やっぱりこれは【社会】だよな、と思い直して変更した。その程度のものである、ということ。
参議院選で各党がマニフェストを発表しているが、「年金問題解決」ってマニフェストかな、と不思議に感じた。
もし、納めた人にちゃんと支払うというだけならば、それは当たり前のことである。それをしなかったら、契約不履行で犯罪になるのではないか。「年金問題を解決します」というのは、「泥棒は許しません」と同じレベルで、唾を飛ばして演説するほど大袈裟なものではない。どのように「解決」するのかがやや問題かもしれないが、それも、契約どおり支払えば良いだけのことである。ただし、その財源は多少心配だ。
そもそも、みんなから集めた金は、とうに使ってしまっているわけで、年金制度自体に欠陥があった。もし本気で解決するつもりなら、あちこちの保養所を閉鎖し、人の首を沢山切り、各省の財産を売却して回収しなければならない(とても全額は無理だろうが)。しかも、それらは過去のことである。
本来の解決とは、今後のことだ。未来に向けた根本的な解決とは、年金制度を全面廃止するしかない、と僕は思う。税金として全員が納め、社会福祉として受ける、というシステムの方がはるかにシンプルでわかりやすい。
2007年07月13日(金曜日)
【HR】 冷蔵庫と絶対評価
今日も一日雨。でも、ほとんど小降りで傘がいらないくらい。火曜日からずっとハードな仕事をしているので、朝起きると、疲れていることがわかる。あと数日だから頑張ろう。
今日も朝からすぐに小説の仕事。「キラレ〜」の手直しを5時間。完成度は70%まで。あと2日か。「ゾラ〜」は昨夜予定どおり60%まで見た。こちらも、あと2日の予定。来週、集英社のW邉氏が取りにきてくれるから、それが〆切。急ピッチに進んでいる。「ゾラ〜」の方はオビや装丁のチェックなども連日メールで行っている。
先日のブックフェアで本を買って、森博嗣の名刺と交換で、自分の名刺を置いていかれた方が多かった。この名刺が今日、中公から届いたので、そこに書かれているメッセージなども読んだ。感謝。手紙を置いていかれた方も数人。いずれにしても、手紙の返信はしないので、連絡が必要な場合はメールで。
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新聞社の人と記事掲載のことでメールのやり取りをしているが、やはり新聞では、「ホームセンタ」といった表記はしないわけだから、僕が書いたエッセィに対して、このままで良いのか、ときかれた。では、新聞では「スリッパー」と書いているのか、と尋ねると、これは「スリッパ」だそうだ。「多くの日本人の発音に近い表記にしている」とのことだった。しかし、僕には、多くの日本人が「ホームセンタ」と発音しているように聞こえるし、英語でもその発音の方が近いと感じる。
それから、新聞に掲載される僕の略歴で、生まれやデビューが昭和や平成に直されていた。どうしてわざわざわかりにくい表記をするのか。西暦にすれば計算がすぐできるのに。縦書きを頑なに守っていることといい、やはり大衆(特に若い世代)を捉えてない、これでは新聞離れが広がる、という気がした。
先週スバル氏が買った冷蔵庫が来た。代わりに23年働きつづけていた古い冷蔵庫は運び出された。大きいからドアのところを通らず、取っ手などを分解し、ぎりぎりなんとか外へ出した。突然の解雇でびっくりしただろう。もう二度と会うことはない。去っていくものの方を写真に撮るべきだと思った。
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「評価」というのは、つまり「相対評価」のことである、というのが、仕事では常識だった。必ず、他と比べなければならない。比べなければ意味がないし、それこそが社会的な価値である、というふうに認識されている。ある人物が、ある組織が、ある商品が、どれくらい優れているのか、それは評価値によって他者と並べてみなければ判明しない。
これは確かにそのとおりだと思う。しかし、絶対的な評価ができるものもある。それは自分だ。自分で自分のことを評価するとき、自分と他人を比べる必要はない。もちろん、比べることはできるけれど、しかし、それは既に観測点の条件が違うため、そもそも客観的な相対評価が難しい。
このまえ、読書は宝石を拾うことだ、という譬え話を書いたが、他人が拾った宝石が自分にも宝石なのか、と気にすることは、自分を相対評価しようとしている行為だと僕には見える。
ただ、絶対評価をするためには、自分を見つめる沢山の視点を自分の中に持つ必要がある。世の中の人の多くは、案外自分に関心がなくて、他人との比較ばかりしているみたいに僕には見える。もっと自分に関心を持てば、自然に絶対的な評価眼が生まれるように思うのだが。
【社会】 崩れる二重構造
情報公開が進み、談合も摘発されるようになって、この頃、本音と建て前の二重構造がそろそろ崩れつつあるかな、という印象を持っている。
交通法一つとっても、10km/hオーバまではスピード違反にならないとか、ここは駐車違反の取締りがない道だとか、いろいろ変な仕来りがあった。歩道を自転車が走る問題も、最近、ルールを改正して、少しずつ現実とのギャップを埋めようとしているかに見える。
ところで、禁煙の範囲は近年爆発的に広がった。僕は吸わないから無関係だが、喫煙者は窮屈だろう。考えてみたら、煙草を吸う人よりも酔っ払った人の方が危険な場合がある。煙草を吸って自動車事故を起こす人間はあまりいないが、酒に酔って人を殺す人間はかなりいるわけだ。今後、飲酒についても取締りは厳しくなると思う。少なくとも、千鳥足で街を歩いたり、泥酔して電車に乗ったり、あるいはレストランで大声で騒ぐことはできなくなるだろう。欧米が既にそうだからである。
つまり、「このくらいは許される」という暗黙の了解事項が通用しなくなる。そういった了解事項は、年代によって認識が異なるので、年寄りは当たり前だと思っていても、若者には通じなかったりする。それでは不都合が起こるから、「禁煙」のように制度として発布されることになるわけだ。
煙草、酒、賭け事、売春など、どこまでが許されているのか、わかりにくい。たとえば、麻雀で金を賭けることなんて、普通に誰もがやっていることだ、と思っていたら、それで社会的立場を奪われた人間が沢山いる。それなのに、まだ普通にまかり通っているところもある。
組織の内部の人間が、いつでも外部に情報を発信できる時代になったことが、以前のような二重構造を許さなくなっている。けっして悪いことではないが、急激な変化についていけない人間も多いものと思われる。
2007年07月12日(木曜日)
【HR】 また大きくなりました
午前中大雨。お昼過ぎに一度あがったが、夕方また土砂降り。今日も涼しい。
「キラレ〜」の手直しを4時間。完成度は50%まで。「ゾラ〜」のゲラは昨夜40%まで。今夜で60%まで見られると思う。ほとんどこの2つで一日の大半の時間を消費。あとは、産経新聞へ第2〜4回の原稿と写真を発送。「別册文春」から連載のゲラが届く。スバル氏がさきに読んでイラストを描く予定。このほか、細かい判断を求められる用件多数。しかし、今日は役所へ行っていないので、その分、少し余裕がある。
「キラレ×キラレ」のゲラをもうすぐお送りできます、というメールが編集部から来たが、「その作品はまだ脱稿していません」と答えた。忙しすぎると、これほど混乱するものか。
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小雨のときに、パスカルは散歩に出た。濡れるとますます膨れあがるから、近所の人から「また大きくなりましたね」と言われてくる。先週体重を測ったときは同じだった。重くはなっていない。涼しいから、家の中では元気に走り回っている。
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「悠悠おもちゃライフ」文庫版の見本が届いた。小説の本が出版されても、中を開けるようなことはまずないが、こういった本はとても嬉しい。知り合いにも配れる本だ(5人くらいに送った)。フルカラーなのに752円というのも安いのではないか(漫画に比べると高いが、模型の本に比べるとはるかに安い)。パスカルのイラストの栞も付いてるし。
スバル氏がぱらぱらとこの本を捲って、「あれ、この熊、こんなに可愛かった?」と僕が撮った写真を褒めてくれた。ようするに、写真というのは、対象への愛があれば上手く撮れるものである。下手な写真というのは、対象の魅力に気づいていない目が撮ったものだ。報道などで使われる写真は、客観性が求められるから、この対極になるだろう。新聞に載っている人物写真がどれも魅力的に見えないのは、この理屈だと思う。
機関車の写真でも、第三者が撮るよりも、それを作った人が撮った写真が一番素敵だ。どう見れば格好が良いのか、本人が誰よりも知っている。車は車が好きな人間にしか撮れない。飛行機も同じ。写真とは、カメラの技術ではない。魅力的にものを見る目(逆にいえば、魅力的に写らなかったものを排除する目)が作るものだ、と思う。これは、実は絵でも同じなのだが、絵の方が多少技術的なウェイトが高くなるかもしれない。
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「スカイ・クロラ」ノベルス版はもう絶版なのか、というお問い合わせを多数いただいている。出版社に問い合わせたところ、在庫はまだあるそうだ。ただ、「現在、フェア受注期間のため、一時的にオンラインの注文を止めている(これは一般書店のアナログな注文を優先するため)」とのことだった。出版社への注文の場合、ファックスは応じてくれるが、ネット注文は無視されるらしい。どうしてそんなことになるのか、僕には理解できない。不思議なメーカである。アマゾンではもう3週間も品切れで、ユーズド本が定価の2倍で出ていた(これは近日中になんとかするそうだ)。僕にいえることは、とりあえず、そんなに高く買う理由はない、ということくらい。
【理科】 光合成
僕の分野では、「こうごうせい」といえば「高剛性」とイメージするので、認識に時間がかかるタームである。
光のエネルギィによって、水と空気中の二酸化炭素から炭水化物を合成する、とたしか習った。葉緑素が関係するらしい。詳しくはまったく知らない。
この性質をどうして植物だけが持っているのか。たとえば、動物にはこれがないのは何故か(例外はあるが)。もし、動物が持っていたら、(躰中が緑色だとして)何も食べないで水を飲むだけで生きていけるのか、と想像してしまう。SF的にはありそうな感じだ。
おそらく、もの凄い量の変換を行わないと、動物が活動するだけのエネルギィには足りないにちがいない。大木の葉っぱ全部くらいでは、人間一人も生かせないのだろう。植物にだけこの仕組みがあるのは、植物が動かないからで、つまりそれほどエネルギィを必要としないから収支が合う、ということ。このあたりは、太陽発電と似ている。かなり高性能の太陽電池を使用しても、絶対的な面積としてもの凄く大きなパネルを装備していないと、運動する物体のエネルギィは賄えない(太陽電池は、それを作るために必要なエネルギィも馬鹿にならないし)。
光合成を利用すれば、二酸化炭素を減らすことが可能だから、これを人工的に行う技術を開発すれば、温暖化は解決できるのではないか。しかし、きっと普通に植物を栽培して増やす方がはるかに簡単だし、リスクがずっと少ないだろう。
2007年07月11日(水曜日)
【HR】 心の余裕はまだある?
今日も朝から雨。でも午後はあがった。涼しいから都合が良い。
午前中はずっと、「キラレ〜」の手直しをしていた。35%まで進捗。4時間ほどかかった。「ゾラ〜」の手直しは夜の予定で、これも4時間はかかるだろう。産経新聞のエッセィは半分だけ推敲。写真を1枚選んで、第1回の分だけは発送した。新聞社ってワードが標準なんだ。きっと以前は一太郎だったのだろうな(笑)。いやいや笑ってはいけない、大学の事務もそうだった。このほかにも、細かいチェックをしなければならない仕事が多数。息をつく暇がない。
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しかし、スバル氏が区役所へ行くというので、送っていった。長女M氏の転出願いを出すため。もう給料をもらう身分なので住民票を移さなければならなくなった。この手続きになんと2時間以上かかった。あまりに時間がかかるので、途中で僕は帰ってきて、ゲラ校正をした。スバル氏はタクシーで戻ってきた。馬鹿みたい。年金のことで相談に行く人が多いらしいが、そんな時間が惜しい。国は国民の時間は無料だと考えているのだろうか?
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しかし、そういったことで心を乱される方が損なので、すぱっと切り換えて、仕事をした。昨夜は30分ほど時間が捻出できたので、金属を切り、穴を開けて、モータを取り付けた。これは古い機関車のレストア。ずばっと一発で位置が決まったので、おお素晴らしい、まぐれか、あるいは自分の技術が向上したのか、と驚いた。その続きがしたかったけれど、今日は役所に1時間取られたので、無理だ。まだ恨みが残っているな……。
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まあ、忙しいときというのは、こういうもの。むしろ、「忙しいな」と思う暇、口にする暇があれば、まだそれほど忙しくはない、と思った方が良い。忙しいのは、べつに問題ない。自分でスケジュールを組んでも、どこかに忙しさのピークはある。そのときは自分の出力をかなり上げて対応しているわけだ。こういう忙しさにはまったく腹は立たない。問題は、そういうときに限って、トラブルが起きたり、急に別のノルマをこなす必要が生じたり、といった不可抗力である。これが腹が立つ。「ただでさえ忙しいのに」という気持ちになる。
しかし、その不可抗力の方にも罪はない。偶然、忙しいときに来てしまっただけなのだ。トラブルだってたまたま起きたにすぎない。いつでも起こる可能性はあった。ようするに、心の余裕がない、という状況。いらいらの原因は、ほかならぬ自分の中にある。
こういうときの解決は簡単だ。怒れば良い。それが素直なレスポンスだと思う。しかし、格好つけて、冷静に対処したい人の場合は困る。ストレスを抱えるしかないだろう。
どんな場合も出力はせいぜい80%くらいに留めた計画が無難だ。持てる力を出し切ってことに当たると、ろくなことはない。
【算数】 小さなものを測る
たとえば、髪の毛の太さを測るにはどうしたら良いだろう。顕微鏡で覗けば測れないこともない。また、ノギスという道具があれば、なんとか測れるが、普通の定規ではかなり心許ない。拡大して定規を当てても良いけれど、そもそも定規の目盛りは、1mm以下がない。高級なものでも0.5mmまでだ。
紙の厚さも測るのが難しい。この場合は、少し考えると名案が浮かぶだろう。そう、同じ紙を重ねるのである。100枚重ねると、厚さが簡単に測れるようになるから、その値を100分の1にすれば良い。同じ紙が複数ない場合でも、紙は折って重ねることができる。6、7回も折ればたちまち分厚くなるはずだ。もっとも、折り曲げた場所に近いと、力を入れないと隙間が開いて、見かけ上分厚くなってしまうだろう。
軽すぎるものの重さも、幾つか集めて測った方が正確だ。髪の毛、紙、米などに、応用できる。同じようなものが沢山あることが条件だし、求められるのはあくまでも平均値である。ただ、数えられないものは、少し困る。液体などがそうだ。多くするときに、それを測るものがまた必要になる。
これらは、大きなものや沢山あるものを測るときに、全体が均質だと仮定し、限られた範囲でサンプルを採って、その測定値から全体を想像する方法の、まさに逆の手順といえる。
人間の能力を評価するとき、1日の仕事量から、将来にわたる展望を予測することは危険だ。しかし逆に、これまでのすべてのキャリアから、明日1日の展望を期待することは常識的である。天気予報の降水確率も、過去のすべてのデータに基づいているらしい。人間の信頼とは、積み重ねたデータ全体の平均値だといえる。1回で観察される信頼なんて、小さくて測れないからだろう。
2007年07月10日(火曜日)
【HR】 エクセルは褒めても良い
まるで梅雨のようだ。もともと、中国からこの言葉が来たわけだが、梅が熟す季節の雨のことだったのだろう(そうじゃない説もある)。
午前中はずっと、「キラレ〜」の手直しをしていた。昨夜も5%ほど進め、今日も15%ほど。合計20%。お昼頃に予定どおり「ゾラ〜」の2校が届いた。今夜から見られると思う。この1週間は、この2つのために、工作もできないハードワーク。今日の1枚めの写真は、漫画「冷たい密室と博士たち」(浅田寅ヲ画)のタイ版。
雨の中、スバル氏と書店とスーパへ。90ページしかないのに4000円もする本を買った。でも、マニアックな分野ではこれが普通だ。ほかでは見られないコンテンツがあれば、これくらいの値段はつけられる、ということである。日本の本はまだまだ外国に比べて安いと思う。小説自体がマニアックな分野なのだから、将来いずれ高価になるだろう(僕には無関係)。
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東京だと、デパ地下レベルの惣菜を取り揃えているスーパが幾つかある。普通のスーパよりもずっと高いけれど、とにかくそこで買えば美味しい。名古屋には、ハロードゥがあるものの、ほかにはそういった店を僕は知らない。ないとしたら、遅れていると思う。スーパは安さだけを売りものにすることを改めた方が良い。「安ければ売れる」という考え方が、消費者を馬鹿にしていると思う。
書斎には、Macのノートが4台あって、これらを同時に使っている(1台は大きなディスプレィを接続。キーボードは2台、マウスは3つ外付け)。ブラウザだけでも、複数台のコンピュータがあると便利だ。ページを読み込む、ちょっとしたタイムラグに、別の画面をクリックできる。待たなくても良い。それだけ、まだ個々のレスポンスが遅い、ともいえる。また、画面が3つくらいあると、だいたい普通の机に本や書類などの資料を広げて仕事をしているのと同じくらいの情報量になる。1つの画面だけでは、やはりまだ足りない。人間の能力というのは、それくらいのレベルなのだ。切り換えられるじゃないか、といわれるかもしれないが、頭の中の作業テーブルって、もう少し広いのである。
これまで、ノートを横に並べてきたが、縦に画面を並べられないかな、とこのまえ考えた。後ろに180度に開いたノートを立てて置けば、画面が上下2段になる(キーボードは外付けになるが)。というか、画面が2枚あるノートパソコンがあっても良いのではないか。
一番最近買ったノートは、システムやブラウザが新しいので、ほかの3台では見られないようなサイトをどうしても見なければならないときに使っている。つまり、まだ予備機である。僕は、滅多なことでシステムやアプリのバージョンアップをしない。古いパソコンはその当時のバージョンのソフトを使う。その方が安定している。バージョンをどんどん上げなければならないようなアプリは欠陥品だと認識している(その意味では、MSの製品は全部そうかもしれない)。せめて10年くらいは使えなくては駄目だ。
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今では僕も、エクセルとパワーポイントは使っている。エクスプローラもときどき使う。エクセルは使いにくいけれど、まあまあ安定しているし、MSの製品にしては良い部類ではないだろうか。僕が使っているのはもう5年以上まえのものだけれど。それ以前は、フルインパクトを長く使っていて、システムが変わったとき、どうしても動かなくなって、しかたなくエクセルに切り換えたのだ。そのときは「馬鹿しか使えないエクセル」か、と感じたものだが、使っているうちにしだいに慣れた(馬鹿になったのか?)。きっと多くのユーザは、アウトルックや、ワードにも慣れていくのだろう。人間というのは柔軟なシステムである。それしかなければ不満も感じない。知らぬが仏である。
【国語】 誤読の方がメジャ
つい間違った読み方でしゃべってしまう熟語がある。それでも通じるから、多くの人が間違えたまま使う。そういえば、このまえのトークショーのとき、僕は「慧眼」のことをつい「すいがん」と言ってしまった。よく間違えるのだ。子供のときに最初、そう読んだのが始まりだ。言ったあと、あ、間違えたと気づいたけれど、直すこともないので、まあいいやと思った。
以前にも書いたが、「独擅場」も本当は「どくせんじょう」が正しい。誰かが読み間違えたまま、広まってしまい、今ではみんな「どくだんじょう」と言っている。むしろ「どくせんじょう」では通じない。
ほかにも有名なところでは、「攪拌」は本当は「こうはん」が正しいが、今は「かくはん」が多数だ。「捏造」は「でつぞう」が正しいが、今は「ねつぞう」である。「こうはん」や「でつぞう」では通じない。
また、「固執」を「こしゅう」ではなく「こしつ」と読むこと、「重複」を「ちょうふく」ではなく「じゅうふく」と読むこと、「発足」を「ほっそく」ではなく「はっそく」と読むことがしだいに増えている気がする。今はどちらでも通じるだろう。通じれば良いこと、とは思うけれど、古い方が通じなくなるときが来るのだろうか。
2007年07月09日(月曜日)
【HR】 耳が肥えた?
今日も曇空。そんなに暑くない。
午前中は喫茶店で打合せ。そのあと、模型屋さんに一軒寄った。今日も特に面白いものはなかった。でも、チェックはしないとね、みたいな。
タクシーに何度か乗って、運転手さんと世間話をした。まあ、話しやすい人もたまにいる。どちらかといえば、若い人の方が話しやすい。タクシーは、しかし、この頃大変みたいで、その話題が多い。
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昨日、秋葉原でオーディオショップに寄ったとき、音楽が流れていたので、スピーカの前に立って10秒ほど聴いてみたのだが、ああいう店で聴いて初めて、「この音は駄目だな」と思った。初経験だ。それまで、どこの店で聴いても「良い音だなあ」と思ったのだが。
今日の午後、久しぶりに自分の書斎でスイッチを入れたら、非常に良い音だった。耳が肥えたのだろうか。だったら、少し嬉しいが、たまたまその店が気づかずに、酷い音を鳴らしていたのかもしれない。
東京の街は、非常に歩きやすい。ぶらぶらと誰がどんな格好で歩いていても、誰も不審に思わない。笑われない。だから安心して歩ける。そういう自由さがある。あんな格好で名古屋は歩けない、という人が多い。それが、自由さの象徴のようで、非常に安心できる。疲れないのだ。怪しい店や路地にも入っていけるし、こんな安全な街は世界でも珍しいように思う。昔の日本にもなかったのではないだろうか。僕が若い頃は、都会はもっと世知辛かった。
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パスカルは、白い縫いぐるみが好きだ。自分をブルーマールだと思っている話はまえに書いたが、黒い縫いぐるみよりも白い縫いぐるみに執着する。白い子が好みなのである。これまでにも、白い牛の顔のスリッパにちょっかいを出して、片づけられたことがあるし、スヌーピーの人形もぼろぼろにしてしまった。お母さんがブルーマールで白いから、マザーコンプレクスかもしれない。
小説の仕事は明日から再開。「キラレ×キラレ」の手直しを1週間の予定で片づける。同時に、「ゾラ〜」の2校も見る。産経新聞の最初の〆切は7/12なので、その推敲も。
しかし、8月はJAMコンベンションが控えているので、この準備にいろいろ時間がかかるだろう。9月は、埼玉で講演会(ファン倶楽部での募集は7/14締切)があるが、こちらの準備はJAMのあとで考えよう。この講演会のあとは、しばらくそういったイベントは予定にない。
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写真は、昨日のブックフェアで配布された名刺。押井氏のものも1枚いただいてきた。
【図工】 入手しにくい素材
子供の頃は、工作に必要なもののほとんどは文房具店で買うことができた。たとえば、ボール紙、角材、竹ひご、アルミパイプ(ヒューム管)、モータ、ゴム、電池、電線、タイヤ、プロペラ、スクリュー、ギアボックス、などなど。どこの店にも売っていたのである。これらのうち、箱に入っている製品はモータくらいで、あとは、ばら売りされていたし、高くても数十円だった。
最近でこそ、ハンズなどで探せば、見つけることができるが、立派な箱に入っているし、説明書も付いているし、しかも馬鹿高い。子供向けではなくなった、という感覚は強いが、まあ、しかたがないことか。
パーツのうち、木製や金属だったものが、プラスティックになってしまった、というものも多い。プラスティックは一体化しているから、製品としての完成度は高いけれど、分解することができないので、融通が利かない。改造が難しい。おもちゃも同じで、昔のおもちゃは壊しても、使えるパーツが多かったが、今のおもちゃは、壊したら、たちまちゴミになってしまう。
古いおもちゃをリストアしようとするとき、一番困るのはネジだ。ネジの規格が古かったりすると、今のパーツや工具が使えない。規格というものがいかに大事かがわかる。それから、健康を害することがわかって、現在では売っていないものも多い。石綿系のものや、鉛系のものがそうだ。代替品があれば良いのだが、これがなかなかない。
それでも、昔はハンズもホームセンタもなかったわけで、手に入るパーツの種類は比較にならないほど現在の方が多い。パーツがあるから、あるものを利用したくなる。逆に、存在するパーツに支配された工作になってしまう感はある。便利なことで逆に窮屈に感じたりする。贅沢な話だろうか。
2007年07月08日(日曜日)
【HR】 ブックフェアでトークショー
曇り気味で涼しい。地下鉄浅草線が朝から停電かな、不通だった。
午前中に秋葉原へ出かけた。日曜日の秋葉原なので、そこそこ賑わっていた。
まずは、いつも見て歩くコースで電子パーツ関係の店を一巡りし、ジャンクを探す。それから、模型店へも幾つか寄った。結局購入したのは、150円の小さなギアだけ。でも、あとで買っても良いな、と思うものは幾つかあった。買うときは通販で取り寄せた方が荷物を運ばなくても良い。
お昼過ぎに、中央公論新社のM松氏、N倉氏と待ち合わせをし、タクシーでビッグサイトへ向かった。国際ブックフェアというイベントをやっている。こんなイベントは今回聞くまで存在も知らなかった。まず、会場内のVIPルームという部屋に案内された。ここでコーヒーを飲んだ。
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読売新聞や日本テレビの人と沢山名刺交換をした。「スカイ・クロラ」の映画のメインスタッフである日テレのO田氏や、プロダクション I.G のI井氏もわざわざいらっしゃっていた。
まず、読売のK澤氏からインタビューを受けた。もちろん「スカイ・クロラ」について。これが30分くらい。読売新聞とオンラインyorimoに記事と写真が掲載されるらしい。
3時45分からトークショーである。もの凄い人数の人たちがブースに詰めかけた。どうだろう、舞台から顔が見える人だけで100人以上はいたと思う。関係者の話では数百人とのこと。大半の人は、舞台が見えなかったと思う。
シートに座れる整理券は、10時の開場後ブースへ駆けつけた人に先着で配布し、1分でなくなったらしい。大変な騒ぎだ。わざわざ足を運んだ方には、深謝。また、ハードカバーも数百冊と売れたそうで、名刺とポスタが全員に配布された。今回の名刺は、映画のスタッフがデザインしてくれたもので、アニメに登場する架空の組織のものである。
下の写真は、舞台裏の楽屋の風景で、出ていくまえに撮ったもの。
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集まっていた人に手を上げてもらったところ、森博嗣を初めて見たという方が非常に多数。また、「スカイ・クロラ」を既に読んだという方がほとんどだった。
トークショーというのは初めてで、一人で話す講演ではなく、話し相手(今回は中公のN倉氏)がいて、椅子に座りテーブルに向き合って会話をする。だから、オーディエンスに対して横向きである。変な感じがしないでもない。話の内容は、もちろん「スカイ・クロラ」。濃い内容の質疑もあった。30分で予定どおり終了。下の写真は、正規カメラマンによるトークショー中のスナップ。
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終了後、友人たちとレストランへ行って、おしゃべりをしながら中華を食べた。さらにもう一軒行って、コーヒーも飲んでおしゃべり。10時頃別れて帰宅。
【社会】 戸籍のシステム
戸籍というのは、東アジアに特有の制度らしい。
まえにも書いたが、戸籍は、その名称が示すとおり「家」をユニットにして登録するシステムだ。個人別に作成されていないことが、非常に特徴的である。
結婚すると、同じ戸籍に入る。極めて日本的であり、また古風な制度だと思う(欧米にはない)。また、子供が親の戸籍に所属し、結婚するまでそのままでいることがほとんどだ。成人して戸籍を独立することは可能であるけれど、そういったことは実際には行われていない。
これほど、登録の制度に結婚というものが支配的に関わっているのは、現状と照らし合わせると、やや不自然だと感じられる。たとえば、反対の例を挙げると、スウェーデンやアイスランドなどでは、両親が結婚していない子供の方が多い。フランスでは、だいたい50%くらいで半々らしい。つまり、結婚を正式に登録しないカップルが多く、また、登録しなくても不利益を被らない制度になっている、ということ。
こういった自由が許されるのも、日本のような戸籍のシステムがないためだろう。たぶん、日本でも今後は結婚をしないカップルの割合がどんどん増えると予想されるし、それに合わせたシステムの対応に迫られるものと思われる。