2007年01月19日(金曜日)
【HR】 現実逃避
朝起きたら、もうキッチンの工事が始まっていた。今日は、キッチン家具を運び込んで組み立てている。
ガレージの書斎で音楽を鳴らして、のんびり。「人間は考える〜」の表紙ラフを確認。「別册文春」の「銀河不動産〜」のゲラを確認。「野性時代」の「もえない」のゲラも本日到着。今夜読めるだろう。スバル氏がイラストを描くために、いずれもさきに読んでいる。
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日差しがとても暖かい。外で遊びたいところだが、庭には大きなトラックが2台駐車しているし、職人さんたちが歩いているので、遠慮をしてガレージでロックをかけていた。いつもより音を少し大きくして。やっぱり、深夜には、ロックじゃなくてジャズかな、という気はしているが、まあ、近所に聞こえるようなことはないので、その点はオーディオ趣味には適した環境といえる。ガレージでがんがん鳴らしても、母屋に一歩入るとまったく聞こえないし、母屋の工事の音も、ガレージでは聞こえない。
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「現実逃避」という言葉があるが、たぶん、明日が試験だということがわかっていても、漫画や小説をつい読んでしまう、みたいなときに使うのだろう。漫画や小説の世界の中に、読んでいる間だけは浸っていられる。自分の前に立ちはだかっている現実を一時だけでも忘れることができる。けれども、時間は同じだけ過ぎる。だから、本当に逃避したかったら、行方をくらますなり、あるいは完全に引き籠もってしまうなり、もっと積極的な(?)方法があるわけで、それらに比べると、単に、比較的影響が少ない範囲で時間を潰しているだけのことだ。それはつまり、嫌な数時間を、目先を変えて楽しくしている行為である。そして、そのまま試験に及んで、その分ちょっと多めに嫌な思いをしても、まあそれなりに収支が合う、ということだろう。
こういった現実逃避を繰り返していると、それがその人物の現実になる。ようするに、サボる方が普通で、現実ということになるのだ。そして、その現実から逃避したかったら、今度は勉強する手がある。何故かこの戻る方向は、現実逃避とは呼ばれない。不思議である。現実逃避をするためにアルコールを飲む。それでアル中になる。そんな現実から逃れるためにリハビリをするのは、現実逃避ではないのか? ああそうか、現実回避というべきか。
小説家は、小説を書くということが仕事で、締切が近づいてくるとフィクションの世界の中へ無理にでも入っていかなければならないわけで、これは、現実逃避を強いられ、そこから逃避できない現実みたいなものだろうか。
赤ちゃんパスカルの写真が好評なので、また古い写真を探してみた。いくらでもあるが、動きが速いためぶれているものが多い。幾つか小出しにしていこう。