2007年01月12日(金曜日)

【社会】 手続きの壁

 たとえば、誇張するとこんなふうだ。「100万円を預ければ、2年後には倍の200万円になります。資格は不要、どなたでもご利用いただけます」と書かれていて、小さな文字を読むと、「払い戻しの手続きには、アメリカ合衆国大統領の推薦書が必要」と書いてあったりするわけである。
 それくらい、いろいろなものが「入るは易く、出るは難い」システムになっている。先日、郵便局で簡保の解約をしたが、どれだけ時間を取られたか。なんと区の本局なのに、解約の書類さえなかった。「とりあえず、ここに住所と名前を書いて下さい」みたいなふうに言われたくらいだ(解約はできたが)。そういう事態を想定していないとしか思えない。
 郵便局もNHKも、わざわざ家まで訪問してきて勧誘する人や金を取りにくる人は、それだけを請け負っている下請けの業者がほとんど。郵便局やNHKの職員ではない。全体のシステムには関わっていないから、その人に解約の話をしても、「それは本局へ行ってくれ」となるわけである。なんというのか、無責任な話ではないか、と感じる。
 多くの人たちが、将来のためだと勧められ、いろいろな契約をする。そして、歳をとってしまい、何を契約したかも忘れてしまう。親切に集金にきてくれた人も、知らないうちにいなくなり、いったいどうしたらその契約の恩恵が受けられるのか、わからなくなる。黙っていたらそのままだ。集金にきたときのように、向こうからアプローチはない(読んでも意味がわからないハガキが来れば良い方である)。こちらから出向いて、面倒な手続きをしなければならいようになっている。本人が死んでしまったら、ますます手続きは難しくなるだろう。こういったことを見越した商売なのでは、と疑いたくなるほどである。

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