2007年03月19日(月曜日)

【HR】 人を育てるジレンマ

 晴天、また少し暖かくなった。スバル氏が、ホームセンタへ行きたい、というので、朝から小説の仕事を片付ける。「メフィスト」2校をチェック、「奥様〜」の2校をチェック。「ゾラ〜」を5000文字書いて、完成度26%。

 ホームセンタで、工具や材料、塗料などを購入。スバル氏も日用品や花の苗を購入。今日は僕の方が高かった。
 午後は、次のアンプのシャーシ加工と塗装をした。機関車も毎晩少しずつ、どこかを削ったり穴を開けたりしている。なにしろ、作り始めたのが5年もまえだから、よく覚えていない部分があるが、手をつけると不思議とだんだん思い出してくる。

 夕方は、研究関係の人たちと近くの喫茶店で会った。けっこう興味深い話だった。というか、研究対象が面白い。でも、役に立ちそうにない(だから面白いのか)。来年度の実験計画についても相談を受けた。企業はお金があるな、と思う。でも、研究というのは、お金をかけたからといって、満足な結果にはならないものだ。
 企業の中で、技術者が育つ。真の技術とは、その企業の外でも活きるものだ。すると、せっかく育った技術者が、ほかの会社へ移ってしまう、という事態を企業は恐れる。このジレンマはどこにでもある。人は育てなければならないが、人が育つことは、必ずしも企業の利益に結びつかない。
 これまでの日本ならば、恩義を感じて骨を埋めるなんて風習があったけれど、今時はもうそんな精神はないに等しい。武士道というが、戦国時代を見れば、昔から危ういものであったことがわかる。育ててもらっても、成長すると、この報酬では不足だと感じるようになるものだ。繋ぎ止めるために、もっと給料を上げるのが正しい道だと思うけれど、そうなると「不公平だ」といった声がどこからともなく上がってくるわけだ。
 しかし、自分の持っている技術が、どれくらい価値があるものか、普通はなかなか認識できない。同じ分野の他人と交流はそれほどないし、そもそも、日本では「いくらもらっているの?」という話は何故か御法度で、「下品」だということになっている。ほとんど話題に上がらないのである。インターネットが、この風習をたぶん拭い去るだろう。所得格差は、さらに大きくなるはずだ。何故なら、能力格差の方がまだまだずっと大きいからである。

 庭の草木は赤い芽を出している。葉っぱが広がりそう。そろそろ落ち葉拾いをして、虫が増えないようにしないといけない。近所の家はどこもしょっちゅう庭師さんが来ていて、枝を払っている。ああしていないと虫がわくのだろうか。それに比べると、うちはナチュラルだと思う。どの樹も伸び放題である。この頃は、キツツキみたいに木をつついている綺麗な鳥を庭先で見かける。スバル氏が名前を知っていたが、キツツキとは言っていなかった。

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