2007年02月16日(金曜日)

【社会】 任期について

 役職には通常「任期」がある。同じ人間が権力を長く持っているとろくなことがない、必ず密かに悪いことをする、という歴史から学んだ結果生まれた仕組みだろうか。独裁的なリーダも、自動的に交代する制度があれば、選挙で新しい人間を選出できる。人が代われば、前任者がこっそり私腹を肥やしていたことなども発覚する機会があるわけで、逆にこれが抑止力となる効果が期待できる。その期間だけ集中して頑張ることもできるから、短期的には良いかもしれない。
 一方では、長期的な展望に立った計画、ずっとさきにしか結果が現れないような地道な努力が、任期があることによって二の次になる、というデメリットも考えられる。あるいは、官僚などに散見される傾向だが、自分の任期だけ無難に終わってほしい、大胆な変革はしたくない、といった「消極的持続」ともいえる弊害もあるだろう。
 委員会などで役目を押しつけられることが多いが、どうせ1年なのだから、と諦めて引き受ける。とにかくわからないから大変だ。前任者は「もう自分の仕事ではない」という顔である。「次の人のために」などと考えもしない。もし5年くらい任期があるのなら、自分のためにでもちゃんと記録し、整理もするところだが、1年ならば、やりっぱなしで知らん顔もできる。役人の世界にある任期は、こんなふうだろうな、と想像できる。
 ある程度仕事に慣れることで初めて合理化できるものもある。長く続けるなら自分のために工夫もする。しかし、少しでも早く交代したい、という気持ちの方が圧倒的に強いから、誰も言い出さない。
 結論として、難しいところである。大まかにいえば、変化が大きく、発展し、攻めるときには、任期は長い方が良い。また、変化が少なく、維持をし、守るときには、任期は短い方が良い。ようするに、任期をポジションや状況によって変えるようなシステムが良いのではないか、というくらいか。

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