2007年04月24日(火曜日)

【HR】 苦言に対する分析

 研究関係の仕事で、他県まで出かけていった。雨は降らなかったが、曇り空で少し肌寒かった。夕方に戻った。
 小説の仕事は、「ゾラ〜」の手直しが完成度60%まで。「フラッタ・リンツ・ライフ」の2校は明日から見るつもり。来週くらい、「クレィドゥ・ザ・スカイ」の初校ゲラも来るだろう。このほか、今日は沢山細かい判断を求められる用事があったけれど、なんとか片づけた。
 「メフィスト」の感想メールが意外に沢山来た。雑誌に作品を発表しても、感想メールは非常に少ないので、やはり、それだけ「メフィスト」に新鮮さがあったのだろう。一般に、現在の小説雑誌は極めてマイナな存在であって、部数も非常に少ない。雑誌の中に自社の本のコマーシャルが載っているけれど、宣伝されている本の発行部数より、その雑誌の部数の方がはるかに少なかったりする。宣伝効果はまず期待できないと思われる(無駄だとは言わないが)。
 それに、他社の雑誌に載せる方が宣伝効果が高い。お互いに交換して載せたらどうか。TVも、番組の宣伝は他局でやった方が効率が良い。「広告」とは、そもそもそういうものでは? 「そんなことできるわけがない」と思い込んでいるのだろう、きっと。

 出版社に対する苦言を、このところ連続して書いた。その反響のメールも多い。けっして賛同してほしいわけではないが、現状を正しく認識して、将来の新しい人材によって改善されることを願っている。「馬鹿正直に約束を守っていても損をする」というのは具体的にどういうことか、という質問も来た。いろいろあるが、たとえば、いつも締切を厳守している者よりも、声を荒立て大声で苦情を言う者の方が優先される社会なのだ。だから、約束を律儀に守って信頼関係を築こうとしても、「お人好し」だと思われるだけで、それよりも、「書かないぞ」と脅した方が要求が通る。そういう体質というか、システムに陥っている。個人個人は「これではいけない」とわかっていても、全体としてそんな業界なのだ。一度破綻して崩壊しないと、直らない。そういった危機に陥らないと腰を上げないだろう。そういう意味で書いた。
 まあ、そうはいっても、こんなに苦言を書くこと自体、まだ僕が望みを持っている証拠かもしれない。完全に諦めているのなら、とっくに切り捨て、離脱しているだろう。デビューした頃は、まあとりあえず10年くらいはやってみるか、と考えていたが、今は、その期間は多少延びている。これは、読者のためではない。出版社の担当編集者に対する義理だ。今までお世話になったので、できるだけのお返しをしよう、という気持ちが、今仕事を続けている動機のほとんどである。それ以外には、「書き続ければなにか得られるものがあるのでは」という予感がほんの僅かにしているからだ。
 読者のためではない、と書くと、また反発があるだろう。しかし、まえにも書いたが、プロ野球のピッチャが、バッタに対し、球を投げるその瞬間に、「ファンのために」なんて考えるはずがない。もし、そう口にする人がいたら、それは嘘か、あるいは錯覚だと思う。

 時間がなくて、まだD/Aコンバータは組めない。蒸気機関車の修理もできていない。体調は悪くない。もう少し暖かい方がいいけれど。
 スバル氏が、「なんにもしたくないときに作る料理」という番組を見ていて、「裏切られた」と話していた。彼女は、スーパへ買いものに出かけるまえに、ときどき小さな紙切れに、買ってくるもののリストを書いている。忘れないようにだ。そして、かなりの確率で、そのメモがどこかへ消えしまう。肝心なときに出てこない。「大丈夫大丈夫、覚えているから」と笑っている。そのたびに僕は、「いらいらしてはいけないぞ」と自戒するのである。

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