2007年05月14日(月曜日)
【社会】 国境
線を引いて、ここからあちらは別の国、というのが国境である。もちろん、実際に石灰なんかで白線が引いてあるわけではない。
日本は島国だから、国境という概念がピンとこない。むしろ、県境くらいの意味で、昔の文章に使われていることの方が多い。古い人ほど、「県人」という意識があったと思う。今では、どこの県の人間、という意識は薄れ、みんな日本人だ、という感覚が一般的だろう。
アラスカは、もともとはロシアの領土だったが、アメリカが買った。でも、アラスカには、もともとそこに住んでいた人たちがいるわけで、本来は独立してもおかしくない。それは、ハワイなんかでも思うし、沖縄だって思う。沖縄って、どうして日本から独立しようとしないのだろう。もう期を逃してしまって、人間が混ざってしまったから、遅い、というところだろうか。北海道だって、独立してもおかしくない。まあ、別に支配されて、圧政を受けるわけでなければ、国として独立しない方が都合が良いこともあるとは思う。こういう例を見ていると、民族が必ず国として独立するものでもないことがわかる。
歴史的な経緯を知らずに、無責任なことを書いているが、北方領土とか、そのほかの小さな島の取り合いとか、どうも首を捻りたくなる。つまり、そんなことよりも国境をなくすこと、少なくとも、国境を曖昧にすることに力を注ぐべき時代ではないだろうか。
国境が県境みたいに将来なったら良い、と僕は思う。それには今、何が不足しているだろう? それは、「地球人だ」という共通の意識である。また、具体的なところでは、ポータブルの通訳機などのテクノロジィが案外解決に貢献するかもしれない。